イェーガーズに所属する前、ランは帝国のジョヨウという地方都市近くの農村で教師をしていた。
貧困が広がっている帝国領内であるが、彼のいたジョヨウは他の地域よりも比較的豊かだった。
それゆえ貧富の差による治安の悪化もなく、ランが勉学を教えていた子供達もゆとりのある環境の中で育っていった。
ランにとってもそれはうれしいことであり、誇らしいことだった。
帝国の腐敗はわかっていた。
けれど、自分の手が届く範囲の平穏は子供達が成長するまで保たれると思っていた。
あの事が起きるまでは。
それはランの留守中に起きたこと。
凶賊によって子供達は一人残らず殺されていた。
ランはすぐに役人達に事件の捜査と犯人の確保を申し出たが、それは果たされなかった。
ジョヨウの役人達は治安最高の地方都市という名目を汚したくないがために、子供達の死をもみ消したのだ。
許せなかった。
子供達を殺した凶賊は当然のことながら、役人達の対応もランは決して許ことができなかった。
故に彼は国を変えようと誓った。
殺された子供達のような悲劇を二度と生まないために。
その上で彼が選んだのは、帝国を内部から変える方法だ。
革命軍に所属するという手もあるにはあったが、エスデスやブドーという戦力を有している帝国に対して勝ち目があるとは思えなかったのだ。
内部から変えるのであれば、国内で権力を手に入れる必要がある。
ランはすぐさま行動を開始し、手始めにジョヨウの女性太守に取り入った。
簡単に言うとその美形な顔と話術でたらしこんだのだ。
都合がいいことに太守に気にいられたことで帝具も入手でき、最終的にはイェーガーズに所属できるまでになった。
子供達のために権力を手に入れるまで大きな問題は起さず、出世していくのだと心に決めていた。
だがその間も子供達を惨殺した犯人を追っていた。
復讐を果たすために。
「……」
ランが見据えるのはワイルドハントの詰め所の中にいる存在。
子供ばかりを狙い、己の歪んだ欲望を満たす下劣な道化師。
ワイルドハントが発足して少し経った時、酒の席で彼は誇らしげに自慢していた。
『ジョヨウの街で子供達を襲って皆殺しにしてやった』と。
その時、ランの内で燻っていた真っ黒な復讐の劫火が燃え盛った。
追っていた犯人をついに見つけたのだ。
「……必ず、殺す」
燃え上がる憤怒を今は抑え、彼は詰め所へ入って行った。
満月が照らす帝都の街中にはナイトレイドの姿があった。
「月明かりがすごいな……暗殺には不向きじゃねーか?」
タツミは苦い表情で空を見上げている。
確かにタツミの言うこともわかる。
地面にくっきり影が出来るほどに明るい夜は、警備兵はもちろん、暗殺対象にも見つかりやすくなる。
ビビッているわけではないだろうが、多少心配するのは当然だろう。
「今までだって満月の時はあったでしょ。まさか恐いって言うんじゃないでしょうね」
「そうじゃねーよ。ただ、マインは狙撃手だし、目立っちゃダメだろ。嫌なんだよ……その、彼女が傷つくのみるのは……」
どこか気恥ずかしげにいうタツミの頬は僅かに赤くなっていた。
それに呼応するようにマインも一気に顔を赤くし、二人はもじもじしている。
「……あいつ等ちょっと甘すぎじゃない?」
「出来立てのアベックなんてあんなもんだろ。俺だってチェルシーとあんな調子だったろうが」
「羨ましいを通り越して殺意が湧くんだけど……。あてつけ? あてつけなの? 俺がナジェンダさんと付き合えないことに対しての!!」
「知らねぇよ。つかいちいち騒ぐな面倒くせぇ!!」
「だってさー!」
「だってもへったくれもあるか!」
