白銀の復讐者   作:炎狼

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第二十二話

「新種の危険種?」

 

 マーグ高地にあるナイトレイドの臨時アジトでリヒトはナジェンダの言葉に首をかしげた。

 

 ナジェンダはそれに頷くとタバコに火をつけてから告げた。

 

「そうだ、最近帝都周辺を騒がしているらしくてな。密偵からの情報では帝国も駆除に躍起になっているそうだ」

 

「ふぅん。んで、オレ達はどうする訳?」

 

「知れたことだ。民を危険に晒す危険種を野放しにはできん。だからこちらも打って出る。新しいアジトも出来たことだし、なによりこちらには危険種寄せの達人がいるんだからな」

 

 不適な笑みを浮かべるナジェンダに対し、ソファに足を組んで座っていたリヒトは肩を竦めた。ほかの皆もまたどうにもいえないといった表情をしていたが、リヒトの体質は凄まじかった。

 

 マーグ高地での修行でも連日のように危険種に絡まれ、地上戦はおろか水中戦から空中戦、様々な場面での戦闘を行った。アカメは食料が増えるなどと喜んでいたが、当の本人からすればたまったものではない。

 

「……あぁ、新型危険種の大群に追っかけられるビジョンしか浮かんでこねぇ」

 

「しょうがないだろー、リヒトのそれは体質だもん。アレ? でも何でここにいるときは危険種たちは何もしてこないんだ?」

 

 豊満な胸をリヒトの頭に乗せながらいうレオーネに彼は小さくため息をつく。

 

「たぶんアレじゃね? 危険種もこんだけの使い手が揃ってるところには手を出したくないんだろ。動物の本能ってヤツだな」

 

「あぁ本能か。だったら私も感じたことあるな」

 

「ライオネルはその辺も強化されるってわけだな。あといい加減胸を置くんじゃねぇ」

 

 若干苛立ち気味にレオーネを引っぺがすものの彼女は「いいじゃんかー」などとぶつくさ言いながら絡んできた。最初のうちはあしらっていたリヒトだが、段々と面倒くさくなってきたのか最後の方は彼女の好きにさせていた。

 

「ではこれより新しいアジトへと帰還するぞ。アカメ、タツミとスサノオを呼んできてくれ」

 

「わかった」

 

 ナジェンダに言われアカメはアジト近くの滝で修行中のタツミ達を呼びに行った。

 

 その後帰ってきたタツミとスサノオに事情を説明したのち、ナイトレイド一行は帝都より北東十五km地点にあるという新アジトへと向かった。

 

 しかしリヒトは臨時アジトでレオーネに絡まれて以来、妙な視線を感じていた。一つはラバックの妬みと嫉みの視線だ。まぁこちらは大方想像がつく。でも分からなかったのはチェルシーの視線だ。なにかつまらなそうにリヒトを睨み、目を合わせれば直ぐに逸らされる……何かしただろうか。

 

 

 

 

 

 

 帝都近郊の村にはエスデス達イェーガーズの姿があった。

 

 ここは数日前例の新型危険種によって数人の村人が食い殺された村だ。イェーガーズはそれの事後処理兼危険種の調査でやってきたのだ。

 

 エスデスは頭を吹き飛ばされた危険種と身体を立てに裂かれた危険種を眺めていた。

 

 ……見事な斬り口だ。一切の迷いのない太刀筋と、確実に獲物をしとめる狩り方。これをやったヤツは危険種の殺し方……いや、生物の殺し方に卓越しているな。

 

 斬殺された危険種の死体を見ながらエスデスは小さく息を漏らす。

 

「隊長!」

 

 不意に声をかけられそちらに向き直るとウェイブとクロメがこちらにかけてきた。

 

「なにかわかったか?」

 

「はい。この危険種に殺されそうになった女性に話を聞いたところ、助けたのは村の住人ではないとのことです」

 

「やはりか……」

 

 ウェイブの報告にエスデスは口元に手を当てる。

 

 この村には猟師はいたらしいが、皆銃を使っている。第一、あのような斬り方を猟師や村人が出来るとは思えない。

 

「他には?」

 

 続けて問うと今度はクロメが口を開いた。

 

