大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第66話 細かいことを考える女

 

 八月三十一日。

 いつも通り家事をこなし、朱日先輩と昼食をとってから家を出た。一条先輩から呼び出しを受けていたからだ。

 

 元は秘密基地、現在はBAR。

 雑居ビルの一室は開店作業の真っ最中であり、いつか見た二人組がせかせかと働いている。

 

「あっ、アニキ! お疲れ様です!」

「お疲れ様ですっ!」

 

 二人は作業を止め、訓練された軍人のような所作で深々と頭を下げた。

 

「いや、あの……俺、アニキじゃないんで。そういう呼び方は、ちょっと……」

 

 一条先輩を攫おうとして失敗し、雪乃さんに俺を襲うよう依頼されて失敗し。

 最後には一条先輩のお目こぼしによって、ここで働くことになった元ヤクザ。

 

 ひと回りも年齢が上の人間からアニキ呼びされるのはかなりむず痒く、この前会った時もやめて欲しいと注意したのだがこのザマだ。

 

「おー、糸守クン! わざわざ来てもらって悪いね、まあ座ってよ!」

 

 奥のソファ席に座り、ノートパソコンで何やら仕事をしていたらしい一条先輩が、ちょいちょいと手招きをした。言われた通り席に着くと、彼女は二人をバックヤードに引っ込ませる。

 

「ふふっ、これで二人っきりだね」

「……そういうこと、一条先輩に言われても全然嬉しくないの我ながら本当に不思議です」

「酷い!? 僕のことを何だと思ってるのさー!」

「四方八方に性欲を撒き散らす貞操イーター……?」

「うん、間違ってないね」

「……ちょっとは否定してくださいよ」

 

 相変わらずな一条先輩。

 「暑い中大変だったろう」と麦茶を出してくれたが、自前の飲み物があるからと断った。この人が出すものはまったく信用できない。すると予想的中、彼女は小さく舌打ちをして麦茶を流しに捨てる。

 

「俺を薬でどうこうしようとするの、いい加減にやめませんか? もっとこう、正攻法でアピールするとか……」

「それで糸守クンが僕になびいちゃったら、天王寺さんとの仲がこじれるじゃないか! 僕はどっちも美味しくいただきたいんだ! そんなこともわからないのかい!?」

「わかりたくもねえよ!」

「大体、正攻法でいったら糸守クンなんか秒殺だよ? そのあたりわかってる?」

「二兆パーセントなびかないんで、そんな心配はしなくていいですよ」

 

 そう言うと、一条先輩は不満そうに目を細めて俺を睨みつけた。

 いやいや、そんな目で見るなよ。彼女持ちを誘惑してる時点で、そっちに正義はないぞ。

 

「にしてもあの二人、真面目に働いてるっぽくて安心しました。……アニキ呼びはマジで勘弁して欲しいですけど」

「そりゃそうだよ。たまたま雪乃さんと出会って、たまたま糸守クンに返り討ちに遭って、たまたま僕を頼ってくれたから何とかなってるけど、そうじゃなかったら警察にパクられてるか処理されてるかのどっちかだったわけだし」

 

 ……処理、か。

 生々しい言葉を使うな、この人は。たぶん無意識なんだろうけど。

 

「アニキ呼びも大目に見てあげて。素人に誘拐を邪魔されて、道具まで持ち出したのに喧嘩に負けて、あいつらのプライドはズタボロなんだから。ああやって糸守クンを敬っておかないと、自分を保てないのさ」

「……散々好き勝手やっといて、面倒くさい奴らですね」

「でもその代わり、糸守クンのためなら何でもするよ。困ったら好きに使っていいからね」

 

 そんなこと言われてもな……。

 三十過ぎの元ヤクザ二人を好きに使う状況って何だよ。全然思いつかないぞ。

 

「あーそうそう。本題に入らなくちゃね」

 

 ドンとテーブルに茶封筒を置いた。

 中に何かが入っているのかはわからないが、随分とパンパンで分厚い。

 

「何ですか、これ……?」

「うちの親父が糸守クンにお礼したいって言うんだけど、ほら、ヤクザから何か貰うのってまずいだろ? だから一旦娘である僕を経由して、糸守クンに渡すことになったわけ」

「お礼って、別にたいしたことは――」

 

 興味本位で封筒の中を覗くと、一万円札がこれでもかと詰まっていた。

 反射的にテーブルに放り捨て、「す、すみません!」と即座に謝る。

 

「気にしなくていいよ。そりゃビックリするよね。うちの親父バカだからさ、最初はジュラルミンケースで用意してたんだ。流石にそれはやり過ぎだって言い合いになって、結局これに落ち着いたってわけ」

「落ち着いたって……いやこれ、百万とかじゃきかない額入ってますよね?」

「三百万くらいかな? 好きに使っていいよ」

「受け取れるわけないでしょ、こんなの!!」

 

 反社が作ったお金だから、というのもあるが、単純に金額が大き過ぎる。仮にこれが朱日先輩からの誕生日プレゼントだったとしても、たぶん俺は突き返す。庶民には重過ぎて持ち上げられない。

 

「そう言うと思ってたけどさ、困るんだよね。受け取ってくれませんでした、なんて報告したら、糸守クンに直接会いに行っちゃうよ……」

「……そこはこう、何か上手いことやってくださいよ。一条先輩がポケットに入れちゃえばいいじゃないですか」

「嘘が通じる人だったらそうしてるけど、生憎勘が鋭くてね。……現金で受け取れないなら、何か欲しいものとかない? 天王寺さんにプレゼントしたいものとかさ」

「朱日先輩へのプレゼント費用なら自分で稼ぐんで大丈夫です。俺も別に欲しいものなんて……」

 

 元より物欲は乏しい方だ。

 ブランドモノにも興味はないし、家具や家電にも困っていない。

 

 だが、このまま何も案を出さないわけにもいかない雰囲気なため、頭を回して無理やり絞り出す。

 

「じゃあ、スポーツウェアとトレーニングシューズをください」

「えっ? スポーツ……って、そんなのでいいのかい?」

「ジムで身体鍛えようと思ってて、近々買う予定だったんです。これ以外は受け取らないんで、親父さんに何か言われたらそう伝えといてください」

「んー……そっか、わかったよ。でも糸守君、身体鍛えるっていうけど、それ以上強くなってどうするの? 世界チャンプでも目指すつもり?」

「この前みたいなことがまた起こった時、強くないと無傷で帰れませんから。怪我して朱日先輩に泣かれたくないので」

「本当に一途で興奮するなぁ。……もしかして、誘ってる?」

「一途なとこに興奮してから浮気をそそのかすの、自分でやってておかしいって思わないんですか?」

「あーあ、やだやだ。そんな細かいことばっか考えてたらモテないよ」

「朱日先輩からはモテてますけどね」

「い、言うようになったじゃないか……! くそっ、つまり僕も細かいことを考える女になればいいってことか……!」

「それは絶対に違うと思います」

 

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