白銀の復讐者   作:炎狼

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第二話

 翌日、空が白んできた早朝にリヒトはクレイルに起こされた。

 

 二人は軽く朝食を済ませると、それぞれ顔を洗い、テントをしまって森の中へと入っていく。

 

「昨日試験をするって言ってたけど、具体的には何をするんだよ、父さん?」

 

「ん? まぁついて来い。この先にいるって情報だからな」

 

「いる?」

 

 小首をかしげながら聞くものの、クレイルは答えず二人はどんどんと森深くへ進んでいく。やがて山の断崖に出来た洞窟の近くの茂みまでやってくると、クレイルがしゃがむように促す。

 

 そのままハンドサインでリヒトに指示を出すと、リヒトもそれに頷き茂みの中から顔を出した。

 

 すると、彼の瞳の中に今まで見たことのない生物がいた。

 

 その生物は黒光りする外殻を持ち、巨大な鋏をもつ、海に生息するカニのような生物だった。

 

「あれは?」

 

 声を潜めながら問うと、クレイルもささやき声で告げた。

 

「アイツはロウセイキャンサーっつってな。普通なら帝都からもっと北西にあるロウセイ山に生息してる一級危険種だ。まぁここに来たのはたまたまだろうな。基本的に危険種は何処にでも生息している」

 

 話しながらロウセイキャンサーを観察していると、周囲を警戒するように見回していた。

 

「あれが試験の相手ってこと?」

 

「ああ。アイツはまだ子供のほうだが、一級危険種なんてそうそう相手には出来ないからな。それに、昨日戦った木獣やら石獣を倒せるんだったら、アイツも倒せるはずだ。

 安心しろ、危なくなったらちゃんと助けてやるから」

 

 言うと、クレイルが背中をぽんと押してきた。

 

 それに小さくため息をつきつつ、剣を抜き放ちながら茂みから出る。

 

 茂みが揺れる音に反応したのか、ロウセイキャンサーがぐるん! と音がしそうなほどの勢いでこちらを向いた。

 

 しかし、その瞬間には既にリヒトは懐にまで潜り込んでおり、腹に剣をつきたてようとしていた。

 

 けれど、当たるかいなかの瞬間、ロウセイキャンサーの巨大な鋏が剣をはじく。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしながらバク転の要領で後退する。

 

「かってー外殻だなくそ!」

 

「子供だからって油断はするなよ。あれでも一級の危険種だ」

 

「わかってる! 父さんは絶対に邪魔すんなよ!」

 

 クレイルに言いながら、今度は剣を両手で構えながら突貫する。

 

 ……今度はギリギリまで引き付けてからズバッと行ってやる!

 

 思考をめぐらせながら接近していると、巨大な鋏が開きながらリヒトに迫る。それを冷静に見極め、スライディングをしてロウセイキャンサーの背後に回りこむ。

 

「でやああああッ!!」

 

 気合を入れながら背部を切りつけるが、それでもロウセイキャンサーにダメージを与えるには至らない。

 

 そしてもう一度距離をとり、呼吸を整える。

 

 ……くっそ、硬すぎだろ。もうちょっと柔らかい部分があっても――。

 

「――? 待てよ、柔らかい部分?」

 

 なにかを思いついたのか一度深く深呼吸をすると、剣を構えてロウセイキャンサーを見据える。

 

「あそこなら、ぶった切れるはず」

 

 リヒトが言うと同時に、今度はロウセイキャンサーのほうが突っ込んできた。例によって巨大な鋏が広がりながらリヒトを捕らえようとする。

 

 けれどこの攻撃自体は大して脅威でもなんでもない。落ち着き払った様子で鋏による攻撃を避けると、鋏は地面に深々と突き刺さる。

 

 すると、これを待っていたという風に剣を振りかぶり、リヒトはロウセイキャンサーの鋏と腕の部分を繋ぐ節に剣を突き立てる。

 

 突き立てられた傷口からは血が噴出し、それはリヒト自身にも降りかかるが、そんなことを気にしてはいられない。

 

 ロウセイキャンサーは痛みでのたうちまわるが、鋏は思いのほか深々と突き刺さっていたようで、簡単に抜ける様子ではない。

 

「暴れんなって! そのうち楽にしてやっから!!」

 

 言いながら突き立てた剣をスライドさせて鋏を斬り落とす。

 

 聞くに堪えない悲鳴が上がり、斬りおとされた鋏が軽い地響きを立てて落ちるが、リヒトの手が休まる事はなく、今度はもう一方の鋏を切り落としにかかる。

 

