近隣に定期的に湧くダイオウサソリの群れの駆除作業が一段落して村に帰ると、何やら騒然とした様子であった。
すわ魔物の襲撃でも受けたかと急いで集落の門を潜るが、別段人や建物に被害が出た気配はない。
どうやら騒ぎの中心となっているらしい村はずれの寂れた祠まで歩いていくと、俺の存在に気付いた知り合いに声をかけられた。
「おお。ケル。帰って来てたのか。ってデッケェ毒腺だな!」
俺が担いでいるダイオウサソリの毒腺に知り合いのガズは驚愕の声を上げた。
「ガズ。今何の騒ぎが起きている?」
「あ、ああ。何でも祠に人が現れたんだってよ」
「開かずの祠に? いたずら者が侵入したのか?」
「いんや、封印された扉の中にいきなり現れたって話だ。詳しいことは奥に長老がいるから聞いてみるといいさ」
「そうしよう。持ってろ」
「ぐおおっ、重てぇ……!」
ガズの言葉に頷いた俺は担いでいた毒腺を彼に渡し、祠を取り囲む村人たちをかき分けて中心部へ歩みを進めた。
朽ち果てた祠の中にまで足を踏み入れると、そこには長老のモーラ婆と取り巻き連中がおり、そいつらの足元に見慣れない装束を身に纏った人間らしきものが横たわっていた。
「帰ってきたのかい、ケル」
「それは?」
単刀直入に質問を投げつけると、モーラ婆は思案するように足元を見下ろして答えた。
「死体だね」
「死んでいるのか?」
屈みこんで検分すると腹の部分をごっそりと食い破られていた。
光を失ったこげ茶色の瞳をしばし見つめてから、俺は目蓋を閉じてやった。
「未知の素材でできた見慣れない装束。伝承にあるマレビトという奴かね」
モーラ婆の言葉に俺は肩を竦めた。
「階層渡りなんてのは年寄りの与太話じゃないのか?」
「じゃあお前はこの死体をどう説明するんだね、ケルや」
問いかけるモーラ婆を横目に見やりながら、俺は死体の腰に装着された短剣を手に取った。
鞘から抜いて銀色の刃に指を這わせる。
「拵えは綺麗だが脆そうな素材だ。こんなので魔物どもに刃が通るのか」
「通らなかったから今この者は息をしてないんじゃないのかね」
皮肉を言うモーラ婆を横目で睨む。
「無駄と分かって装備を整える愚か者などいない」
「そう怖い目で睨みなさんな。要するにこの者のいた場所では、この柔な刃物で通用したということだろう。わたしらのいるこの階層とはまるで違う世界から迷い込んできたんだろうさ」
「……見つけた時にはすでに事切れていたのか?」
「いいや。でも腹の傷は最初からだ。祠の異変に気付いてわたしらが駆け付けた時にはもう虫の息で、意思疎通する間もなく死んじまったよ。もっとも言葉が通じたかどうかは怪しいがね」
「魔物に致命傷を負わされた後、本来いた階層からこの祠へ飛んできたということか」
「自分の意思でか、はたまた偶然か。まあ死んじまったからにはこれ以上調べようもない。お前たち、この者の所持品をはぎ取ったら埋葬しておやり」
モーラ婆の指示に従い、取り巻きの女たちが死体から装備を一つ一つ外して床に並べていく。
取り巻きたちが不思議な構造をした装束に手をかけた時点で、俺は床に置かれた板状の装備品を手に取ってから背を向けた。
死者が女だったからだ。
すでに息絶えているとはいえ、無用に辱める必要はあるまい。
手に取った板を矯めつ眇めつしていると、横合いからモーラ婆が覗き込んできて指摘した。
「魔導板に似ているね」
「ああ。だが起動しない」
「お貸し」
差し出されたモーラ婆の手に板を乗せると、もぐもぐと口元を動かしながらあちこちいじり始めた。
「ふむふむ、ここだね。ほら、開いたよ。中に小さな魔石が収まっている」
板の隅についていた小さな蓋を引っ掻いてこじ開けたモーラ婆は、中からくすんだ魔石をほじくり出して指先で摘まんだ。