「その人にもっと詳しいことを聞いたんですけど、助けてくれた人の性別は男で黒い外套を纏っていたようです。名前も名乗って行ったらしく『レイル』と名乗っていたようです。年齢は四十代後半くらいだとも言っていました」

 

「レイルか。ふむ、二人ともご苦労。引き続き調査を行え」

 

 エスデスは二人に命じると再び危険種に向き直った。

 

 ……四十代にしてこの筋肉質な危険種を打ち倒す膂力。そして生物の殺し方に対する知識。只者でないことは確かだ。それにレイルという名前、以前大臣に聞いた『クレイル』という男の名に酷似しすぎている。あの話が本当だとすれば彼がこれをやった可能性もあるな。

 

 そう思ったのだが、エスデスはそこで思考を停止させた。

 

「いや、出来すぎだな。妙に勘繰りすぎか」

 

 嘆息を漏らしながらエスデスは虚空を見上げながら逃げられてしまった想い人の名をつぶやく。

 

「……私に変な勘繰りをさせるのも、全部お前のせいだぞタツミ……」

 

 

 

 

 

 

「ぶぇっくしょい!!」

 

 ナイトレイドの新アジトに到着し、作戦会議室に着いた所でタツミが大きなくしゃみをした。マインは「きったないわねー」と言っていたが、リヒトは持っていたちり紙をタツミに渡す。

 

「風邪でもひいたか?」

 

「いや、わかんない。誰かが噂してんのかな」

 

「エスデスだったりしてな」

 

「ヤメテ!」

 

 タツミはややカタコト気味になりながら答えたがリヒトはカラカラと笑っていた。まったく狙ったとおりの反応をしてくれるヤツである。というかズボンのチャック開いてる。

 

「とりあえずタツミがエスデスにいろんな意味で狙われているのは置いておいてだ。戻って早々悪いが例の件だ」

 

 例の件という言葉に皆が反応し、作戦会議室にピリッとした空気が張り詰める。しかし、リヒトはタツミのズボンのチャックが全開なことを指摘しようか迷っていた。

 

 ……言った方がいいのか。それとも終わるまで待つか。いや、今言うとタツミの尊厳が色々と傷つきそうだからボスの話が終わってからにしよう。そうしよう。

 

 一人で納得し頷くが、そこでナジェンダに声をかけられた。

 

「聞いてるのかリヒト」

 

「え、あぁもちろんだぜ。新型危険種早く殲滅しねぇといけないって話だろ?」

 

「まぁそれでいい。とりあえず私達が動くのは夜限定だから兵士やイェーガーズと鉢合わせることはないだろう」

 

 ナジェンダの言葉に皆納得しように頷くが、少し離れた柱に寄りかかっていたチェルシーが納得いかなそうな声を上げた。

 

「大きな危険を冒してバケモノ退治ねぇ。それくらい帝都の兵士かイェーガーズに任せておけばいいのに、やっぱりみんなどこか甘いよ」

 

 彼女の言うことも一理ある。確かにいくら新型の危険種が民の脅威と言えど、エスデス直属のイェーガーズならば苦もなく討伐はするだろう。しかし、彼女達だけでは広く展開する危険種を全て討伐するには時間がかかる。その間に民が襲われては元も子もない。

 

「そう言うなよチェルシー。何もイェーガーズに協力するってわけじゃあないんだからよ」

 

「それはそうだけどさ……」

 

 チェルシーは未だに引き下がろうとはしなかったが、黙っていたタツミがそこで口を開いた。

 

「俺もチェルシーが言いたいことはわかる。けど、その危険種達は今もどこかで人々を苦しめてるかもしれない。

 甘っちょろい考えかもしれないけど、俺達は殺し屋だけど民の味方のつもりだ。殲滅を早めて一人でも多く助けたい!」

 

 覚悟のある瞳でチェルシーに告げたタツミにチェルシーも肩を竦めながらも納得したようだ。しかし、リヒトの視線はタツミのズボンのチャックに注がれていた。

 

 ……かっこいいこと言ってるけど、チャック全開だな。早く言ってやらないと。

 

 と、思ったまではいいものの、そこでスサノオがある意味予想通りというか、気付いたら言うだろうなぁっと思っていた言葉を吐いた。

 

