大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第36話 お揃いだ

 

 焼きそば、たこ焼き、唐揚げ。

 

 しょっぱいものを買い皆で少しずつシェアしたところで、そろそろ甘いものが欲しいと一条先輩はかき氷の屋台に向かった。先輩と竜ヶ峰さんもそれに同行し、俺と猫屋敷さんはベンチで三人の帰りを待つ。

 

「朱日ちゃん、楽しそうやなぁ。あんなニコニコしてるの久々に見たわ」

「ニコニコ……はしてるのか? まあ、確かに楽しそうではあるけど」

「いつもはもっと仏頂面やで。……悔しいけど、糸守先輩がおるからやろうな」

 

 無表情からもにじみ出るものがある。

 確かに今、先輩の顔からは楽しんでいる雰囲気を感じる。だが、酔って色々とタガが外れている彼女を知っている分、あれを見てニコニコと呼ぶのは難しい。

 

 ……にしても、流石は先輩の幼馴染だ。

 あの鉄仮面から、俺よりも細かく感情を読み取るとは。俺も頑張ろう。

 

「聞こうと思っとったんやけど、朱日ちゃんって糸守先輩と二人っきりの時もあんな感じなん?」

「えっ……?」

 

 その質問に、俺はどう回答すればいいかわからず固まった。

 

 酔えばお嬢様スイッチが切れて素に戻るよ! と言うのは容易い。

 ただそれは、俺と先輩だけの秘密。あの人が隠したがっていることを、了承もなしに口外するわけにはいかない。

 

 しかし、猫屋敷さんは先輩の幼馴染だ。

 

 幼馴染に対してですら、演技をしなければいけないというのはどうなのだろう。

 いっそ俺の口から話してしまったら、理解者が一人増えて結果的に先輩が楽になるのではないか。

 

 そんなことをぐるぐると考えるうち、「なぁ!」と猫屋敷さんの小さな手が俺の太ももに触れた。

 

「マジでどうなん、そのへん。セックスの時もあれやったらおもんないやろ?」

「セッ――……! いや、そ、それは……!」

「ウチ、何でも協力するで。糸守先輩やったら、朱日ちゃんをあの頃に戻せるかもしれんし」

 

 あの頃? 何だ、あの頃って。

 

 ……あぁ、そっか。

 この人は先輩の幼馴染だ。無表情無感情なんて癖がつく前の先輩を知っているのだろう。

 

『家とか皆の前だと、いいお嬢様じゃないといけないからさ。口開けて笑うのなんて、幼稚園ぶりとかじゃないかな?』

 

 不意に、先輩と友達になって初めて過ごした夜のことを思い出した。

 

 あまり深く考えていなかったが、幼稚園に通っていた頃は普通に素を出してたのか? あの頃……なんて言葉を使うからには、結構長いこと素の先輩を見て来たって認識でいいんだよな。

 

 小学校にあがったからって、いきなり表情を制限しろとか普通言うか? 

 前々から言われていて、小学生になったから一層厳しくなったとかか?

 

 先輩はどの時点で、一体何があって、今の状態に仕上がったんだ?

 

 ダメだ。考えてもまったくわからない。

 

 ――ザッ。

 

 誰かが俺たちの前に立った。

 見上げるほどの長身。竜ヶ峰さんが、かき氷を二つ持って俺を睨みつけている。

 

 ……こ、怖え。

 

 だから何なんだよ。

 俺、本当に何かしたのか? こんな美人と因縁とかないよな?

 

「おいおい糸守クン。可愛い彼女がいるのに、その子の幼馴染にちょっかいかけるなんて業が深いなぁ」

「ち、違いますよ! そういうのじゃ――」

「助かったわー。ウチ、この人に言い寄られとったんよ」

「いや、そっちから話しかけて来たんだろ!?」

 

 猫屋敷さんは嘘丸出しの棒読みで言って、「ありがと、竜ちゃん」と竜ヶ峰さんからかき氷を受け取った。

 

「困ったちゃんだなぁ。ヨシわかった、猫屋敷さんの代わりに僕が相手になるよ!」

「だから違う! 違うんだって!」

「朱日ちゃんに晶ちゃん、両手に花で羨ましいな」

「何でそうなるんだよーっ!」

 