「もう力を失っているね。無理もない、こんな小さな石じゃあいくらも保たないだろうに。ケルや、屑魔石を持ってるかい」
「ない」
火熾しの魔道具を持っている俺はいちいち屑魔石を燃料に使ったりしないので持ち歩いたりしない。
俺が簡潔に答えると、モーラ婆は振り向きもせず背後に控える女官の一人を呼んだ。
「ミゼラや。煮炊き場から屑魔石を持っておいで。まだ火にくべてない光っている奴だよ」
「はい、長老様」
ミゼラと呼ばれた年若い女官は頭を下げると速足で集落の合同煮炊き場へ向かって行く。
「石を入れれば動くのか、それが?」
「まあ、何事も試しだよ」
見慣れぬ装束に武器、そして魔導板によく似た道具。
果てしなく深く広いこの階層世界にはマレビト伝説というものがある。
どことも知れぬ異界から迷い込む数奇な旅人。
ある者は異界とは死者の国であると言い、またある者はこの階層世界のはるかはるか上層であると言う。
そしてまたある者は、上層すら越えた先にこの階層世界の『外』があり、マレビトはそこから来るのだと主張する。
とはいえ実際にマレビトに会ったという者はいない。
俺もおとぎ話としてまるで信じてなどいなかったが……。
思案に耽っていると、女官のミゼラが戻って来て俺のすぐそばに立った。
まだ少女を抜け切っていない容貌で、こめかみの左側から純潔を示す編み込みを垂らしている。
婆のお気に入りか。
「長老様。ケル様。お探しのものをお持ち致しました」
「ごくろうだね、ミゼラ。さ、ケルや」
モーラ婆に促され、ミゼラから受け取った屑魔石を板のくぼみに嵌め込んだ。
「……光は灯った。が、特に動く気配はないな」
「お貸し」
俺の手から板を奪い取ったモーラ婆は矯めつ眇めつしつつ板のあちこちをいじくり回したり声で命令したり魔力を込めたりしていたが、やがて正解に辿り着いたようだった。
「側面の小さなボタンを押し込んだら動き出したよ。このツルツルした面を直接触って操作できるみたいだ。試してごらん」
再び手の中に帰ってきた板を眺める。
ツルツルした面に見たことのない文字らしき表示と不可思議な模様が浮かび上がっている。
恐る恐る触ってみると、指の動きに合わせて表示が動き、新たに出てきた表示に取って代わられた。
……まったく意味が読み取れん。
「異界の言葉か……」
「少なくともわたしたちの知らない文明ではあるようだ。それはお前に預けるから色々と試してごらん」
「いいのか?」
俺の確認に婆はにたりと笑い、マレビトの死体のほうへ歩いて行った。
「剥ぎ取り終わったね。ケルや、うぶな坊やじゃないんだ、こちらをお向き」
婆の見当違いの言葉にため息を吐き、ゆっくり振り返る。
「せめて体に布でもかけてやったらどうだ。戦士ならば誰であれ敬意を払われるべきだ」
「おお、払っているともさ。だが布を被せる前によく調べてみないとね。で、ケルや、この『戦士』をどう見るね?」
身に着けていたものをすべて剥ぎ取られた異界の女のかたわらに屈み込み、まずは腹の傷を確かめる。
「鋭い牙のようなもので食い破られたな。腸が半分ほどなくなっている。この噛み口は蟲ではない。亜人とも違う。あまり大きくはないが鼻面が長く、たくさんの牙が生えた口」
「毒湿地のトカゲかい?」
「少し違うような気がするが、この辺りでは見かけない魔物なのは確かだ」
死ぬまでの短い時間、想像を絶する苦しみを味わっただろうに。
だが自分を襲った魔物を振り切ったか返り討ちにしたか、一人でここに現れたということは最期まで生き延びるのを諦めなかった証拠だ。
「若いが肉付きはいい。よく鍛えられていて均整が取れた体だ。だが、妙に魔素が薄いな」
女の左の乳房に手を置き、少し指先を押し込む。