「タツミ、ズボンのチャックが全開だ。気になるから閉めてくれ」

 

「あっ!?」

 

 スサノオに言われ、やっと気が付いたタツミは静かにチャックを上げた。静かな作戦会議室に空しくチャックを上げる音が響いた。

 

「せっかく決めたのにカッコ悪ー!」

 

「ねぇねぇ今どんな気持ち? どんな気持ち?」

 

 腹を抱えて笑ったのはレオーネであり、タツミの周りでコソコソ動きながらあおっているのはラバックだ。それを見つつリヒトは申し訳ない顔をしていた。もう少し早く知らせてやるべきだったと思っているのだ。

 

 タツミは二人に煽られて半泣き状態だが、ふとそこで静かにしていたアカメがタツミに謝罪した。

 

「すまないタツミ。気付いていたのだがファッションかと思った」

 

「俺はそんな解放的で自由な人間じゃないから!」

 

 アカメに反論するタツミは恥ずかしげに顔を染めていたが、そこでリヒトも追い討ちをかけるようにタツミに告げる。

 

「わるいタツミ、オレも会議室に着いた当初から気が付いてたんだけどさ」

 

「じゃあそのときに言ってくれよ!」

 

「いやぁほら、ボスが真面目な話始めちゃったじゃん? だから言うに言えなくなっちまったんだよなぁ。ホラ、空気的にそんな雰囲気じゃなかったジャン?」

 

「だったら耳打ちするとかやりようあっただろ……」

 

「耳打ちしたって目立っちまうしさぁ。まぁ過ぎたことだ、ごめんタツミ」

 

 苦笑しつつ手を合わせたリヒトにタツミはなんとも言えない表情をしていたが、未だにラバック達が彼に追い討ちをかけていた。

 

「そう悲観するなってタツミ。お前は民を救いたいんだろ? チャック全開で」

 

「はっ倒すぞラバ!」

 

「まぁまぁお前のチャックは民のために開いてるんだろ」

 

 その後いじられまくるタツミを見ながらもう一度心の中で謝罪したリヒトであった。

 

 

 

 

 

 その日の夜中。

 

 帝都近くの森林にはリヒトとアカメの姿があった。例の新型危険種の討伐である。

 

「そういや新型危険種の外見とかしらねぇけど、どんな形なんだろうな」

 

「密偵からの報告だと人間に近い体つきをしているらしい。中には体からチューブのようなものを生やしたものもいるとか」

 

「……なんかスゲぇ危険種っぽくねぇなそれ。なんつーか人為的に作られたみたいだ」

 

「まぁどんなものでさえ民を傷つけるのを黙って見過ごすわけには行かない」

 

 言いながら先行するアカメにリヒトも小さく頷いた。

 

 しかしそこで前方の彼女から唾液を飲み込む音と舌なめずりの音が聞こえた。

 

「言っておくがアカメ、たぶんソイツ食えないからな」

 

「ッ!?」

 

「いやそんなビックリした顔で振り向かれてもよ……。さすがに人型はないって」

 

「……そうか」

 

 シュンっとするアカメだがその様子から本当に食う気だったのだろうか。趣味というか食の好みは人それぞれだがさすがに人型を取った危険種は気が引ける。

 

 すると彼等の前方に数匹の影が現れた。やがて月明かりに照らされ、その影の姿が露になった。

 

 そこには巨大な人間のようなバケモノがいた。筋肉隆々の体に首はなく不恰好な頭が乗っかっており、顔はのっぺりとしたものから溶けてしまったようなもの、その他トカゲの尻尾のようなものまでついているものもいた。

 

 また、身体からはチューブのようなものや金属の拘束具を思わせるものまでついている。ここまで来ればもう間違いはないだろう。

 

「こいつらが新型の危険種か。どうだアカメ、アイツ等食いたいと思うか?」

 

「食えないことはないと思うが、相当不味そうだ」

 

「だよなぁ。じゃあ一気に――」

 

 腰の片手剣に手をかけようとしたところでリヒトは背後にさらに複数匹の危険種の感覚がいるのを感じ取った。視線をそちらに向けると案の定十匹はくだらない危険種が見えた。

 

