大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話 作:枩葉松
「――――……さん? 晶さんってば! 話聞いてた?」
「えっ? あ、ごめん。ボーッとしてたかも」
朱日さんのおっぱいに触ってしまった。生で。
その感動に酔いしれている間に、彼女が何か言っていたらしい。
まずいまずい。
しっかりしないと。
「だから要君のこと、ごめんね? 色々と荒っぽい感じになっちゃってさ」
「いや、気にしてないよ。そもそも、うちの親父がしっかりと情報共有してたら、こんなことにはならなかったわけだし。糸守クンのこと、怒らないであげて」
実際問題、ただでさえメンタルが弱い糸守クンが、これだけ問題続きな僕たちを放っておけるわけがない。こっそりとついて来ることを見越して、最初から一緒に泊まるべきだっただろう。
「にしても彼……」
ため息混じりに言って、お猪口を手に取り酒で唇を濡らす。
「何をどうしたら、素手で車を壊せるのさ。今までも散々人間離れしてたけど、ちょっと今回のは度が過ぎてるよ」
「あははっ。あれはちょっとビックリしたね」
「あそこまで強くなったら、もう敵とかいないでしょ……」
「んー、どうなんだろ。俺は父さんには敵わないです、って要君言ってたし」
「あれより強いって、どんな親父なの……?」
「でもそのお父さんは、マジで殺り合ったら全盛期の俺でも要には勝てない、って言ってたけど」
「何そのバトル漫画みたいな親子関係!?」
「男の子って楽しそうでいいよねー」
と、朗らかに笑う朱日さん。
……本当にすごいな、この子。
僕みたいなのと仲良くしてくれた時からわかってはいたけど、器の大きさが尋常ではないし、桁外れに肝が据わっている。時代が時代なら、一国一城の主とかになってたんだろうなぁ。
「ところでさ」
「ん?」
空になったお猪口に、朱日さんは追加の酒を注ぐ。
それをありがたく受け取って、舌の上へ転がした、その時――。
「晶さん、要君のこと本気で好きでしょ?」
「ぶふぅうううう!?」
思い切り吹き出した、彼女の顔目掛けて。
彼女はそれを無言で拭って、ニコリと笑う。
その笑顔が僕の目にはあまりに恐ろしく映り、「あ、え、いや、そのっ」とわかりやすく動揺しながら後退る。
「どこ行くの? こっちおいでよ、おっぱい触ってもいいから」
「それはすごく触りたいけど、一旦待って! その顔やめて!」
「何で? 私、別に怒ってないよ?」
「絶対怒ってるじゃん!? 怒ってるひとの台詞だよ、それ!!」
朱日さんは酒をひと口呑み、小さく息をついて。
「っていうかさ」と、目を細めた。
「動揺してるばっかで否定しないってことは、やっぱりそうなんだね」
その言葉に、ハッと言葉を失った。
足りない頭を回してここから挽回する作戦を練るも、焦りとアルコールで何も出てこない。
ただ無言の時間が流れ、それが僕から言い訳の余地を奪う。
……もう無理だな、これ。
僕は嘆息しつつ、すごすごと元の位置に戻る。
「うん……たぶん僕、糸守クンに惚れてる……」
「私より好き、ってこと?」
「……そう、かも……」
「付き合いたいって、そう思っちゃったわけだ」
「……っ」
頷く。
小さくだが、しっかりと。
言った。
言ってしまった。
自分なりにのらりくらりと誤魔化していた感情が、言葉にしたことで明確な輪郭を帯びて形になった。熱い感情が胸を焼くのと同時に、冷たい汗が額ににじむ。
「そっかー……」
そう呟いて、ぐいっとお猪口の中身を呑み干した。
……これは、流石の朱日さんも怒るだろう。
朱日さんと糸守クンの二人を平等に愛していたからこそ、ある意味、僕は彼女から信用されていた。それがどちらかに傾けば、当然この関係性は崩壊する。傾くのが彼なら、なおのこと……。
「わかるっ!!」
――パシッ。
気さくな声と共に、肩を叩かれた。
「要君、いいよね! 強いし、優しいし、カッコいいし!」
「あ、あの……」
「気弱っぽいのに実はどっしりしてて、かなり包容力あるし!」
「……朱日さん?」
「そりゃ惚れちゃうよねー、うんうん」
「怒って、ないの……?」
「さっきも言ったじゃん、怒ってないって。何で私が怒るの?」
何で……?
