元魔法少女、家庭教師をやる傍らで怪物退治に精を出す 作:たたたった
陰鬱として険のある目、肩まで伸びる髪の毛は整えられることはなく、身体の汚れは喫茶店の照明でよく見える。オレンジのジャケットにジーンズ、こうして明かりに照らされれば浮浪者そのもので、16歳からかれこれ1年以上という長い歳月を廃墟などを転々して暮らしていた少女の人生を垣間見た気がした。
毛を逆立てた野良猫、牙を剥く野犬。廃墟で出会った当初はそんな印象を受ける天音さんだったが、状況が落ち着いて平静を取り戻したのか、借りてきた猫のように対面に座って大人しくしている。
「建物に侵入した時に遭遇してしまったのね」
「はい。廃墟のホテルに入ったら、アレが居ました」
天音さんから話を聞いていたが、収穫はほとんどないと言ってもよかった。
不幸にも魔獣が出現した場所に居合わせただけであり、異変や前兆もなく、降霊術のような霊的な儀式をした訳でもなく、まるで事故のように最悪の状況に巻き込まれたようだ。念のために、この後に廃ホテルの調査を進めるつもりだが、もし自然現象のように魔獣が現れるとしたら、私は場当たり的にその事象に対処するしかなくなる。
最悪の想像に、嘆息をするように短く息を吐くと、落胆されたと思ったのか天音さんの身体がピクリと動くので慌てて訂正する。
「気分を害してしまったら、ごめんなさいね。あなたは悪くないの。ただ、これから魔獣との戦いが始まる時、私は常に後手に回らざるを得ない状況もかも知れないと思ったら、気分がとても落ち込んでしまって」
「あの……魔獣って一体、なんなんですか?」
被害者となった天音さんからすれば当然の疑問だろう。自分を襲った怪物の正体、目的、それらについて詳しく知りたいと、事情を知っているように思える私に尋ねてくるが、残念なことに『元』魔法少女である私も魔獣について何も知らない。ただ、人類に破滅をもたらす天敵であり、魔法少女の宿敵、たったそれだけの情報しか、いたいけな少女を魔法少女に改造した狛犬は伝えなかったのだ。
意味深に『魔獣との戦いが始まれば答えは自ずと分かる』と言われたが、それって、単に説明をするのが面倒だったからじゃないの?と、今になって邪推してしまう。
というか、幼女に対して理由も告げずに力だけ渡して、さぁ、魔獣と戦うんだ!なんて、まるでデスゲームか何かの主催者みたいな態度を思い出して腹が立ってきた。
そして怒りで僅かに震える私を見て、天音さんは怯えたような表情を見せる。もしかして、怒らせたと勘違いさせてしまったのだろうか。だから、気を取り直して静かに絞り出すような声音でゆっくりと語る。
「魔獣……それは人類に破滅をもたらす怪物。そして魔法少女がこの世界に存在する理由。存在を予言されながら、15年の歳月を経て現れた……この世界の災厄」
「閑鳥さんの他にも魔法少女は居るのですか?」
「いないわ。正確には、魔獣が現れないから仲間を増やす理由がなかったの。魔法少女の力は危険よ。少女に安易に渡すには、あまりにも強大すぎる力……使い方を間違えれば大惨事の引き金となるものなんて、慎重に扱わなければならないわ」
「仲間を増やす……?」
「えぇ、それが私のたった1つの魔法だから。全ての魔法少女の
私の魔法は『少女を魔法少女へと変える力』。
つまり同族を増やすという、本当に5歳の幼稚園児に与えるには過ぎた力なのだ。考えなしに、少女を魔法少女へと変えていれば、今頃は世界は最悪の方向に舵を切っていただろう。肉弾戦に特化した私で、音速で空を駆けることができるのだ。戦闘機が人型をして歩き回るような魔法少女に、未成熟な精神を持つ子供が次々と変身していけば、行き着く先は考えなくてもこの世の地獄と分かる。
幸か不幸か、私は魔法少女である、という特別に溺れていた子供であった。だから、自分以外の魔法少女の存在なんて認めずに、同族を増やす力を与えられても一切行使をしなかった。
『私だけが
個でどれだけ強くなっても、敵が群として世界で暴れまわられたら、いくらなんでも手が足りないのだから。
「あの……っ!だったら、私が魔法少女になります!」
「何を言ってるの……?」
ヒロイズムに溺れた、かつての自分を見るような目で、私は名乗りをあげる天音さんを見る。
うん、酔っている。非日常に酔ってる瞳をしている。昔の私が中身はそのままで、外見を変えて現れたみたいだ。言葉は慎重に選ぶべきだろう。魔法少女の暴力を見て尚、私のような力が欲しいなんていうのは、ちょっと危険すぎる。