「ありゃりゃ、やっぱ引き寄せちまったか。ワリィなアカメ」

 

「構わない。奴等は強そうだが私達の敵ではない。前方は任せろ」

 

「おう」

 

 二人は軽く拳を打ち付け合うと互いの得物を抜く。

 

 アカメは愛刀である村雨を。リヒトはヨルムンガンドを二本展開し、それぞれに短剣を咥えさせた。

 

「実体のない方でも短剣を咥えられるようになったのか」

 

「ちぃと疲れるけどな。でもマーグ高地で修行したからこれくらいはいけるさ。行くぞ……」

 

 低い声音でいうと同時に二人はもう互いの顔を見ず、目の前の標的を見据えた。

 

 瞬間、危険種がうなり声を上げながら迫ってきた。それはアカメの方も同じなようで背後からもうなり声と地面が振動する気配がした。

 

 けれど恐怖はない。背中を守るのはあのアカメだ。信じているからこそ命を預けられる。アカメもまた同じであり一呼吸の後に地面が抉れるほど踏み込んで危険種に向かって行った。

 

 リヒトも態勢を低くしながら二本のヨルムンガンドを伸ばす。

 

 不規則な軌道を描きながら突き進む二本の蛇は的確に危険種の心臓を捉え、先にかかってきた二匹の心臓に突き刺さった。しかし、まだ止まらない。実体のある鎖は二十一メートルほどの限界があるが、実体のない方に制限はない。リヒトの精神力が続く限り何処までも伸び続けるのだ。

 

 双蛇は最初に殺した危険種の身体を貫き、その背後にいた危険種達の心臓や頭を刈り取って行く。だが帝具ばかりでは限界があるのも事実。だからこそリヒトは片手剣を抜き放って帝具が殺し損ねた危険種の心臓を抉り、頭を吹き飛ばす。

 

「さぁて、どんどんかかって来い。雑魚共が」

 

 残忍な笑みを危険種に向けながらリヒトは残ったモノを狩りに向かった。

 

 

 

 

 

 数分後、現れた危険種をすべて狩り終えたアカメとリヒトは危険種の死体の前にいた。

 

「見れば見るほど変な危険種だな」

 

「ああ。行動も人間と同じ行動が多かったし、なにより骨格が似すぎている」

 

「そうだな。でもよオレはなんとなくだけどコイツらの正体がつかめてきたぜ」

 

 リヒトの言葉にアカメは首を傾げたが、彼は言葉をつなぐ。

 

「ほら、覚えてねぇか? スタイリッシュと戦った時、アイツ危険種みたいになってたじゃねぇか」

 

「確かにな。しかしそれとこれが関係があるのか?」

 

「お前はあの時まだ来てなかったから分からないのも無理はねぇが、あいつあの時こういったんだよ。『危険種イッパツ!』ってな、他にも『私自身が危険種になることで』うんたらかんたらみたいなこと言ってたから、アイツは危険種の研究もしてたんじゃねぇか?」

 

「なるほど。ということはこいつ等はスタイリッシュが作った危険種ということか……」

 

「断言はできねぇけどな。でも分かるのはアイツは帝国の科学者でそれなりの地位にいたってことだ。だから死刑囚とかを実験材料にすることは簡単だったはずだ」

 

 そこまで言ったところでアカメが気がついたようでハッとした。リヒトもそれに頷きそのまま続ける。

 

「そう、たぶんこいつ等は全部元人間だ。それも死刑囚とか囚人だな。スタイリッシュはそいつ等を集めて危険種にする実験をしていたのか、研究の途中の副産物かはしらないがな」

 

「なんてヤツだ。だがリヒト、疑問が残るぞ。スタイリッシュが死んだというのに、コイツらはどうやって出てきたんだ? これだけ危険な奴等だ、スタイリッシュといえど封印や監禁していたとしてもおかしくはないと思うぞ」

 

「確かにな。だから、どっかのバカが解き放ってコイツらで遊んでるって方が強いかもしれねぇ」

 

 顎に手を当てて考え込むリヒトは真剣な表情をしていた。もし、そんなヤツがいるとすればソイツは相当頭がイカれているか、ただただ闘争を望んでいるかのどちらかだ。

 

