大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第24話 くっついてくださいね

 

 服を見たり、アクセサリーを見たり、雑貨を見たり。

 先輩のお眼鏡にかなうものを探して右へ左へ。

 途中昼食をとって、更に散策へ向かう。

 

 ……が、中々どうして見つからない。

 

 こうなることはわかっていた。

 前に欲しいものはないかと確認した時も思ったことだが、先輩は日本人の中でもトップ層の金持ち、俺のような貧乏人からプレゼントを恵まれなくたって欲しいものは何でも買える。

 

「本当に何でも大丈夫ですからね。欲しいものがあったらすぐに言ってください」

「はい。ありがとうございます」

 

 何度か繰り返したこのやり取り。

 

 大口を叩いてはいるが、じゃあ大粒のダイヤが欲しいと言われたら白旗を上げざるを得ない。

 先輩もそれはわかった上で欲しいものを探してくれているようで、何だか非常に心苦しい。俺にもっと経済力があれば……。

 

「こうして二人でお買い物をするのも楽しいですが、一旦息抜きをするのはいかがでしょうか。歩くのが少々疲れてきたので」

「あっ。ご、ごめんなさい、気づかなくて! そうですよね、疲れますよね!」

 

 先輩は女の子な上に、ヒールを履いている。

 俺と同じ距離を歩いていても、足に溜まる疲労は段違いだろう。

 

「どうしましょう。喫茶店でも入りますか?」

「それもいいですが……」

 

 ふっと、先輩は視線を横へ向けた。

 ちょうどそこには、映画館が建っていた。

 

「何か観たい映画でもあるんですか?」

「そういうわけではないのですが。私たち、毎日のように一緒に映画を観ていますが、こういう場所で普通の映画を観たことはないので。たまにはいいのかな、と」

「あぁ、まあ確かに」

 

 俺たちにとって、映画は酒のつまみだ。

 チープな映像を観てゲラゲラと笑い、酒を呑んで更に笑う。すごく楽しいのだが、一般的な映画の楽しみ方ではないだろう。

 

 ということで他に案もないため、俺たちは映画館に入った。

 

 上映までの待ち時間が少ない映画を選択し、飲み物を購入して劇場へ。

 休憩に最適なシートだからと先輩が選んだのは、寝転ぶことができる二畳ほどのフラットシート。いわゆるカップルシートである。枕代わりのクッションと飲み物等を置くスタンドがあるだけで、俺と先輩を遮るものは何もない。

 

「沖縄での夜を思い出しますね」

「……俺も今、まったく同じことを考えてました」

 

 靴を脱いで寝転ぶと、視界に入るのはスクリーンだけ。

 右は壁になっており、左には先輩がいる。目が合うと、彼女は無表情の中に僅かな笑みをにじませて、ぐいっと身体をこちらに寄せてきた。

 

「どうしました……?」

「私、暗いところが苦手で。糸守君のそばなら安心するので、ここにいさせてください」

 

 前に俺の部屋で電気もつけずヤケ酒してなかったか、とは思ったが。

 言わない。そんな野暮なことは。

 

「糸守君」

「な、何ですか?」

「糸守君も怖かったら、私にくっついてくださいね」

「あぁ、はい。でも、大丈夫ですよ」

 

 子供の頃は山に放り込まれて、一ヵ月くらいサバイバルとかしたっけな。

 おかげで暗闇でも目は効く方だし、むしろ落ち着くから好きだ。怖いなどと思ったことはない。

 

「……」

「……あの」

「……」

「……どう、しました?」

 

 依然として、ジッとこちらを見つめる先輩。

 訳がわからず尋ねると、彼女は眉をピクリとも動かさないまま口を開く。

 

「糸守君も怖かったら、私にくっついてくださいね」

「だから、俺は大丈夫ですって」

「……」

「えーっと……」

「……」

「あ、ありがとうございます! 実はすごく怖かったんですよー!」

 

 圧に負け、少しだけ先輩の方へ身を寄せた。

 

 隠す素振りもない、好きという想い。本当に嬉しいし、ありがたい限りなのだが、俺にはそれを全て受け止めるだけの余裕がない。周りからの目が恥ずかしくて、先輩の匂いと体温に頭がやられそうで、背中が汗でぐっしょりと濡れている。

 

 ……こんな調子で、本当に今日中に告白なんてできるのか?