リヒトは縋り寄ってくるラバックを乱暴に引っぺがしてからアカメを見やる。
「どうするアカメ。目的はワイルドハントだけど詰所をいきなり襲撃ってわけにもいかないだろ?」
「ああ。乱戦はなるべく避けたい。相手取るならば多くとも二人までになるだろうな」
「じゃー誘き出すとか?」
「いや、それもやめておこう。こちらの構成を二手にわけよう。密偵からの連絡で詰所の場所はわかっている。私とレオーネ、タツミとマインの四人は詰所の監視。リヒトとラバックは機動力を活かして周囲の警戒と暗殺対象の捜索を頼む」
「了解だ。ってわけだ、行くぞラバック」
「いーやーだー! まぁたお前と一緒じゃんかよー!! アカメちゃん達と一緒がいーいー!」
「駄々こねてる場合かよ。ほれ」
リヒトは屋上からラバックを放り投げた。
一瞬、「ちょっ!?」という声が聞こえた気がするが問題ないだろう。
現にすぐさまクローステールの糸が屋根の端に巻き付いてラバックが上がってきた。
「なにしてんの!? 普通放り投げる!? 地面スレッスレだったんだけど!!!!」
「俺はお前のことを信頼して放り投げたんだぜ」
「なに決め顔で歯ぁキラーンさせてんだよ!! 言ってる事とやってる事が脈絡無さすぎて恐いよ!! サイコだよ!!」
「おー、流石芸人枠。見事なツッコミだ」
「芸人扱いだけはマジでヤメテ!!」
「じゃあそう扱われないようにさっさと行こうぜ。それじゃまた後でなアカメ、再集合はどれくらいにする?」
「三時間以内には集まろう。収穫がなかったとしても集まるように」
「あいよ」
リヒトは空中にヨルムンガンドを射ち込み、ラバックは溜息をつきながらもクローステールを展開して空を走っていく。
ワイルドハントの詰所は民から奪い取った旅館。
リヒトとラバックは円を描くように警戒にあたる。
「なぁラバック」
「なに?」
「俺とチェルシーとか、タツミとマインとかのことが羨ましいってずっと言ってるけどよ、なんでお前ボスに告白とかしないわけ?」
問いを投げかけた瞬間、ラバックがクローステールの足場からずり落ち、地面と濃厚なキスをしそうになった。
が、これもすぐさま糸を展開したことで、なんとか回避してみせる。
「あっ……ぶな……! てか、いきなりなに言ってくれちゃってんだよ!」
「いや、だって気になってさ。お前会った時からずーっとナジェンダさんナジェンダさん言ってるし、そろそろアクション起した方がいいんじゃねーの?」
「う、うっさいなぁ。そういうのは自分のタイミングで言いたいんだよ。それに今はナジェンダさんに余計な心配とか負荷はかけたくないし……」
ラバックの言い分もわからなくはない。
ナジェンダは革命軍の中でも重要なポジションにいる。
それゆえ少なからず心労もあるだろう。
そこに恋愛ごとなどを挟めば、ナジェンダの負担はそれなりに重くなってしまう。
せめてプライベートくらいは気を抜いてもらいたいのだろう。
「俺はもうちょい先でいいかな。革命が終わったら、とか」
「ふぅん。お前がそれでいいならあんましつこく言わねーけど、後悔はするなよ」
リヒトは少しだけ鋭い視線をラバックに向けた。
「こんな稼業だ。いつ死ぬかなんてわからねぇ。そん時にやっぱり言っとけばよかったなんてことにはなるなよ」
「……わーってるよ。だから、死なないようにするって。それに知ってるだろ。俺って結構しぶといんだぜ」
「ああ、そうだな。まぁ、俺が言ってるのはタイミング見すぎて誰かさんに取られないようにしろよってことなんだけどな」
「は?」
「考えてもみろよ、ラバック。イケメンだなんだと言われてるけど、ボスはかなりの美人だ。革命が終わって平和になったら、モテるぞーあれは」
