大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第16話 私が欲しい方の

 

「……はい?」

「私を抱き締めて、『愛してる』と耳元で囁いてください」

「いや、別に聞き取れなかったわけじゃないです」

「それなら、はい、どうぞ」

 

 と言って、両の腕を勢いよく開いた。

 

 ……どうぞ、じゃねえよ。

 何だこの人、自分が何言ってるかわかってるのか?

 

「あの、せ、先輩。それは流石に、ちょっと」

「なぜですか? 何か問題でも?」

「問題しかないですよ! あ、愛してるって、俺たちただの友達なのに……!」

「では、糸守君は私のことを愛していないと。友愛などない、ということですか」

「友愛は……あ、ありますけど。だからって、それとこれとは――」

「あるのなら、さあどうぞ。耳元で、できれば吐息混じりの声で」

 

 なぜか注文が一つ増えた。

 

「俺以外に誰も見るな、的な野性味も添えてください」

 

 更に注文が増えた。

 声優じゃないんだぞ。何だよ、野性味って。

 

 ……どうするんだ、これ。本当にやるのか?

 まあ言い出したのは俺なわけだし、何もせずに別の案を出せっていうのは筋違いか。

 

「わ、わかりました。やりますよ。ただ、あとからセクハラとかで訴えないでくださいね」

 

 絶対にないと思うが念のために言うと、先輩は依然として腕を広げたままコクリと頷いた。

 

「……じゃあ、い、いきます」

 

 すーっ、はーっ。

 一旦大きく深呼吸。

 

 先輩の方へ身体を向け、ソファの背に手をついて身体を寄せた。

 黄金の瞳と視線が合う。無機質でありながら、しかし確かに熱を宿した双眸に当てられ、体温が一気に上昇する。

 

 汗ばむ背中。それとは対照的に、緊張で砂漠のように乾く口元。

 それは先輩も同じなようで、チラリと舌が覗いてグロスの塗られた紅い唇を軽くなぞった。ただそれだけの動作がやけに妖しく映り、俺の心臓は大きく跳ね上がる。

 

「……糸守君?」

 

 早くしてください、とその呼びかけは暗にそう言っていた。

 わかっている。わかっているけど、早くできたら苦労はない。

 

 最後に誰かを抱き締めたのなんて、もう十年以上前の話だ。

 相手は確か、妹だったと思う。家族じゃなきゃ、ハグなんてできなかった。

 

 ……いや、小学校の時にも一回あったな。

 誰だっけ。名前も顔も忘れたけど、確かに一回だけそんなことがあった。

 

 って、違う違う。思い出に浸ってどうする。

 今は目の前のことに集中しないと。

 

「痛かったり、苦しかったりしたら……い、言ってください」

 

 右手を先輩の腰に回して、左手を肩甲骨のあたりに回した。

 向こうも同じような体勢になり、お互い力を込めて抱き寄せ合う。

 

 ギシッ、とソファが軋む。

 隣の部屋からは、今日も楽し気な声が漏れ聞こえている。

 

 俺の顎が、先輩の肩に触れた。

 流石にここまで密着したのは初めてで、フェロモンなのか何なのか、頭の中を掻き回すような淫靡な匂いに襲われ息を呑む。

 

「……っ」

 

 ビクッと、先輩の身体が震えた。

 一旦離そうと腕の力を抜くも、逆に向こうは俺の服を強く掴んでいる。

 

 このままで問題ないのか?

 よくわからないが、離す意思がないなら仕方がない。

 

 えーっと、何だっけ、次は。

 そうだ、台詞だ。……本当に言わなくちゃいけないのか?

 

「あ、あっ……ぁ、あっ……」

 

 しっかりしろよ、俺。

 これじゃカオナシと一緒だぞ。

 

「あい……愛し、てる……っ」

 

 自分で言っておいて、あまりの棒読み加減に驚いた。

 流石にこれはダメだ。幼稚園児の演技でも、もうちょっとマトモだろう。

 

 落ち着こう。クールになろう。

 友愛、そうこれは友愛だ。恋人同士の愛の告白じゃない。

 

 吐息を混ぜながら、野性味溢れる感じで。

 やってやろうじゃないか。これで先輩がコツを掴んでくれて、自然と素に戻れるようになったら、一緒にいるのがもっと楽しくなるのだから。

 

「……愛してる」

 

 心の中にイケメン俳優を宿し、精一杯のキメ顔で言った。

 別に顔は関係ないけど。

 

 どうだ、これで……?

 

 恐る恐る、先輩の表情を確認した。

 そこにあったのは、無。焼きそばの湯切りをしようとして麺をシンクに落としてしまった時のような、虚無の顔だった。

 

 何でだよ!? そっちがやれって言ったんだろ!?

 

 煮え滾るような羞恥心に任せて絶叫したいところだが、落ち着こうと息をついた。

 

 ここまでやったんだ。照れ顔の一つくらいしてもらわないと、俺の頑張りが報われない。

 絶対にその鉄仮面を打ち壊してやる。

 

「……よしっ」

 

 もう一度、先輩を抱き締めた。

 強く、強く、離さないぞと意思を込めて。

 

 大きな胸の感触に脳みそがピンク色に染まりかけるが、唇を噛み締めて性欲を追い出す。

 

 今はどうでもいい。

 この戦いに勝つこと以外、何もいらない。

 

「先輩――」

 

 もしかしたらさっきの俺には、気持ちが足りなかったのかもしれない。

 

 思い出そう、今日までの先輩との日々を。

 俺にとって彼女が、どういう存在かを。

 

 そうすれば、言葉は自ずと出て来るはずだ。

 

「愛してます。……これからも、ずっとずっとそばにいてください」

 

 吐息が混じっていたかはわからない。

 野性味もなかったかもしれない。

 

 それでも、これは本音だ。

 さっきの演技とは違う。それらしく台本を読んだわけではない。

 

 正真正銘、俺の、俺だけの気持ちだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……じゃあ、い、いきます」

 

 糸守君が言うように、確かに自分の意思で演技と素の切り替えができたらかなり便利だ。

 これはそのための特訓。……まあ、かなり私欲が入ってるけど気にしない。この方法なら、絶対に演技を続けられない自信がある。

 

 好きな人が私のことを抱き締めて、耳元で「愛してる」って囁くんだよ?

