白銀の復讐者   作:炎狼

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第三十一話

 大聖堂の中では剣戟の音が鳴り響いていた。

 

 その中心にいるのは、ナイトレイドのリヒト。そして帝国最強の異名をとる、エスデスだ。

 

 素人目に見れば二人はほぼ互角に戦っているようにも見えるだろう。しかし、戦っているリヒトからすれば、互角などとは決して言えなかった。

 

 エスデスの放つ一撃一撃、それらは全て急所を貫く必殺の一撃だ。

 

 右目に向けて放たれた突きを、拳の腹で受け流す。頬を僅かに切り裂き鮮血が舞う。けれど痛みを気にしている余裕はない。

 

 今度はリヒトがエスデスの顔面目掛けてヨルムンガンドを放つ。真っ直ぐに迫るヨルムンガンドには確かな速さがある。常人であればこの距離で避けるのは不可能だろう。

 

 そう。常人であれば、だ。

 

 ヨルムンガンドがエスデスの顔面に直撃する直前、彼女の眼前に厚い氷が出現してヨルムンガンドを弾いた。

 

 氷だというのに、響いた音は金属音。その音だけで氷がどれだけ硬いものなのかを物語っている。

 

 瞬間、エスデスの瞳に嗜虐的な光が灯ったのをリヒトは見逃さず、直感的にその場から飛び退いた。

 

 刹那、彼がいた場所へ鋭い氷柱が降り注いだ。

 

 土煙と砂埃が発生し、一時的にリヒトの視界を塞ぐ。が、リヒトはすぐさま防御態勢を取った。同時に、エスデスが煙の中から現れ、軍刀を上段から振り下ろした。

 

 再び剣戟の音が響く。剣と剣が激突し、火花が散る。

 

 鍔迫り合いをする二人であるが、エスデスはその整った口元を邪悪にゆがめる。

 

「よく防いだ。直感だったか?」

 

「残念。テメェの殺気が強くなったから攻めてくるって分かったんだよ! こちとらガキの頃から危険種と馬鹿みてぇに戦ってきてるからな。それが役に立ったぜ」

 

「ほう、子供の頃から危険種とか……。では私たちは似たもの同士と言うわけだな」

 

「なに……!?」

 

 驚きながらも剣を握る力は一瞬たりとも緩めない。緩めた瞬間、それは死につながるからだ。

 

「私の出自は北方の狩猟民族のパルタス族でな。幼い頃より危険種を狩って生活していた。父からは危険種を狩るための教育を受けてきた。お前もそうなのだろう?」

 

「……ああ。親父は俺に危険種の狩り方を教えてくれたよ。けど、似てるのはそこだけだろうが。俺の生き方はテメェとは同じじゃねぇ!」

 

「そうだな。確かに生き方は違う。だが、心はどうだ? お前は戦いを楽しんだことはないのか?」

 

「なんだと?」

 

「お前は殺し屋だ。ターゲットを殺した時『やったぞ』という愉悦が微塵もなかったと言えるのか?」

 

 人の心を見透かすような透き通る声がリヒトの耳に入ってくる。

 

「残念ながらそれはないだろう。目的を達成した時、人間は愉悦を感じずにはいられない。私とてそうだ。強い者を精神的にも、肉体的にも破壊しつくすのは楽しくてたまらない。お前も標的を殺した時、嬉しかっただろう?」

 

「……ッ!!」

 

 否定は出来なかった。エスデスの言葉は全てにおいてリヒトの心を見透かし、そして正しかった。

 

 かつての仲間を殺した時を除いて、標的を殺した時は多少なり達成感は味わった。

 

「否定しないところをみると、正解か。だが、それは決して恥ずべきことでも、忌むべきことでもない。寧ろ誇ればいい」

 

 残虐で嗜虐的な笑みを強めるエスデス。けれど、妙なのはその声に場違いな優しさがあったことだ。

 

「その愉悦、私と来ればもっと味わわせてやるぞ? 心配はするな、洗脳も拷問もしない。捕虜として拘束して、四六時中私の監視下に置くだけだ。衣食住には困らず、快楽にも困らない。なかなかいい提案だと思うが?」

 

 ギチリと剣を寄せてくる。

 

 確かに、いい提案だ。彼女の軍門に下りさえすれば、命までは取られない。そればかりか、衣食住の世話までしてくれる。これほど好条件な提案はないだろう。

 

