大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第14話 そばにいて欲しいなって

 

「……は、ははっ。おいおい、嘘だろ」

 

 うめき声をあげながら地面を這いつくばるチンピラたちを見て、僕は額に冷や汗をにじませた。

 糸守クンは服についた埃を払い、床に置いていた鞄を拾う。

 

「キミ、もしかして格闘技か何かのプロ? いや驚いた、これはすごいね」

「……昔、父親に空手を習っただけですよ。こいつらに刺す覚悟があればもう少し苦戦したと思いますが、脅しのためだけに利き手使ってるバカに負けるほど鈍ってません」

 

 さも当然かのように言うが、どう考えてもおかしい。

 

 普通の人間は、相手が刃物を持っている時点で怯む。

 しかもこの人数差で、抵抗しようなどと思わない。

 

 だが、彼は何一つ臆することなく立ち向かった。

 ……いや、違うな。それだと死ぬ気で戦いを挑んだように聞こえる。

 

 一方的に蹂躙した、という方が正しいだろう。

 反撃する隙すら与えず、アクション映画のワンシーンのように軽やかに。

 

 何なんだ、こいつは。

 

 父親に空手を習った? 嘘をつくな、そんなわけがない。

 あんな空手は見たことがないし、普通に習っただけでこの状況で眉一つ動かさないメンタルを養えるわけがない。

 

「帰ります。……一応手加減してるんで、救急車とかは呼ばなくて大丈夫だと思います。それじゃ」

 

 彼が扉のドアノブに触れた瞬間、僕は煙草を灰皿に放り捨てて勢いよく立ち上がった。

 天王寺さんの件はどうにかしたいところだが、それよりも優先しなければいけないことができた。彼の腕を取り、思い切り抱き締め引き留める。

 

「な、何ですか……?」

 

 怪訝そうに眉を寄せて、ジッとこちらを見下ろす。

 

「好きだ!」

「……はい?」

「ホテルに行こう! いや、ここでもいいけど!」

 

 僕の真剣な提案に、彼は口をあんぐりと開けて硬直した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 焦げ臭さと甘ったるさの混じった煙草の匂いを纏いながら、一条先輩は俺に抱き着いてきた。

 更に意味のわからない言葉を並べられ、俺の脳みそはショート寸前。あれだけ満ち満ちていた怒りがどこかへ失せ、代わりに疑問だけが頭をいっぱいにする。

 

「……ん?」

 

 ふと、腕に妙な感触を覚えた。

 も、もしかして……。

 

「一条先輩って……じょ、女性、だったりします?」

 

 それほど強い主張ではないが、明らかに男では肥満体型でない限りあり得ないやわらかさをしていた。

 俺の問いに、先輩はフッと怪しい笑みを灯す。一歩二歩と後ろへ下がり、着ていたTシャツの裾を摘まむ。

 

「僕の胸に興奮したのかい? まあ大きくないけど、見たいなら見せてあげるっ」

 

 言いながら、何の躊躇いもなく裾を捲り上げた。

 装飾の凝った黒いブラジャーがライトの下に晒され、そのまま「うんしょっ」と後ろのホックへ手を回す。

 

「うわー! な、何やってんだあんた!?」

 

 急いで腕を取り制止すると、なぜか彼は――いや、彼女は頬を染めた。

 

「強引なんだね、キミって。……うん、いいよ♡」

「いや何が!? 何もよくないですよ!!」

「あぁ、まあ確かに場所はよくないね。シャワーくらい浴びたいし」

「俺、いつシャワーの話しました!?」

「ここでしたいってこと?」

「頼むから日本語喋ってくださいよ!!」

 

 待って、お願いだから待って。

 色々とめちゃくちゃ過ぎて全然理解が追いつかない。

 

 どういうことなんだ、これ。

 夢とかじゃないよな。

 

「……一旦整理しましょう。一条先輩は女性なんですよね?」

「そうだよ。チンチンついてるかどうか確認する?」

「け、結構です。……それで、天王寺先輩のことが好き、と?」

「うん、好き。ちょーヤリたい」

「……じゃあ、今俺に好きって言ったのはどういうことなんですか?」

「別に二人でも三人でも、いくら恋したっていいじゃん。僕さ、男でも女でも、どっちもイケるんだよね。強い人だったら何でもいいから」

 

 なぜか誇らしそうに言って、毒気のある笑みで唇に弧を描いた。

 

「それで糸守クン、ホテルに行くの? 行かないの?」

「行きません、ってかヤリません! さっきまで俺のこと脅しといて、よくそんなこと言えますね!?」

「まあまあ、過ぎたことじゃないか。何だったらお金は払うよ」

「そういうとこ! マジでそういうとこですから、俺が気に入らないの!」

「タダでヤッてもいいってことかい!?」

「だからヤラねえって言ってんだろうが!! 発情期の犬じゃないんですから、もうちょっと自制してくださいよ!!」

「んぅー……よし、わかった。じゃあ先っちょだけでいいから、ちょっと貸して」

「……帰ります」

「わーっ、待って! せめてベロチューくらいしようよーっ!」

 

 追いかけて来る痴女を振り切り、俺はどうにかビルを飛び出した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 二日酔いの朝のように気怠い身体を引きずりながら、自宅までの道を歩く。

 

 あぁー……疲れた。

 何だってこんな目に遭わなくちゃならないんだ。

 

 前は酒を呑んでいたが、今回はほぼシラフで人を殴った。

 生々しい感触が今でも拳に残っており、お前は暴力的な人間だと誰かに言われているような気がして、ちょっとだけ気分が悪くなる。

 

 ……もう寝たい。

 

「あっ」

 

 玄関の扉を開くと、すぐそこに台所がある。

 合鍵で中に入り夕食を作っていた先輩は、俺に気づいて声を漏らす。

 

「おかえりなさい、糸守君」

 

 身に纏う白いエプロン、ポニーテール。

 鈴を鳴らしたような、涼し気で綺麗な声。

 シラフ状態特有の塗り固めたような無表情。しかし僅かだが口角が上がっており、その極小の笑みが堪らなく美しい。

 

「ちょうど夕食が完成したところです。荷物はこちらへ。一緒に食べましょう」

 

 お姫様と結婚したような感覚に襲われ、あれだけ身体に張り付いていた疲れが剥がれ落ちてゆく。

 

「……ど、どうされましたか? どこか不調でも?」

 

 玄関に膝をついて脱力する俺に、先輩は心配そうに声をかけてきた。

 

「いや、何ていうか、すごく幸せで。……もうずっと、そばにいて欲しいなって」

「ふえぇえ!? そ、そばって、あっ、何なのいきなり!?」

 

 思わず零してしまった言葉に、先輩は素を剥き出しにして反応した。顔を真っ赤にして慌てふためく様を見て、自分がまずいことを言ったのだと一拍遅れて理解する。

 

「ちちっ、違います! ちょっと今日は疲れてて、言葉選びをミスっただけなので……!」

 

 必死に弁明すると、先輩の顔の熱はみるみる冷めてゆき、スッとお嬢様モードに突入した。「そうですか」と無感情に言って、俺の鞄を持って踵を返す。

 

「……期待して損した」

「えっ。今、何か言いました?」

「私がですか? いいえ、何も?」

 

 先輩はこちらに一瞥もくれることなく、金の髪を揺らしながらスタスタと歩いて行った。

 

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