元魔法少女、家庭教師をやる傍らで怪物退治に精を出す   作:たたたった

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元魔法少女、家庭教師をやる傍らで怪物退治に精を出す

『これから地上に人類を滅亡させる魔獣が現れる。君は魔法少女となって、その怪物たちと戦って欲しいんだ』

『わたしが……魔法少女になるの……?』

 

 幼い頃、そんなことを誰かに言われた記憶があった。

 祭囃子の聞こえる神社の境内の中で、親から離れて迷子になった小さな子供である私に語りかけてきた存在。ライオンの(たてがみ)のようなものが顔の周りを覆う小さな狛犬、それは神様の御使いのようで威厳があり、それでも声音はどこまでも心優しい響きで神命のように私に役割を与えてくれた。

 正直なところ、その時の私が考えなしに狛犬の言葉に従ったことは仕方ないと割り切っている。冷静に考えれば、幼稚園児に魔獣という怪物と戦えなんて話をする事自体が正気ではないし、魔法少女という得体の知れないものに変身させるなんて、まるで騙して改造手術を受けさせる特撮モノの悪の秘密結社のようだ。魔法の力で魔法少女に変身するのと、科学の力で改造人間に変身するのでは、言い方を変えるだけでやってることはほぼ一緒だと思う。

 

 幼子に改造手術を施す狛犬の怪物、許すまじ。

 

『さぁ、唱えるんだ魔法の言葉を!君だけが起こせる奇跡を!』

『わっ、わたしは――――ッ!!』

 

 促されるままに唱えるのは魔法の言葉、契約の証明、意志の発露。

 頭の回らない5歳児は、その場の雰囲気に呑まれるがままに魔法少女へとなってしまう。これは私が魔獣という怪物たちと相対し、敵対し、撃退する人生の始まり。かくして幼くして魔法少女となった、閑鳥夜燈(かんどり やとう)の非日常の日々が始まると思ったのだが――――

 

 

「――――魔法少女じゃなくて、もう私は魔女になっちゃったよ」

 

 15年間も怯えながらも、魔法少女の活躍に憧れ心躍らせていた私は気付けば成人していた。

 20歳を超えたらもう少女なんて名乗れない。社会的にも立派な成人であり大人、教育学部2年生である私、閑鳥夜燈(かんどり やとう)は来るべき戦いの日々に備え続けていたら、いつの間にか少女を通り過ぎていて、人生の大半を費やしてたままに大人の階段を昇っていた。魔獣も、他の魔法少女も現れず、日常の中で期待と恐れ半分で待っていた出来事(イベント)すら訪れず、釈然としないままに人生を送っている。

 机に向かいレポートの課題をこなしつつ、貴重な10代を魔法少女としての鍛錬に浪費し続けたことを後悔する。最初はもちろん達成感や使命感を感じてやり甲斐はあった。魔獣という人類の脅威と戦えるのは自分だけであり、選ばれた存在というのは子供であった私の優越感をさぞくすぐってくれただろう。

 魔法少女としての力だってそうだ。本気になればお前たちなんて片手で捻れる、ってことを対人関係の際には常に脳裏を過ぎって余裕を抱いていた。

 

 それが駄目だった。私が内心で他者に対してどこか下に見ている感情、『魔法少女』っていう特別に自惚れていた浅ましい自分を目聡い女友達は見逃すことなく気付かれてしまう。結果は知っての通り、コミュニティから村八分にされ、それでも自分の中の優越感を顧みることもなく孤高を気取っていながらも実情は孤立している。つまり痛い女の完成だ。

 そりゃそうだろう。幼少期の人格を形成する大事な時期に、非日常で特別な魔法少女って立場になってしまったのだから。むしろ、これで性格が歪まずに正しく真っ直ぐ生きようとするならば、同じ境遇の仲間とか理解者とかが必要であったけど、悲惨なことに私にはそんな価値観を共有する人なんていなかった。

 

 小学生から中学生の間はそれでも良かった。内心では魔獣という存在と戦う日々の夢想に浸れるから。

 高校生の1年目もそれで良かった。始まらない非日常に疑問に思いつつも、それでも魔法少女という特別に溺れた。

 高校生の2年目から、あれ……?これってヤバくない?という自覚が芽生え始めた。何も起こらない平凡な日々、そして現状を正しく把握しようとする客観的な自分、その結果に自覚した、ただの力だけ持ってるヤベー女という境遇。気付いた時には手遅れ、孤立無援の孤独な女子高生、学力皆無の魔法だけが使える社会不適合者、つまりドロップアウト組に片足を突っ込んでいた。