 リヒトはそれにフッと笑うと、彼女に返答する。

 

「そうだな……まぁ確かに、お前の提案はすごく魅力的だよ」

 

 そこまで言ったところで、今度はリヒトが剣を強く押し戻す。

 

「けどな、エスデス。俺はもうとっくに覚悟を決めてんだ。ナイトレイドとして、革命軍として、この国を変えてやるってな」

 

 鍔迫り合いにより、二人の間に火花が散る。

 

「それにテメェで決めた覚悟を最後まで持てない男にはなりたかないんでね」

 

「そうか、ならば散れ。今、この場で」

 

 瞬間、エスデスの周囲に氷が展開。息つく間もなくリヒトに襲い掛かった。

 

 彼はヨルムンガンドを氷が展開したと同時に後方に伸ばし、ギリギリでそれを避ける。そのまま壁に伸ばして打ち込むと、さらに追撃してくる氷を避けながら大聖堂全体を見回す。

 

 ……さすがにまだ三人の回復はきついか。

 

 レオーネは体を切り刻まれていて腕が斬りおとされてしまっている。アレを治すとすれば、クローステールで縫合したほうが良いだろう。

 

 ナジェンダも未だに気絶していて、スサノオも凍結されてしまっている。本来ならば既にアカメ達が到着していてもいい頃合なのだが、足止めをくっているためか、彼女達が到着する正確な時間は分からない。

 

 最低あと二人、いや三人動ければエスデスとクロメを留めて、チェルシーかアカメがボリックを殺せるのだが、この状況では難しい。

 

 ……万事休すってわけでもないが、このまま俺だけで戦っても一度攻め込まれると苦しいな。にしても――。

 

「どんな精神力してんだ、アイツ」

 

 背後に迫る氷の攻撃を避けながらリヒトはエスデスを見やる。

 

 既にヨルムンガンドを巻きつけてからそれなりの時間は経過したはずだ。言い方は矛盾があるかもしれないが、普通の帝具使いであればそろそろ帝具を使うのに疲弊してもおかしくはないのだが……。

 

「さすがにそう簡単にはいかねぇか」

 

 やはりデモンズエキスを従えるだけの精神力は、そんじょそこらの帝具使いの比ではないということらしい。

 

 全てにおいて規格外、それがエスデスという女だ。

 

「けど、そういう規格外に立ち向かって勝ちたいってのは、男の子のロマンかもなぁッ!!」

 

 逃げるのをやめ、今度は攻撃に転ずる。

 

 射出される氷塊を、ヨルムンガンドを駆使した機動力で避けながらエスデスに斬りかかる。

 

「やはりその機動力、なかなか侮れんな」

 

「冷静に防御しといてよく言う」

 

 二人はまた剣を交える。

 

 大聖堂には、剣戟の音が再び響き渡った。

 

 

 

 

 

 一方、大聖堂の外では、アカメ達を相手にウェイブが一人で見事な立ち回りを見せている。

 

「このやろッ!」

 

 ラバックが攻撃をしかけるものの、ウェイブはそれを簡単に回避し、彼の足元を刈るとそのまま空中に投げ出されたラバックの鳩尾に痛烈な蹴りを叩き込んだ。

 

 すぐさまアカメが斬りかかり、ウェイブの隙を突くものの、ウェイブはそれに反応して彼女と戦闘に入った。

 

 そして、彼はマインの射撃にも気を配っているため、なかなか突破が難しい状況となっている。

 

「そんなもんかよ、ナイトレイド!!」

 

 吼えるウェイブであるが、彼は違和感を覚えた。

 

 ……一人、足りない!?

