大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第18話 ずるい

 

「い、一条先輩、ちょっとこっちに!」

 

 フードファイター並みの速度で素うどんを胃袋へ流し込み、一条先輩の手を引いて食堂を飛び出した。

 この人を先輩の前に置いておいたら、何を言い出すかわからない。

 

「どうしたの? 僕に発情しちゃった?」

「そんなわけないでしょ。俺のこと、犬か何かだと思ってます?」

「あははっ。いやー、あまりに強引だからさ。……そういうの、結構好きだよ」

 

 赤みがかかった瞳に情欲を灯し、胸を擦り付けるように俺の腕に抱き着いた。

 

 酔った先輩が見せる無邪気な笑顔とは真逆の、小悪魔じみた笑み。

 嵌ってしまったら抜け出せなくなりそうな心地のいい毒々しさに一瞬心臓が跳ねるが、周囲からのバカップルを見る視線に冷静さを取り戻す。

 

「ここなら……まあ大丈夫か」

 

 建物と建物の間に通った薄暗い小道。

 衆目を避けて入ったそこで、俺は一条先輩を引き剥がして大きく息をつく。

 

「一体どういうつもりなんですか。何だって俺に弁当なんて……」

「それはキミが、僕に奢られるのが嫌だって言うから。ただそれだけだよ」

「だからって、普通弁当出さないでしょ。別に俺たち、顔見知り程度の仲なのに」

「僕はキミに惚れてるんだよ? ちょっとでも好感度上げたいって思うのは当然のことじゃないか」

 

 中性的な顔立ちで、見方によって美男にも美女にもなる。

 こんな人から好かれるなんて今までの人生で一度もなかったが、性欲が剥き出しなせいか不思議とまったく嬉しくない。

 

「気持ちはわかりますが、弁当はやめてください。前に俺と先輩が付き合ってるって噂になったんで、これ以上広がらないために、もう作らないようお願いしたばかりなんです。先輩の弁当を断って一条先輩のを食べるとか、失礼じゃないですか」

「そ、それはすまなかったね。知らなかったんだ。本当に申し訳ない」

 

 やけに素直に謝罪されて面食らってしまった。

 この人、実はいい人なのか? ……いや、落ち着け。不良がゴミ拾いをした、みたいな話だろ。俺にチンピラを差し向けてきたことを忘れるな。

 

「糸守クンには天王寺さんとくっついて、3Pをするために僕を呼ぶっていう大切な仕事があるからね。二人には仲良しでいてもらわないと」

 

 ほらやっぱり、そんなことだろうと思った。

 ……っていうか、思ってたよりずっと酷かった。

 

「お、俺と先輩はそういう関係じゃありませんし、3Pだってしません! 他人に頼らないで、せめて自分で口説いてください!」

「そうは言うけど、こちとらもう三年間口説きっぱなしなんだよ? そこに突然キミが現れて、手作りのお弁当貰うくらい仲良しになっちゃってさ。ちょっとくらい頼りたいなって思ってもいいだろ?」

「頼る方向性がおかしいんですよ! どこの世界に3Pに誘って欲しくて好感度上げる人がいるんですか!?」

「だって僕、キミのことも天王寺さんのことも好きだし! 一度で二度美味しいなんて最高じゃないか!」

 

 ダメだこの人、頭の中が真っピンクで話にならない。

 

「にしても噂が広まるのが嫌とか、糸守クンは律儀な男だね。あの天王寺さんの彼氏なんて皆から言われたら、ちょっとくらい舞い上がりそうなものだけど」

「……それのせいで、先輩に危害が及ぶのが嫌なんです。暴力沙汰になったら困るんで」

「なるほどなー。だったら安心しなよ。天王寺さんのことでそこまでするのは、僕くらいしかいないから」

 

 何で誇らしそうなんだ、この人は……。

 でもまあ、確かに神経質になり過ぎていたかもしれない。一条先輩みたいなのが、更に二人も三人もいて堪るか。

 

「……ていうか、下ネタも勘弁してくださいよ。確かに俺、一条先輩の胸……み、見ましたけど、そっちが勝手に見せてきたわけですし。先輩が聞いて幻滅するようなことを言われるのは困ります」

「わかった。気をつけるよ」

 

 本当にわかってるのか?

 不安ではあるが、この人の性への貪欲さに期待しよう。本当に3Pを望むなら、俺と先輩の仲がこじれるようなことはしないと思いたい。

 

「じゃあ食堂に戻ってください。先輩には適当に誤魔化しといてくださいよ」

「あー、待って。糸守クンにとっておきの情報があるんだ」

「……嫌な予感しかしないんですけど」

「失礼だなぁ。これはキミと……もちろん、天王寺さんにも関係のあることだよ」

 

 先輩の名前が出たことで、俺は喉元に控えていた文句を押し戻した。

 

「教えて欲しい? 本当に教えて欲しい?」

「何でもったいぶるんですか。早く教えてください」

「だったら、情報料として僕にキスしてよ」

「……は?」

「そりゃそうでしょ。何度も言うけど、僕はキミのことが好きなんだよ? 別にいいじゃん、キスくらい」

「どんな情報かもわからないのに、そんなことできるわけないじゃないですか! 大体俺、キスなんてしたことないのに……!」

「初めてをくれるの!? やったー! ありがとー!」

「もらうテイで話を進めないでください!!」

 

 玩具を買ってもらった子供のようにはしゃぐ一条先輩を諫めて、俺は大きくため息をついた。

 

「情報って何なんですか。せめてどういう類のものか教えてくれないと、払うものも払えません」

「これを知ってるだけで、天王寺さんをすっごく喜ばせる――って言ったらわかりやすいかな。どう? キスしたくなった?」

「……」

 

 ぶっちゃけ、興味が湧いた。

 

