元魔法少女、家庭教師をやる傍らで怪物退治に精を出す   作:たたたった

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魔女と魔獣と廃墟探索者

 私が服装の色合いに拘るのは、魔法少女としての活動が原因の一端だと思う。

 5歳の頃から魔獣を警戒してのパトロール活動。誰に言われる訳でもなく、闇夜に溶け込む黒色の服を纏って空を飛んで、怪物たちの気配を探り続けてかれこれ15年以上も経過している。

 魔法少女は魔獣の気配を見逃さない、と幼子に改造手術をする邪悪な狛犬の言が本当なら、北から南までの日本縦断を数千回と繰り返してきているのに、その影すら踏めないのはどういうことだろう。魔獣は本当に存在するの?あの狛犬に担がれただけ?そんなことを私はたまに考えるけど、実際に魔法少女としての力が与えられている以上は、このたった1人の自警活動が止めるに止められない。

 ふぅっ、と息を吐いて、今日も魔獣の気配すら感じない眼下に広がる街並みを見下ろす。

 

「魔獣が現れないことは、本来なら喜ぶべきことなんだけど……流石に15年も警戒を続けても何も起きないのはね……」

 

 非日常に憧れていたのは高校生まで。大学生になれば、魔獣が日本で暴れて私の活躍がこないかなー、なんて不謹慎なことを思わなくなった。家々の明かりの下には人間が生活していて、その1人1人には歩んできた人生が存在するのだ。魔獣なんていう怪物がその日常を踏み荒らして破壊していくことを、望むほどに愚かな人間にはなりたくない。

 正義のヒーローでありたいがために、その対となる邪悪なヴィランの登場を待ちわびるなんてもっての外だ。

 だけど、こうして子供である魔法少女から成人して魔女になった訳であるが、その年月で積み重ねた鍛錬の成果を発散させたい欲望も芽生えてるのも事実。仮想敵として人類に破滅をもたらす魔獣。それを想定した鍛錬は我流とはいえ相当なものだと思う。私の魔法は戦闘能力が皆無の特殊なタイプであるため、ひたすらに基礎の能力を鍛え伸ばし続けた。

 具体的には、殴る、蹴る、魔力を放出する。このたった3つを15年以上も愚直に極め続けた。魔法少女なのに魔法を使わない肉弾戦特化型、シンプルな暴力こそ至上の破壊と言わんばかりに、拳闘士としての才覚に目覚めていると思う。空手家である翠月(みづき)と手合わせをしたいという考えが、無意識に脳裏に過ぎるほどに野蛮な暴に染まっている自覚がある。

 でも、耐えた。耐えなくちゃ、加減を間違えて殴ったら生徒である少女の身体が爆散する大惨事になるからだ。戦うべき相手も見当たらず、そして全力を出す機会にも恵まれず、この無聊を慰めるために格闘技の専門チャンネルにわざわざサブスクで登録するほどに。

 

「全力で殴りたい……なんでも良いから全力で殴れるなにか落ちてないかなぁ……」

 

 暴力に飢えた危ない魔女。立派に社会のはみ出し者であるアウトロー街道に踏み入れてる自覚がして、この正気とは思えない口を塞ぐ。危なかった、こんなことを聞かれれば間違いなく一発アウトの危険人物認定待ったなしである。

 そんな時、背筋がぞわぞわとするような感覚を覚えて、反射的に視線の一点が遥か遠くの南東の方を見つめる。

 

「………………まじか。まさか、この15年の歳月で初めて感じたぞ。これ魔獣の気配?」

 

 疑問符を口にしながらも私は確信していた。

 魔獣、魔獣がこの方角の先に出現した。そう、私の本能が訴えてくる。驚き9割、恐怖1割、いずれは来るべき戦いとは思っていても、実際に命のやり取りである鉄火場を前にすると緊張が走る。なにせ、魔獣という存在のことを何も知らないのだ。分かっていることは、人類を破滅させる力があること。たったそれだけの情報であるが、破滅させる、というシンプルな情報は恐怖を煽るには十分すぎる。

 だが、やらなければならない。それが魔法少女の役割であり、力を得たものの使命なのだ。

 私は強く中空を踏みしめて、駆け出した。空を飛ぶより、走るように駆ける方が速く進める。一歩、一歩と、加速する速度に合わせて、空気とぶつかり衝撃波が生まれて甲高い音が鳴る。銃弾のように、ただ目標に向かって真っすぐに駆ける。きっと、眼下の街で暮らす人たちは音の正体が分からずにビックリしているだろう。でも、ごめん。今回は、そこまで周りに気を遣う余裕は私にはないんだ。

 街を超え、また街を超え、そして山を越え、また街を超え――――そしてやがて目的の場所に辿り着く。

 山奥の廃墟、もっと具体的には開発に失敗した温泉街。小さな集落のように、旅館やホテルが密集する場所で、とてつもなく邪悪な気配がする。私は息を呑み、そして眼下に広がる建物を見下ろす。このまま魔力を放出して、遠距離から地域全体を吹っ飛ばすという物騒な考えが浮かんだが、もしかしたら人が居る可能性を考えて踏みとどまる。

 そして小さな悲鳴が響いたので、その声がするホテルの中へと考えなしに突撃する。どうせ、私の魔法は役立たずである。殴る、蹴るが主軸の戦闘において、誰かが襲われてるのならば肉壁になるくらいの覚悟で突っ込む方がちょうどいい。

 

 最初に見えたのはオレンジのジャケットを着た女の子であった。軍手に懐中電灯を握り、ヘッドライトを搭載した赤いヘルメット、そんな廃墟探索者らしき少女の前方、僅か5メートルほどの距離にその怪物――――魔獣はいた。