 

 アカメと戦いながら彼は周囲を見回す。アカメを含め、今、彼の前にいるのは、ラバックとマインだけだ。戦闘開始当初はあと一人、インクルシオがいたはずだが……。

 

「まさか、あの野郎!!」

 

 ウェイブはすぐに気が付き、大聖堂を見やった。

 

 

 

 

 ……気が付いたか。

 

 ウェイブと戦いながらアカメは、先ほどタツミと交わしたやり取りを思い出す。

 

『ようは、ウェイブの一瞬の隙を突いて俺が透明化すればいいんだよな?』

 

『ああ。あの男は確かに周囲の気配に鋭敏に反応してはいるが、それも万能ではない。確実に視線を外す瞬間がある。そこを狙って透明化するんだ』

 

『了解。でも、アカメ達は……』

 

『安心しろ。すぐに追いつくさ。だから、私たちよりも先に大聖堂へ向かって、ボス達を援護してやってくれ』

 

 このやり取りの後、タツミはインクルシオの透明化によってその姿を消し、ウェイブの目を掻い潜って大聖堂へと向かった。そろそろ到着した頃合だろう。

 

 だが、作戦を確実なものとするためにはまだ足りない。

 

 ……この男を仕留めないまでも、戦闘続行が出来ないようにしなくてはな。

 

 アカメは村雨を構えて斬りかかろうとするが、視線の奥、ウェイブの後方にいるラバックがこちらにアイコンタクトを送ってきたのが見えたので、攻撃を中止する。

 

 ウェイブもこれには不信に思ったようだが、彼が一歩踏み出そうとしたところでその動きが拘束された。

 

「これはっ!?」

 

 驚くウェイブの身体にはクローステールが巻きついており、糸の先はラバックによって木の幹にくくりつけられている。

 

「こっちも別にただ逃げてたわけじゃないんだよ。戦いながらお前の身体に糸を巻きつけていたのさ。ガフ、ゲホッ!」

 

 咳き込むラバックは微量ながらも血を吐き出した。

 

 三人の中では一番被弾率が高かったため、ダメージが大きいのだろう。

 

「甘いぜ。こんな糸、さっきみたいに引き千切って……ッ!?」

 

「甘いのはそっちだっての。その糸は、界断糸って言ってな。とっておきの一本だ。……先に行け、アカメ!!」

 

 ラバックに言われ、アカメは頷いてからマインと共に大聖堂へ向けて駆け出した。背後ではウェイブが声を荒げているが、そんなことを気にかけている場合ではない。

 

 走りながらマインが若干心配そうな声を上げる。

 

「タツミのヤツ、ちゃんと着いてるわよね?」

 

「それは心配ないだろう。途中で兵が待ち受けていようとも、インクルシオの透明化を使って気配を断てば交戦せずに切り抜けられる」

 

「まぁそれもそうね。でも、あたし達もかなり遅れちゃったわ。急がないと」

 

「ああ」

 

 二人は走る速度を上げて大聖堂へ急ぐ。

 

 ……皆、無事でいてくれよ。

 

 

 

 

 

 場所は戻り、再び大聖堂。

 

 空中を飛び回りながらエスデスの攻撃を避け、隙あらば斬り込んで行くリヒト。が、攻撃はしっかりと防がれるばかりか、カウンターなども叩き込んでくるため、決定打は中々打ち込めない。

 

 連射される氷塊は相変わらず一つ一つが非常に凶悪なもので、一撃でも喰らえば致命傷は必至。

 

「つか、いい加減ヨルムンガンドの効果が出てもいいだろうよ。バカスカ撃ちやがって……ッ!?」

 

 毒づき、ヨルムンガンドが天井へ向けて伸びたときだった。天井に打ち込まれる前にヨルムンガンドがそれ以上伸びなくなってしまった。

 

「逃さん!」

 

 声が聞こえ、そちらを見るとエスデスの頭上にリヒトの体を二分しそうなほど巨大な氷柱が出現し、次の瞬間には射出された。

 

「なんの……!」

 

 空中に放り出された状態のリヒトであるが、すぐにヨルムンガンドは意思を持ったように天井近くの柱に方向を変え、そのまま柱を噛んだ。

 

 間一髪氷を避けたリヒトはそのまま壁に張り付くように移動し、エスデスを見下ろした。

 

 ……今のはさすがに肝が冷えたな。流石に血の流しすぎか。

 

 頭の傷から流れ続ける血はとまることを知らずずっと流れ続けている。その他にもエスデスとの剣戟で負った傷も多かれ少なかれ存在している。騙し騙し来たものの身体は正直と言うべきか、警鐘を鳴らすように視界もぼやけ始めている。

 

 だが、恐らくは出血だけが原因と言うわけではないのだろう。エスデスに噛み付かせているヨルムンガンドは精神力が具現化したものだ。具現化させるには集中力をかなり消費する。

 

