大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第28話 おめでとうございます

 

「最悪だ……」

 

 見慣れない天井に悪態をついて、自分のものではないベッドのシーツを強く握り締めた。

 

 ここは病院。

 俺はホテルで意識を失い、すぐに救急車で病院に運ばれ今に至る。

 

「……何だよ過労って」

 

 どうやら俺の身体は、この一ヵ月の労働で限界に達していたらしい。

 

 酷い熱が出ており、視界が霞み、悪酔いした時のように意識が朧気だ。お医者さんから、下手したら死んでいたときつく言われてしまった。

 

 まあ三日三晩寝ずに働いたり、一日の睡眠時間が三十分とかザラだったからな。自分でも無理をし過ぎたとは思う。

 

「くそっ……よりにもよって、あんなタイミングで……!」

 

 体力が切れたのは仕方がない。

 しかし、タイミングがこれ以上ないほど最悪だった。

 

「倒れるなら、先輩の前以外にしとけよ……! 心配かけて……バカなのか、俺は……っ!」

 

 絶好のチャンスだから告白しておきたかった、という後悔はあるが、それよりもあの場で倒れたことが悔やんでも悔やみ切れない。

 

 起きた時、先輩泣いてたんだよな……。

 

 申し訳なさ過ぎて、頭が割れそうに痛い。

 プレゼントを破壊し、告白もできず、しかも泣かせるなんて、どうしようもないにも程がある。

 

「……絶対に、最高の誕生日にしないと」

 

 散々迷惑をかけたのだ。

 

 俺に何ができるかはわからないが、望まれたら一発芸でも何でもしよう。

 滝壺に飛び込めと言われたら飛び込むし、熊と闘えと言われたら闘おう。

 

 それくらいのことをしないと罪滅ぼしにならない。

 

 あと――。

 

 次こそ、確実に、絶対に。

 先輩に、告白しなければ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 八月一日。

 今日は私の誕生日だ。

 

 会場は、亡くなったお爺様が住んでいた洋館。

 この誕生日会自体、元々お爺様が企画し始めたものなため、慣例的に今もここを使っている。

 

「お誕生日、おめでとうございます」

「お嬢様、お誕生日おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます、皆さん。どうか今日は楽しんでください」

 

 大広間には三百人近い人が集まっており、立食スタイルで皆それぞれ食事と談笑を楽しんでいる。

 そんな中、私はいつも通り広間の隅に立ち、ひっきりなしにやって来るお祝いの言葉を捌いていた。

 

「天王寺さん、お誕生日おめでとうございます! 僕のこと、覚えていますか?」

「はい、お久しぶりです。今日はご足労頂きありがとうございます」

「いやいや! そんなかしこまらないで!」

 

 三十代手前のでっぷりと太った男性。

 どこぞの議員の息子だ。

 

「これ、誕生日プレゼント! 好きに使っちゃっていいから!」

「……あの、これは一体?」

「マンションの鍵だよ。大丈夫、家具とかは全部揃えてあるからね!」

 

 ぎゅっと私の手を握りながら、強引に鍵を渡してきた。

 その目は明らかに私の胸元に向いており、まずいと思ったのかすぐに視線を合わせて、欲望の孕んだ笑みを浮かべる。

 

 彼が去ったあとも、多くの男性たちが宝石だの高級車だのと高価なプレゼントを引っ提げてやって来た。皆一様に、上っ面な笑みの下に底のない欲望を宿して。

 

 この誕生日会の参加者の中で、私自身が招待した人は一割にも満たない。

 二割が身内で、残りはその知り合い。

 

 私とは縁もゆかりもない連中が、私と()()()()になろうと毎年のようにやって来る。もし私と一緒になれればこの身体を好きにできて、しかも天王寺家の金と権力が手に入るのだから、プレゼントのために莫大な金額が動く。

 

 ……子供の頃から、ずっとこの調子。

 

 せっかくの誕生日なのに、私がいるのは性欲と金銭欲と権力欲の渦の中。

 形だけのおめでとうございますを押し付けられ、嫌らしい目で見られて、これでもなびかないのかと落胆される。

 

 心の底からくだらないと思うが、なまじ先代当主が始めたものなため、誰もやめようと言い出せない。

 

 せめて、糸守君がいてくれたら――。

 

 過労により入院を余儀なくされた彼は、明日まで入院していなければいけないらしい。

 

 ……こんなことになるなら、最初から誕生日プレゼントを指定しておけばよかった。そうすれば、あそこまで無理をして働くことはなかったはず。

 

 糸守君の真面目さを舐めていた。

 私の誕生日を祝うためだけに、文字通り丸々一ヵ月働き通す人がいるとは。真っ直ぐ過ぎる行動力は嬉しいが、私にとっては一緒にいてくれることが何よりもありがたい。

 

 まあ、うだうだ悩んでも仕方がない。

 来ないものは来ない。割り切って今日を乗り切ろう。

 

「やぁ朱日、しばらくだね。大きくなったなぁ」

「お久しぶりです、オジ様。いつ日本に戻られたのですか?」

 

 七十代前半の男性。この人はお爺様の親友で、普段は海外を拠点に仕事をしている。

 子供の頃から何かとお世話になっており、今この場において数少ない安心できる人間の一人だ。

 

「ちょっと前にね。孫が日本で働き始めたから様子を見に来たんだ」

「お孫さんが?」

「朱日と同い年じゃなかったかな。今日は連れてきてるんだ。紹介するよ」

 

 「おーい」とオジ様が手招きをすると、高価なスーツで身を固めた二人の男性が振り返った。

 人前では基本的に動かない顔が、自分でもわかるくらい苦々しい表情を作る。

 

