大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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大学で一番わるい同級生とお泊まりに行った話④

 

「あのさぁ、僕たち、いつまでドライブに付き合ったらいいの? そりゃ守ってくれるのはありがたいけど、段取りが悪すぎるんじゃない?」

「あっ……あぁ、すみません。流石に遅すぎるので、こっちから連絡してみます……!」

 

 車を走らせ始めて、もう十分は経った。

 

 別動隊がどういう連中かは知らないが、僕たちを尾行していたらしいガキ一人にどうこうされるわけがない。もちろんそいつが銃火器の類を持っていたらその限りじゃないが、そんなのこんな温泉街で軽々しく使ったりしないだろう。

 

 としたら、単純にメチャクチャ腕っぷしがたつとか?

 そいつ一人に、全員が腕力でねじ伏せられたとか?

 

「いや、ないない……」

 

 尾行者に接触する仕事を任されるようなやつらだ。喧嘩慣れしていないわけがない。

 当然武器も躊躇なく使うだろうし、相手がプロのボクサーだったとしても負けないだろう。

 

 それこそ、糸守クンとかだったら話は別だけど……。

 

「おいテメェ、何をちんたら遊んでんだ!? 遅すぎんだろ!!」

 

 電話が繋がったらしく、堰をきったように怒号が響く。

 あぁもう、朱日さん怯えちゃってるじゃん。この子はこういうの慣れてないんだから、少しは配慮しなよ。

 

「あぁ? 何言ってんだ? 負けたってどういうことだよ」

 

 ……ん?

 ま、負けた……?

 

「テメェら、四人もいて何やってんだよ!? 相手は素人だろ!?」

 

 向こうの声はわからないが、おおよその状況は把握できた。

 朱日さんに視線をやると、ちょうど目が合う。黄金の瞳は不安の色を帯びており、落ち着きなく揺れ動く。

 

「か、要君……!」

 

 僕でも警察でもなく、困った時に頼るのはいつも彼。

 それは悔しくもあり、しかしこういう事態においては最適解。

 ただ、今連絡したところでどうにもならない。朱日さんもそんなことはわかっているはずだが、焦った表情で彼に電話をかける。

 

「あっ! か、要君!? 今っ、わ、私っ……ん? え?」

 

 何だ? 急に顔色が変わったけど。

 そして僕を見て、怪訝そうに首を傾げた。そんな顔されたって、可愛い以外の感想出てこないよ。

 

「要君――」

 

 と、スマホを耳から離して。

 

「……もう、大丈夫だって」

「へ?」

 

 今から向かうとか、状況を教えてとかじゃなくて、もう大丈夫ってどういう意味だ?

 それじゃあまるで、もう現場に来てるみたいじゃないか。

 

「うわぁああ!?」

 

 運転手の絶叫し、同時に車内に独特な鈍い音が響く。

 ヒビの入ったフロントガラス。重たく冷たい空気。それでもアクセルを踏む運転手の頭を、組員が「このバカ!!」と思い切り叩く。

 

「テメェ、何をこんな時に轢いてんだよ!? お嬢とその友達も乗ってるんだぞ!?」

「い、いやだって、突然飛び出して来て! オレが悪いんスか!?」

「轢いた側が悪いに決まってるだろうが!! てか、いつまで走らせてるんだよバカ!! 一旦停まれ!!」

 

 車は急停車し、運転手は急いで窓を開けて後ろを確認した。

 僕たちも振り返りリアガラスから外を覗くが……おかしい、誰もいない。暗くてよく見えないだけかもしれないが、血の痕跡すらない。

 

 辺りは音を失ったように静かで、おまけに雪まで降り始めた。

 白い結晶が、優しく窓を叩く。

 

 それと同時に、車体が僅かに軋む。

 

「ん?」

 

 僕が視線を上げた、その瞬間――。

 窓から顔を出していた運転手が、車の上にいる何者かによって外へ引きずり出された。

 

 最初は悲鳴をあげるもすぐに静かになり、ドサッと地面へ落下。

 ホラー映画じみた訳のわからない状況に、僕たちは言葉を失う。

 

「お、お嬢たちはここから離れないでくだ――」

 

 車外へ出ようとした組員。

 それを見計らったように、車の天井を突き破って現れた拳が彼の鼻先を掠めた。ツーと血が流れ、その色とは反対に顔は真っ青に染まり失神する。

 

「も、もしかして……い、糸守、クン……?」

 

 僕の声に拳がピクリと動き、ゆっくりと引き抜いて。

 トンと、車から飛び降りた。窓越しに見る彼は尋常ではない怒気を纏っていて、防寒は完璧なのに寒気が走る。

 

 ――――バギッ!!