 怪我をした状態でエスデスという戦闘本能の塊のようなバケモノと一対一で戦い合い、なおかつ精神力も削り続ける役割を担うのは流石に骨が折れる。

 

「まぁ、無理のしすぎってことか……上等じゃねぇの」

 

 口の辺りにまで伝ってきた血を舐め取っていると、こちらを見るエスデスが不適な笑みを浮かべた。

 

「なんだよ、攻撃してこないなんてアンタらしくないな」

 

「考え込んでいるようだったのでな。だが、随分と消耗しているようだな。さっきの隙、わざと見せたわけではあるまい?」

 

「……さぁな」

 

 痛いところを突かれたものの表情には出さずに、あくまで平静を装うリヒトであるが、不意にエスデスがその場から一歩飛び退いた。

 

 その行動を疑問に思っていると、彼女の近くにインクルシオを装着したタツミが現れた。出現の仕方からして透明化して突入してきたのだろう。

 

「ったく、遅いんだよ」

 

 溜息をつきながらも壁から降りたリヒトはようやくやってきたタツミの隣に立った。

 

「わるい、リヒト。遅くなった」

 

「本当におせぇ。流石に殺意が湧きかけたぜ」

 

 冗談交じりに言うと、タツミは少し苦笑したような声を上げる。

 

「ほう、インクルシオか。これを狙っていたのか、リヒト?」

 

「どうだろうな。敵さんに作戦のことなんざ教えねぇよ」

 

 またしてもはぐらかすリヒトであるが、エスデスは余裕たっぷりの笑みを見せる。

 

「まぁいいさ。インクルシオ、お前とは戦ってみたかったからな」

 

 彼女の口振りからしてまだインクルシオを装備しているのがタツミということはばれていないらしい。

 

 そして二人が戦闘態勢を取り、エスデスが軍刀を構えた時だった。彼女が弾かれるようにして背後を見やった。同時に、二人もそちらに視線を向ける。

 

 エスデスは驚いた表情を、リヒトとタツミはそれぞれ安堵したような笑みを浮かべるた。

 

 視線を辿ると、その先には気絶していたナジェンダが立ち上がり、氷漬けにされていたスサノオにエネルギーが送られているのが見て取れた。

 

「ナジェンダ? 何をしている……?」

 

「残念だが、エスデス。ここまで生き残っている私たちは皆しぶとい。氷漬けにしたからといって、安心しないほうがいい」

 

 エスデスとはまた別の不適な笑みを見せたナジェンダは、仰向けに倒れこみながら告げる。

 

「行け、スサノオ。ボリックを倒せ!」

 

 瞬間、スサノオを封じていた氷が内部から砕け散り、様相の変わったスサノオが鋭い眼光でエスデスを睨む。

 

「なるほど、その生物帝具の奥の手か! しかしあの状態から発動できるとはな」

 

 エスデスが言い切るとほぼ同時に、スサノオが彼女との距離を一気に詰め拳を放つ。

 

「俺たちも行くぞ」

 

「ああ」

 

 復活したスサノオに続き、リヒトとタツミも同時に駆け出しエスデスに攻撃を仕掛ける。

 

 タツミはスサノオの攻撃にあわせ、彼の攻撃の合間を縫うようにしてエスデスに拳を放つが、エスデスはスサノオの攻撃とあわせて全てを捌き切る。

 

 けれどまだ終わりではない。空中に舞い上がったリヒトはヨルムンガンドに短剣を咥えさせ、鞭のようにしならせながら彼女の頭に向けて振った。

 

 エスデスは回避運動を取らずに、タツミとスサノオの攻撃を捌いていたが、直撃する寸前で、背後に視線を向けてからタツミに肘鉄を放ち、彼を殴り飛ばしそちらに回避行動を取った。

 

 普通であればこれで避けられたということになるが、今展開しているヨルムンガンドはある程度の意思を持って動いている。エスデスの顔の横を通過する時、龍のオブジェが顔を動かし、短剣をエスデスの頬に向ける。

 

「ッ!?」

 

 流石のエスデスもこれには回避が間に合わなかったようで、リヒトの手には肌とは違う硬い手ごたえが伝わってきた。

 

 ヨルムンガンドを回収してから着地すると、エスデスの頬に傷はなく、彼女の顔の真横に展開された氷に小さな溝があるだけだった。

 