 またしても鮮血が降りかかり、服をべったりと濡らすが、手つきはもうなれたものだ。あっという間に鋏を斬り落とすと、一旦離脱する。

 

 顔にかかった血を乾いている服の袖で拭っていると、クレイルが声をかけてきた。

 

「気がついたみたいだな。まぁ今回の修行の成果ってわけだ」

 

「観察眼を養うってこと?」

 

「そうだ、どんな敵にも弱点はある。木獣やら石獣と戦ってあいつ等の擬態を見破れるなら、それは観察眼が鍛えられてるってことだ。その鍛えた観察眼で相手を良く見て、刃が通りやすい部分を探す。

 敵を見ていれば必ず襤褸が出る。それを察知するのも戦いにおいては重要だ。ほい、解説終わり、後は簡単だろアイツに留めさしてやれ。腕を失ったロウセイキャンサーほど哀れなモンはねぇ」

 

 クレイルが顎をしゃくって差すと、確かにロウセイキャンサーは腕から大量の血液を噴出し、口からも唾液と血液が入り混じった吐瀉物流れていた。

 

「……ごめんな」

 

 短く言ったあと、リヒトはロウセイキャンサーに切りかかり、頭の後ろにある節に剣を突き立てて深く押し込んだ。

 

 肉を貫通する手ごたえを感じると同時に、ロウセイキャンサーが数回痙攣してその場に腹ばいに倒れ付した。

 

 完全に動かなくなったことを確認してから剣を引き抜き、刀身についた血を振り払い鞘に収める。

 

「ふぅ……」

 

 小さく溜息をついて地面に降りると、急にドッと汗が出てきた。自分でも知らないうちに緊張していたのだろう。

 

 そのまま足の力が入らず尻餅をつきそうになるが、クレイルがそれを途中で受け止めた。

 

「お疲れさん。試験は合格だ……まぁどんな結果でも合格にはする気でいたんだが、それでも子供とはいえ、一級危険種を倒せたのはすごいぜ?」

 

「ありがと。それで、コイツの身や甲殻も剥ぐの?」

 

「そうだな。身は帰って母さんに料理してもらうとして……殻のほうは売って金にするか。お前はそこで休んでろ、疲れただろうからな」

 

 リヒトを近場の木の根元に座らせ、クレイルが懐から小刀を出した。

 

 彼はそのままロウセイキャンサーに手を合わせると「すまんな」と謝り、その身体に小刀を突き刺して解体を始めた。

 

 そして、全て解体が終わり二人はそのまま帝都への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都に戻ると、やはり一番最初に飛び込んでくるのは人々の賑わいだが、リヒトの目にはその中で悲しげな瞳をしているもの、絶望に打ちひしがれている者が見て取れた。

 

 そんな彼等を見やりながら歩いていると、不意に背後から声をかけられた。

 

「リヒト!」

 

 振り返ってみると、そこには金髪の少年がいた。

 

「ルーク!」

 

 そう、リヒトの幼馴染であるルークだ。リヒトはクレイルに視線を送る。

 

 クレイルはその意図が理解できたのか「剣は置いてけよ」と言った。それに頷きながら腰に巻いていたベルトから剣を抜いてクレイルに渡す。

 

 そしてルークの方に向かって駆けて行く。

 

「よう、ルーク! 一週間ぶりぐらいだけど元気にしてたか?」

 

「うん。リヒトのほうこそ大丈夫だった? 危険種がいっぱいるフェクマにいったってセシルさんから聞いたけど」

 

「あったりまえだろ。この無傷な身体が何よりの証拠だぜ!」

 

 袖をまくって見せたり腹や背中を見せるリヒトだが、ルークがそれをとめる。

 

「別に見せなくてもいいってば! でも、元気そうで良かったよ」

 

「ああ。お前も勉強がんばってるか?」

 

「もちろん、身体が弱い僕が出来るのはこっち方面しかないからね」

 

 そういう彼の手には文房具と分厚い本、そして羊皮紙の束があった。

 

「おぅい、リヒトー。俺は先に家に帰ってるから、お前はルークと好きに遊んで来い。夕飯には戻って来いよー」

 

「わかったー」

 

 クレイルに返答すると、クレイルも軽く手を振って先に家に帰った。

 

「どーする? 今日は遊べるのか?」

 

「うん、今日は身体の調子もいいからね。空き地にでも行く?」

 

「だな。久しぶりに行こうぜ!」

 