心臓のすぐそばにある魔臓の上から触ってもかすかにしか気配を感じない。
息を引き取って数時間程度は魔臓に貯えられた魔素が雲散霧消するようなことはないはずなのだが。
「異界には魔素がないのかね」
「まさか。現に魔臓自体は存在して……むっ?」
指の下で一瞬臓器が動いたような感覚があり、しみ出してきた魔素が肉と皮を通り抜けて指先から俺の中に入って来て混ざり合った。
「おや、もしや魔素が」
「ああ。継承した。わずかな残滓ではあったが」
親しい者などの死に立ち会うと稀に起こる現象だが、まったくの身も知らぬ相手というのはあまり聞いたことがない。
「そうか。帰りたかったのか」
魔素と一緒に流れ込んできた今際の感情。
愛する家族の元に帰りたい。
生きる世界が違えど、誰もが抱く普遍的な感情だろう。
「ケルや。大丈夫かい?」
「……モーラ婆」
目頭から涙がひとしずく流れ落ちる。
これは俺が流した涙ではない。
「遺品をこの女の家族の元へ届けたい。この板と、他に何か身元の証明になりそうなものを俺に譲ってくれ」
モーラ婆は俺の顔をじっと見上げてしばらく凝視してから、目を伏せてため息を吐き出した。
「わたし一人では決められないね。今夜集会所に顔を出しな」
「分かった」
集会所は村人たちが集まって、集落の運営や重大事を話し合う場だ。
五十人以上は収容できるこの場に今はモーラ婆と村長、それに戦士長と俺の四人しかいない。
政を司る村長、祭祀を司るモーラ婆、そして軍事を司る戦士長。
つまり俺の旅立ちは村全体に係わる重大事だというわけだ。
「夜も短い。結論から言うと、お前の旅立ちを許す。ただし条件がある」
「ああ」
村長の言葉に頷く。元よりただで許してもらえるなど考えてはいない。
「旅立ちは一週間後。それまでにいくつか村の雑事を片付けてくれ。裂け谷に湧いたエンオウヤンマの駆除やフサガメの甲羅と精巣の採集。後は……」
「チドリ草も集めてきておくれ。在庫が心もとないんだが、アレの群生地はおいそれと近づける場所じゃないからね」
村長の発言にモーラ婆が割り込む。
そういえばチドリ草も随分取りに行っていないな。あの群生地にはザザムカデが大量に出るから下手な人間を生かせると死なせるのがオチだ。
「承知した。後でまとめたリストをくれ」
「うむ。条件はもう一つある。一週間後の旅立ちまでの間に子種を残して行ってもらいたい」
「相手はこちらで用意する。一人だと確実に孕むか分からぬので三人。一日おきに相手をするように」
「言う通りにしよう」
俺には妻子がいない。
村の存続を思えば当然の措置。拒否などできようはずもない。
「……わしは反対だ」
これまで沈黙を保っていた戦士長が苦い声で発言した。
戦士長へ顔を向けると相手と視線が交錯する。
「ケルはわしの跡を継ぐはずであった男。なにゆえ村で最も強力で偉大な戦士をこのような下らぬ理由で失わねばならぬのか」
「ドーガ戦士長。すでに議論は終わったはずだ」
村長がたしなめるが、戦士長は鼻息荒く反論した。
「納得いかぬのだ」
戦士長の顔を見ながら、俺は彼の名を呼んだ。
「ドーガ。俺はもう決めた。あのマレビトの魔素を継承したことは兆しであったのだと考えている」
「あれが本当にマレビトだとしても、元いた異界とやらが何階層上にあるかも分からんのだぞ。一生をかけても辿りつけぬ公算は高い。分かっておるのか、これはただの自殺行為だ。これではお前をわしに託してくれたお前の亡き父と兄に顔向けできん」
ドーガの懸念は理解できる。
俺自身、ドーガの跡を継いでこの村の戦士長として生きる未来を疑ったことはなかった。
だが、今はもう違う。
俺は知ってしまったのだ。
異界がおとぎ話などではないということを。