「三人でアレだけ攻めて氷に小さい傷一つとか……割りにあわねー」

 

「そう悲観することでもないぞ、リヒト。私も今のは驚いた。まさか生物型でもないのに意思を持ったように動くとはな」

 

 エスデスが感心したように頷いている。相変わらず余裕たっぷりの様子だ。

 

 そんな彼女に辟易した様子のリヒト近くにスサノオが近づき、彼に小さな声で告げてきた。

 

「リヒト、まだやれるか?」

 

「大丈夫だ。まだリタイアには早い。なんか狙ってんだろ、スサノオ」

 

「ああ。恐らく今の状況ではエスデスを殺しきるのは不可能だろう。だが、ボリックだけを狙えば話は別だ」

 

「今回の任務はあくまでボリック暗殺だからな。それにまだチェルシーも動いてねぇ」

 

「次の攻防で俺とタツミが囮となる。そしてリヒト、お前はクロメと骸人形を何とかしてくれ。その隙があればチェルシーでも殺せるはずだ」

 

 スサノオの考案した作戦にリヒトが頷き、タツミにも視線を送ると彼も凡そ理解できたのか頷いた。

 

「なにか考えているようだが、お前たちだけで私を倒せるかな?」

 

「どうだろうな。だがそんなことは、やってみなくてはわからん!!」

 

 

 

 

 

 リヒト、スサノオ、タツミがエスデスと戦うのを天井から見ていたチェルシーは、先ほど二人が話しているのを見て、なにかを狙っているのだろ感じていた。

 

 彼女はずっと化けていたネズミから姿を戻すと、懐にしまっていたケースから一本の針を取り出す。

 

 この毒針の先端には成人男性五人分を殺せる超猛毒が塗ってある。ボリック程度であれば一瞬で殺せるだろう。

 

「けど、問題はその一瞬を作れるかどうかだよね。頼むよ、三人とも」

 

 彼女は祈りつつ、気配を殺しながらボリックの真上にまで移動した。そこで再び三人に視線を戻すと、ちょうどタツミがエスデスの追撃を受けているところであった。スサノオはと言うと、氷柱による攻撃を腕を振り払って防いでいる。

 

 が、先ほどまでいたはずのリヒトの姿がない。どこに行ったのかと視線を巡らせていると、壁を走っているのが見えた。

 

 支えになっているのは天井に突き刺さっているヨルムンガンドだ。エスデスはと言うと、眼前のスサノオに集中しており、まだ彼に気が付いていない。

 

 すると聖堂内にバキバキという木材を強引に叩き折る音が響く。見ると、スサノオが長大すぎる大剣を握り、聖堂の椅子を破壊しながらエスデスに向かって突貫していた。

 

 そしてある程度距離を詰めた時、彼はその場に停止すると同時に大剣をエスデス目掛けて振るった。

 

天叢雲剣(あめのむらくも)!」

 

 振るわれた大剣は風を斬りながらエスデスに迫るが、彼女は笑みを浮かべながらその場に氷壁を連続で出現させた。

 

 氷壁と剣が衝突し、けたたましい音が響く。最初こそ剣の勢いが勝っていたが、連続で現れる氷壁に封じられ、剣が振りぬかれることはなかった。

 

 けれども、スサノオの桁外れの膂力で振るわれた剣によって発生した衝撃波は凄まじく、天井にいたチェルシーにもそれが届いていた。

 

「すごい衝撃……! でも、これならボリックもろとも……!?」

 

 衝撃波によってボリックを消し飛ばせたかもしれないと思ったが、それは間違いであった。見ると、骸人形に抱えられたクロメとボリックの姿がある。その様子からして傷はないようだ。

 

 が、骸人形も無事ではすまなかったようで、クロメとボリックを降ろした後、力なくその場に倒れこんだ。

 

 ……やっぱり私がつけた傷がまだ効いてる。扱えるのはあの一体だけか。

 

 などと考えていると、エスデスの張りのある声が響いた。

 

「後ろだ、クロメ!」

 

 その声と同時にクロメと骸人形の体に龍のオブジェを象った鎖が巻きついた。鎖の伸びている方向を見ると、そこにはリヒトは不適な笑みを浮かべていた。

 

 瞬間、チェルシーはここが「好機!」と思い足場にしていた柱から飛び降りようとした。

 

