大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話 作:枩葉松
雪化粧をするレトロな街灯。
木造の橋は軽く凍結して滑りやすくなっており、僕は朱日さんの手を引きながらゆっくりと歩く。
「今思ったけど、私、酔ったまま外歩くのすごく久しぶりかも……」
「えっ、大丈夫? 旅館、戻ろうか?」
「ううん。平気だよ、晶さんが一緒だから」
「……っ!」
ぬわぁああ!!
何だってこの子は、僕が喜ぶようなことを言うかなぁ!?
もしかして……いや、もしかしなくても、キスくらい許されるんじゃないか?
親友親友って慕ってくれるわけだし、同性間の常識的なスキンシップの範囲なら笑って済ませてくれるんじゃないか?
よ、よーし……! それとなくやってやろう……!
少しくらい発散しておかないと身がもたないよ!!
「わぁー、綺麗……!」
橋の半ばで立ち止まった朱日さんは、川の上流に顔を向け感嘆の声を漏らした。
一月の夜の温泉街。
川の音、誰かの談笑。
暗がりに灯る、やわらかなオレンジの光。
ぬくもりのある温泉の匂いと雪の冷たさが同居しており、寒くはあるがどこか心地いい。
お風呂の中でアイスを食べるような、チグハグな贅沢さがある。
そんな美しい景色を前に、朱日さんの黄金の双眸はキラキラと輝いた。
風になびく髪の煌めきは天の川のようで、その人外じみた美しさに息を飲む。
「……糸守クンは、いつもこんな顔を見てるのかな……」
「え、何の話?」
「いや、別に。……だとしたら、僕は勝てないだろうなって」
爽やかな敗北感が、胸の穴を吹き抜けていった。
白い息と共に、酔いの心地よさを吐き出す。
……何でこうも虚しいのかな。
せっかくの旅行、楽しい感じでいなくちゃいけないのに。
「晶さん」
「ん?」
「えいっ」
その時だった。
ふにっ、と。
僕の頬に触れた、温かくてやわらかいもの。
朱日さんは両の瞳を妖しく細めて、悪戯っぽく白い歯を覗かせる。
……ん? ん? んぅ?
うえぇえ!? ちゅ、ちゅーされた!?
「ななななっなになにどうしたの!? ど、どういうことぉ!?」
「あはははっ! 焦り過ぎててかわいー♡」
「か、可愛くないし!!」
「んふふー。だってさ、キスしたそうな顔してたからちょっと警戒してたのに、急に落ち込んだ感じ出すんだもん。意味わかんないよ」
「いや、そ、それは……!」
「ちょっとは元気出た?」
「……まあ……その、うん……」
「そっか。じゃあ、もうしなくていいね」
「っ!? いや、全然元気出てない!! まだ足りません!!」
「仕方ないなぁ。それなら、もう一回ね?」
ちゅっ。
頬に感じる、朱日さんの体温。
す、すげぇ……!! すげぇええええ!!
ちょっと前まで僕を警戒し散らかしてた朱日さんが、自分の意思で僕にチュー!?
なにこれ、実質セックスじゃん!!
……あれ? さっきまで、何かで悩んでた気がするけど……。
まあいっか!! 忘れるってことは、たいしたことじゃないだろうし!!
「んじゃ、お返しに今度は僕から――」
「それはだめー♡」
何でぇええええええ!?
◆
旅館近くで見張っていると、朱日先輩たちが出てきた。
二人とも、楽しそうだな。
何ごともなさそうで本当によかった。
それにしても……。
朱日先輩、酔ってないか?
俺と一緒の時でも酔った状態で外へ出るのは稀なこと。
それを一条先輩とってことは……あのひとのこと、心底信用してるんだろうな。
「…………」
い、いやいや!
何を変なところで嫉妬してるんだよ、俺は!
いいじゃないか、朱日先輩に仲良しなひとができて。
そりゃあ二人は親友同士なんだから、あれくらいは当然だろ!
「……今、キスしなかったか……?」
橋の上。
不意に、朱日先輩から一条先輩へ。
何だ? 何がどうなってそうなった?
……一条先輩のようにわかりやすくはないが、朱日先輩も性欲が強い。
もしかして、同性間でもそういうことをしたくなったとか? 親友になったことで、警戒心が薄れたのか?