「失うものは私にはありません!帰る家も、心配する家族も、友達もいない。この人生に意味なんてあるのかって何度も、この1年間で考え続けました。高校を中退した、ただの浮浪者。それが今の私の現実です。でも、せっかく私は生きているのに、このまま無意味になんて死にたくない!意味が欲しい!生きていて良いと思える、特別な人生が欲しいんです……ッ!」
「安易な現実逃避の手段として、魔法少女になることは私は認められないわ」
人の身に余る力を15年間も自制していたから理解できる。私の魔法は少女たちに時限爆弾を渡すに等しいものだ。本気で殴れば、車なんて軽く吹き飛ぶ程の膂力。未成熟な少女の精神のままに、何かの弾みで誰かを感情のままに殴れば悲劇が起きる。私は余りにも他者に無関心で、特別な自分にだけしか関心を持っていなかったから暴発は奇跡的にしなかった。
でも、目の前の
家族に不満を持ち、憎んでさえいる。母親であるはずの女性が、彼氏の機嫌を窺うために娘を差し出す。そんな家庭環境を聞かされていて、じゃあ、あなたなら魔法少女を任せられるわ、とは絶対にならない。魔法少女にさせるというのは、抜身の拳銃をその手に持たせる行為に等しい。つまり、力を与える少女に最も求めるモノは他者に対する<余裕>なのだ。寛容と受容の精神、酷な言い方であるが幸福な家庭環境で、正しい道徳と倫理を教育された人間でなければ得られがたい資質である。
溜め込む不満と憎しみの安易な捌け口となる魔法少女という暴力。それを余裕のない少女には絶対に与えてはいけない。
数千人に1人の魔法少女の才能と、あまりにも逸脱した魔法少女の力の手綱を握る精神力。10代の少女が先天的な資質として持つには、無理難題と言うべきものであるのだが、私が魔法少女に求めるのはそういう子であると、対面する少女に告げると涙を堪えるように俯いて震えてしまう。
だから、私は寄り添うように天音さんの隣に座りその肩を抱く。
「あなたを特別にはできない。でも、私は出来うる限りのことをしてあげたい。だって、17歳の女の子がこのまま路上生活をするなんて、放っておけないわ。家族と暮らせないのならば、児童相談所に行きましょう。保護をしてもらって、シェルターで自分の人生をやり直すの。それが現実的で、堅実な手段だわ」
「魔法少女なのに、すごく現実的な方法を提案するのですね。魔法とかで解決はできないのですか……?」
「私の魔法はそういうことはできないからね。あと、私は『元』魔法少女」
「なら、その、あともう少しだけ待ってくれませんか?あと1か月もすれば、18歳になるので、あっ、その……こんなことを言うのも、頼れる人が閑鳥さんしかいないからお願いしたいです……その成年になったら、しばらくの間、泊めてくれませんか……?」
「私の家に?」
「はい。もうほとんど浮浪者みたいなもので、家にもロクでもない家族しか居なくて、それで……仕事をするにも、やっぱり住所や連絡先のための電話とか必要じゃないですか?生活が安定するまでで良いで、家賃も当然、入れます。居候とか本当におこがましいと思うのですけど、でも、もう……私には頼れるのは、閑鳥さんだけなんです……」
私は天を仰いだ。初対面でいきなり居候させてと言われても困惑しかない。お互いのことはなにも知らないし、そもそも知人というより赤の他人と言ってもいい少女を相手にである。とはいっても、ここまで関わっておいて放置するのも考えもので、あと1か月もすれば成人するとなると、親から完全に独立して新生活を始めるにも基盤が必要なことも理解できる。
「とりあえず、それまでの間は児童相談所の人と話し合いましょう」
「えっ、あっ……そしたら泊めてくれるんですか?」
「頼れる人が私だけなら仕方ないわ」
「っ……ッ!ありがとうございます!」
居候を泊める程のスペースはあるので、どうせ乗り掛かった舟であるので受け入れることにした。
私の部屋は魑魅魍魎のシェアハウスである。同居人が今更、1人だけ増えたところでどうとでもない。むしろ、家賃も払ってくれるなら家庭の負担が減って助かるというものだ。だが、心配事が1つだけあるとすれば――――
「幽霊とか妖怪とか、そういうオカルトな存在って平気?」
「えっ、それって……えっ……?」
――――人は食わないとはいえ、人外の怪物との共同生活に耐えられるのか心配だった。