「ま、まぁ現役時代からけっこうモテてたしな……。で、でも俺は基本的にナジェンダさんといるだろうし、チャンスは何時だってあるって!」
「どーかねぇ。お前が眼を離した隙にコロっと行っちまう可能性もなきにしもあらず……かもな」
ニヤリ、と少しだけ意地の悪い笑みを浮かべてみると、ラバックの表情が見る見るうちに青くなっていく。
「い、言われてみると確かに……! 革命軍の中でもナジェンダさん人気あるし、中には俺よりも美形なヤツ結構いたし……!!」
「まっそれも含めて後悔するなよって話だ。そんじゃ続き行くぞー」
「ちょ、待って!! なんかアドバイス的なもんないわけ!?」
「ハハハ、頑張れって感じだな」
リヒトの口元には笑みがあり、面白がっている様子は明らかだった。
しかし、百面相しているラバックを見やるリヒトの表情はどこか柔らかい。
……なんてな。ラバックよ、お前は十分脈アリだって。
ナジェンダをよく見ていればわかる。
リヒトやタツミ、スサノオに対する接し方と、ラバックへの接し方では僅かにだが差がある。
それを気付かせないあたり、さすが元将軍というべきか。
「……早めの方が言いと思うけどな……」
口角を上げて呟いたリヒトの声をラバックは完全に聞きそびれていた。
「んー……結構しらみつぶしに回ってみたけど、案外見つからないもんだな」
詰所の周囲を警戒していらラバックとリヒトは手ごろな屋根に上がって休息を取っていた。
「夜の街だし、好き放題やってるのかと思ったけどね」
「ワイルドハントにとっちゃ昼も夜も変わらねぇんだろ。真昼間から女子供襲おうとするとか、イカれてるとしか思えねーよ」
「それに関しては同意するけど、どうする? 一回アカメちゃん達と合流しとく?」
それも一つの手ではある。
もしかするとワイルドハントは今夜は巣篭もりを決め込んでいる可能性もあるので、下手に動いて体力を消耗するよりは合流した方がいいだろう。
「いや、もうちょい回ってみようぜ。警備兵の巡回もあるかもしれねぇ」
「りょーかい。まぁ同じ帝国って言っても、警備兵だってワイルドハントには近づきたくないみたいだけどねぇ」
ラバックの言うとおり、周囲を警戒してわかったことだが、この辺り周辺の街路には、一般人はおろか警備兵の姿も殆ど見えなかった。
皆それだけワイルドハントのことを恐れているのだ。
一般人はおろか味方である警備兵にまで嫌われているとは、さすがオネスト大臣の息子というべきか。
「よし、じゃあもうちょい見て回ってから――」
言いかけた時。
詰所のある場所からやや離れた林に囲まれた広場の辺りで甲高い音と、衝撃音が鳴り響いた。
音自体はそこまで大きいものではない。
ただ、リヒトもラバックもそれが戦闘音だということはすぐにわかった。
「ラバック!」
「わかってる!!」
二人は瞬時に得物を伸ばして空中へ躍り出る。
音と共に感じ取った殺気と気配。
明らかにカタギや警備兵が起せる範疇を超えていた。
帝具使いは必ずいるはず。
戦っているのはアカメ達か、それとも……。
「あいつ等か……」
脳裏をよぎったのはウェイブの姿。
もしそうだった場合は三つ巴の戦いになるかもしれないが、この際とやかく言ってはいられない。
お互いに殺しあう覚悟はとうに出来ている。
ワイルドハントという共通の敵の排除が終われば、次はイェーガーズだ。
二人は戦闘が行われている林の中へ急ぐ。
イェーガーズの執務室に隣接する自室にてウェイブは眼を覚ました。
正確には喉の渇きで起きたといった方が正しいか。
「水……」
ややぬぼーっとした状態で起き上がり給湯室へ向かう。
