アジトを出発してから三日がたった夜。リヒトとシェーレは革命軍の本部から離れた山中で焚火を挟んで座り込んでいた。季節的には冬であるため二人はそれぞれの服の上に厚手の上着を羽織っている。また、シェーレの場合は怪我人であるため、膝の上には毛布をかけている。
しかし、シェーレはそれが何処となくリヒトに申し訳ないようで控えめに言ってきた。
「いいんですか、リヒト。私ばかりがこんなにかけてしまって」
「いいんだよ。怪我してんだし、それに怪我に冬の冷たい風は響くだろ。っと、焼けた焼けた」
言いながらリヒトは焚火であぶっていた危険種の肉を皿にのせてシェーレに渡す。程よく焼かれた肉はこぼれ出した肉汁に焚火の炎が反射して光っているように見える。
「ホラ、リンシンバイソンの一番いいとこだぞ。アカメだったら飛び上がって喜ぶ肉だ」
「そうなんですか?」
「ああ。リンシンバイソンは三級危険種で比較的狩り易い上に、肉はどんな料理にも使える。煮込んでもよし、焼いてもよし、蒸してもよし……なんでもござれの肉だぞ。特にこの時期のこいつの肉は脂がのってて美味い」
説明しながらも自身の分の肉を頬張るリヒト。その光景を見たシェーレも笑みを零すと、肉にフォークを刺して口に運び咀嚼する。すると、よほど美味しかったのか頬を綻ばせ、目もキラキラとし始めた。
「うまいだろ?」
こちらが問うと彼女は口元を押さえながら一度頷き、ゴクンと肉を飲み込む。
「はい。とっても美味しいです。でもリヒトは本当に危険種については詳しいですよね」
「まぁガキの頃から親父にいろんな所に連れまわされたからな。薬草とかもそれなりには知ってるぜ。不味い危険種と美味い危険種もな」
カラカラと笑うリヒトだが、その手は次の作業に移っていた。アジトから持ってきたまな板で次の肉を刻んでいるのだ。その傍らには金属製の鍋も見受けられる。
「今度は何を作るんですか?」
「ん? あぁこれか、これはあれだ。明日の朝用のスープ。さっきこの辺探してたら料理に使える香草とキノコがあったからな。あとはこれにアジトから持ってきたイモやタマネギを入れれば野菜スープの完成だ」
そういうとリヒトは荷物の中から袋に入ったタマネギとイモを見せる。彼はそのまま先ほどまで座っていた場所に戻ると、まな板の上にそれらを乗せて調理を開始した。
しばらく無言でリヒトが野菜を刻んだり肉を刻んだりする。トントンという音が響いていたが、そこでシェーレが小さくあくびを零した。
「眠いか?」
「あ、いえまだまだ大丈夫です」
「無理するな。今日もかなり移動したから疲れたろ、寝たければ好きに寝ていいぜ。オレはちゃんとここにいるし、何かあったら起こすさ」
シェーレを見ずに告げる彼だったが、声音は優しいものだった。シェーレもその気遣いに頷くと、「では」と告げて敷き毛布の上に寝転がった。
「お先に休ませてもらいます。すいません、リヒト」
「謝ることじゃないさ。ホラ、明日も早いからさっさと寝ろ」
まるで父親が娘に言うように声をかけると、シェーレも頷いて焚火に背中を向けて眠り始めた。しばらくすると彼女から一定のリズムの寝息が聞こえてきて、深い眠りについたのだと理解できた。
そんな彼女を見つつ鍋に食材を入れるが、ふとそこで寝息で上下するシェーレの右肩が目に付いた。しかし、本来であればあるはずの右腕はそこにはない。
セリューが操る帝具、ヘカトンケイルに喰いちぎられたのだから当たり前と言ってしまえばそうなのだが、リヒトは彼女の肩を見ながら拳を握り締める。その際、握っていたイモが砕けてしまった。
「セリュー、お前はオレが殺す」
その声は驚くほど冷たく、明確な殺意が孕んでいるとわかる。けれどリヒトはそこで思い出す、自身の拳の中で粉々になってしまったイモの存在を。
「やっちまった……!」
悔いたところで粉々になったイモは戻らない。仕方なくそれにため息をつきつつ、リヒトは他の食材も全て鍋に入れて焚火の上にそれを乗せ、調理を開始した。
リヒトがスープの調理を終了させて数十分後、シェーレはパチリと目を覚まし眼鏡をかけた。
