元魔法少女、家庭教師をやる傍らで怪物退治に精を出す   作:たたたった

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魔女と廃墟探索者と空

 私が最初に閑鳥夜燈(かんどり やとう)と言う女性に抱いた印象は魔女であった。

 黒いカーディガンの上から黒色のトレンチコートを羽織り、黒のデニムパンツのミリタリーブーツを履いた彼女は、周囲を警戒しながら廃ホテルの外を目指して歩み出す。その後ろ姿はまるで影法師。私の懐中電灯の明かりで、その艶やかな黒髪が煌めかなければ、あの悍ましい化け物の仲間と疑ってその場から逃げ出していただろう。

 時折、視線をこちらに向けて、こちらを気遣っているようだけど、助けられておきながらも私は信用してなかった。

 彼女が化け物に放った衝撃波で捲り抉れた廊下。これほどまでの圧倒的な暴力を見せつけられたら、気まぐれで私の命を奪うんじゃないかという恐怖に襲われるのは仕方ないと思う。

 私は彼女のことを何も知らないし、彼女も私のことを何も知らない。つまり、赤の他人。でも、それ以上に怖い目に遭っているので、大人しくついていくしかない。

 

「私が怖い?」

 

 厳かで静かな声が、私の心中を見抜いたように胸を貫いていく。

 心臓が大きく、跳ねる。その声音からは感情が読み取れず、どう反応していいのか迷ってしまう。正直に告げるべきなのか、嘘を吐くべきなのか。視線を彷徨わせると、彼女の巻き起こした惨状の跡が視界に入ってくる。もし、不機嫌にさせたら、この暴力に晒されるんじゃないかという最悪の想像が脳裏に過ぎる。だから、私は身体を硬直させて、その場に留まることしかできない。

 異変に気付いて、影法師の足が止まる。ライトに照らされた彼女の姿は、まるで周囲からくり抜かれて塗りつぶしたように真っ黒。煌めく髪がコントラストになって、その不気味さが余計に際立って思わず目を閉じてしゃがんでしまう。

 私の心は既に決壊寸前であった。余裕なんてない路上生活、そこに異形の怪物と、『元』魔法少女を名乗る女性の登場。許容限界(キャパシティオーバー)、今までの何もかもを見なかったし、聞かなかったことにして、現実から目を逸らして殻に閉じこもる。こんなことをしたって、状況が良くなるどころか悪くなると知っていても、もう耐えきれない。

 耳を手で塞いで、目をギュッと瞑る。まるで小さな子供の抵抗のようで、心の中で自虐と憐憫の混じった私の視線を感じる。

 そんな私に向かって足音が近づいてくる。だから、私もまるで抵抗するかのように耳をより強く塞ぎ、目をもっとギュッと閉じる。

 

 そんな私を暖かく包むものがあった。小さい子供になって蹲った身体を、大きくて柔らかいものが覆っていく。懐かしい記憶が蘇る。まだお母さんがまともだった時の、幼い私を抱きしめてくれたあの感触。

 そうか、今、私は抱きしめられているんだ。でも、なんでこの人は私なんかを抱きしめてくれるんだろう?

 何も分からないけど、心地よい温もりに縋るように私も彼女を抱きしめた。もう堪えなくていいんだ、と恥も外聞もなにも気にせずに大きく口を開いて、涙を留まることなく瞳から溢れさせて、大声で泣き始めた。行き場がなくなって、私の心に淀んでいたものを全て吐き出すように、ただひたすらに泣いて、泣いて、泣き続けて、涙が枯れ果てるまで、喉が枯れるまで声を上げ続けた。

 赤ちゃんの産声のような私の鳴き声は、やがてすすり泣くような静かなものに変わると、ゆっくりと抱擁が解かれて、頬に暖かくて柔らかなものが添えられる。

 

「目を開けて」

「………………きれい」

 

 真っ暗な闇から私を引き上げる、厳かで力強くて、でも優しい声音。

 勇気を出して開いた目には、輝きに満ちた廃墟の廊下が映し出される。まるで蛍の光のように淡く緑色の光で満ちた世界、幻想的で、それでいて光そのものが仄かに瞬きするように輝く。周囲の空気も温度も何もかもが温かい、でも、それよりも、そんな世界を見せてくれる彼女の方が何倍も、何十倍も綺麗だった。