「いてて……やっぱそれなりにダメージ来てるな……」
体の痛む箇所を押さえながら給湯室に辿り着くと、コップに注いだ水をゆっくりと嚥下する。
口の中も切れていたのか僅かに血の味がした。
「ふぅ……。よし、また寝よ……うん……?」
コップを洗って給湯室を出ようとした時、ウェイブは違和感を覚えた。
誰もいないのだ。
いや、深夜なのだから皆眠っているのかもしれないが、やはりどこかおかしい。
エスデスがいないとはいえ、イェーガーズにも任務はある。
深夜の出動だってありうるはずなのに、執務室に誰もいないというのは妙だ。
首をかしげたウェイブは若干ためらいながらクロメの部屋のドアに手をかける。
「クロメ、入るぞ」
恐る恐る頭だけを入れて覗き込んでみたが、ベッドには誰もいない。
次にランの部屋も覗いてみるがやはりいない。
他の部屋も見て回ったが、いたのはボルスの妻子だけだった。
「どこ行ったんだ。緊急の任務とかか……?」
可能性としてはありうる。
シュラとの戦いで負傷したウェイブを気遣って二人だけで出動したのは十分考えられることだ。
しかし、それなら書置きなりがあってもおかしくはない。
「書置きできないほど急いでたのか? だったら二人だけじゃない方がいいよな……よし、じゃあ俺も!」
ウェイブは自室に戻ると、ベッドサイドに立て掛けてあったグランシャリオを剣帯に差す。
妻子を残していくことに若干の不安はあったが、ここは一応宮殿の中。
ブドー立会いの下戦い、ウェイブが勝利したのだからシュラも下手に手は出してこないだろう。
念のために執務室に鍵をかけ、ウェイブはまだ痛む体に鞭打って走り出す。
「待ってろよ二人とも! 俺も加勢にいってやるぜ!! あたたた……」
拳を突き上げた瞬間走った痛みで目尻に涙を浮かべながらも、ウェイブは宮殿から市街へ出る。
「さてと、二人はどこに……」
まったく情報がないのでその辺りにいる警備兵にでも聞こうかと思った時、ウェイブは肌にピリッとした感覚が走ったのを感じた。
「今のは……」
それなりの修羅場を潜り抜けてきたからわかる。
今の感覚は殺気だ。
しかも並みの人間のそれじゃない。
「近くで戦いが起きてるのか……!? でも、誰が……!」
まさか、とウェイブの脳裏にランとクロメの顔がよぎる。
ありえない話ではない。
では相手は誰だ?
順当に考えればナイトレイドかもしれないが、ウェイブがシュラといざこざを起している時点でワイルドハントという可能性もいなめない。
少しの間考え込んでいたが、彼はすぐにそれを振り払うように駆け出す。
細かいことを考えている場合ではない。
クロメとランが危ないという可能性が少しでもあるのなら、二人の援護に行かなければ。
体の痛みを無視しウェイブは深夜の帝都を駆けていく。
ラン追っていた子供達の仇はワイルドハントの道化師、チャンプだった。
子供達の仇をうつためワイルドハントに取り入り、チャンプに接触した。
そして今日、復讐のための好機がやって来たのだ。
ワイルドハントの詰所にシュラはいない。
そのほかのメンバーもコスミナとエンシンくらいのもの。
チャンプのみを誘き出すのは容易だった。
エサは単純。
チャンプ好みの子供達がいると誘い、彼を廃墟区画までつれてきたのだ。
もちろん子供など最初からいない。
いるのはクロメが操る骸人形とランのみ。
だからランはそこでチャンプに引導を渡し、彼に激痛を与えながら始末した。
はずだった。
「くっ……!」
地面でうめくランの背中には酷い火傷の痕があり、傍らには気を失っているクロメの姿があった。
「ヘ、ヘヘヘ、ハハハハハ! 少しは、気分が晴れた、ぜ……!」