 

 

 

 ◆

 

 

 

 糸守君からのプレゼントについてだが、何でもいいというのが私の本音だ。

 

 ハイブランドのバッグでも、手描きの絵でも、ちょっとした駄菓子でも。

 彼が選んでくれたものだったら、本当に何だっていいし何だって嬉しい。

 

 それでもどれだけ探したって決まらないのは、私のワガママのせい。

 もう少し糸守君と一緒に街を歩きたい。友達ではなく、恋人みたいに。そのためだけに、プレゼント選びを先延ばしにしている。

 

 休憩場所に映画館を選択したのも、最初から予定していたことだ。

 

 カップルシートがある映画館を事前に調べ、糸守君を誘導し、疲れたと言って休憩を求める。

 ここならたっぷり二時間一緒にいられるし、デートみたいですごく嬉しい。

 ちょっと卑怯かもしれないけど、一ヵ月分の埋め合わせをしてくれるって言ってたんだから別にいいよね。

 

『行かないでよママ! ママー!』

 

 ただ一つ誤算だったのは、映画が感動モノだったことだ。

 

 母娘の愛を描いた、よくも悪くもありきたりなストーリー。

 しかし、下手にこねくり回すより、こういうストレートな作品が一番心に刺さる。特に自分の母親のことを思い出して、一層悲しさが加速する。

 

 だが、泣けない。

 シラフではどうしたって表情が変わらない。

 

 糸守君に愛してると言われた時同様、苦しさが身体の内側に積もる。

 涙の一つも流せない自分に嫌気が差す。

 

 ……そういえば、糸守君はどうなんだろ。

 映画館とかで泣ける人なのかな。

 

「ぅう、っ、ぐすっ、ひっ……ぅっ、ずび、ふぅう、っ……うっ……!」

 

 号泣だった。

 それはもう、滝のような泣きっぷりだった。

 

 ……何か意外。

 糸守君って脳みそが筋肉なところあるから、男は絶対に泣かねえぜ! みたいな思想持ってるかと思ってた。周りに人がいるところで泣いたりできるんだ。

 

「っ!」

 

 ぱちりと私と視線が合い、彼は驚いたように目を見開いた。

 服の袖で涙を拭い、おもむろに私の肩に手を回し、ぐいっと抱き寄せる。

 

 えっ、なになに。ちょっと待って、糸守君。ここでイチャイチャしたいってこと!?

 別にいいけど、私にだって心の準備があるんだから!

 

「こうしてたら、俺以外には誰にもわからないと思うので……」

 

 そっと、私の耳元で囁いた。

 他の迷惑にならないよう最大限注意を払った、小鳥の独り言のような声量で。

 

「……だから、泣きたかったら泣いてください。ごめんなさい、俺ばっかり」

 

 くしゃりと目を真っ赤にしながら笑い、その視線はスクリーンへと戻った。

 

 あぁ、そういうことか。

 

 ごめんね、糸守君。それはできないんだ。

 この悪癖は、基本的に私の意思ではどうにもならない。それくらい心に深く根を張っている。

 

 ――でも。

 

 嬉しい。

 その気遣いが。自分の涙を拭って、私を優先してくれたことが。

 

 泣きたい気持ちなんて、もう溶けて消えてしまった。

 今はひたすらに、糸守君に好きと言いたい。

 

 言葉の代わりに、そっと彼の胸に身体を寄せた。

 どくどくと心臓が動いているのがわかる。ちゃんとここに、彼がいる音がする。

 

 ……よかった。

 

 この人を好きになって。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 映画鑑賞後、適当な喫茶店に入り感想を言い合い、英気を養ったところでプレゼント選びを再開した。

 あちこち巡って、またちょっと休憩して、更に探し歩いて、

 

「本当によろしかったのですか。私は別に、もう少し安いものでも……」

「いいんですよ、せっかくの誕生日なんですから。俺もこういうので、お酒呑んでみたかったですし」

 

 現在の時刻は午後八時過ぎ。

 俺は手に持っていた紙袋を掲げ、ようやくプレゼントが決まった達成感からフンと鼻息を漏らした。

 

 購入したのは、お酒を呑む際に使用するお揃いの高級グラス。

 値段は一個約六万円で、俺の分も併せて二つ購入した。

 

 今うちにある食器は、全て100均で買ったものだ。

 先輩とお酒を呑む時くらい、いいものを使ってもバチは当たらないだろう。

 

「どこかでご飯食べてから帰りましょうか。俺、まだお金あるんで何でもご馳走しますよ」

 

 一ヵ月丸々労働に捧げた甲斐あって、十万円以上の買い物をしたのに財布の中はまだ温かい。

 今から回らないお寿司屋に行くことだってできる。

 

「でしたら私、一度行ってみたいところがありまして。ジロウケイ? というラーメン屋さんをご存じですか?」

「二郎系ですか? 知ってますけど……先輩、どういうラーメンが出てくるかわかってます?」

「はい。写真を何度か拝見しております。常々とても美味しそうだなと――」

 

 赤信号。

 誰もが足を止めて、青になるのを待つ。

 先輩はいきなり口を閉ざし、抱き締めていた俺の腕を解放し、何かを見つめたまま硬直した。

 

「どうしました?」

 

 彼女の視線を追うと、横断歩道の真ん中に白い猫がいた。

 猫は車が来ていることに気づかず、歩道に向かって歩き始める。

 

「ダメ!!」

 

 限界まで伸ばしたゴムが千切れたように、勢いよく走り出した先輩。

 

「――――っ!」

 

 この人が何をしたいのかはすぐにわかった。

 だからこそ、俺は先輩の背中を思い切り掴んで後ろへ倒し。

 

 その勢いのまま、車道に飛び出した。

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