 二人は空き地に向かって歩き出す。その間にリヒトは一週間の鍛錬を話したり、ルークも自分がやってきた勉強の話をしていた。

 

 やがて空き地にやってくると、二人は空き地が妙に騒がしいことに気がついた。

 

「なんだ?」

 

「ずいぶんと騒がしいみたいだけど……あ!?」

 

 リヒトよりも先に空き地を覗き込んだルークが突然驚きの声を上げた。

 

 それに続くようにリヒトも空き地を覗き込むと、空き地では数人の男子が一人の女の子に暴力を振るっていた。

 

 女の子は茶髪の髪をポニーテールに結わいており、その髪を男子達が引っ張ってもてあそんでいる。

 

「リ、リヒト」

 

「ああ、助けるよ。女の子をいじめるやつは見過ごせねぇからな」

 

 リヒトは言うとそいじめ少年達の下に向かっていく。

 

「おい、その辺にしてやれよ。その子泣いてんじゃねぇか」

 

 その言葉に反応した少年達は水を差されたことに随分とご立腹のようで、リーダー格と思しき少年がリヒトに睨みをきかせた。

 

「あぁん? んだよテメェ。俺たちのお楽しみ中に口出すんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ?」

 

「ぶっ殺すって……随分と物騒なヤツだなぁ。オレはただその子を話してやれって言ってんの。もう十分痛めつけただろ」

 

「はぁ? なんで俺がお前に指図されなきゃいけないわけ? 俺はまだ満足してないんだよ。この女を痛めつけるのになぁ!!」

 

 すると少年は足を持ち上げて女の子の顔を蹴ろうとした。

 

 しかし、少女にぶつかる直前でその蹴りはとめられた。

 

 見るとリヒトが少年の足の前に自分の足を挟むように差し出していた。蹴り自体はリヒトにあたったことになる。

 

「な? もういい加減いいだろ? この子が何したのかはしらねぇけど、許してやれって」

 

 もう一度言ってみる物の、少年は少し後ずさって怒鳴る。

 

「うるせぇ! なんなんだテメェ! 急に横から口出してきやがって、俺の邪魔すんじゃねぇよ!!」

 

「お前、なんでここまでこの子に執着してんだよ。見た感じオレと同い年くらいなんだからもうちょっと――」

 

「うるせぇっていってんだろ!! もういい、テメェら! そいつも一緒にやっちまえ!!」

 

 少年が命じると、女の子を取り巻いていた他の少年たちがそれぞれ頷いて今度はリヒトを囲んだ。

 

「ルーク! その子もうちょっと離れた場所にやっとけ!」

 

「う、うん!」

 

 リヒトの声に遠巻きで見ていたルークが頷き、女の子に肩を貸してリヒト達から少し離れた。

 

 それを確認していると、その隙を狙っているつもりであろう太めの少年が殴りかかってきた。

 

 けれどそんなもの危険種を相手取っているリヒトからすれば、大したことではない。余裕でそれを回避すると、少年の背中を軽く押して顔面から地面に叩きつける。

 

「グエ」とカエルが潰れたような声を出した少年を尻目に、そのほかの少年達もリヒトに殴りかかったり蹴りかかったりするものの、結局全てあたらずに最初の少年と同じように、皆地面に叩き伏せられた。

 

「さて、これで残るはお前だけだけど……どーする? 別に逃げたっていいぜ? 追いやしないし。まぁその時にはこいつ等のお前に対する評価はガタ落ちだろうけどな」

 

 叩き伏せた少年達を見やりながらリヒトが言うと、リーダー格の少年はズボンのポケットから折りたたみ式のナイフを取り出して、切先をリヒトに向けた。

 

「おいおい、さすがにそれ出すなって」

 

 肩を竦めながら言ってみるものの、少年にはどうやら声が届いていないようで、叫びながら突進してきた。

 

 しかし、やはり危険種と比べれば鈍重もいいところであり、リヒトは簡単に避け少年のナイフを持っているほうの手首に手刀をかます。

 

「いっ!?」

 

 短い悲鳴を上げる少年だが、彼の足のリヒトの足が引っ掛けられ、彼は盛大にすっ転んだ。恐らく顎あたりを強打しただろう。顎が外れていなければいいが。

 

 すると少年はすぐに身を返してリヒトを見やる。やはり顎を強打したようで顎から血が出ている。けれど大した怪我ではなさそうだ。

 

 しかし、そんな少年を見ることなく、地面に突き刺さったナイフを引き抜くと、少年を呼ぶ。

 

「おい、これお前のなんだからちゃんと持って帰れよ」

 

