大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第56話 ありがとうございます!!

 

「わ、わかりました。やります、やりますよ……!」

 

 一条先輩の経験値がどれほどかは知らないが、以前女性三人をはべらせていたところから推測するに、俺の数百倍から数千倍だろう。

 

 つまり、絶対に勝てない。

 

 どんなベロチュウをかましたとしても、一条先輩になびくようなことはないだろう。

 それくらいの自信はあるし、朱日先輩のことを信じている。

 

 ……だが、これから俺とキスをするたび、一条さんよりは下手だなと思われることは避けられない。

 そんな精神的寝取られは絶対に嫌だ。

 

「タメ口と呼び捨て……タメ口と呼び捨て……タメ口と呼び捨て……」

「あの、か、要君? 目が……その、とても怖いのですが……」

「す、すみません。でもちょっと、こっちも覚悟を決める必要があるので……!」

 

 敬語なんてものは人間関係を円滑にするためだけのツールだと思っているが、朱日先輩に対してだけは違う。俺は彼女を心の底から尊敬していて、だからこそ敬語を使っている。

 

 それを一時的とはいえ崩すのは、俺にとってかなり体力を使うことだ。

 頭の中で台詞を練るも、恐れ多くてとてもじゃないが口に出すことができない。

 

 ……こうなったらもう、あの手を使うしかない。

 

 俺はグラスの中のハイボールを呑み干し、一条先輩が頼んだおかわりにも手を付けた。

 空きっ腹に酒を入れたことで一気に顔が熱くなり、頭のネジが緩み始めたのを感じる。

 

 一条先輩に半ば脅されてこんなことをしているが、これはいつか通らなければいけない道だ。

 

 朱日先輩と呼び方を変えた時、彼女は呼び捨てにして欲しいと言っていた。

 その時は断ったが、いつまでもこのままではいられない。彼女が望むことは全て叶えてあげたいし、俺だってもっと距離を縮めたい。

 

 その練習だと思って、俺は朱日先輩の手を取る。

 黄金の瞳には動揺の色が浮かび、これから起こることに期待と不安を抱きながら揺れ動く。

 

「あ、朱日先ぱ――……」

 

 違う。

 そうじゃない。

 

「……あ、けっ……朱日っ!」

 

 ようやく絞り出した声に、彼女はビクッと身体を震わせた。

 唇を薄く開閉して、「は、はいっ」とか細い声を漏らす。

 

 思い起こせ、朱日先輩との時間を。

 今一度噛み締めろ、彼女への想いを。

 

「あ……朱日、好きだ! 俺と付き合ってくれ! 朱日じゃなきゃダメなんだ!」

 

 我ながら、告白台詞のセンスが絶望的だ。

 

 でも、許して欲しい。こっちだって必死なんだから。

 アルコールという名の潤滑油でどうにか舌を回しているが、頭の中は申し訳なさでいっぱいなんだよ。

 

「……あ、朱日?」

 

 向こうから何のリアクションもなく、俺は下ろしていた瞼をゆっくりと開けた。

 

 真っ赤に焼けた顔。

 今にも溶けて零れそうな口元。

 恥ずかしさと嬉しさでいっぱいな瞳。

 

 おおよそ無表情とは呼べないそれを、この場の全員が目撃する。

 

「えへ、えへへっ……朱日、朱日かぁ……」

 

 俺の手をムニムニと弄りながら、デレデレな笑みを浮かべ。

 そこでようやくハッとして、今までのが全て噓だったかのような無表情に戻り、「失礼します」とトイレへ向かった。

 

 その背中を見送って、一条先輩と猫屋敷さんは顔を見合わせ目を見開く。

 

「朱日ちゃん……今、笑うてなかった?」

「ぼ、僕にもそう見えたんだけど……流石に気のせい、だよね? 糸守クンはどう思う?」

「いやー……ど、どうでしょう? 笑ってなかったと、お、思いますけど……」

 

 まさかの事態に、二人は現実を疑っているらしい。

 朱日先輩の名誉のため、ここは一つ嘘をついておく。

 

 ……正直、笑っていましたよって言ってもいいんだけどな。

 

 ただそれをするには、朱日先輩の許可がいる。

 理想のお嬢様でないと受け入れてもらえない、という思い込みに囚われている以上、俺の独断で勝手なことはできない。

 

「……そっか。ぼくも呼び捨てにすれば……うん、そっか……」

 

 どよめく女性陣の脇で、竜ヶ峰さんは一人何度も頷きながら何か得た顔をしていた。

 初めて声を聞いたが、一条先輩より女性的だ。一緒の更衣室で着替えて、ちゃんとブツがぶら下がっているのも確認したのに、その上で更に疑ってしまう。

 

 顔と声は可愛いのに、実は男でゴスロリ着用。

 ……何だか、自分の中で変な扉が開きつつある。これ以上考えるのは、もうやめておこう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ふぅー……あ、危なかった……」

 

 トイレの個室に避難し、私はホッと息をつく。

 

 知らなかった。要君からのタメ口と呼び捨ての合わせ技が、あそこまで強力だとは。

 演技で塗り固めていた壁を容易に突破して、思わず皆の前でニヤけてしまった。……だ、大丈夫だよね? 見られてないよね?

 

『あ……朱日、好きだ! 俺と付き合ってくれ! 朱日じゃなきゃダメなんだ!』

 

 彼の台詞を思い返して、少しだけ落ち着いた熱が再び迫り上がってきた。

 

 やばい。やば過ぎる。

 ちょっとこれ、どうしよう。こんなんじゃ、皆のところに戻れないよ……!

 

「……もっといっぱい、言って欲しいな……」

 

 そう呟いて、ブンブンと首を横に振った。

 

 違う! 違うでしょ私!

 今はそんなことはどうでもよくて、早く落ち着いていつも通りに振る舞わないと!

 

 一旦深呼吸をしよう。

 

 すぅー、はぁー。

 すぅー、はぁー。

 すぅー、はぁー。

 

 よし、おっけー。

 これでいつも通り。もう皆の前に戻れそうだ。

 

『朱日じゃなきゃダメなんだ!』

 

 扉の鍵を開けようとしたところで、再び彼の声が頭の中で響いた。

 

 うわぁー! あぁー! んがぁあー!

 ダメダメダメ! 考えちゃダメ! 思い出しちゃダメー!

 

 口元が勝手にニヤけて、膝から力が抜け顔が熱くなる。

 心臓の鼓動が早くなり、身体の奥からドクドクと音が聞こえる。

 堪らないくらい、要君のことが欲しくなる。

 

 何てこと言わすのさ、一条さん!

 あんな……! か、勝手に、私たちの仲をぐちゃぐちゃにして!

 初めてキスした時もそうだったけど、ちょっと出しゃばり過ぎなんだよ!

 

 もう! ほんとにもう!

 

 ありがとうございます!!

 

「家に帰るまで我慢しなきゃ……私はいい子、我慢できる子……!!」

 

 自分に何度も言って聞かせ、意を決してトイレを出た。

 

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