回答に困る僕に対し、「正直さ」と彼女は続ける。
「こうなることは、薄々わかってたんだよね。だって私たち、似てるところあるもん。だったら、同じひとを好きになっても不思議じゃない。そうじゃなくても、要君がモテることに違和感とかないし」
湯船から両腕を出して、うんっと身体を伸ばした。
沢山の水滴が流れ落ちながら、彼女の肌を艶かしく彩る。
「……大丈夫だよ、安心して」
「ん?」
「僕……親友を悲しませるようなことはしたくないから。変なことはしないようにするし、少なくとも、今後は彼と二人っきりになるようなことは――」
「何で? 今まで通りでいいじゃん」
あっけらかんと言い放つ。
可愛らしく、小首を傾げながら。
「私から諦めろなんて言わないよ。私が晶さんの立場なら、そんなの絶対に無理だし。欲しいものは手に入れないと気が済まない性格だから」
「……じゃあもし、僕が君から糸守クンをとっちゃっても、それでいいってわけ?」
ぱちりと、黄金の瞳がまたたいた。
人間離れした美しさを宿すその双眸は、温泉の湯気に濡れながらまっすぐに僕を映す。怒りも憎しみもない、ただただ透き通った感情を宿して。
「その時は、全力で取り返すだけだよ。私、世界中の誰よりも要君のこと好きだから」
声音こそは、とても優しいもの。
ただ、正々堂々かかってこい、全力で迎え撃ってやると、そういう激しさを孕んだ言葉だった。
……そうだ。そうだよ。
僕が好きになった女の子は、必要なら他者との衝突を恐れない、とても強い女の子だった。
「僕、さ……」
「ん?」
「ここまで本気で好きになったの……糸守クンが初めて、だと思うんだ」
「うん」
「だから、朱日さんがそう言うなら遠慮しないよ。全力でぶつかるからね」
返事はなく、代わりにお猪口を手に取った。
カンと乾杯して、酒をあおる。
「……ところでだけど、さっきおっぱい触ってもいいって言ってたじゃん? 今からでも触っていい?」
「ええー? もうだめー♡」
「何でぇええええええええ!?」
酒気と共に口から漏れた白い息が、冬の空へとのぼってゆく。
僕の絶叫と共に。
◆
「おかえりなさい。どうでしたか、お泊りは」
翌日の昼下がり。
朱日先輩が旅行から帰って来た。
玄関に立つ彼女は、いつもの無表情。
しかし俺を見て、数回まばたきして、なぜかムーッと眉を寄せて。
「要くぅううううん!!」
「ちょ、えっ!? 朱日先輩!?」
旅行鞄をその場に落とし、靴を脱ぐ手間も惜しんで抱き締められ、そのまま押し倒された。
「ど、どうしました? 何かあったんですか……?」
「……大口叩いたけど、ちょっと不安になっちゃって……」
「はい?」
「要君は私のだからね! 私だけの要君だからね!」
「は、はい……そう、ですね……」
「好きって言って!!」
「えぇ……? す、好きですよ。大好きです、朱日先輩」
「もっとぉお!!」
何がどういうわけかまったくわからないが……。
その日はずっとこの調子で、コアラのように俺にくっついたまま過ごした。
『大学で一番わるい同級生とお泊りに行った話』はこれで完結です。
楽しんでいただけたなら幸いです……!
長い間お付き合いいただき、ありがとうございました!
今後も番外編の投稿、新作の投稿などしていくかもなので、その時はよろしくお願いします!