焚火は未だに強い光りを放ちながら揺ら揺らと炎をはためかせている。その隣には鍋があり、鼻腔をくすぐるいい香りがした。リヒトを見ると彼は近場の木の幹に背を預けて眠っている。
その顔はとても穏やかで、戦闘時の険しい表情など微塵も残っていなかった。もし彼が殺し屋でなかったのならば、劇団の俳優などは向いていたのではないだろうか。するとシェーレは立ち上がり、リヒトの隣に腰を下ろすと彼の方を向きながら囁く。
「……ありがとうございます、リヒト……」
言うと彼女は毛布をリヒトまでかかるように広げ、シェーレはリヒトの肩を枕に眠り始めた。
翌日の早朝、しっかりと睡眠をとったリヒトとシェーレは朝食であるスープを飲んでいた。しかし、リヒトはなんともいえない表情だ。原因は朝起きたら別のところで眠っていたのはずのシェーレがすぐ隣で寝息を立てていたことにある。
リヒトも色恋沙汰には普通に興味のある二十歳の青年だ。なので、朝起き抜けに見るシェーレの可愛らしい顔と、豊満な胸の谷間は刺激が強かった。危うく息子が反応するところだった、いや、朝だから生理現象として反応はしていたのだが。
まぁそんなお下劣な話はさておいて、今日はいよいよ革命軍の本部に到着する算段になっている。順当に行けば夕刻には到着するだろう。
そして二人は朝食を終えると、立ち上がって馬に乗ろうとした。しかし、そこで二人の耳に朝の爽やかな空気を一転させる、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。声からすると女性、しかも少女ぐらいの年であることには間違いないだろう。
「リヒト!」
「ああ、わかってる」
シェーレに答えつつ、リヒトは声のした方角に駆け出す。二人がしばらく走っていると、川原へたどり着いた。周囲を見回すと、すぐにその声の主が発見できた。案の定声の主は少女だったが、彼女の前にはガラの悪そうな男二人組みがいた。
「アレか」
言いながらそちらに駆け寄るとリヒトは男たちに声をかける。
「おい、そこの二人、何やってんだ」
「あぁん? んだテメェら、俺達はこれからお楽しみの時間なんだから口出すな」
小太りの男が言ってくるが、リヒトはそれに耳を貸さずに女性のほうを見やる。女性の服は所々破れているし、目尻には涙もたまっている。まぁ言わなくてもわかるだろうが、ようはこの男達はこの少女を強姦しようとしていたのだ。
……こういうの見ると、同じ男として悲しくなるねぇ。
内心で肩を竦めながらリヒトはシェーレに目配せをする。彼女もその意図が理解できたのか、半歩後ろに下がる。
「おい、アニキの言ってることがきこえねぇのか銀髪ヤロー! さっさとどっかに消えろってんだよ!」
恐らく子分と思われるやせた男が言ってくるが、次の瞬間、男の首にはヨルムンガンドが巻きつきそのまま声を上げることもなく、ガリ男は川の中に放り込まれた。
「な、テメェよくも俺のしゃて――」
「うるせぇ」
ガリ男が川に投げ込まれたことに怒ったデブ男が腰の剣を抜いて向かってくるが、鈍重極まるその動きに簡単に反応すると、片手剣の柄尻を男の鳩尾に食い込ませる。
「オゲェッ!?」
空気を一気に吐き出して苦しげにうめいた男は、そのまま数歩前に歩く。しかし、リヒトがそんなところを見逃すわけもなく、彼は思い切り振りかぶった回し蹴りを叩き込んだ。
「水でも浴びて頭冷やせ馬鹿が」
その声と同時に男は冬の川に頭から突っ込み、子分の男も川の中から顔を出してガチガチと震えていた。冬の川の水はさぞ冷たいことだろう。
川に突っ込んだ二人の男を蔑視していると、襲われそうになっていた少女を連れたシェーレがやってきた。
「お疲れ様でした」
「ああ。そっちは平気か?」
問うとシェーレが頷く。リヒトはそれを確認した後少女のほうを見やる。確かに問題はなさそうだ。しかし、服が薄手なのはいささかいただけない。
「とりあえず野宿したところまで戻るぞ。嬢ちゃんも来い」
「は、はい」
少女は若干緊張した面持ちで頷いたが、直感的にリヒト達が先ほどの男達のような人物ではないと悟ったのか、おとなしくついてきた。
しばらく歩き、野宿地に到着すると消えかかっていた焚火をもう一度熾して朝食のあまりであるスープを温めると、それを少女に渡す。急に渡されたそれを怪訝そうに見やる少女だが、リヒトは特に気にした様子もなく告げる。
