元魔法少女、家庭教師をやる傍らで怪物退治に精を出す   作:たたたった

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家庭教師と空手少女

 勉強机に向かい、真剣な表情でノートにペンを走らせる翠月(みづき)という生徒を眺める。

 ボーイッシュな印象を受けるショートの短い黒髪、横顔はどこか少年のような中性的な顔立ちをしていて、部屋着である黒の上下のジャージから覗く、ほんのりと日焼けをした健康的な肌は、まさに青春真っ盛りのスポーツ少女という出で立ちである。ペンを握る手は粗野で荒く、巌のようにゴツゴツとして暴力の匂いを放ち、あどけなさの残る少女の内に秘める獣性を感じさせてくれる。

 ひたすらに空手に打ち込み続けた人間の手、人によってはこの拳を怖いと感じると思うだろうが、私には翠月(みづき)の積み重ねた研鑽が形となって表れているようで好ましく感じてしまう。

 それにこの翠月(みづき)には、魔法少女としての適性がほんの僅かにあることに気付いた。

 

「先生。この文法の接続詞が疑問なんですけど――――」

「ここは前後の文脈から――――」

 

 勉強を教える傍らで、私の意識の隅には世にも珍しい魔法少女の適性を持つ翠月(みづき)に興味が惹かれる。

 数千人に一人という類まれなる才能。経験則として、その才に恵まれるのは異質な精神性を持つ少女に限られる。それは圧倒的な"個"という揺るがない程に確かな意志。曲げない、折れない、立ち止まらない、つまりどこまでも自分を貫けるという超人的な精神性でなければ獲得できない、魔法少女になれるという才能。

 同族を作る気はないけど、宝石の原石を前にして磨いたらどんな色に輝くのかと気になってしまう。それがいけなかったのだろう。興味津々という様子で不躾にも、翠月(みづき)を見つめていたら、流石にその視線に気付かれてしまった。

 

「あっ、あの……先生?あたしに何か言いたいことがあるんですか?」

 

 その困惑交じりの苦笑に、しまった、という思いを私は抱いてしまう。勉強を監督する家庭教師の立場とはいえ、生徒である翠月(みづき)のことを間近で観察していたら、気分を害されるのは当然のことだ。

 どうする、どう誤魔化す。せっかく、家庭教師としての仕事に就けたのに、変質者扱いされて追い出されたら元も子もないぞ、私。ここは当たり障りのない話題を出して、なんとか凌がなければ。

 焦りは一瞬、スッと息を吐いた頃にはもう心は平常運転に戻ったので、なるべく柔らかな表情で心配そうな瞳を浮かべて。

 

翠月(みづき)さんの顔に傷が見えていて、気になってしまったの。空手の道場に通っているとは聞いていたけど、実際にこんな風に傷を負った人を見るのは初めてでね……ごめんなさい、不躾にもあなたの傷を見てしまって。嫌な気持ちだったでしょう……?」

「……ッ!いえいえ!!とんでもないです!そりゃ、先生のような方が暴力に慣れていないのは当然ですよ!こんな風に生傷を見たらビックリして凝視しちゃうのは仕方ないっす!それに、あたしにとって傷は勲章みたいなもんっす!むしろ、先生にはもっとあたしのことを見て欲し――――あっッ?!いえっ、変なことを口走ったっすね!ほんとっ!気にしないで良いですから!」

「……っす?」

「あっぁぁあぁぁぁぁ!あたし、道場の先輩とかを相手にすると、そんな口調になってしまうのでっ、でっ……す!すいません、今、ちょっとテンパって……なんか口調が安定しなくて……あぁっ、っ!っ!っ~~~~~~!!」

 

 何故か、私より慌てている翠月(みづき)のことが面白いので、ちょっと口元が綻んでしまった。

 茹でタコのように顔を赤らめて、少女らしく悶えている姿が本当に可愛くて仕方がない。歳は近いとはいえ、こちらが年上でそれも家庭教師ということもあって距離感が掴めないのだろう。回転いすをクルって回して、背中を見せて表情を隠してしまう。なにこの可愛い生き物。こういう初々しい反応なんて、大人になりかけてる大学生じゃお目に掛かれないよ。

 しばらく、そうして背中を向けていた翠月(みづき)は、やがて拗ねた子供のように顔だけをこっちに向けて。

 