 高校生の3年目になって初めて、魔法とか関係ない現実社会と本気で向き合い始めた。非日常が起こらないなら魔法少女の価値なんてただの暴力装置である。社会の枠組みから外れることを恐れた私は必死に勉強した。人間関係は修復不可能でも、最低限の社会で生きていく学だけは習得しておきたかった。そして九九から学び始める学力レベルの段階であることに、私は本気で涙が出た。最終的には、もう魔法少女としての肉体で不眠不休で勉学に励んで、なんとか中堅ほどの大学に晴れて入学できた。365日、全てを勉学につぎ込めば案外なんとかなると思いつつも、もう二度としたくない体験である。

 

「あー……私、これからどうしようかなぁ……」

 

 パソコンの画面から目を離して、いつものように特別でなくなった私の人生を考える。

 魔法少女としての身体能力と魔法があるから、生活をするうえでの不便はない。しかし、人生に目標や目的というものが私にはポッカリと抜けてしまっていた。5歳から18歳までになる間の13年間、ひたすらに魔獣という人類の天敵と戦うことを想定して、孤独に魔法少女として鍛錬を積み、来るべき戦いに備えて必死に努力していたのだ。

 それが全てご破算。もしかしたら、これから未来にそういう事態になるかも知れないけど、現状では何も起きてないのだから、魔法少女以外での閑鳥夜燈(かんどり やとう)としての人間の人生も歩み出さなければならない。

 

「教員免許はとりあえず取得して……そして教職に就いて……いまいち、そこから先の自分の人生が想像できないなぁ……」

 

 10代のほとんどを魔法少女として生きることに捧げた私は、他人にも同じような失敗をしてほしくなかった。

 これは魔法少女という特別な事柄だけに限らず、全てを捧げて打ち込むにしても、ちゃんとその先を想定して行動して欲しいという体験からの知恵である。子供にありがちな視野狭窄に陥って袋路地で蹲るような結果になんてさせたくない。余計なお世話かも知れないが、社会不適合者と半ば化していた私のような轍を踏ませないために、教員として子供たちにそういった自分の失敗を教えて学ばせてあげたい。

 まだ20歳になったばかりの子供同然の人間が何を偉そうに、と内なる声が聞こえてくるが、うるせー!私は子供が好きで教えることも大好きなんだよ!と脳内で1人言い返しておく。

 そんな反省とも自虐ともいえる思考のループに陥っていると、そろそろバイトの時間が来たことを思い出して外出の準備を始める。奨学金で大学生、両親からの仕送り込みでも自活していかなければならないことが、大学生として社会に片足を突っ込んで知り得たことだった。魔法少女として生きることを選んだ10代の私の人生は、ほぼ親に頼り切りであったことを考えると、脛齧りが人類を救うつもりでいたのかよ、という過去の自分に出会えたら全力で説教したい。まずは親からの自立、それが出来ないなら生意気なことを言うな。

 つまり、今の私はまだまだ親に頼っているので生意気な子供である。

 

 黒のカーディガンの上から黒いトレンチコートを羽織り、黒のスウェットパンツに黒色のスニーカー。見事な全身黒尽くめ。特に色合いに拘りというか、魔女だから黒かな、というノリでコーディネートをしたら、夜道を歩いたら車に気付かれずに轢かれそうな女性の完成である。

 間違っても家庭教師に行くための恰好じゃない。でも私の魔法少女しての最低限の個性(アイデンティティー)を捨てるには、15年の歳月で培った自尊心が許さない。そして鏡に映る姿は、まるで物語に出てくる魔女のように陰気な雰囲気を醸し出している。うん。悪役としての装いなら満点をあげたい。

 

「いや、これはダメだ。流石に仕事としてこの恰好はまずい」

 

 鏡を見直して慌てて変更。日焼け対策をしなくて良いけど黒のロンググローブを嵌め、紺色のVネックカーディガンに黒の丈の長いスカート、そして黒い色のバッグには授業で使う道具を準備して、オフィスカジュアルを意識したさっぱりした装い。鏡に映る陰気な魔女(わたし)は、なにやら恨めし気に見ている気がするけど、こっちは仕事なんだから仕方ない。