「食え。そんな薄着じゃ風邪引く。安心しろ毒なんて盛っちゃいねぇ、あと毛布かけてやれ」
リヒトの言葉にシェーレが頷き、少女の方に毛布をかけてやってから彼女はリヒトの隣に座り込む。
焚火の前に向かい側に座る少女はこちらの表情を確認した後、スープに手をつけ始め、やがて全てたいらげてしまった。よほど腹がすいていたのか、はたまたリヒトのスープがうまかったのか。
「そんで嬢ちゃんよ、なんでこんな朝っぱらからあんなとこにいたんだ?」
「薬草を……取りに来たの」
「誰かご病気なんですか?」
「お母さんが病気なの。そこまで重い病気じゃないんだけど、定期的にこのあたりで取れる薬草を煎じて飲まないと苦しくなっちゃうから……」
「なるほどな。そんでさっきのデブとガリは見たこととかあるのか?」
その問いに少女は首を横に振った。
「知らない。なんか急に襲われそうになってあそこまで逃げたの」
「ふーん……」
言いながらリヒトは立ち上がると、鍋などを片付けたあと焚火を消し少女に告げた。
「とりあえず嬢ちゃん、お前はオレらが村まで送ってやるから今日は家でおとなしくしてろ」
「そ、それはできないよ! お母さんのための薬草が――ッ」
彼女がそこまで言ったところでリヒトはズイッと彼女の前に草を突き出した。彼女は一瞬それにビクついて瞳を閉じてしまったが、恐る恐る目を開けその草を見た瞬間驚いた表情を浮かべ、それを受け取る。
「これ、セイアン草!? え、でもなんで持ってるの?」
「セイアン草は怪我をしたときにも使えるからな。適当に採取しといたんだよ。んで、この薬草は煎じて飲むと確かハイエ病の処方薬だ。お前のお袋さん、ハイエ病だろ」
「う、うん……アンタすごいね、なんですぐにわかったの?」
「彼は色々な薬草がどんな効能を持つのかを知ってますからね、きっと貴方のお母さんの病名もすぐにわかったんでしょう」
火を消して馬に荷物を積み込んでいるリヒトのかわりにシェーレが代弁をした。少女はそれに感心したように頷いた。
そしてリヒトは馬に全ての荷物を積み終わり、シェーレと少女のほうを見やる。
「そんじゃ行くか。あぁそうだ、嬢ちゃん、お前の名前は?」
「あ、ごめん。助けてもらったのに……私はミナっていうの。よろしくね、えっと……」
「そういや自己紹介がまだだったな。オレは……」
リヒトはそこで言葉に詰まる。理由は単純だ。リヒトとシェーレはナイトレイドだ。リヒトはまだわからないが、シェーレはこちらまで手配書が出回っているかもしれない。もうそうならば名前を変える必要がある。
「……オレはクレイルだ。んであっちがセシルな」
咄嗟に出たのは父と母の名前だった。あの二人なら特に使っても問題はないだろう。
親指を立ててシェーレを差すと彼女も小さく笑みを浮かべてミナに笑いかけた。どうやらリヒトの意図を読んだらしい。けれどそこでミナが何かを思ったのか小首をかしげる。
「二人はこんなところで何してるの?」
「ちょいとあの山の向こうに用があってな。まぁオレらのことはどうでもいい、送ってやっからさっさと行くぞ」
ミナの問いをあしらいながらリヒトは彼女を馬に乗せる。因みに彼女が乗った馬はリヒトの馬だ。本来なら女同士でシェーレのほうが良かったのだろうが、片腕がないシェーレは何かとバランスをとり辛いという配慮だ。シェーレも特に何か言うわけではなく馬に乗り込んだ。
シェーレが乗り込んだのを確認し、リヒトは馬の腹をやさしめに蹴って歩かせ、ミナの村へと向かった。
十分ほど走ったところで、ミナが「アレだよ」と声を上げたのでリヒトとシェーレはそちらを前方を注視する。
そこにはアーチ状の入り口があり、アーチには『レイミン村』と刻まれていた。
「ここか……よし、ミナお前はここで降りて家に帰れ」
「え、でもクレイル達にお礼もしたいし……」
彼女は申し訳なさそうに言うが、リヒトは難しい表情をしてシェーレに視線を向ける。実際のところミナを村の中までは送ってやりたいが、リヒト達は帝国で指名手配を受けている身だ。特にシェーレは手配書が出回っているし、リヒトもこの前のセリューとの一件で完全に生きていることが露見した。
