大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第19話 わたしにもしろよぉー!

 

 あれから授業をこなして日雇いのバイトへ向かう途中、またしても一条先輩に出会った。

 曰く、俺と一緒に食堂を出てから先輩に会っていないらしい。連絡もつかず、困っているのだとか。

 

 俺からも連絡してみたが、何の応答もない。

 

 どうしたのかと心配にはなったが、きっと仕事で忙しいのだろう。

 いつも俺と一緒にいて一見暇そうだが、あれでも上等な家を買ってしまうほど稼ぎがある。ケチな労働で二束三文を稼ぐ俺とは違う。

 

「……あれ? 先輩、いないのかな」

 

 バイトが終わりようやくアパートが見えてきたところで、自分の部屋に明かりが灯っていないことに気がついた。

 

 やっぱり仕事が忙しいのだろうか。

 せめて、連絡の一つでも返してくれればいいのに。

 

 ポケットの中からスマホを取り出し、先輩に電話をかけつつ家の鍵を開く。

 ブーッ、ブーッ――と、リビングから聞こえるバイブ音。玄関には先輩のものと思われるヒールサンダル。……何だ、やっぱり来てるのか?

 

「いるならせめて、明かりくらい――」

 

 言いながらリビングへ入る扉を開いて、俺は先輩の有様に続く言葉を失った。

 暗闇の中、金の瞳を獰猛な肉食獣のようにギラギラと輝かせながら、ウイスキーをストレートで呑む先輩。顔は真っ赤に焼けており、珍しく耳まで朱色に染まっている。

 

「おしょい! おそいおそいおっそーい! さみしかったー!」

「あっ。ご、ごめんなさい。バイトがあったんで……」

 

 舌が思うように回らないようで、口調がかなり幼い。

 ここまで酔った先輩を見るのは初めてだ。

 

「……ウソだ。一条しゃんとあってたんだ!」

「は、はい?」

「わかってるんだぞー! わかってるんだからなー!」

 

 ブチギレながら野球観戦をするオッサンのように言って、早く座れとばかりにソファを叩く。

 

 俺は急いで荷物を置き、先輩の隣に腰を下ろした。

 彼女はすぐさまコップにウイスキーを注ぎ、ストレートのまま「のめっ!」と差し出す。空きっ腹に酒を入れたことで、すぐに身体が熱くなる。

 

「今日の食堂でのことですけど、誤解というか何というか、一条先輩が一方的に絡んできただけなので! ほ、本当です!」

 

 ……浮気をした男が彼女に弁明してるみたいだ。

 嫌だな、何か。格好悪くて。

 

「ふーん、はーん、あっそー」

「は、はいっ」

 

 全身に酒の匂いを纏いながら、俺の肩に腕を置いて体重を預け、容疑者を尋問する刑事の如き険しい表情を作る。

 

「でもわたし、しってるもん! みたんだもん!」

「……見たって、何をですか?」

 

 俺の問いかけに、先輩は一瞬泣きそうな表情を浮かべて、すぐに歯を食いしばり涙を引っ込めた。

 

「糸守くんが……一条さんに、き、きす、してるとこ……!!」

 

 ……まずい、見られてたのか。

 それだけのことでヤケ酒をしているのはちょっとよくわからないが、おそらく俺に彼女ができて自分との時間が減ってしまうと心配しているのだろう。

 

「い、一条先輩は彼女とかじゃなくて、えっと、あのキスは仕方なかったというか……! あれは情報の対価として――」

「彼女じゃないのはわかってる! そんなのどーでもいいのー!」

「えっ? あ、そうなんですか?」

「なんで一条さんにはきすしゅるのに、わたしにはしないのさぁ! なんでなんで! ふこーへいだ!」

「……はい?」

 

 言っている意味がわからず、俺は首を傾げた。

 先輩はふんすと鼻息を荒げながら、玩具を買ってもらえなかった子供のように拗ねている。ぐいっと煽った酒が口の端から零れ、胸元に落ちて谷間へと流れてゆく。

 

「……わたしにもしろぉ。わたしにもしろよぉー!」

 

 ぐわんぐわん。

 俺の胸倉を掴み、右へ左へ前へ後ろへ激しく揺さぶる。

 

「ま、待ってください! 呑み過ぎですって! それにあれ、頬に軽くしただけで――」

「だったら、わたしには唇にしてっ!」

「はぁ!?」

「わたしより、一条しゃんのほうがすき?」

「……いや、せ、先輩の方が好きです」

「だったら唇っ! ちゅーして! できるでしょっ!?」

 

 できるわけないだろ!

 

 したいかしたくないかと聞かれたら、そりゃしたい。

 世の男は全員そう答えるだろう。

 

 だが、今の先輩は明らかに泥酔状態。

 おそらく自分が何を言っているのか、よくわかっていない。あとから冷静になって、何でキスなんかしたんだと激怒されたら困る。

 

「一旦水飲みましょうよ。ね? 落ち着いたら、もう一回話しましょう」

「……うぅー、やだぁ」

「や、やだって……」

「わたしにはしないなんてふこーへいだっ! わたしのほうが、一条さんよりなかよしなのにっ! わたしのほうが、糸守くんのことしゅきなのにーっ!」

 

 紅潮した顔、虚ろな瞳。

 綺麗な指先を唇に当てて、構ってと飼い主にじゃれつく子犬のような顔の先輩に、俺は思わず生唾を呑んだ。

 

 きっと俺に理性がなかったら、すぐにでも襲っていただろう。

 それくらい凄まじい色気を纏っており、軽く深呼吸しないと正気を保てない。

 

「好きなのは……はい、わかりました。光栄です、俺も先輩のこと好きです。だから、早く水を飲んでください。アルコール中毒とかで倒れたら大変なんで」

 

 先輩の背中に腕を回し、どぉーどぉーと猛獣をなだめるように撫でながら言うと、彼女は小さく頷いた。

 

 ……はぁ、疲れた。

 バイト終わりにこれはキツいな。

 

「じゃあ、水持ってきますね」

 

 念のため先輩の手から酒の入ったコップを取り上げ、腰をあげて台所へ向かった。

 軽く残った酒をシンクに捨てて、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを代わりに注ぐ。

 

 ギシッ。

 

 古い床が軋み、先輩が後ろにいることがわかった。

 足元が覚束ないようで、どさっと鈍い音を立てて倒れる。

 

「せ、先輩!?」

 

 急いで振り返り、彼女の手を取った。

 汗ばんだ手のひら。やわらかな肌。恋人がするように彼女は指を絡ませて、上半身を起こしながらふにゃりと笑う。

 

 よかった。怪我はないらしい。

 ほっと安堵して、つられて俺も口元を緩ませる。

 

 ――が、次の瞬間。

 

 大きな風に吹かれイチョウの葉が舞ったように、俺の視界は金色で満たされた。

 酒の匂い、シャンプーの匂い、化粧品の匂い。そして甘い体臭が一気に鼻に入り込み、むせ返るような刺激に硬直する。

 

 次いで、ふにっと、唇にやわらかいものが触れた。

 それは熱を持っていて、しっとりと朝露を帯びた花のようで、酔っ払いそうなほどに酒の味がする。

 

 ほんの一秒、二秒程度の出来事。

 あまりの衝撃で酔いが吹き飛び正気を取り戻したのか、先輩はぱちくりと瞬きをしながら苦々しい笑みを浮かべる。

 

「……や、やっちゃった」

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