湿った笑い声を上げているのは、片目がつぶれ、腹部に剣によって裂かれた傷を作ったチャンプだ。
体のあちこちにはマスティマの羽根が突き刺さっており、普通の人間ならば死んでいてもおかしくない大怪我だ。
……確かに抉ったはず……腹の脂肪のせいで命拾いしたのですか、タフなデブですね。
視線だけをチャンプに向けると、彼はゆっくりとこちらに歩み寄ってきている。
「この、チャンプ様を、見くびったなぁ……えぇ、おい! 先生さんよぉ……!!」
「う、く……」
クロメを庇ったことでダイリーガーの攻撃をまともに喰らったランは、立ち上がることすらままならない。
「ち、反応が薄いじゃねぇかよ。けど、テメェのせいで俺はちっとばかし嫌なこと思い出してんだよねぇ。あの天使達はずーっとテメェのことばかり呼んでやがったよ」
「ッ!!」
ランの瞳に一際強い光が灯る。
ザリッと地面に爪を立てて全身に力を入れる。
「せんせーせんせーってよぉ。ホント台無しだったぜ。俺と天使達の神聖な時間を穢しやがって……!! マジに許せねぇ……!!」
ふざけるな。
ランはこみ上げてくる怒りを力に変え、動こうとしない体に鞭をうつ。
痛みがなんだ、火傷がなんだ。
子供達が受けた仕打ちや恐怖に比べればこんなものなんでもないだろう。
「決めたぜ。テメェは火達磨にして殺してやる……!!」
チャンプが赤色の玉を握ったと同時に、ランは中腰ながらも立ち上がった。
「今更遅ぇんだよぉ!! テメェは火達磨になって焼け死ねオラァッ!!!!!」
巨漢であるチャンプの全体重が乗って投げられた玉は凄まじい速度で迫る。
が、チャンプはまだわかっていない。
ランには奥の手が残っていることを。
……今こそ、私にありったけの力を……! この男を断罪するための力を!!
刹那、マスティマの翼の発生源である円盤が開き、光の羽根が出現する。
これこそマスティマの奥の手、神の羽根である。
凄まじいエネルギーの凝縮体であるそれを、ランは瞬時に防御するように展開する。
同時に燃える炎の玉と神の羽根が激突し、大きなスパークが弾けた。
だがそれもほんの一瞬。
羽根によって受け止められた玉は、チャンプへと戻って行ったのだ。
しかも勢いは一切殺しておらず、速度は何倍にもなって跳ね返っている。
「なッ!?」
驚愕の声を上げるチャンプだが、既に遅い。
怪我をしていることも含め、その巨体では回避もままならないだろう。
「……んだ、そりゃあ……!!」
間抜けな言葉を漏らしたチャンプの体がくの字に折れ曲がる。
炎を纏った玉が直撃したのだ。
炎熱は一気に勢いを増し、次の瞬間にはチャンプの体全てを飲み込んだ。
「あ゛ぢいいいぃいぃいぃいいいぃぃいぃいぃぃぃいぃぃぃッ!!!!!!」
体を焼かれる痛みにもがく絶叫が木霊する。
本来なら聞くに堪えない耳障りなノイズでしかない断末魔。
けれどランにとっては待ち望んだ瞬間だった。
……これでようやく……。
倒れそうになる体に踏ん張りを効かせ、焼け爛れていく仇を見据える。
「ぐおぇ……ッ!!??」
ランが鋭い眼光を向けた瞬間、燃えるチャンプの体は骨を残して完全に消滅した。
骸骨の姿となったチャンプにランは笑みを向ける。
「……罰を与えることが、できました……」
満足げな笑みを浮かべ、膝をつくラン。
満身創痍。
恐らく命もそう長くはない。
しかし、子供達の未来を奪った鬼畜を葬ることが出来た。
これで少しは天国の子供達も報われることだろう。
林の中でマインはスコープを覗いていた。
視線の先にいるのはワイルドハントのデブを倒し、今にも力尽きそうなラン。
マインの腕なら殺すことは簡単だ。