 

 家庭教師として悪役の魔女が現れたら親御さんも困るわ。

 

 自尊心は溝に捨てて、魔法少女から魔女の年齢になった私はまた一つ大人の階段を昇る。

 化粧も薄めに、ナチュラルメイク、魔法少女の肉体の恩恵で肌はつねに最大の潤いと艶であるけど、すっぴんで出て行くほどに無作法な人間ではないのだ。鏡を見てチェックよし。陰気な顔はよし、じゃないけど仕方ない。ファッションよし。身分証明書と手続きの書類よし。勉強を教える道具よし。とりあえずは最低限の常識と礼節を心得て出発準備完了。

 

「行ってきます」

 

 防犯のために放った魔法生物たちに言葉を掛けて出発だ。

 

 

 

 

「えっ?はっ……?なんで家庭教師なんて雇ったの!お母さん!」

 

 道場が終わって家に帰ると、お母さんに家庭教師を雇ったという話を聞いて思わず声をあげてしまう。

 

「あんたねぇ……部活に打ち込むのは良いけど、来年には受験を控えてるのよ?成績だって下から数えて早い方だし、勉学の方も1人じゃちゃんとしない癖に、部活の時間が減るからって塾にも行くのは嫌がって……それで家庭教師を呼んで、せめてその時間は真面目に勉強をさせようとするお母さんの気持ちは分からない?」

「うっ……」

 

 あたし、奈々米翠月(ななごめ みづき)は馬鹿ではない。お母さんの言っていることは正論であるし、それが胸に深く突き刺さって思わず苦し気に呻いてもいる。

 勉強をしなくちゃいけないのは分かるんだけど、でもやる気が起きない。空手が好きというより、もはや血肉になるくらいには打ち込んでるあたしにとって、他に時間を割く位ならその時間も空手に割り振りたいほどの空手馬鹿という自覚もある。

 お母さんの呆れた顔のままに言葉を続ける。

 

「なにも空手をやるなって言ってる訳ではないのよ。受験に向けて最低限の勉強くらいはしてくれないと、流石にお母さんも不安なのよ。頭だって本当に馬鹿ってわけじゃなくて、勉強をする時間すら空手に打ち込んでるからってのも知ってるんだし、家庭教師の先生と週に2、3回の2時間ずつで良いから、ちょっとは勉強をやる習慣を付けなさい」

「道場が終わったあとで良いなら……」

 

 現実的な妥協案を提案されてしまっては、あたしも素直に頷かなければならない。

 むしろ、道場に連絡をして本人を抜きに空手禁止にされるより遥かにはマシな状況であるし、そこら辺もお母さんが色々と考えてくれて配慮もしていることも理解できる。でも、週に2回だと4時間もの時間が勉強に費やされる。自由な時間がそれだけ狭まると思いながらも、世の中の大学受験を控えた高校生たちのほとんどは、あたし以上に勉強に打ち込んでるいるのだから、空手のために折り合いを付けなければならない。いや、将来のために折り合うはずだけど、あたしの場合は空手が全てなので空手で良い。

 

「あっ、あと1時間で家庭教師が来るから準備をしておきなさい?」

「はぁ?!もう来るの?!」

「だって、本当なら2時間前には帰ってくるはずだったのに、道場に長居をしたあんたが悪いんでしょ?」

「それにしたって、私にも心の準備があるよ?!知らない人だよ!そんないきなり言われても……ッ!」

「その気になれば大男だって殴り倒せるあんたが、今更なにを物怖じしているのよ。ほら、さっさとシャワーでも浴びてきなさい」

 

 空手は万能ではない。そもそも武術を嗜んでいるからといって、人見知りをしないとか、物怖じしないとか、そんなことは別問題なのだ。強面で鬼強い師範だって昆虫全般は苦手であるし、物理的に強いから怖いものがなくなるわけではない。あたしだって、いきなり年上の知らない人に勉強を教えられるとなれば、それなりの緊張は当然のようにする。

 

