大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第10話 やば過ぎ

 

 チュンチュンと小鳥の囀りに起こされ、私は眠たい目を擦りながらベッドから這い出た。

 時刻は午前七時過ぎ。糸守君は未だ夢の中で、あどけない寝顔を晒している。

 

「……うわっ。やばい、二日酔いだ……」

 

 ずきずきと痛む頭。

 水を飲もうとキッチンへ行くと、いつの間にか床が綺麗に掃除されていた。深夜に彼が起きてやってくれたのだろう。

 

「あれ、こんなの昨日まであったっけ?」

 

 カウンターの上には、インスタントのシジミの味噌汁とスポーツドリンク。

 

 置手紙には、『朝起きて二日酔いだったら飲んでください』と彼の字で書かれていた。

 あれからもう一度コンビニに行き、わざわざ買って来てくれたらしい。……もぅっ。優し過ぎでしょ、糸守君。

 

 まだ眠る彼に、心の中でありがとうございますと手を合わせ、その二つをいただくことにした。

 

 お湯が沸くまでの間にスポーツドリンクを飲み干し、出来上がった味噌汁を持ってソファへ。

 昨日が嘘のように穏やかな海を眺めながら、気怠い身体に温かい味噌汁を流し込む。

 

「はぁ~~~……」

 

 沁みるその味に、思わず野太いため息が出てしまった。

 ここにいないはずのママから「はしたないよ」と言われたような気がして、少しだけ恥ずかしくなる。

 

「ん? 私、この部屋掃除してないよね?」

 

 今気づいたが、テーブルの上から空の酒瓶や食べ散らかしたおつまみなどがなくなっていた。

 

 糸守君、こんなところまで掃除してくれたんだ。

 

「……別にそこまでしなくていいのに。掃除する人、雇ってるんだから」

 

 客人なのだからむしろ何もしないで欲しい、と思いつつ。

 

 夜中、誰もいないリビングで一人せっせと働く彼を想像して、胸が熱くなった。

 彼がそのような行動に出たのは、単純に優しくて礼儀正しいというのもあるが、ここが私のママの持ち物だったからだろう。

 

『うちも母親いないんで、先輩がお母さんのために笑いたかったって気持ち、何となくわかります』

 

 ふと、彼の言葉を思い出す。

 

 いないというのが、死別なのか離別なのかはわからない。

 しかし何となく、直観的に、前者の方だろうと思った。あの時の彼の声音には、形容し難い重みと、苦しみのようなものが滲んでいた。

 

『……だから、帰る瞬間まで笑っててください。お母さんも、それに俺だって、そっちの方が嬉しいので』

 

 続く言葉、あの時の糸守君の笑顔。

 ただ思い出しただけで、耳の先まで熱が回った。

 

 手のひらで顔を扇ぎながら立ち上がり、ガラガラと窓を開ける。

 潮風に吹かれながら水平線の彼方をどれだけ見つめても、頭の中から彼の顔が離れない。

 

「いやぁ、まずいってこれ……絶対にまずいよ……」

 

 高鳴る心臓。胸を焦がす炎。

 これが何かわからないほど、私はウブではない。

 

 

「――……私、糸守君のこと本気で好きになってるじゃん」

 

 

 初めて会った時から、素敵な男性だなとは思っていた。

 

 身体を張って助けてくれて、本当の私を受け入れてくれて、いつだって構ってくれる。性的な目で見てこないし、底抜けに優しいし、一緒にいると楽しくて安心する。

 

 何よりも決定的だったのは、やはり昨夜の出来事。

 

 私とママのことを気遣いながら、何でもなさそうに雨風の中へ身を投じて行く背中。……あんなのずるい。あれを見せられて、いい友達だなぁ、で済ますとか無理でしょ。

 

「おはようございます、先輩」

 

 不意に後ろから声をかけられ振り返ると、そこには糸守君が立っていた。

 ちょうど彼のことを考えていたのもあり、頬を焦がす熱が一層燃え上がる。

 

「スポーツドリンクと味噌汁、気づいてくれたんですね。どうですか、二日酔いは」

 

 そう言いながら、いつも通りの、人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。

 

 それだけ。

 本当にそれだけ、なのに――。

 

「…………何これ、やば過ぎ」

 

 えっ? えっ? えっ?

 何これ。糸守君ってこんなに格好よかったっけ?

 

 ……ドキドキし過ぎて、頭沸騰しそうなんだけど。

 

「今、なんて言いました?」

 

 ライクからラブに変わっただけ。

 たったそれだけのことで、顔を見て声を聞くだけで嬉しくなる身体にされてしまい、私は蕩けそうな表情を隠すように海の方へ向き直った。

 

 

 

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