マレビトの死をその家族に伝える。
確かにそれは大事な目的だ。
しかしそれ以上に、俺自身この階層を出て異界をこの目で見てみたいと願ってしまった。
この衝動を押さえることなどもはやできそうもない。
「ドーガには申し訳なく思う。俺の子が無事生まれたらよい戦士に育ててくれ」
「……わしの命が続く限り、約束を果たすと誓おう。必ず父親を越える戦士にしてみせる」
ドーガが一応の納得を示したところでモーラ婆がマレビトの遺品の一部を差し出してきた。
「異界における意匠の意味が分からないんでね、身元を証明するものを選ぶのは難しかったんだが、これを待ってお行き」
提示されたのは首飾りと腕輪、それにあの脆いナイフ。
首飾りは何の変哲もない装飾品のように見える。貴石が填まっているわけでもなく、少々素っ気ない金属製のペンダントだ。
腕輪は通し穴のついたベルトで手首に固定するもので、板状の部位に異界文字の表示が出ているが例によってまったく読み取れない。おそらくは装飾品ではなく何らかの道具なのだろう。
最後にナイフ。銀色の刀身はよい見た目だが、いかんせん脆い。この辺りに出る魔物の甲殻に突き立てたら一発で折れるに違いない。
「明後日の夜、最初の娘と寝てもらうからそのつもりでいるようにね。場所はわたしの屋敷で」
「……俺の家では駄目なのか?」
モーラ婆の言葉に思わず反論する。
「近所連中に余計な詮索をされたくはなかろうよ。それに相手役の娘にきちんと精を注いだのか確認させてもらわなくちゃならないしね」
「悪趣味な……」
「それくらい重大事なんだよ。悪いがこちらも遊びじゃないんでね」
不愉快だが元々わがままを言っているのはこちらだという負い目もある。
ここは引き下がるほかなかった。
「承知した。他に確認しておくべきことはあるか?」
「いや、これで終わりだ。こなしてもらう依頼をリストにするので少し待て」
村長の言葉に俺は頷いた。
ともあれこれで俺が旅立つ目途は立った。
旅立ちまでの最後の一週間の初日は戦士仲間たち数人とチームを組んでエンオウヤンマの群れを殺して回った。
空中を高速で跳び回る相手なのでなかなか骨の折れる作業だが、ここで群れを根絶しておけば数年は大量に湧くことはなくなるだろう。
村にとってはよいことだ。
とりわけ生まれてくるかもしれない俺の子にとっては。
魔物の体液と泥と汚水でぼろぼろになった体で村に帰還したのは、階層の天井部に繁茂する陽灯花の花弁が閉じる間際であった。
完全に夜になってしまう前に帰ってこられたことを仲間たちと祝福し合い、収獲品であるヤンマの翅やその他素材を戦士長に納めた。
共同風呂で汚れを落として武具の手入れを済ませると、そのまま皆で酒盛りを始めた。
こうした何気ない行いも後一週間ほどでできなくなると思うと多少の切なさは込み上げてくる。
だからといって旅立ちを思い留まることはできないが。
翌日も村長たちから請け負った仕事をこなし、夕暮れ前には村に戻って来た。
身支度を整えてからモーラ婆の屋敷に向かうと、食事を振舞われた後で小綺麗な客室へ通された。
宛がわれた女とここで一晩過ごせというわけか。
悪趣味だとは思うが、理解できないわけではない。
村にとって子は重要だ。
常に魔物の脅威にさらされている村の人口は、この数百年で増えるどころかむしろ減っているという。
特に直接危険と対峙する戦士は死にやすく、数の確保は常について回る問題である。
俺一人抜けたところですぐにどうにかなるほど切迫しているわけではないが、ただで抜けさせる道理もない、というわけだ。
相手が来るまですることもなく、部屋に用意してあった酒を器に注いでちびちびと飲む。
泥酔することを恐れてか、女子どもが飲むような酒精が弱く飲み口の甘い酒だが、ないよりはまし。