「今日は簡単な面談とあんたと学力を見てから、どうやって勉強を進めていくか話し合うだけだから緊張しなくて大丈夫よ。どうしても、その先生が無理だと思ったら他の家庭教師を呼ぶから、そこまで深く考えないの」

「ううっ……こわい、知らない人は怖いよぉ!」

 

 人に会うまでが、あたしは怖いのだ。

 そして実際に会ってみて、あっ、こいつならあたしでも余裕で勝てる。と思えば精神的な余裕が出てくる。歯医者で麻酔をするまでが恐怖の最高潮であるように、チクッと刺激される体験をするまでのどうにもならない時間が苦手なのである。実体のない不安感という曖昧なものが苦手、つまりこの未知の家庭教師という存在が脳内でイメージされている間が最も精神的に負荷の掛かる状態である。

 

「おどけている余裕があるなら大丈夫でしょ。ほら、汗臭いままに家庭教師に会うんじゃないの」

 

 とはいえ、賽は投げられた。家庭教師があと1時間で来るのは逃れようもない事実であるし、沙汰を待つ被告人のように大人しくしているしかない。

 

「せめて、そこそこ強い人が勉強を教えてくれないかな?弱い人に教わるのはなんか嫌!」

「言っておくけど、あんたに教えるのは勉強であって空手ではないからね?なんで暴力を基準にしてんの?」

 

 願うことはたった一つ。それは空手に人生を捧げて、人を見る物差しが強さというあたしの尺度。腕っぷしが最低限はある家庭教師ではないと、勉強を教わる気は起きない。どんな野蛮人だよと言われようと、人間最後は暴力でしょ、という心の信条のようなものが絶対的な価値基準なんだから。

 

 

 

「それでは翠月(みづき)さんの現在の学力を測りますので、簡単なテスト用紙を用意しました。お時間の程は1時間程度で済みますので大丈夫ですか?」

「はい。ほら……翠月(みづき)?なに呆けてんの?先生が用意したテストをさっさと受け取りなさいよ」

 

 やべー女だ。本当にヤベー女が目の前にいる。なにこれ、人間なの?すごっ、こんな人間が現実に存在するんだ……。

 

「どうしましたか、翠月(みづき)さん?空手の道場の帰りというので疲れているのでしょうか?」

 

 低い声音。威厳のある声やカリスマ性のある声とはこのことを言うのだろうと思う程に、静かなトーンでありながら、良く通る声があたしの耳朶に響いて脳に染み込んでくる。

 対面に座るのは長い黒髪の女性。ダウナー系というには静まり返った水面のような瞳は、こちらの視線に合わせるようにジッと見つめてくる。光を映さない暗い瞳、吸い込まれるように視線が釘付けになって、意識までもがその瞳の奥の奥まで吸い込まれていきそうだ。鋭利でも、力強くもないのに、それでも圧倒的な強さを覗かせるのはまるで邪視のようにその視線そのものに超常的な力が含まれているとしか思えない。

 魔女だ。目の前に居るのは魔女だ。そんな言葉が脳内で反復する。

 幼い頃から空手に打ち込んで、立ち姿をみれば大まかな強さすら理解できるあたしでも、強い弱いという単純な物差しすら機能しない正体不明の得体の知れなさを目の前の女性から感じてしまう。

 

翠月(みづき)さん?」

 

 それでいて魔女は、閑鳥夜燈(かんどり やとう)という女性は、どうしようもない程に美しかった。

 覗く四肢には染みの一つも見えず、肌も恐ろしいほどに艶があり滑らか、静謐な表情で語りかける声は脳を揺らし染み渡るように滲んでいき、その光を映さない闇の瞳は深淵が覗くようにこちらを見つめて離すことがない。仕草のどれを取っても、対象となった者の興味を惹きたて、五感で感じる目の前の閑鳥夜燈(かんどり やとう)にあたしは、ただ、心を囚われてしまう。

 

翠月(みづき)!もう、ぼーっとしてないで、さっさとテストを始めなさい!」

「あっ、はへぇっ?」

「はへぇっ?じゃありません!もう、全く……この子ったら道場で馬鹿みたいに鍛えてるから。たまになるんですよ、疲れすぎて頭が回らなくて呆けてることが。すいませんね、閑鳥(かんどり)さん。こんな馬鹿娘で」