い、いやいや!
親友同士で、しかも同性なんだから、それくらいするだろ……た、たぶん……。
余計な心配をするな。
今日、わざわざこうしてこっそりつけてきたのは、二人の安全を守るため。楽しそうにしてるんだから、他のことはどうでもいいだろ。
「あの二人、ちょー可愛くね?」
「は? いや、もう一人は男だろ? 彼氏持ちだって」
「いやいや、両方女だって。おれ、ちょっと声かけて――」
二人の楽しい旅行に水を差しかけた、男二人組。
たまたま俺の脇を通り過ぎて行ったため、すぐに追いかけて肩を掴んだ。
軽く握って、目を合わせて、ニッコリ。
すぐに二人は顔色を変え、謎に謝罪の言葉を残し来た道を引き返していく。
……俺、完全に不審者だと思われただろうな。
まあでも、別にいいか。朱日先輩たちが笑顔なら、それで。
「晶さん、お酒! お酒買いに行こ!」
「いいけど……ま、まだ呑むの?」
「帰ったら、お風呂入りながら呑みたいじゃん!」
一条先輩の手を握り、せわしなく酒屋に入って行った。
その後はちょっとしたお土産屋に入ったり、買い食いをしたり。
酒瓶が入った袋を二人で変わりばんこに持って、軽快な足取りで温泉街を練り歩く。
……あれ、ちょっとひと通りの少ない道に入ったな。
このあたりは街並みが古風で綺麗だ。
そういうのを堪能したいなら、表通りよりこういう裏通りの方がいいだろう。
ただまあ不安なので、いっそう警戒しとかないと……って、え?
「朱日先輩――ッ!?」
俺の脇を通り過ぎて行った白いワンボックスカー。
それは、朱日先輩たちの隣で急停車。
扉が開くと同時に中から腕が伸び、あまりにも慣れた動きで二人を引き入れた。
◆
「ちょ、え、なに!? 何だよお前ら!?」
朱日さんと至福の散歩を楽しんでいると、突然景色が一変、車の中へ引きずり込まれた。
混乱する頭でどうにか状況を確認すると……ん? 何か、知ってる顔が並んでるな。
「お、お金でも何でも欲しいものはあげるから、晶さんには手を出さないで!! このひとに乱暴したら許さないから!!」
僕の手をギュッと握りながら、朱日さんはそう啖呵を切った。
……何だよ、この子。マジで今夜どうにかヤれないかな。
「大丈夫だよ、朱日さん。このひとたち、僕の知り合いだから」
「……えっ?」
言って聞かせて、落ち着くよう背中を撫でて。
深く深く、ため息をつく。
「お前ら、何してくれてんの? 見てわかると思うけど、僕、いま親友と楽しい旅行の真っ最中なんだけど」
そう吐き捨てて、僕たちを引き込んだ男を睨みつけた。
彼はバツが悪そうにしながら、「い、いやぁ」と頭を掻く。
「お嬢が危なそうな時は助けるようにって、会長から言われてまして……」
ここで言う会長とは、僕の父親、一星会のトップだ。
去年の騒動に引き続き、この前のストーカー騒ぎ。さすがの親父も心配になって、組員に身辺警護を任せたってことか。
「危なそうって、ちょっと暗いところ歩いてただけじゃん。気にし過ぎだって」
「それが、ずっと尾行してる男がいましてね」
「尾行? 僕たちを?」
「ただのガキっぽいので大丈夫だとは思うのですが、念のため適当に車を走らせてから旅館までお送りします。そっちのガキは別動隊が対処してるので、ご安心ください」
「対処って、手荒なことしないでよ? 暴対法も厳しくなってるし、パクられても僕、責任持てないからね?」
「ちょっと話を聞くだけですよ。流れで少し、手が出ることはあるかもですが。……にしても、遅いな。問題なかったらすぐに連絡しろって、向こうには言ってるんですけど」
スマホを片手に、怪訝そうに眉をひそめる組員。
誰が尾行していたのかは知らないが、きっと今頃、ボコボコにされて泣いているだろう。
どこの誰か知らないけど、何か可哀想だなぁ……。