大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第54話 ゴリラ先輩

 

 突然要君に突き飛ばされ、振り返ると彼と金髪の男が握手をしていた。

 状況がまるで飲み込めず、視線を向けて説明を求める。

 

「すみませんが、朱日先輩は別の席を探しておいてください。ちょっとこの人に話があるので」

 

 やわらかく口角を上げるが、その目はまったく笑っていなかった。

 

 私の誕生日会の時と同じ、猛獣が檻から出て来たような緊張感。

 夏の暑さも蝉の声も忘れてしまうような冷たい空気に、思わず息を飲む。

 

「別に話し掛けてくるのは構いませんが、勝手に触ろうとしちゃダメじゃないですか。そんなことされて嬉しい人なんていませんよね?」

 

 大人が子供に言い聞かせるような落ち着いた口調だが、声音は刃物のように鋭利だ。 

 視覚情報としては同い年くらいの男二人が握手をしているだけなのに、私の目には要君が金髪の男を殺そうとしているようにしか見えない。

 

「……ご、ごべっ、ごめん……な、なさい……っ!」

 

 金髪の男は歯を食いしばって顔を真っ赤にし、嗚咽を漏らしながら絞り出した。

 

 よく見ると、要君に握られた手は腐ったような青紫色に変色し、骨折寸前といった様子だ。あまりの痛みでまともに声も出せず、今すぐにでも地面に倒れ込みたいのに彼の腕力がそれを許さない。

 

「お、お前、何してんだよっ!」

 

 見ていた二人のうちの片方が、堪らず飛び出して殴りかかった。

 要君はその手を掴むと、赤子の手をひねるように関節をきめて制圧。悲鳴をあげる前に解放し、金髪の男からも手を離す。

 

「もう俺たちに構わないでもらえますか?」

 

 呆然と立ち尽くしていた三人目の男に、凍てつくような視線を送った。

 数秒置いて、男はハッと目を剥き半笑いで後退り、そのまま一人小走りで逃げてゆく。残り二人もそのあとを追い、要君はひと仕事終えたとばかりに両手の埃を払う。

 

「……えっ? ちょ、ちょぉ待ってや。糸守先輩、めっちゃ強いやん!」

 

 いきなり後ろから声をかけられ、振り返ると瑠璃さんたちがいた。

 相当遊んだのだろう。まだ昼食前だというのに、見るからに体力を消耗している。

 

「朱日ちゃんにええとこ見せるために用意したエキストラ、とかちゃうよな……?」

「ち、違います。そんなことにかけるお金があったら、朱日先輩に使いますよっ」

 

 さっきまでの威圧感が嘘のよう。

 いつもの要君に戻って、温かみのある笑みを灯す。

 

 ……暴力はよくない、と思うけど。

 このオンとオフの状態のギャップが、正直、かなり好きだったりする。やる時は何があってもやってくれるのだろうな、という安心感があって寄りかかりたくなる。

 

「糸守クンはすごいよー。何てったって、拳で車の窓破壊しちゃうんだから」

「ゴリラやん! 動物園から逃げ出して来たん!?」

「前に八人くらい雇って襲わせたんだけど、その時も簡単に片づけちゃったからなー」

「……ちょ、ちょっと待ってください、一条さん。襲わせた、とは? 何の話ですか?」

「あ、やべっ」

 

 途端に一条さんは他人面を決め込み、下手くそな口笛を吹きながら踵を返し逃げて行った。

 要君に視線を流すも、彼は彼で仕方なさそうに笑うばかりで説明をする気がないようだ。……二人の間で何かあったようだが、まあ気にしなくてもいいか。当の要君がこんな感じだし。

 

「瑠璃さん、もうウォータースライダーはよろしいのですか?」

「お尻の皮剥けるほど滑ったわ。朱日ちゃんも十分、ゴリラ先輩とイチャイチャできたやろ?」

「あっ……は、はい。おかげ様で」

 

 幼馴染からそういう気遣いを受ける日が来るとは思わず、猛烈な羞恥心に襲われた。

 要君は気恥ずかしそうに笑って、ぼりぼりと後頭部を掻く。

 

「んじゃ、飯にしよ。終わったら今度は皆で遊ぼな」

 

 上機嫌に言って笑う瑠璃さんに、私はこくりと頷いた。

 

 と、その時。

 

 響き渡る奇声とどよめく声。

 視線を流すと、ついさっき要君が撃退した金髪の男がいた。明らかに正気ではない空気を纏いながら吠え散らかし、私たちに向かって走って来る。

 

「舐めんじゃねえぞクソがぁああああ!!」

 

 フードコートのアルミのテーブルを手に取り、思い切りこちらへ投げつけた。

 さっと、要君は私の前に立った。そのまま特に取り乱す様子もなく、上段後ろ回し蹴りでテーブルを吹き飛ばす。

 

「ぶびゃっ」

 

 蹴られたテーブルは元の形が何だったのか忘れてしまうほどひしゃげ、単なるアルミの塊となって金髪の男に直撃。男は情けない声と共に倒れ、周囲はシンと静まり返った。

 

 施設の人が「大丈夫ですか!?」とやって来て、要君は事情の説明に向かう。

 その背中を見ながら、瑠璃さんは神妙そうな唸り声を漏らす。

 

「……マジでゴリラやん」

 

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