 こんな嬉しいこと他にない。絶対に顔面が崩壊する。

 

「……糸守君?」

 

 緊張しているのだろうか。

 いきますと言っておいてまったく来る気配がなく、思わず名前を呼んでしまった。

 

 そりゃそうだよね。こんなの誰だって緊張する。

 ……っていうか、糸守君が何でもなさそうにこなしちゃったら、それはそれで嫌だし。たちの悪いモテ男みたいで。

 

「痛かったり、苦しかったりしたら……い、言ってください」

 

 わっ、わわわっ!

 来た! ついに来た!

 

 私の背中に、糸守君の腕が触れている。

 えーっと、どうすればいいんだろ。とりあえず、私も同じ感じにしておけばいいのかな?

 

「……っ」

 

 何だこれ。すごい、すご過ぎる。

 頭がほわーってなって、幸せになってるのがわかる。

 医学的にもハグにはストレス解消効果があると聞いたことがある。これはきっとそれだろう。

 

 ……糸守君、いい匂いだなぁ。

 

 柔軟剤の香り。それと、ちょっとだけ汗の匂い。

 安心する。ずっとこのまま、時間が止まってしまえばいいのにと思うくらい。

 

「あ、あっ……ぁ、あっ……」

 

 頑張って言おうとしているらしい。

 可愛いなぁ。絶対今、顔真っ赤なんだろうなー。

 

「あい……愛し、てる……っ」

 

 んー、惜しい!

 悪くないけど、全然悪くないんだけど、ちょっと棒読み過ぎかな。

 

 まあでも及第点かな。

 あんまり無理させるのは――って、あれ、まだやるの? スイッチ入っちゃった?

 

「……愛してる」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 ……うわ、すっごい。マジなやつだ。

 背筋がゾクゾクして、下腹部が熱くなった。

 

 ……でも、あれ、何でだろう?

 まったく表情が変わらない。というか、なぜか普段よりも硬い。

 

 糸守君が私の顔を確認しようと、ハグを少しだけ解した。

 

 彼の視線を浴びて、更に身体の内側が熱くなる。

 溶けてドロドロになりそうなのに、外側は凍りついたように微塵も動かない。

 

 ……もしかして、演技を解除するのが目的だから、無意識のうちに解けないよう踏ん張ってる?

 

 その説は濃厚だ。

 実際今まで、シラフの状態で意図的に演技を解こうとしたことがない。なぜかって、そんなことをする必要などないから。

 

「……よしっ」

 

 え? よし? よしって何?

 何でもう一回抱き締めてるの!? そんな強く抱き締めちゃってるの!?

 

 待って待って待って、私苦しいんだけど!!

 感情が表に出ないようにしてるだけで、何も感じないわけじゃないんだからね! いつも、いつだって、糸守君のこと大好きなんだからね!

 

「先輩――」

 

 ぞくっ、と。

 私の背中に、甘い快感が走った。

 

 やばい。これやばい。

 爆発する。溶かされて、沸騰させられて、内側からドカンッてなっちゃう。

 

「愛してます。……これからも、ずっとずっとそばにいてください」

 

 さっきの迫真の演技と違い、これには彼の温もりがあった。

 

 本音なのだろう。

 そう理解した途端、身体は更に熱くなった。

 

 絶対に割れない風船の中に、惜しげもなく熱湯を注いでいるような感じ。

 膨らみはするがギチギチと限界を知らせる音が鳴っており、熱に負けて今にも破裂しそう。破裂できたら楽なのだが、生憎そんな気配はなくただただ苦しさだけが胸を圧迫する。

 

「……どう、でしょうか?」

 

 そう言いながら、再び糸守君が私の顔を確認してきた。

 瞬間、彼を突き飛ばしてテーブルのウイスキーの瓶に手を伸ばす。 

 

「な、何するんですか!?」

 

 瓶に口をつけ、ゴクゴクと勢いよく呑む。

 四分の一ほど胃に収めたところでパチンと音を立て、お嬢様モードのスイッチがオフに。表情が一気に崩れ、溜まっていた熱が解放された。

 

「私も愛してるぅ! 愛してるよ、糸守君! ずっとそばにいてね!」

「あ、あのー、呑んじゃったら意味がないと思うんですけど。俺の頑張り、何だったんですか……?」

「えへへ、ごめんね。お詫びに、私がいっぱいいっぱい、ぎゅーってしてあげるね!」

「いいですよ、別に! もうしましたから!」

「ほれほれぇ、おっぱいだぞー。抱き締めながら、やわらかいなぁとか思ってたでしょ! 糸守君のえっちー!」

「お、思ってませんよ! 全然興味ないです!」

「……私のこと、興味ないんだ。どうでもいいんだ」

「いや、その、きょ、興味あります! ごめんなさい、めっちゃあります……!」

「知ってるぅー! 糸守君、大好きーっ!!」

 

 ようやく言いたいことが全部言えて、やりたいことが全部できた。

 

 ……でも、これだけ言えても、面と向かって交際は申し込めないのだから私は臆病者だ。

 糸守君が言ってくれた〝愛してる〟が、友愛じゃなくて、私が欲しい方の〝愛してる〟だったらよかったのに。

 

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