 言いながら投げたナイフは少年の股間ギリギリに突き刺さった。

 

 それが引き金になったのか、少年はナイフを拾わずそのまま泣き喚きながらどこかへ行ってしまった。それに続いて子分の少年達も逃げていく。

 

「あ、おい! ナイフ持って帰れ……って聞こえてないか。どーすんだこれ」

 

 引き抜いたナイフを折りたたんでいると、ルークと先ほどの女の子がやってきた。

 

「平気か?」

 

「僕はね。でもこの子はやっぱり怪我してる」

 

 ルークに言われてリヒトも少女を見やる。確かに膝や肘、頬などもすりむいているようで、じんわりと血が出ている。

 

「ありゃー、とりあえずバンソーコーは持ってるからルーク、このハンカチその辺の水道で濡らしてきてくれ」

 

「わかった」

 

 リヒトからハンカチを受け取ってルークは小走りに水道へ急ぐ。

 

「さて、とりあえずお前の名前教えてくれるか?」

 

「あ、ごめんなさい。私は、セリューっていいます。セリュー・ユビキタスです! 助けてくれてありがとうございました!」

 

「いや、別に謝らなくてもいいけど。オレはリヒトだ。んで、今ハンカチ濡らしに行ったのがオレの親友のルーク。よろしくな」

 

 握手をするために手を差し出すと、セリューはそれに応じて二人は握手を交わす。そして二人はその場に座り込む。

 

「なぁセリューなんであいつ等に絡まれてたんだ?」

 

「そ、それはあの子達がこの空き地をずっと独占してて、他の子に全然遊ばせなかったからです」

 

「だからお前が抗議したんだけども、結局殴られちまったわけか」

 

「はい……これでも警備隊のパパに色々教えてもらったんですけど、ちょっと数が多くって」

 

「それにお前は女の子だしな。体格的には男のあいつ等のほうが勝るのは当たり前か」

 

 肩を竦めてみるものの、セリューがジーッとリヒトを見ていた。

 

「あんだよ」

 

「あ、すみません! えっと、リヒトさんは随分強いんだなぁって思って」

 

「父さんが元帝国軍人でな。お前と同じで色々教わってんの。危険種の狩り方もな。あと、オレの事は呼び捨てでいいぜ。ルークもそれで気にしねぇだろうし、あと敬語はなしで頼むわ」

 

 言い切ると同時にハンカチを濡らし終わったルークが戻ってきた。彼はそのままセリューの傷口を拭って土や血を拭き取っていき、リヒトからバンソーコーを受け取って傷口に貼り付けた。

 

 その後ルークの自己紹介も終わり、三人は多少話しこむ。

 

「まぁ今日はたまたまオレらが来たからいいけどさ。次からは気をつけろよ?」

 

「うん……でも、あの子達がやってる事は許せないし。独占するのはよくないから」

 

「そうだと思うけど、そのたびに君が声をかけてたらまた今日みたいになるよ。セリュー」

 

「でも、空き地はみんなのものだし……」

 

 二人が忠告してみるものの、セリューは頑なだった。その態度にリヒトとルークは互いに顔を見合わせると小さくため息をついた。

 

「じゃあさ、友達になろうよ。セリュー」

 

「だな、オレらがお前と友達になっとけば、あいつ等もあんまつっかかってこねーだろ」

 

「でも、そしたら二人に迷惑がかかっちゃうよ?」

 

「いいさ。別に気にしないし、女の子を守るのは男子の仕事だもんな」

 

「そうだね。……まぁ僕はリヒトみたいな事は出来ないと思うけど……」

 

 胸を張るリヒトとは対照的にルークは苦笑を浮かべるが、セリューは気にしていないようだった。

 

 すると、今度はセリューの方から手を差し出してきた。

 

「それじゃあ、これからよろしく。リヒト、ルーク」

 

「おう、よろしく」

 

「うん、こちらこそ」

 

 二人はセリューの握手に答え、それぞれ笑みを浮かべた。

 

 そのあと、三人は日が暮れるギリギリまで遊んだが、それぞれが家で親から大目玉を食らったのは言うまでもない。




はい、今回はセリューが登場しましたねぇ……
まぁセリューの親父さんがセリューが何歳の頃に死んでしまったのかはわからないので、この作品中ではこの後、ということにしていきたいと思います。

一応友人にはなりましたが、果たしてそこまで絡むのかどうかw
そのうちリヒトも軍に入りますから、警備隊のセリューとは顔を合わせることも多いので大丈夫でしょう……多分。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。
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