待つこと暫し、ノックされた扉に向かって酒を飲みながら返事をする。
「鍵は開いているぞ」
「失礼致します」
震えを孕んだか細い声と共に入室してきたのは、夜着に身を包んだミゼラであった。
彼女を一目見た俺は思わず特大のため息を吐き出しそうになるのを寸でのところで堪え、落ち着いて声をかけた。
「一応確認しておくが、お前が今夜の相手ということでいいんだな、ミゼラ」
肌が透けるほど薄い夜着の下に何も身に着けていないミゼラの格好を見れば、質問を投げかけるまでもないと分かるのだが、それでも俺はあえて確認した。
羞恥のためかあるいは恐怖か、小刻みに体を震わせながらミゼラは小さく頷いた。
「……もしモーラ婆に強要されているなら無理する必要はないぞ。女官の中にはまだ子が産める年齢の未亡人もいるだろう」
正直なところ、俺としてもそういう相手のほうが気が楽である。
ミゼラはこめかみの編み込みが示すようにまだ生娘だし、充分子を産める年齢に達しているとはいえまだ完全に体が成熟しているわけでもない。
それと比べたら子を一人か二人産んだ経験がある未亡人のほうがよほどいい。
特に死亡率の高い戦士の妻は若くして未亡人になることが多く、再婚するまでの間生活に困らぬようモーラ婆はそういった境遇の女を女官として召し上げている。
つまり彼女らは一時的な拠り所を得る代わりに女官になっているわけだ。
一方、ミゼラのような少女はそれとは違う。
ミゼラたちは正真正銘の神官。この村の祭祀を司る者たちであり、モーラ婆を頂点とする権力者集団の一員である。
特にミゼラは婆のお気に入りのようだったので、下手をするとそのまま後継者指名を受けてもおかしくはない人物だ。
俺からすれば面倒な立場の相手と言わざるを得ない。どうせ二度とこの村には戻ってこないのだろうと言われればそれまでだし、必要とされているのは俺の子種であって俺自身ではないのだから、こんな葛藤など婆たちからすれば考慮にも値しないのだろうが。
顔には出していないつもりであったが、俺が面倒がっているのを雰囲気で察したのだろう、まなじりを決したミゼラが夜着の帯を解きながらはっきりと言った。
「この場に来ることを望んだのはわたし自身です、ケル様。確かにわたしより魅力的な何人ものお姉さま方も手を上げられましたが、この立場を譲るつもりは毛頭ありません」
夜着はゆったりした袖のある丈長のローブで、体の前面で左右の身頃を合わせて帯で留める仕様になっている。
袖から腕を抜いてローブをそのまま足元へ落としたミゼラは、生まれたままの姿で恥ずかしげに、しかし誇らしげに胸を張った。
「ケル様。どうか今宵限りはこのミゼラを妻に」
「……分かった。俺も今宵だけはミゼラの夫になろう」
これ以上躊躇するのは彼女への侮辱であろう。
肚を決めた俺は小さく華奢なミゼラの手を取り、ベッドに隣り合って腰掛ける。
繋いだ手のひんやりした感触を思い、脇に置いていた飲みかけの酒を見せながら彼女に訊いた。
「酒は平気か? 少し飲めば体が温まるし緊張もほぐれる」
気丈に振舞ってはいるがやはり怖いのであろう。
わずかに強張った顔に微笑を浮かべてミゼラは頷いた。
「では注ぐから少し待て」
「いえ、ケル様。もしよろしければそちらを一口だけ頂ければ」
新しい器を用意しようとして立ち上がりかけた俺を制止したミゼラは、まだ中身が残っている俺の器を手に取ると、妙にゆっくりとした仕草で口に運んだ。
目を閉じたミゼラのほっそりした喉が動く。
器から口を離し、小さく息を吐き出したミゼラが再びまぶたを持ち上げる。
どこか潤んだような瞳で俺を見る彼女から器を受け取り、まだ残っている中身を一気に飲み干した。