 そこでアカメが「だが」と言った。

 

「こいつ等がいる限りは民が安心して眠れない。影にどのようなヤツがいようとも、今はコイツ等を葬るだけだ」

 

「……だな。そんじゃもうちっと見回ってみますかね」

 

「ああ」

 

 二人は立ち上がるともうしばらく見回るため森の中を歩き始めた。

 

 その後朝方まで見回りを続けた二人だが、アジトに戻ったところでラバックから思いもよらないことを告げられた。

 

「タツミが戻ってこない?」

 

「うん、一緒にフェクマで新型危険種がいないか見回りしてたんだけどさ、タツミが頂上を見てくるって言ったきり戻ってこなかったんだ。それでしばらくしたらなんかものすごいスピードで駆け上がってくる気配があったからさ、ヤバイって思って近場の木に隠れたんだよ。それでその気配が消えたあとタツミがいないか確認しに行ったらそこには誰もいなくてバラバラにされた新型危険種の死体だけがころがってたんだよ」

 

「となるとあとから頂上に行ったって言う野郎に連れ去られたか、姿もなくなるぐらいに消されちまったかだな」

 

「後者はないと思う。それだけのヤツならもっと動きがあったっていいはずだし。あるとすれば前者が濃厚だね」

 

 ラバックの推測にリヒトとアカメも頷いた。だが、すぐにやってくるのは連れ去られたとすれば誰に? という疑問だ。

 

「もし連れ去られたのだとすればその後から上ったヤツとか?」

 

「それもあるだろうし、頂上に上った時にもうつれさられそうになっていた……っていうこともあるな。とりあえずは様子見だな。ボスもそう言ってんだろ」

 

「まぁね。でも大丈夫かな」

 

「心配することもないんじゃねぇか? なんやかんやでアイツは運がいい。もしかしたらどっかでヨロシクやってるかもしれねぇしな」

 

 肩を竦めたリヒトは仮眠を取るために自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 夕方。

 

 仮眠と軽い食事を済ませたリヒトはナジェンダに呼ばれ、一人作戦会議室へやってきていた。

 

「任務か?」

 

「ああ。疲れているところ悪いが、暗殺任務だ」

 

 低めの声に思わず背筋が伸びそうになるが、リヒトはいつもの態度のまま壁に寄りかかった。

 

「今回の暗殺対象は帝国の軍人だ。調べによるとソイツは上司に対する賄賂を贈っているらしい。まぁここまではよくある話だが、問題はその賄賂の出所だ。賄賂の多くは人身売買、薬物売買、強盗などから得ているらしい」

 

「派手だねぇ。でもそんな風に行動してたら流石に帝国だって気づくんじゃねぇか?」

 

「いや、実際に犯罪に手を染めているのは貧困層の市民であったり、地方から出稼ぎに来たもののうまくいかなかったりした連中だそうだ」

 

「ってことはソイツは市民に犯罪を教唆してるってことか?」

 

 問にナジェンダは静かに頷き話を続ける。

 

「ああ、しかも教唆した人たちがある程度金を稼いだところで口封じのために殺しているらしい」

 

「証拠隠滅か……けっこうな悪党じゃねぇか。で、そいつの名前は?」

 

 肩を竦めつつ聞くが、リヒトは次の彼女の言葉に息をのんでしまった。

 

「その男の名は、リューインだ」

 

 

 

 

 

 とっぷりと日がくれ帝都のメインストリートからも段々と人影がなくなった頃。

 

 リヒトは黒いコートを着てそこから少し離れたリューインの家の前に来ていた。

 

「……二年ぶりか」

 

 そう呟きを漏らしたリヒトは目を閉じて夕方のナジェンダとの話を思い出す。

 

 

『その男の名は、リューインだ」

 

 その名を聞いた瞬間、リヒトは自分の耳を疑った。同時に驚きもあらわにして息も詰まらせてしまった。

 

『どうした、リヒト!』

 

『……そいつはオレが軍にいた時の上司だ』

 

『ッ! そうか……どうする? 無理だと思うのならやめてもいいぞ』

 