 けれどそれは出来なかった。なぜならば、彼女は感じ取ってしまったのだ。スサノオと対峙するエスデスの中に圧倒的な力の塊が集約するのを。

 

 そして彼女は感じた。この力の矛先が、今クロメと捉え、剣の刃をボリックに向けているリヒトであるということに。

 

「まずい、リヒト――!」

 

『逃げて』と続けようとした時、エスデスの冷徹な声が聖堂内に響く。

 

 

 

摩訶鉢特摩(マカハドマ)

 

 

 

 摩訶鉢特摩。その名を告げた瞬間、時が凍った。

 

 けれど、唯一動けている女がいる。それは摩訶鉢特摩を使用した張本人、エスデスだ。

 

「私の前では全てが凍る」

 

 彼女は止まった時空の中でただ一人動き始めると、軍刀を鞘から抜き放ち、眼前に立ちはだかっているスサノオの腹に刀身をつきたてる。

 

「邪魔だ」

 

 そのままスサノオの体を横薙ぎにするが、スサノオは動かない。

 

 エスデスはカツカツとヒールを鳴らし、クロメと捉えているリヒトに近寄っていく。

 

「やれやれ、本当はタツミと絶対に逃さないために開発した奥の手だったのだがな……。生物帝具とインクルシオを囮として最大限に活用し、私の目を掻い潜ったところまでは褒めてやろう」

 

 冷淡な声をリヒトに浴びせるエスデスであるが、彼からの反応は返ってこない。が、エスデスは自分とリヒトを繋いでいる鎖が未だに途切れていないことに気が付いた。

 

「ほう、時を止めても未だに効力を発揮しているのか。どのような効力かは知らんが特殊な帝具であることに変わりはなさそうだ。しかしこの消耗量……一日一回が限界と言ったところだが、それでも充分だと思わないか? リヒト」

 

 言いながら彼女はリヒトの腹部に軍刀を突き立てる――。

 

 ――はずであった。

 

「ぐっ……!?」

 

 不意にエスデスは自身に意識にノイズが奔るのを感じ、頭を押さえてしまう。リヒトの腹部を狙っていた軍刀も指すことができていない。そればかりか止めていた時が再び動き始めた。

 

 ……馬鹿な。私の意志に関係なく摩訶鉢特摩が破られただと?

 

 冷静に分析するエスデスであるが、頭の中に走るノイズは更に強くなり、頭痛すらも現れ始める。

 

 すると、そんな彼女の目の前で、軍刀にヨルムンガンドを巻き付けたリヒトが不適な笑みを浮かべた。

 

「どうやってこんな近くまで移動したかはしらねぇが。ようやく効いてきたか。ったく、馬鹿みたいな精神力しやがって……」

 

「なんだと、リヒト。貴様私になにをし……ッ! そうか、この……ヨルムンガンドの能力……!」

 

「ご明察だ。俺のお前の首筋に噛み付いてるヨルムンガンドは、対象の精神力を徐々に削り取る。まるで、獲物を縛り上げて体力を奪う蛇みたいにな」

 

 リヒトに言われたとおりであった。エスデスは摩訶鉢特摩で消耗した精神力とは別に、自身の精神力が削られていることに気が付いた。

 

「お前の帝具、デモンズエキスは帝具の中でも最強の部類に入る。だが、それを扱うには常時大量の精神力を消費する。お前はお前の力で逆に押し潰されるんだ!」

 

 動けないようにしているリヒトであるが、エスデスは決して焦ることはなく、ましてや怒りを見せることもなくいつもの不適な笑みを零した。

 

「私を追い込んで得意げなところ悪いが、リヒト。残念だったな……」

 

「なにっ?」

 

「この程度の消耗で、動けなくなっているようなら。私は帝国最強となど言われていないさ」

 

 エスデスは言いながら背後から迫っていたスサノオに対し、頭上に生み出した氷塊をぶつける。避けられはしただろうが、今はそれで充分だ。

 

「チッ!」

 

「余所見をしている暇はないぞ」

 

 舌打ちしたリヒトに対しあくまで冷徹に告げると、彼女は軍刀から手を離し、右足を軸に回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 油断していたこともあったのか、リヒトはそのまま吹き飛ばされ、柱に激突し崩れ落ちた。

 