名前を変えてはいるものの、もしこの村に手配書が出回っていたら革命軍の本部まで特定されかねない。しかし、そんなことをミナに話すわけにもいかない。どうすべきかと口元に手を当てて悩んでいると、シェーレがミナの頭を撫でながら言う。
「ミナ、お礼をしてくれるという厚意だけ今回は受け取っておきます。今日は私たち先を急がなくてはならないんです。ですからまた今度お邪魔させてもらいます」
「……そっか、うんわかった。二人も色々ありそうだしね」
言うと、彼女は馬から飛び降りて村の方までかけて行き、その途中でこちらに手を振ってきた。
「またねー! 二人とも、助けてくれてありがとー!」
それに対して言葉では答えず、二人は軽く手を挙げて答えた。ミナもそれが見えたのかリヒトが渡したセイアン草を片手に村へと入っていった。
彼女の後姿が見えなくなったところで、リヒトはシェーレをみて礼を言う。
「さんきゅなシェーレ」
「いえ、そんなに大それたことはしてませんよ」
「いや。思ってみればオレの行動が軽率だった。いくら襲われてるからと言っても結構しゃべりすぎたな」
「いいんじゃないですか? タツミもやったことですし、それにリヒトは所謂『放っておけない病』でしょう?」
「……かもな」
軽く肩を竦めて答え、リヒトとシェーレはレイミン村を後にし革命軍の本部を目指した。
リヒトとシェーレが革命軍の本部に到着したのは深夜だった。けれど守衛の兵にナジェンダからの手紙を見せるとすんなりと通してくれ、二人は何事もなく本部へ入った。
そのまま二人は馬を厩舎にいれてから割り当てられた部屋に向かおうかと思ったが、その途中で本部の知り合いに声をかけられた。
「リヒトッ!」
声に振り向くと、そこには坊主頭の男がいた。彼の名はコウサと言い、革命軍本部でのリヒトの知り合いだ。
「ようコウサ、どうしたそんなに慌てて」
言ってみるものの、コウサは息を切らしており未だに声が出ない様子だ。それをしばらく待ってみようと思ったが、彼はこちらに一枚の紙を渡してきた。大きさ的には手紙というよりも伝令書と言ったところか。
それを受け取り、リヒトとシェーレは近場のたいまつで紙を照らす。筆跡からしてナジェンダであることはわかったが、字が細かくそこまですらすらとは読めない。
「えっと……リヒト、シェーレ……お前たちに伝えておかなければならないことがある。昨日、エスデスの三獣士と……タツミとブラートが交戦した……その際、三獣士は無事撃破」
その知らせに二人はほっと胸を撫で下ろす。確か三獣士はエスデス直属の部下で三人ともが帝具持ちという強敵だ。それを撃破できたことは大きな戦果だ。けれど、紙にはまだ続きがある。
しかしそれを読んだ瞬間、リヒトとシェーレの表情強張ることになる。
「……だが、その際負傷したブラートが……敵の毒を受けて……戦死……。……は?」
渇いた声が出た。自分でも驚くほどに。
それでもすぐに頭を振ったリヒトはコウサにつかみかかる。
「どういうことだよ……おい、コウサ!!」
「……そこに書いてあるとおりだ……ッ! さっき密偵チームからの伝令もあった……確定情報だそうだ、ブラートは、死んだんだ……ッ!!」
肩を震わせながら言う彼の目尻は涙が溜まっている。その涙に嘘偽りはなく、本当のことだとすぐに悟ることが出来た。背後ではシェーレが膝を付いて静かに泣いているのが聞こえる。
「……ふざけんな……ふざけんなよッ!!」
その声は誰に向けたものだったのか。死んでしまったブラートに向けたものだったのか、それとも仲間を助けられなかった自分に対するものだったのか。
ブラートの死が告げられて数時間後、時刻は深夜二時。
リヒトは本部から少しはなれた丘の頂上で酒瓶を片手に星を見上げていた。ふとそこで手にしていた酒瓶の銘柄を見て小さく笑みを零す。
「……そういやこの酒、ブラートと初めて飲んだ酒だったか……」
酒を飲み始めたのは本当に数ヶ月前だ。その際一緒に飲もうと言ってきたのはブラートだった。リヒトは一口酒を飲むと目を閉じてそのときのことを思い出す。
『まず……酒ってこんなに不味いのかよ』