「………………先生って笑うんですね」

「あっ、ごめんなさい。嫌な思いをさせちゃった?」

「いえ、違うっす。なんか、先生はそういう感情とは無縁というか、初対面の印象って超然としてて、なんかスゲー奴ってイメージだったんすよ。あたしとは生きるステージの違う生き物がきたな、みたいな感じで……でも、良かったです。先生も人間ってことが分かって。ちょっと本気で安心しました」

「ちょっと待って。翠月(みづき)さんの中で私のイメージってどうなってたの?」

「笑わないっすか?」

「笑わないよ」

「なら、言いますけど……その、まっ、魔女……?」

「ふっ――――ぶふっ!はははっ!ごめんなさい、でも……魔女って、そんなっ、いやっ……くっ、はははははははははは!!」

「あー!先生、笑わないって言ったのに!言ったのに笑った!ちょっと、これ本気で恥ずかしいんっすよ!」

 

 言い得て妙である。まさに私の正体に対して正鵠を射抜いた翠月(みづき)の言葉に我慢できずに爆笑してしまう。

 そうだ、私は魔女である。でも、こんな風に他者から見られていたことに、なんだかおかしくて笑ってしまう。魔女としての個性(アイデンティティー)を捨ててまで、オフィスカジュアルの恰好をしてきたのに、結局は魔女と思われてしまうなんて笑い話だ。服装だって悪くない。口調だって丁寧を心掛ている。むしろ、ここまで偽ってきたつもりなのに、私のどこか魔女に見えたのか気になって、釣られて笑っている翠月(みづき)に尋ねてみる。

 

「私のどこら辺が魔女っぽかったですか?」

「ちょ、まだその話を続けるんすかー!まぁ、あたしが言い出したことで言うんですけど、もう気配と言うか雰囲気がもうバリバリの魔女っすよ!あと視線なんかも見られるだけで、すげー邪視って感じで圧力すごすぎっす!これ自然にやってるなら、もう先生は魔女っす!あたしが認めます!これから魔女を自称しても誰も疑いませんって!」

「そうですか……気配、雰囲気。でも、それが私の守るべき最低限の個性(アイデンティティー)ですからね」

「はい。確かにそこは先生の個性っす!むしろ、普段からそれくらいのヤバい気配だした方が、面倒な輩に絡まれなくて楽だと思いますよ!先生って綺麗で、すごっく美人だし。緩い空気出した途端に虫がぶわっ!って群がってきますから」

「それなら今までの方が良いですね。ありがとうございます、翠月(みづき)さん。それに私なんかを美人って言ってくれて」

 

 面と向かって誰かにそう言われた経験がほとんどないので、素直に感謝を伝えると翠月(みづき)は意外そうな顔で口を開く。

 

「先生って……大学とかでモテてないんですか?」

「男性に声を掛けられることはほとんどないですね」

「えぇー本当っすか?いや、でも……そっちの方が……ライバル減っていいのかも……」

「どうしました?なにか言いかけていたようですが」

「いえ!なんでもないっす!それより勉強の続きをしましょう!先生の貴重なご指導いただける時間を無駄にできませんので!」

 

 雑談に思った以上に時間を取られたことに気付いて、今日の目標である翠月(みづき)に対する私の指導の適性を把握するための仕事を慌てて始める。コミュニケーションは問題なし。指導も少女の理解が追いついているので問題なし。ただやはり部屋に他人がいることに緊張しているのか、視線がチラチラとこちらを見ることは今後の課題として対策を考えなければならない。

 そしてそこから先は家庭教師として滞りなく指導は進み、そろそろ終わりが見えた頃になって翠月(みづき)が急にこちらに振り返る。何か言い辛いことがあるのか、口をパクパクと何度か開いたあとに意を決した表情で――――

 

「スマホの連絡先を交換しませんか!」

「はい。家庭教師の仕事の際には連絡が不可欠ですものね。この話は授業の終わりではなく、先にするべきでした」

「えっ、あっ……そうすっね!そういえば、色々と時間の都合が合わない時とかのために連絡先を伝えるのは当然っすよね……」

 

――――空回りしたっす……と、溶けたアイスのように勉強机で項垂れる翠月(みづき)を見ながら、そういえば久しくスマホの連絡先を交換したことがなかったことを思い出すのだった。

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