「生物型も厄介だが、貴様の帝具はさらに厄介だ、リヒト。しかし、戦場で油断は禁物だ。私を止めたいのならその鎖で雁字搦めにする気で来い」

 

 土煙の中にいるリヒトにエスデスは告げる。けれどその頬には彼女にしては珍しく汗が滲んでいた。

 

 生物帝具を見ると、動けはするようだがまだ腹部の傷が回復していない。恐らく先ほどの攻撃も勢いに任せたものだったのだろう。インクルシオをみてもそれは同様で、まだ動けていない。

 

「ククク……」

 

 不意に土煙の中からリヒトの笑い声が聞こえた。この状況にはそぐわない笑いに、エスデスが眉をひそめる。

 

「どうした、リヒト」

 

「いや、確かにお前を止めたいならそれぐらいはしたほうが良さそうだと思ってさ。でも、忘れてないよな。エスデス、今回俺たちが来たのはあくまでもボリックの暗殺、だぜ?」

 

 土煙が晴れ、露になった彼の頭からは先程よりも血が滴っており、服にも赤い滲みが出来ている。

 

 だが、黄金に輝く瞳には力強い光が宿っている。そして、エスデスは彼の手から伸びる鎖を辿る。鎖はクロメとナタラを拘束し、彼女の軍刀に巻きついている。だが、ボリックには巻きついていない。

 

「隊長!!」

 

 クロメの声に反応し、弾かれるように振り返ったエスデスの視線の先に移っていたのは、ボリックの首筋に小さな針を突き刺している赤茶髪の女と、針を刺されたためかぐったりとしているボリックであった。

 

 ボリックからは生気が感じられず、瞳には光が宿っていない。

 

 死んだのだ。

 

 帝具などではなく、針一本であっけなくボリックは殺され、エスデス達は任務に失敗した。

 

 エスデスはここで初めて悔しさをあらわにした。彼女は腕を女のほうに突き出し、氷柱で串刺しにしてやろうと試みたが、生物帝具の高速移動によって、氷柱が突き刺さる前に女はそこを脱し、リヒトもまた同じように生物帝具に回収されて難を逃れた。

 

 そのままインクルシオと、金髪の女も回収され、ナジェンダの下までの後退を許してしまった。

 

 エスデスは頭を押さえつつ、死んだボリックを今一度見やる。

 

 あの男自体にはなんの興味もないが、護衛対象を死なせてしまったということは事実。

 

「――――っ。任務失敗か」

 

 

 

 

 

 スサノオによって回収されたリヒトは、チェルシーと拳をぶつける。

 

「ナイスタイミング、チェルシー」

 

「ありがと。でも、リヒトもスーさんも、皆ギリギリだったね」

 

「ああ。つか、あの女、どうやって俺の目の前まで移動しやがった……?」

 

 疑問は残るが、とりあえず今はボリックを暗殺を喜ぶべきなのだろう。ナジェンダに視線を向けると、彼女も座りながらであるが笑いかけてきた。

 

「よくやったチェルシー。それに、三人も良く頑張ってくれた」

 

「ひとまずはこれで任務達成か」

 

「となるな。だが、まだ気を抜くなよ」

 

 ナジェンダの言葉に意識を取り戻したであろうタツミを含め、全員が頷いた。

 

 確かに、ボリック暗殺という任務は達成した。しかし、彼等にはまだやるべきことが残っている。

 

「全員で、生きてここを脱出するぞ」




お疲れ様です。
更新遅れて申し訳ないです。

任務……完了……。

はい、とりあえずこれでボリック暗殺完了です。
え、あっさりしてるって? まぁこんなモンでしょう。マカハドマも出しましたし、というか、エスデスも消耗してるんでチェルシーには気付いてないです。そういう設定です。
チェルシーも頑張りました。タイミングが大事でしたからね……。
マカハドマに気が付いたのは、力が集められてたから、それが伝わった感じです。それぐらい普通にあると思うんですけどね。
しかし、リヒト、タツミ、スーさんの三人がかりで戦っても結局エスデスには傷一つつけられませんでした。
そうかんがえると、やっぱりこの人バケモノですよね。倒せるのかしら。というか、精神力消耗したって普通に帝具使うし……なんなのかしらこの人。

次回は聖堂から脱出するところですが、果たしてスーさんは大丈夫なのだろうか。
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