 凛々しくて冷たい美貌、大きな目に浮かぶ静寂の闇に包まれた瞳は見ているだけで吸い込まれそうで、私をどこまでも慈しむような、口元の優し気な微笑み。思ったことを、そのまま言葉にして開いた口は、閉じることすらも忘れたように、私の泣きはらして赤くなった目は、その見る者全てを魅了するような瞳へと惹き付けられ、時間すら忘れて彼女に見入ってしまう。

 人間の女性が持つ美しさじゃない。人を超えた存在にしか持てない美貌。生きた芸術のような完璧な存在が、私だけを見てくれることに、そう意識した途端に胸の心臓が高鳴ることが止まらない。

 そんな様子の私に彼女は小さく微笑む。

 

「落ち着いた?」

「う、ん……ぁっ、はい。落ち着きました」

「歩ける?」

「大丈夫です……ぇっ、あれ?どうしたんだろ、私……安心して腰が抜けちゃったのかな?」

「なら、私が運ぶからね。身体を触るけど、良いかな?」

「…………ッ?!はっ、はい!お願いします……ッ!」

 

 太腿の下に回される手と背中に回される手、お姫様抱っこをするように抱え上げられた私は、彼女の首元に腕を回して抱きつく。

 良い匂いがする。それにこんなに顔が近くて……吐息もすぐ傍に。あっ、心臓の音を聞かれないかな……。

 

「高いところは平気?具体的には、これから空を飛んで街まで行こうと思うのだけど」

「閑鳥さんを信じます」

「それは責任重大ですね……でも、天音さんの信頼には応えるから」

 

 気が付けば私は彼女に全幅の信頼を寄せていた。誰かに対して疑いの念すら持つことなく、ここまで他人を信用するなんて、自分でも意外な心境に驚きを隠せない。そして、そんな私にちょっと困ったように苦笑する彼女から目を離せずにいる。

 耳を寄せれば聞こえる呼吸、回される腕の感触と温かさ。安堵と安寧に浸れるこの場所で、私は彼女だけに視線を向ける。周囲を警戒する凛々しい顔、時折、視線が合ってはにかもような笑みを浮かべる顔、廃ホテルから外に出て、安心したように僅かに気が緩む顔、そして声を掛ける彼女の言葉に頷いて、風切る音の中で私を気に掛ける顔。ずっと、私は彼女だけを見ていた。

 

「空の上だけど本当に大丈夫?」

「全然、平気です。私は閑鳥さんしか見てませんから」

「そうだよね。視線を下に向けるより、そうやって一点を見つめた方が落ち着ける」

 

 月光に照らされる美貌を片時たりとも見逃さない。

 私を落とさないように回す手に力が籠められ、身体を強く抱き寄せてくれる。このまま何処か遠くまで一緒に行きたい。そんな思いを抱いても口に出すことができなくて、私はくっ付くほどに顔を寄せて埋める。

 

「――――――――――――」

 

 囁く声は届かなくても良い。ただ私が口にした、という自己満足に浸りたいだけなのだ。

 やがて、落ちていくような浮遊感を感じる。もう、目的地に着いてしまった。そんな諦観を抱いたままに顔をあげると、スーパーの屋上駐車場で私は抱きしめられる腕から解き放たれてしまう。嫌だ、もっと傍に居たい。だけど、私たちの関係性なんてヒーローと助けられた一般市民のようなもの。これ以上は求められない、そう、諦めかけた時に彼女が口を開く。

 

「少しだけ、お話できる?あの廃ホテルでの状況について詳しく知りた――――」

「――――大丈夫です。話、できます!それで何を話せば良いんですか?!」

「そうですね……とりあえず喫茶店でゆっくりお話ししましょうか」

 

 食い気味で答えちゃったけど仕方ない。そんなことより、まだ私たちの関係性が終わらないことが嬉しい。

 

――――芽吹いたばかり恋心を、このまま枯らすなんて、絶対に私はさせない。

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