しかし、今日の相手はあくまでワイルドハント。
それに死に掛けに追い討ちをかけるような真似は彼女のポリシーに反する。
故に彼女が狙うのはもう一人。
バニーガールのような格好をした眼鏡の女、名前は確かコスミナだったか。
狙われていることも知らず、ランに駆け寄っている彼女の首筋に照準を合わせ、トリガーを引き絞る。
パンプキンは使用者がピンチになれば威力を増すが、ピンチでなくとも殺傷能力はある。
放たれた弾丸はコスミナの肩甲骨の中間に直撃し、そのまま彼女の胸を貫通した。
突然撃たれたことでコスミナは前のめりに倒れこむ。
「よし! ナイスアタシ! そして護衛サンキュー、レオーネ!」
「んじゃ、あっちの援護に行こうか」
あっちというのはもう一人のワイルドハントメンバー、エンシンを狩りに行ったアカメとタツミのことだ。
が、レオーネに抱えられて二人と合流するときには既にアカメがエンシンの目の前にまで迫っていた。
直感的に理解する。
勝負はついたと。
一瞬にして懐へもぐりこんだアカメは村雨を横一閃に振り払う。
村雨は掠っただけでも呪毒によって死に至る。
よし心臓に近い位置を斬られれば呪毒が回る速度は速く、それこそ一瞬にして死ぬ。
エンシンはまともに村雨の刃をくらい、そのまま絶命した。
それを確認し、レオーネに離すようにアイコンタクトを送り、空中で離してもらったマインはアカメと合流する。
「まさかイェーガーズと同じ標的を相手にするとはね」
呟く彼女の前には、立ち上がっているクロメがいた。
アカメを見やると彼女はクロメを鋭い眼光で見据えており、クロメは一瞬複雑そうな表情を浮かべた。
が、彼女も覚悟はできているようで、八房を抜き放った。
「治安を乱す輩は私達イェーガーズが狩る! それがたとえ誰であろうとも!!」
致命傷ではないにしろ傷を負っているクロメ。
正直に言ってしまえばやり辛い。
「クロメ……アンタも革命軍の標的なのよ」
「行くぞ、クロメ」
マインは複雑な気持ちを抱えながらもパンプキンを構え、アカメが前に出た。
クロメも臨戦態勢に入ったが、不意に彼女の背後から腕が回る。
ランだ。
「マスティマッ!!!!」
放たれたのは貫通能力のある羽根。
圧縮され、まるで槍のようになったそれは真っ直ぐにアカメへ迫る。
「アカメ、危ねぇ!!」
直撃する直前でタツミが割って入り、ノインテーターを回転させて防いだが、相当な力で放ったようで完全にかき消すことは出来ずにいる。
「ッ! これはキツイ……!!」
マインはすぐさま本体であるランを狙いに行くが、その時には既に二人は遥か彼方へと逃げおおせていた。
「……ダメね、射程距離から外れた」
タツミを見ると、羽根の攻撃が終わっている。
どうやら離脱するためだけに放った一撃だったようだ。
そのままタツミにおぶられる形でアカメ達と合流する。
「力を振り絞ったって感じの渾身の離脱だったわ」
「無理に追わなくてもいいだろ。帝具は回収できるし。まぁ私はなんもできなかったからちょっと消化不良って感じだけど」
「残りのワイルドハントは次ってことにすればいいでしょ、姐さん」
「そだね。ってわけでボス代理、引き上げる?」
「……ああ。再集合場所に戻ろう。じきにリヒト達も戻ってくるはずだ」
アカメはクロメが離脱した方向を一瞥してから踵を返した。
戦闘音が聞こえなくなる直前、リヒトとラバックは夜空を切り裂く光を見た。
「見えたか、ラバック」
「うん、多分あれってイェーガーズの……」
「ああ、ランだろうな。誰か抱えてるようにも見えたけど……ラバック、お前は皆と先に合流してろ!」
「はぁ!?」