『いいや、行くさ。そんなぐらい出来なくって何が殺し屋だよ』

 

 リヒトはそれだけ告げるとナジェンダからその他の情報を聞いて踵を返した。けれど、ナジェンダにまたしても呼び止められた。

 

『リヒト、本当にいいのか?』

 

『この稼業を始めてから顔見知りと戦うことになるのは覚悟していたことだ。迷いはねぇよ』

 

 

 そう告げて出てきたのだから任務はキッチリと遂行する。同時にリヒトの瞳から光が消え、場の空気が一気に低くなったようになる。

 

 一呼吸の後にリューインの自宅のドアに手をかけようとしたが、その瞬間背後から声をかけられた。

 

「おい、そこのお前」

 

 一瞬警備隊かと思ったがリヒトはこの声に聞き覚えがあった。そして彼は振り向くと同時に声をかけてきた人物に苦笑しながら手を挙げた。

 

「オレだよ、リューイン副隊長」

 

「その声……髪は短くなってるがお前リヒトか!?」

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 先ほどのような冷徹な瞳ではなく、いつもの表情に戻ったリヒトに対し、リューインもまた笑みを浮かべてきた。

 

「二年ぶりじゃないか。どうしたんだ急に、革命軍の仕事とやらか?」

 

「いや、ちょっとな。久々に昔の話でもしたくなってよ」

 

「そうか。上がってくれ、酒とつまみを出そう」

 

 リューインは特に訝しむような表情はせず、すんなりとリヒトを家に入れた。その自然対応がどこか引っかかったのか、リヒトは彼に問うた。

 

「いいのかよ。帝国の軍人が革命軍の人間を家に入れて」

 

「構わんさ。別に監視されているわけではないし、バレなければ問題じゃあない」

 

 軽く言ってのけるもののそういう問題ではないだろう。だが、彼はリヒトを死亡者扱いにしてくれたユルゲンスの下で働いていたのだそれぐらいの優遇はしてくれるのだろう。

 

 ……オレはアンタを殺しに来てるんだけどな。

 

 内心でよく分からない気分になりながらもリヒトはすすめられた椅子に腰掛ける。

 

 やがてリューインが皿に適当なつまみを乗せ、ワイングラスとワインボトルを持ってきた。グラスにワインが注がれ、それを受け取ったところで小首を傾げつつ問う。

 

「なぁリューイン。聞いた話だと部隊は解散になったみたいだけど、みんな元気にやってるのか?」

 

「革命軍は情報を入れるのが上手いな。まぁ部隊は解散したが、皆元気でやっているんじゃないか? だがお前の方が知っていると思ったな」

 

「なに?」

 

「知らないのか。部隊の多くは革命軍に加入したらしいぞ。トーマやゴウ、リンにレンもな。同じ革命軍でも大分違うのか?」

 

「配属された部署が違うんだろ。さすがに帝国の軍人にベラベラしゃべるわけにはいかねぇけどな」

 

 肩を竦めてリューインに言うと、彼も「確かにな」と短く答える。

 

「ユルゲンス隊長はどうした?」

 

「……」

 

 その質問にだけはリューインが口をつぐんだ。最初はそれに首を傾げたが、すぐに彼はゆっくりと告げてきた。

 

「……隊長は、亡くなられた」

 

「オレの、せいか?」

 

 返ってきた答えに一瞬息が詰まりそうになったものの、リヒトは問う。ユルゲンスが死んだとすればそれはリヒトの死亡扱いを偽造したという点での見せしめが濃厚だろう。でもリューインはそれに被りを振った。

 

「いいや、隊長は病で亡くなられたんだ。お前が革命軍に入ってすぐに隊長は不治の病にかかってな。最終的には寝たきりになってしまったんだ」

 

 ユルゲンスの死亡原因にリヒトは声が出なかったが、心のどこかではホッとしたような気分になってしまった。自分を庇って死んだのではないと思ってしまったからだろう。

 

「そう、か」

 

「ま、まぁ暗い話はここまでにして久々に会ったんだ。もっと話そうじゃないか」

 