『ハハ、やっぱまだリヒトにこれは早かったか。コイツは結構クセの強い酒でさ、俺でも飲むのには結構かかったもんだぜ』
『そんなもん進めんなよ』
『いいから聞けよ。コイツは確かにクセのある酒だが、俺はお前なら飲めると思うんだ。まぁうまいって言えるようになるのはまだまだ先だろうけどな』
『上等じゃねぇか。だったら革命が終わるまでに美味いって言えるようになってやるよ! そん時は酒に付き合えよな』
『おう! そん時を楽しみにしてるぜ!』
彼はそういって笑みを浮かべていた。
今でもその約束は忘れることはない。いつか革命が終わったらもう一度飲み交わすと約束していた酒を、今リヒトはたった一人で飲んでいる。
すると、頬を熱い涙が伝い、酒瓶を持つ手の甲を濡らした。
「約束したじゃねぇかよ! ……兄貴……ッ!!」
初めて言葉に表してリヒトはブラートのことを兄貴と呼んだ。しかし、今となってはその声に答えてくれる者はいない。
そしてリヒトはその場で眠りこけた。しばらく何もする気が起きなかったからだ。まるで泥のように、リヒトはその場で眠る。
夢を見ていた。
なぜ夢と断定できたのか、それは今自分が立つ場所が、あまりにも現実離れしすぎた真っ白な空間だったからだ。
『何処だよここ』
気だるそうにリヒトは呟く。
しかし、そこで唐突に肩を小突かれた。
『なに、辛気臭ぇ顔してんだよリヒト』
その声は死んだと聞かされたブラートのものだった。瞬間的に振り向こうとしたが、そこで彼の一喝がとんで来た。
『振り向くんじゃねぇ! そのままで聞け、リヒト』
声は真剣なものだった。
『いいか、リヒト。俺はもう死んじまった。だからお前と酒を飲み交わすこともできねぇ。でも俺が死んだくらいでへこたれんな。
お前は前を向いて、進んで行け。漢なら過去を引き摺らずに前だけ向いて行け。そんで、前に言ったろ。俺に何かあったときはタツミ達を頼むってよ』
『オレがお前に変わって兄貴分になるって話か……』
『ああ。そんなお前が暗い顔してたらタツミや他の皆に示しがつかねぇだろ。だからシャンとしろ』
『勝手すぎんだろ』
苦笑交じりの声だったが、ブラートもそれに笑って答えた。
『ハハ、確かにな。でもよ、お前ならできるさ。だからこれで本当にお別れだ。この先どんなことがあっても決して惑わされんな。「もし」とか「たら」とか、悲観的になるんじゃねぇぞ』
その声とともに前に押し出された。思わずたたらを踏みそうになるが、リヒトはすぐに態勢を立て直して一歩を踏み出した。
『……あばよ、リヒト……』
『あばよじゃねぇさ。アンタの魂はいつも一緒だよ、兄貴』
『……ああ!』
その声を最後にブラートの声は聞こえなくなったが、リヒトの顔は最初よりも遥かに嬉しげであり、吹っ切れたようだった。
リヒトは歩いていく、真っ白な空間を、ただひたすらに。
リヒトは目を覚ました。見ると、既に朝日が昇り始め東の空が赤く染まっている。やがて太陽が昇り、燃えるような光りが身体を照らし出す。
しかし、照らされた彼の顔は夜よりも遥かに明るい表情をしている。しばらく太陽を見ていたリヒトは凛とした言葉を発しながら片手剣を抜き放った。
「ありがとよ、ブラート」
礼を言うと同時に彼は白銀の髪に手を伸ばしてつかむと、片手剣で乱暴に断髪し、切った髪を風に流す。
夢で見たブラートが本物だったのか、それともリヒトの空想だったのかはわからない。しかし、彼の魂は確かに受け取った。
決してあきらめることがなく、どんな逆境に立ってもあきらめることのない不屈の闘志を受け取ったのだ。
はい、今回は一気に書きました。
前半はいらなかったような……なんてことを言ってはいけない。
後半、へたくそですねー……自分でも何やってんだかって感じです。
そしてわかるお方はわかりますよね、中の人ネタです。
でも、この言葉ってすごくかっこいいですし、闘志を受け継がせるためにぴったりですよね。少しだけアレンジしましたが……。
次回はまだアジトには戻りません。
代わりと言ってはアレですが、彼女と会います。
では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。