 あの体格、あの顔、あの髪……間違いない。

 

 糸守君と出会った夜。

 初めてお酒を呑みに行った私に絡み、ホテルに連れて行こうとした二人組の男がそこにいた。

 

 まさかの再会に私は硬直し、向こうも気まずそうに顔を見合わせている。

 何だこの偶然。こんなことってあるのか。

 

「孫の涼と蓮だ。仲良くしてやってくれ」

 

 オジ様に言われて、仕方なく会釈をした。

 

 この場で何があったのか話してやりたいところだが、そんなことをすれば天王寺朱日という人間のイメージが崩れてしまう。

 私がお酒で失敗し、ホテルに連れ込まれかけたのは事実。

 そんなのは理想のお嬢様ではない。皆に知られるのは困る。

 

「そういえば朱日、お前、誰かと付き合ったりしてないのか?」

「ああ、いえ。毎日忙しくて、そういうことは中々……」

「だったら、うちの孫はどうだ? 稼ぎもいいし、見てくれも悪くないだろ?」

「……は、はい?」

 

 オジ様の瞳には、安心とは程遠い熱が灯っていた。

 ……もしかしてこの人は、うちと親戚になりたいのか。私が子供の頃から、ずっと機会を狙っていたのか。そのために、私にあてがうのにちょうど良さそうな男を用意してやって来たのか。

 

「ジイちゃん、流石にそういうのは……」

「天王寺さんが困ってるだろ」

 

 意外なことに、孫二人は冷静にオジ様をたしなめた。

 

「そうだな、いきなりで悪かった。それじゃあ朱日、まずは食事からでもどうだ?」

 

 諦める気配を見せないオジ様。

 もう一度抑えてもらえないかと、私は二人へ視線を送る。

 

「ちょっと飯食うくらいだったらいいよな」

「三人で仲良くやりましょうよ、天王寺さん」

 

 ……あぁ、まずい。

 善良さの欠片もない顔をしている。

 

 おおかた、結婚する気はなくただ遊びたいだけだろう。

 また三人になったら、今度こそ何をされるかわからない。

 

「決まりだな。いつが空いてる? 先に予定を決めておこう」

 

 周囲を牽制するようにわざとらしく大きな声で言って、ニンマリとしわの目立つ笑みを浮かべた。

 この娘はうちがもらったと言いたげな顔に吐き気をもよおすが、どうにか呑み込み平静を保つ。

 

 お爺様の親友に文句をつけられる人間はこの場におらず、私の立場的にも無下にすることができない。

 どうする。どうしたらいい。

 緊張で喉が渇き、手のひらにじわっと汗がにじむ。朦朧とする意識の中、あの二人に連れられ歩かされた夜のことを思い出し、恐怖で涙がこぼれそうになる。

 

 

「お誕生日おめでとうございます、先輩! すみません、遅れちゃって!」

 

 

 聞き馴染みのある声に振り返る。

 そこには、全力で急いできたのか湯気が出るほど汗だくな糸守君が立っていた。

 

 ……ダメだ。泣いちゃうよ、こんなの。

 

 病院はどうしたのと聞きたいところだが、今は彼の声が何よりも心地いい。何の欲望もなく、本当にただお祝いに来てくれたことが嬉しくて仕方がない。

 

「あれ? そいつら……」

 

 二人組を見て、糸守君は眉をしかめた。

 嫌な記憶が蘇ったのか、二人はさっきまでの威勢が嘘のように「腹減ったな」「何か食うか」とこの場を去ろうとする。

 

「……待ってください。何であんたらがいるんですか?」

 

 凍りつくような冷たい声に、周囲の誰もが固まった。

 猛獣が檻から出て来たような緊張感に、私もゴクリと唾を呑む。……怖い。糸守君って、こんな顔できるんだ。知らなかった。

 

「先輩、あの二人に何かされました?」

「……い、いえ、まだ何も」

「まだってことは、何かされそうになったんですね?」

 

 私の回答が悪かったせいで、糸守君の目が疑いから怒りに変わった。

 ゆらりとした足取りで二人に近づき、軽く肩を叩く。

 

「ちょっと来てください」

 

 合計で百五十キロはありそうな二つの巨体を引きずりながら大広間の外へ連れ出し、ほんの一分足らずで戻って来た。

 

 しかしそこに、あの二人の姿はない。

 糸守君ただ一人だけ。

 

「何だお前はっ。二人はどうした!?」

 

 目を剥いて唾を飛ばすオジ様。

 糸守君はハンカチで額の汗を拭いつつ、「あぁー」と大広間の出入り口の方へ目をやる。

 

「大丈夫ですよ。お腹壊してトイレにこもってるだけなんで」

 

 何でもない受け答え。

 それなのに、今まで感じたことがないほどに冷たくて鋭くて黒い。

 

 大丈夫なわけがないことは、一瞬でこの場の全員が理解した。

 

 しかし、疑えばただでは済まないような雰囲気に、オジ様は脂汗を垂らして押し黙る。

 警備員に至ってはこちらを見ようともせず、職務を放棄して自分は関係ないといった態度をとっている。

 

「俺ちょっと、ネクタイ直してきますね。病院から抜け出して急いで来たんで、巻き方がぐちゃぐちゃで……」

 

 私に向けられた声と表情は、いつもの優しい糸守君だった。

 照れ臭そうに不格好なネクタイを指差して、「すぐに戻ります」と背を向ける。私は急いで距離を詰めて、彼の手首を思い切り掴み引き寄せる。

 

「ネクタイであれば私が直します。……なので、今はそばにいてください」

 

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