「俺はランを追う。アカメ達には少し遅れるって説明しといてくれ」
リヒトはすぐさま方向を変え、ランが飛び去っていった方へ向かう。
が、背後から「おい、待てって!」とラバックがついてくる。
「リヒトそうやって大怪我したの忘れたのか!? あん時だって俺を戻らせて死にかけただろ!」
「それは……」
ラバックの声にリヒトは反論が出来なかった。
「だから俺も行く。仮にお前が死んだり捕まったりしたらチェルシーちゃんに何言われるかわかったもんじゃないし」
「わかったよ……。じゃあなんかあったら援護頼むわ」
「おう。任せとけ!」
二人は空中を駆けながらランを追った。
「確かこのあたりに……」
ラバックと共にランが着地したと思われる場所を捜索するリヒト。
街灯もあるのでそれほど視界が悪いというわけではないが、凡その場所しかつかめていないため、まだはっきりとは見つかっていない。
「おい、リヒト!」
焦ったようなラバックの声を聞き、リヒトは彼の近くにある茂みに座る。
「どうした?」
「あれ、あれ見ろって!」
言われたとおりラバックが指差したほうを見ると、ランが倒れていた。
傍らにはクロメもおり、彼女の瞳から涙が零れ落ちている。
遠くからみてもわかる。
ランは致命傷だ。
放って置いても死ぬだろう。
「……どうする?」
「帝具は回収できるかもしれねぇけど、さっきあれだけの騒ぎがあったんだ。警備兵だってこっちに向かってるはず。ここはもう少し様子を見て――」
刹那、リヒトはクロメからどす黒いオーラを感じた。
殺気ではない。
ましてや怒りでもない。
もっと別の限り無く黒く、歪んでしまった感情。
クロメは八房に手をかけていた。
一瞬にして彼女がやろうとしていることを理解したリヒトは茂みから飛び出した。
「お、おい! リヒト!!」
背後でラバックが呼ぶものの、もはや反応している余裕はない。
「……やめろ、クロメ。それだけは……!!」
彼女がやろうとしているのは、ランを殺すこと。
だが、ただ殺すのではない。
八房は殺した相手を骸人形として使役することの出来る帝具。
死に掛けているランを殺すことで、人形として近くに置こうとしているのだ。
帝国軍の暗殺部隊は捨てられた子供を集められて造られているという。
故に彼らの結束は硬く、家族のそれに近い。
クロメもまたその環境で育ち、そして歪んでしまった。
強い仲間意識は死に逝く仲間にすら及び、彼女は死者とすら共にあろうとする。
大切な人と離れたくない、離したくない、人間誰もが持っている感情の最悪な究極系。
クロメが抱いているのはそれだ。
……間に合えッ!!!!
ヨルムンガンドを伸ばし、クロメの腕を止めようとするも、一瞬間に合わない。
そして無情にも八房はランの心臓へ突き立てられる――。
――刹那、切先が直前で止まった。
一瞬、リヒトにもなにが起きたのかわからなかった。
だが、僅かにたった砂埃の奥に黒い影が見える。
インクルシオよりもややマッシブに見える黒い鎧。
月明かりを反射して煌くそれは間違いなく、ウェイブが纏うグランシャリオだった。
「ウェイブ……!!」
クロメが信じられないものを見るように彼を見やる。
すると、ウェイブはグランシャリオを戻してから彼女に告げた。
「やめてくれ、クロメ……」
はい、お疲れ様でした。
今回は原作に沿いながらもやや違いを持たせてみました。
最大の違いは、最後のあれですね。
果たして今後どうなるのか……。
まぁそれほど変わらないような気もしますが……。
ラバックとリヒトの掛け合いというか距離感は面白いようにはしてます。
芸人枠ですからね。
では、次回もよろしくお願いします。