 赤黒い人型、ぶよぶよとした肉塊がそのまま形になったように、全身から細長い触手のようなものを生やし、その頭部があるべき場所には円筒形の肉が天井の高さまで伸びている。人の首から上をグロテスクな花に挿げ替えたような気持ち悪さ、自我や意志があるのか正体不明な怪物、その手の形に見える腕を突き出して、少女に歩み寄ろうとしてるので、すぐさまに私は一般人の退避を選択する。

 まずは少女の身体を抱え上げ、一気に距離を取る。視界から外すのは危険であるので、廊下の端の方まで駆けて非常階段の傍で少女を降ろす。何が起きているのか現状を把握できない少女は、目を白黒させながら私を見ているので、安心させるように言葉を掛ける。

 

「っぁっ、あっ……ッ!っっっ!」

「大丈夫。私は人間だから、落ち着いて……まずは呼吸を整えるの」

 

 肩まで伸ばしている髪、いや、伸び放題になっている髪なのだろう。廃墟探索者と言うより、まるでストリートチルドレンのような雰囲気を醸し出す少女に声を掛けながら、視線はすぐに異形の怪物の方へと向ける。どうやら反応は鈍いようで、対象を見失ったように身体を大きく動かして周囲を見ている。そして、廊下の端に私たちが居ることに気付くと、その肉塊からは想像も付かない速度で一気に迫りくる。

 私は粟立つような悍ましさに襲われた。魔法少女が戦う魔獣と言うのだから、もっとファンシーな見た目、またはそれなりに整った形をしてると思ったら、完全に見るだけで正気度が減るような異形系のモンスター、人型の肉塊の怪物と対峙するとは思ってなかったからだ。

 手足を触手のようにブンブンと振り回し、頭はまるで攪拌しているかのように高速で円運動を始めている。それが3倍速で動くかのように、あり得ない挙動でこちらに突撃するのだから、私は対話よりも先に手が出てしまったのは仕方のない事だろう。本来なら、魔獣とはいえ生物、人類を破滅させるとはいえ一方的な暴力を振るわないと考えていたのに、そんな相互理解の可能性すら容易く放棄させる程の存在としての邪悪さと気持ち悪さが勝ってしまう。

 反射的に振るった拳から放たれるのは、魔力を纏った衝撃波。空間を震わすほどの速度で、まるで大砲のように巻き込まれた軌道上の物が吹き飛びながら、異形の怪物へと迫り――――――――――見事に命中して相手は爆散した。

 

「………………終わった?」

 

 呆気ない勝利。肉塊は衝撃波でミンチになり飛び散ると、まるで存在が保てないようにシュウシュウと空気に溶けるように白い煙を放って消えていく。

 安堵はしない。慢心もしない。15年間も魔獣の相手をすることを考え、脳内で仮想訓練を繰り返してきた私は、これはこちらを油断させるための偽装、または第二陣として別の怪物が現れることを警戒して、注意深く周囲を見渡す。背後にいる少女が襲われることを危惧し、間合いの範疇に庇護する対象を入れながら、しばらくの間、およそ時間にして15分はそのまま構えていた。

 足元の少女も、私が警戒していることを理解して息を呑んで見守っている。来るのか、来ないのか、魔獣の気配は消えたが、それでもどんな想定外の出来事が起きるかなんて分からない。なにせ、私は初めて魔獣という存在に相対したのだから知識がないのだ。

 本当に死んだ?そもそもあの魔獣どこから現れた?そして、この状況はやっぱり警戒は解かない方がいいのかな?

 

「…………とりあえず、脅威は去ったようね」

 

 30分は身構えていたが、それでも何も起きないので警戒を解いて少女の方に意識を向ける。

 その瞳には、怯え、恐怖、混乱、疲労とあらゆる負の感情を混ぜたような色が浮かび、こちらを見上げる視線も畏怖を抱いているのが見て取れる。無理もなかった。あの見るだけで正気度が減るような肉塊の怪物と遭遇したあとに、それを一撃で殺すような人間に出会ったのだ。逆の立場だったら、あの怪物と同じ化け物じゃないかと私を疑うことだろう。

 

「私は閑鳥夜燈(かんどり やとう)。あなたの名前を教えてくれる?」

 

 こういう場合は互いに自己紹介をする方が良いと思って名を名乗る。偽名を名乗るべきか迷ったが、ここで信頼関係を結ぼうとしているのに、最初から嘘を吐くのは間違いであると判断した。実名を名乗るデメリットなどの損得勘定よりも、この状況で1番怯えて当然な少女の心を守る方が何よりも先決すべきなのだから。

 私の言葉に、多少の躊躇いと何度か口を開いて少女は名を告げる。

 

「…………天音風羽風羽(あまね ふわふわ)

「そう……天音さんなのね」

 

 ふわふわ?

 大学でもキラキラネームの学生が珍しくなくなったが、当て字なのかどんな読みをする漢字であるか見当も付かない。こういうことは本人も気にしていると思うので、詳しく詮索しない方が良いのだろう。今は名前よりも警戒すべき事案があるので、周囲に視線を向けて、ひとまずの安全確保のための行動に移る。

 

「建物から出ましょう。また次が襲ってくる可能性も否めないわ」

「あの……さっきの化け物ってなんなんですか?それと、お姉さんの正体も……」

「あれは魔獣。そして私は元、魔法少女よ。詳しい話は安全を確保してからしましょう」

「元……魔法少女……えっ?」

 

 疑問に対する答えは簡潔に。話す時間はあとで作るのだから、まずはこの場から去ることを私は先決する。

 

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