 先輩にはお世話になってばかりだ。

 料理だけでなく、空いた時間に掃除までしてもらっている。いくら普段の酒代が俺持ちとはいえ、まったく吊り合っていない。

 

 ……ただ、情報の代償がキスかぁ。

 

 別に自分の唇に価値があるとは思わないが、相手が誰でもいいというわけではない。

 少なくとも、一条先輩は違う。確かに美人だが、そういう対象として見れない。

 

 うーん、どうするべきか。

 

「……わかりました。ちょっと恥ずかしいので、目を瞑ってください」

「えっ? あっ、ほ、本当にするのかい? いやいや、無理しなくて――」

「いいから、早く」

「あっ……は、はい」

 

 命令通り、大人しく瞼を落とす。

 俺はゆっくりと呼吸を整えて、一条先輩の両肩に手を置いた。緊張する自分を押し殺し、ゆっくりと唇を近づけてキスをする。……彼女の頬に。

 

「……ごめんなさい。唇同士は流石に無理です」

「いや、ま、まあ十分じゃないかな。まさか本当にやってくれるなんて思ってなかったから、すごくムラムラしてるよ。下着を替えたい気分だ」

「はぁ!? もしかして、キスしなくても情報教えてくれたんですか!?」

「この前、迷惑をかけたからね。そのお詫びに教えるつもりだったんだが……いやはや、キミの天王寺さんへの情熱は凄まじいな」

 

 俺の唇が触れた方の頬を撫でながら、一条先輩はこれ以上ないほどニヤついていた。

 ……この人の中に、お詫びなんて概念あったのか。もう手遅れだけど。

 

「お詫びはまた別の形でするよ。身体でいいかな?」

「よくないです」

「えーっと、情報だったね。今から一ヶ月ちょっと先……八月一日は、天王寺さんの誕生日なんだ」

 

 ……無視するなよ。

 っていうか、えっ、誕生日?

 

「情報ってそれですか?」

「そうだよ。糸守クン、知らなかっただろ? お金に困ってるキミでも、一ヶ月もあればちょっとしたプレゼントを用意できるんじゃないかな」

 

 一瞬情報の内容に拍子抜けしてしまったが、来週誕生日なんだよとギリギリになって言われても、俺の経済事情的に対応は難しかった。そういう意味では、かなり有用な情報かもしれない。

 

「天王寺さんの誕生日パーティーは凄まじいらしいよ。キミはきっと招待されるだろうから、楽しんでくるといい」

「らしいって、一条先輩は行ったことないんですか?」

「ないというか……うーん、難しいな。行けないんだよ、僕は」

「どうせ先輩の親族の前で、さっきみたいに下ネタ喋っちゃって出禁になったとかでしょ」

「あはは。まあ、そんなところさ」

 

 と言って、一条先輩は笑う。

 どこか寂しそうに、明らかに無理をしながら。

 

「んじゃ、僕は行くよ。またね、糸守クン」

 

 誘惑するような笑みを浮かべ、ふわりと赤茶色の髪を揺らしながら踵を返した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 糸守君が一条さんの手を引いて食堂を出て行ったのを見て、私は頭が真っ白になった。

 

 お、落ち着け私。深呼吸しよう。

 

 すーっ、はーっ。

 すーっ、はーっ。

 すーっ、はーっ。

 

 ……よし、これで大丈夫。

 

『僕のおっぱい見たくせに、よく知らないとか言っちゃうんだ。……ちょっとショックだな』

 

 一条さんの言葉を思い出す。

 

 聞いた時は、思わず糸守君を睨んでしまった。

 だが、一条さんは私が知る中で最も性に奔放な人だ。

 

 男だろうと女だろうと、気に入れば誰にだってちょっかいをかける。実際私も、入学してからずっとアプローチを受けている。糸守君もどこかで気に入られ、半ば強制的に胸を見せられたのだろう。

 

 ……それに、まあ、一条さんより私の方が大きいわけだし。

 糸守君だって、大きい方が好きでしょ。

 

 うん、絶対そう。

 前に水着のお披露目をした時、わかりやすいくらいチラチラ見てたし。

 

 っていうか、そんなことより二人はどこに行ったんだろう。

 

 小走りで追いかけると……ん? あれ? 何か腕組んで歩いてない?

 ちょっと待って、何でそのままひと気がないとこ行くの? そこ、何にもないよね!?

 

「――――――――」

「――――――――――――」

 

 建物の陰に身を隠しながら、会話をする二人を覗く。

 話している内容はまったくわからないが、何やら言い合っているようだ。

 

 心配して損した。

 別に仲がいい、というわけではないらしい。

 

 さっき腕を組んでいたのは、一条さんが勝手にやったことだろう。

 あの人、そういうこと平気でするからなぁ。

 

「ん?」

 

 突然、糸守君が一条さんの肩に手を置いた。

 目を瞑る一条さん。糸守君は顔を赤くしながら、そっと顔を近づける。

 

「――えっ?」

 

 頬……ではあるが。

 キスをした。糸守君が、一条さんに対して。

 

 ……何、今の。何なの。

 夢? 幻? 私の目がおかしくなった?

 

「は、はは、はははっ」

 

 腹の底から笑い声が押し寄せてきた。

 面白くもないのに、喉が声を鳴らす。キスをする糸守君の姿が、頭に焼き付いて離れない。

 

 ……もしかして、二人は付き合ってる? そんなわけないよね?

 だって糸守君、この前言ってたもん。今は彼女いらないって。私との時間の方が大事だって!

 

 だったら、あれは何?

 糸守君って、付き合ってなくてもキスとかする人なの?

 

 ……ずるい。ずるいずるいずるい。

 

 何でさ、何でなの……!

 

 私にはそんなこと、してくれたことないのに!

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