「いえ、それだけ何かに打ち込めることは素晴らしい才能です。それでしたら、日を改めてまたの機会にテストを――――」

 

 テスト用紙を引っ込められた時、あたしは慌てて立ち上がってその用紙を掴む。

 手が触れた、視線が合った、その表情が小さく綻ぶように笑みを作るのを見て、あたしの顔はカーッと熱くなるのを感じてしまう。

 

「あっ、あたし!テストをします!させてください!頭は大丈夫です!問題ありません!」

「どうしたの、あんた……?どっか頭をぶつけた?」

「お母さんは黙ってて!今から、あたしは()()()テストをするから!」

 

 先生の視線を少しでも長くあたしに向けて欲しいと思ってしまう。こんな美しい人が自分に関心を向けてくれることが堪らなく嬉しい。

 あれ?あたしってなにか変かな?と思っても、視線をテスト用紙から先生に移せば、視線が合ってしまって胸が殴られたように心臓がドキドキと高鳴ってしまう。優し気な瞳でこちらを静かに見守る姿。今、この人はあたしだけを見てくれてるんだと思うだけで、脳内で感情が炸裂したみたいに火花が飛び散ってるイメージが浮かぶ。

 あたしは必死にテスト用紙の解答欄を埋めていく。その隣で先生とお母さんが話してる。

 

「授業は週に2回でお願いします。月曜と土曜日の――――」

「待って、お母さん!週3で勉強するよ!月、水、木、土、日のどの時間でも良いから!」

「…………だそうです。先生のスケジュールの調整が合う日付でよろしいので、週に3回ということで――――」

 

 週に3回、月、水、土の曜日に2時間ずつ勉強を教わることが決まった。

 テストの解答欄の誤答をチェックする先生を眺めながら、その頭頂部のつむじをじっと見つめてしまう。綺麗な髪の毛、髪を掻き分ける姿、真剣な瞳であたしの解答を確認して、やがて一通りの科目の採点が終わった頃に、顔を上げて答案用紙を掴みながら、あたしとお母さんに勉強の指導方法について話し合う。

 先生の言葉は一言たりとも逃さない。あたしの苦手な科目はどれで、どのような問題を苦手とするかを話し合い、どこか夢見心地のままにずっと会話を続けていたかった。どの仕草も、声音も、表情も、先生の見せる全てに魅せられた。お母さんも惹かれているけど、あたしほどには心を強くは囚われていない。それでも、やっぱり先生は魅力的に見えるのだろう。視線を見れば分かる。カリスマという言葉の意味を教えてくれる凄い人だってことを。

 

「それでは今日のヒアリングは終わりましたので、簡単な授業をして私の指導が合うかどうかを翠月(みづき)さんに確認してもらいましょう」

「それって!先生が部屋に来るってことですよね!」

「はい。もしかしてお部屋の方の準備が整ってなかったのでしたら――――」

「いえっ!整ってます!大丈夫です!ひぃあうぃごーです!是非、先生にあたしの指導をお願いします」

 

 引かれたかな?とテンパってちょっと食い気味に行き過ぎて心配になってしまう。でも、先生はちょっと苦笑するだけで頷いてくれるので、途端にすごくすごく嬉しくなってしまい、はしゃぐ子供のように、いや、私は子供だけど先生を連れて2階の部屋に案内する。甘く良い香りを感じながら、勉強机の隣に用意した椅子に座ってもらう。

 先生はノートと筆記用具を取り出しながら、その隣に座るあたしと間近で視線を合わせて。

 

「それじゃあ、勉強を始めましょう」

「あっ、あっその前に……先生?」

「はい。なんでしょうか?」

「先生って恋人います?」

「んっ?いえ、いませんよ」

 

 内心でガッツポーズすると同時に今日会ったばかりの先生に質問することではないと思い直す。恐る恐る、先生の反応を窺うと気分を害した風でもなく、あたしが開いたページに視線が向いてることを確認した後に、さっきの失点を取り戻すべくなるべくいつもの調子で口を開く。

 

「先生、よろしくお願いします!」

「こちらこそ、初めてで至らないことがあったら、すぐに先生に教えてね」

 

 同性とかには興味がなかったけど、こうして気になる人が現れると性別なんて関係ないんだなって、そんなことを思いながら、先生を失望させないように全身全霊で勉強に取り組むのだった。

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