 

 あ、あのさぁ、糸守クン。

 車のドアをさ、レゴブロックを解体するみたいに力任せに取り外しちゃダメだよ。もうゴリラとかってレベルじゃないって。

 

「大丈夫ですか、朱日先輩、一条先輩!! 何か酷いことされてませんか!?」

「「…………」」

 

 物々しい空気を引っ込めて、一転、眉を寄せて心配する糸守クン。

 僕と朱日さんは一瞬視線を交わして、事態の辻褄があってしまったことに特大のため息をつく。

 

「い、糸守クン……」

「はい!」

「わざわざ来てくれたところ、本当に申し訳ないんだけどさ……」

「はい?」

「全部、勘違いだから」

「……?」

「僕たち、誰にも攫われてないから」

 

 何を言っているんだお前は、という顔のまま、助けを求めるように朱日さんに視線を移した。

 

「う、うん。私たち、攫われてないよ? このひとたちは晶さんの関係者で、私たちを尾行してるひとがいるから守ってくれてて、それで……」

 

 そこまで聞いて、彼も理解したのだろう。

 

 放り出された運転手。

 気を失った組員。

 車体の穴に、壊したドア。

 

 自分がしでかしたことを見回して、今度は糸守クンの顔が真っ青に染まった。

 

 

 

 

 

「本当に申し訳ございませんでした!! お、俺っ、どうお詫びしたらいいか……!!」

 

 満身創痍の別働隊が駆けつけ、運転手と組員が意識を取り戻したところで、糸守クンはアスファルトに手をつき全力で頭を下げた。

 

 百点満点の土下座を披露する青年と、それを囲むコワモテの男たち。

 傍目に見たら、弱いものイジメの真っ最中。でも実際はこいつら、なすすべもなく負けちゃってるんだよなぁ……。

 

「あー……糸守クン、顔上げてくれる?」

「いやでも、俺っ!!」

「腕っぷしで食ってるような悪党が揃いも揃って大学生一人に負けて、車で轢いたのになすすべもなく制圧されて、僕を守れっていうトップからの命令を遂行できなくて、なのにこうやって頭下げられてさ……こいつらのプライドのことも、もうちょっと考えてあげてよ。頼むからさ」

 

 言うと、少し間を置いて糸守クンは立ち上がった。

 しかしその表情は暗く、気まずそうに唇を噛む。そんな彼に、「要君っ」と朱日さんが駆け寄る。

 

「大丈夫? 身体、どこも怪我してない?」

「あ、はい。怪我はないのですが……この朱日先輩に買ってもらったコート、汚しちゃって……」

「そんなの気にしなくていいよー! っていうか、何でここにいるの? 私たちの居場所がわかったのも、どうして?」

「去年から色々あったので心配で、こっそりついて来ちゃいました。居場所がわかったのは……ほら、前に朱日先輩とスマホの位置情報を共有するアプリ入れたじゃないですか。それを使いまして」

 

 スマホを取り出して、そう説明した。

 

 なるほど、そういうことだったのか。

 糸守クンのことだから、朱日さんの匂いを辿ったりしたのかと思った。それくらいできそうだし。

 

「あの、一条先輩……俺が壊しちゃった車、弁償とかって……」

「もちろん、しなくていいよ。本当に何もしなくていいから。お前らも、異論はないだろ?」

 

 と、糸守クンに負けた連中を見回した。

 彼らはいまだ状況が飲み込めないという顔をしつつも、各々僕を見て軽く頭を下げる。

 

「いや、まさか前にお嬢を助けてくださったひとだったとは……こちらこそ、手荒なことをして申し訳ない……」

「謝らないでくださいよ!? 俺は全然、何ともないので……!!」

 

 糸守クン。

 自覚ないんだろうけど、それ煽りだよ。あんまり彼らの自信を削がないであげて。

 

「……それにしても、何をどうやったら素手で車がこうなるのか。よかったら、もう一度生で見せてくれませんか? どうせこの車、もう廃車にしますし」

「ちょっと、糸守クンに何頼んでるのさ」

「いやだってお嬢、パンチで車体に穴開けちゃうんですよ? 男として興味持つなって言う方が無理な話でしょ?」

「お、俺でよかったら何でもしますよ……! 謝罪はいらないと言われても、償い的なことができないと気持ちがおさまらないので……!」

 

 その言葉に、一同は「「「おーっ!」」」と一斉にどよめいた。

 

 車をボコすところって、そんなに見てて面白いの?

 バカしかいないのか、こいつらは

 

「もう何でもいいからさ、僕と朱日さんは適当にタクシー拾って旅館に戻るよ。護衛は十分だから、さっさと家に帰るように!」

「要君はどうする? 私たちと一緒に、お泊りする?」

「いや、俺は大丈夫です。もう二人の邪魔をしたくないので、家に帰ってます」

 

 糸守クンに手を振って大通りに出ると、すぐにタクシーがつかまった。

 遥か後方から、鈍く激しい音と男たちの歓声が鳴り響いた。

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