 リューインは暗くなった空気を元に戻そうとグラスを持って乾杯をしようと傾けてくる。リヒトはそんな彼を見つつ心が揺らぐのを感じた。本当にこんな彼が人身売買など非人道的なことをするのだろうか。何かの間違いではないだろうか、という気持ちが湧いて来るのだ。

 

 けれどリヒトはそんな甘い考えをすべて排除し、鋭い眼光で彼を見据えると低い声で問うた。

 

「なぁリューイン、今革命軍の方である話があがっててさ。お前、人身売買をしたり、生活が苦しい市民に犯罪を教唆したり、そうやって手に入れた金で上司に賄賂を送ってるらしいじゃねぇか」

 

 その問にリューインはすぐには答えず、しばしの沈黙が流れた。ふと彼は口元に小さな笑みを浮かべると答える。

 

「おいおい、そんな身も蓋もない話を信じたのか? 俺がそんなことをするわけないだろう。俺だって今の帝国の現状には辟易しているんだ」

 

「そう……だよな」

 

 リヒトも笑みを浮かべるものの俯いているためか目元まではわからない。リューインもまた「笑えない話だぞ」と失笑気味だ。しかしそこでリヒトは俯いていた顔を上にして静かに言い放った。

 

「リューイン、アンタやっぱり嘘が下手だよ」

 

「なに?」

 

「気付いてるかどうかしらねぇけどさ。アンタ前から嘘をつくとき顔がヒクつくんだ。目元の辺りが」

 

 言うと同時に彼はハッとして目元を押さえるが、その瞬間リヒトは目の前にあったテーブルを蹴り上げて片手剣を抜き放ち、彼の肩口を斬りつける。

 

「ぐぉッ!」

 

 くぐもった声を上げて倒れこんだリューインに対し、リヒトは刃についた血を振り払う。

 

「いまのは嘘だ。でも、アンタがよからぬことしてるってことはもう分かったな」

 

「か、カマをかけたのか!?」

 

「……本当は最後の望みだったんだけどな。アンタがそんな腐ったことをしているはずがないって言う、最後のな」

 

 悲しげな声を漏らしながらゆっくりとリューインに歩み寄る。そのときリューインが苛立たしげな顔をして懐から銃を取り出して発砲した。しかし銃弾はリヒトに届く前にヨルムンガンドが弾いた。

 

「なっ!?」

 

「聞かせてくれよ、リューイン。アンタ、何でそこまで堕ちた!!」

 

 怒鳴り声をあげるリヒトの目尻には僅かながら涙が浮かんでいた。リューインは銃を下げながらギリッと歯を食いしばった。

 

「仕方なかったんだ……! ユルゲンス隊長を失って隊も解体され、皆革命軍に入った。だが、俺には皆のように軍を抜ける勇気がなくてここに残った。でもたかが兵士の給料なんてたかが知れている!」

 

「だから上司に賄賂を送って地位を上げようとしたってことかよ」

 

「そうしなければ俺の生活だって危うかったんだ! それに市民を利用したっていいじゃないか! 俺は彼等を守るために毎日危険種と戦っていたんだぞ!? これぐらいの見返りを受けたってぐッ!」

 

 そこまで言った所でリヒトが蹴りを叩き込み、彼のつま先がリューインの鳩尾にめり込み、壁際まで吹き飛ばした。

 

「もう一度言ってみろテメェ……民を利用していい? 守ってやったんだから見返りを受けるのは当たり前だ? ふざけんじゃねぇぞバカ野郎!! お前は民を守るために軍人になったのにその民を傷つけ、あまつさえ殺してどうするんだよ!!」

 

「うるさい、黙れ! お前には分からんだろうさ! 途中で己の責務を捨てたお前に俺の気持ちが分かってたまるか!」

 

「分かりたくもねぇよ! 守るはずの民を傷つけてテメェの至福を肥やすクソヤローの気持ちなんて!!」

 

 血が滲むほど片手剣を握り締めるリヒトの言葉にリューインは萎縮し、唇を噛み締めた。だがここまで聞いたリヒトの腹はもう決まっている。

 

「終わりだリューイン……アンタは暗殺対象に入ってる。だからここで殺す。オレの手でな」

 

「ま、まさかお前あのナイトレイドにッ!?」

 

「ああ、そうだ……」

 