 おふざけ全開の二人に振り回されていると、急に視界に先輩が入り目を剥く。

 

 ブルーハワイ味のかき氷を黙々と食す先輩。

 一歩、二歩と近づいて、梅雨の時期のようにじっとりとした目で俺を見下ろす。

 

「ち、違いますからね? 本当の本当に、違いますからね? 俺、先輩一筋ですから……!」

 

 何で何もしてないのに、こんな浮気男みたいな言い訳を並べなくちゃいけないんだ。

 内心ため息をつきつつ、面白おかしそうにクスクスと笑う一条先輩と猫屋敷さんに歯噛みする。

 

「糸守君」

「は、はい!」

「一緒に来てください」

 

 半ば強引に腕を引かれながら、人ごみを抜け、屋台と屋台の間を通り、トイレの真裏まで連れて来られた。

 

 明かりも人の喧騒も届かない場所。

 虫の音だけが響いており、二人で山の中に来たような錯覚を覚える。

 

 トイレの外壁に背中をピッタリとつけると、汗を吸っていたTシャツが背筋に当たり少し冷たい。それ以上に眼前の先輩の目が冷ややかで、ゴクリと唾を飲む。

 

「少し屈んでください」

「えっ? ……あっ、はい」

「そうです。いい子ですね」

 

 膝を落として先輩と目線を合わせると、彼女は口元に少しだけ笑みを滲ませて、空いた手でくしゃくしゃと俺の頭を撫でた。

 

 暗闇でも圧倒的な存在感を放つ黄金の眼光。暴力的な魅力を秘めており、ため息が出るほどに美しく、見つめていると心の淵がチリチリと焦げつく。

 

 もう片方の手に持った、かき氷入りの紙のカップ。

 滴り落ちた結露が俺の靴の上に落ち、その時生じた僅かな音と共に撫でていた手を後頭部へ持って行き、ぐいっと引き寄せる。

 

「ん――――っ!?」

 

 そして、俺の唇を奪った。

 先輩の唇はかき氷で冷たく濡れており、差し込まれた舌はシロップのチープな甘さを帯びている。

 

 すぐそこに人がいる中での行動に俺は戸惑うも、しかし突き放すこともできずされるがまま。

 頭の底にまで響く淫猥な水音。

 数秒か、数十秒か。俺を散々食事のように貪って、先輩は満足そうに身体を放す。口の端から垂れる涎を拭いながら。

 

「……一番は誰ですか」

「は、はい?」

 

 ほんのりと上気した頬。

 ぽーっとした瞳に俺を映しながら、先輩は問う。

 

「糸守君にとっての、一番は誰ですか」

「え、えーっと、その……せ、先輩、です」

「二番は?」

「に、二番?」

「二番です」

「それは……あの、先輩です……?」

「……どうして疑問形なのですか」

「せ、先輩です! 二番も先輩です!」

「三番は?」

「先輩ですっ!」

「よろしい」

 

 よくわからないが、正解だったらしい。

 

「自分が誰のもので、私が誰のものか、しっかりと頭に刻みつけておいてください。……さっきので理解が足りないようでしたら、もう一度しておきますが」

「だ、大丈夫です! もう十分ですから!」

 

 そもそも猫屋敷さんには何もしてない、と言いたいところだが黙っておこう。

 これ以上口を開くと、何かを必死に誤魔化していると思われかねない。

 

「糸守君、舌」

「えっ?」

「出してください」

 

 言われた通り、ベッと舌を出した。

 視線を落とすと、キスの際にかき氷のシロップが移ったのか、ブルーハワイの色に染まっている。

 

 それを見て、先輩は俺と同じように舌を覗かせた。

 さっきまで唇と唇の繋ぎ目で交わり合っていたそれは、深い海のような色をしている。

 

「へへっ、お揃いだ……♡」

 

 先輩はにんまりと表情を崩して、もう一度唇を重ねる。

 

 どうしようもないほどに甘ったるくて、逃れようがないほどに愛おしくて。

 

 俺は無意識のうちに、先輩を抱き締めていた。

 

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