 声に答えるとリューインは周りにあったものをでたらめに投げつけてくるが、それらは殆どがヨルムンガンドによって防がれた。そしてリューインは逃げようと背中を向けるが、その瞬間、彼の胸を一本の短剣が貫いた。

 

 リヒトが実体のないヨルムンガンドを伸ばして彼の背中に突き刺したのだ。

 

「こん、な……はずじゃ、なかった……のに。俺は……」

 

 苦しげにうめき、最後まで逃げようとしたリューインは手を伸ばした姿勢のまま力なくその場に倒れこんだ。

 

 彼の背中から短剣を回収し、ヨルムンガンドを消したリヒトは目の前に転がるリューインの死体を見たあと下唇を噛み締めて俯く。

 

「……バカ野郎が……! なにやってんだよ……!」

 

 リヒトの瞳からは涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 リューインの暗殺を終えてアジトへ帰還したリヒトは特になにかあった様子もなくいたが、月光に照らされるアジトの廊下でアカメに声をかけられた。

 

「リヒト」

 

「よう、アカメ。どした? いつもならもう寝てる時間だろ」

 

 おちゃらけた風に言ってみるものの、アカメは真剣な眼差しを向けてくる。

 

「リヒト。今日の暗殺対象、昔の仲間だったそうだな」

 

「……昔の話だ。ちゃんと殺してきたさ」

 

「それはもう分かっている。でもリヒト、辛いんじゃないのか?」

 

「そうでもねぇさ。こうなることは覚悟してたことだ。別に気にかけるようなことじゃない」

 

 肩を竦めてアカメの横を通り過ぎようとしたが、腕をつかまれた。

 

「離せよ」

 

「嫌だ。無理をするなリヒト、泣きたい時は泣けばいいんだ。殺し屋だからと言って泣いてはいけないなんてことはない」

 

「ガキじゃあるめぇし。泣きゃしねぇよこんなことで……」

 

 そうは言うもののリヒトの言葉は震えていた。

 

「自分の感情を殺そうとするな。そんなことをいつまでも続けていたらお前の心が死んでしまうぞ」

 

「……やめろよ。そんなことを言うんじゃねぇよ」

 

 アカメの手を振り払い。彼女に向き直った彼の双眸からは涙が止め処なく流れていた。

 

「リヒト……」

 

「覚悟なんかしてたんだよ……! こんなことになるってことは。なのに我慢しようとしても出て来るんだよ!!」

 

「それはお前の心が泣きたいと言っているからじゃないのか?」

 

「心が?」

 

 問い返すとアカメは静かに頷きリヒトの手を握った。

 

「いいかリヒト、我慢はいけない。嬉しい時は笑うのに、悲しい時には泣かないなんてそれはダメだ。自分の気持ちにもっと正直になれ。私だって悲しい時には泣く、これはみんな一緒だ。だからお前は泣いていいんだ」

 

「……ハッ。まさかアカメにそんなことを言われるとはな」

 

「もう二年も組んでいるんだ。お前の様子がおかしいことぐらい簡単に分かる」

 

「そうかい、それじゃアカメに隠し事はできねぇなぁ」

 

 涙を零しながらも苦笑したリヒトだが、そこでとうとう我慢が出来なくなったのか、嗚咽を漏らした。

 

 そこからはもう滝のように涙が出てきた。どれだけ拭っても涙は溢れ出し、口からは静かな嗚咽が漏れていた。廊下の壁に背を預ける形で座り込み、泣き続けるリヒトだったが彼の隣にはアカメが座り込み彼の頭をずっと撫でていた。




はい、今回は予定通り行きましたね。

前回と打って変ってアカメとの行動が多かった今回でしたがいかがでしたでしょうか。
最後のほうとかアカメちゃんマジ天使状態でしたねwww

タツミはエスデスとバカンスだったというのにリヒトと来たら凄まじいほど精神を抉られる仕事をこなしていました。
まぁこう言うこともあるでしょう。セリューも似たようなもんですしおすし。

ではでは次回はタツミを帰還させてやっとこさキョロク入りですかね。
近づいてくるのはチェルシーの生死とセリュー戦、果たしてどうなるのか……

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