大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第75話 わからせて?

 

 痛いくらいに抱き締めて欲しいとか、乱暴に頭を撫でて欲しいとか。

 基本的に俺に対し強気な朱日先輩だが、その実、被虐趣味があることは前々からわかっていた。

 

 こちらが拒否しないのを見ると、彼女は物欲しそうに俺の口を見つめた。自転車のギアを上げて行くように、少しずつ息が荒くなってゆく。

 

「朱日先輩が言うなら何でもしますけど……具体的に、どこを噛めばいいんですか?」

「えっ? え、えっと……腕、とか?」

 

 特に考えていなかったようで、彼女は途端に冷静になって案を出した。

 そして自分の服を見て、いそいそと脱ぎ始める。ぽいっとニットを床に放り、気恥ずかしそうに笑う。

 

「……部屋、暗くしていい? 明るいままだと、ちょっとさ」

 

 朱日先輩はリビングの明かりを常夜灯に切り替えて、ソファの上で仰向けに寝転がった。視線を下に向けて俺を見据え、「来て」と小さく落とす。

 四つん這いになって近づき、彼女の身体に覆いかぶさってまず頭を撫でた。これから起こることが楽しみで仕方ないのか、黄金の瞳は妖しく輝いている。

 

「……じゃあ、や、やりますよ?」

「うん……うん、お願いっ」

 

 二の腕に唇を落とし、少しだけ舌先でなぞった。

 ビクッと痙攣する肢体。彼女の期待に満ちた表情を上目遣いで確認し、ゆっくりと歯の先を皮膚に食い込ませる。

 

「んっ……!」

 

 朱日先輩の声に驚き口を離しかけたが、すぐさま彼女の手がそれを阻止した。

 俺の頭を捕まえて、やめるなと言うようにグイグイ押し付ける。

 

 そこまで望むなら、と。

 少しだけ力を強めると、彼女の唇から甘い声が漏れた。痛いことは確かなのに、俺を一向に解放しようとしない。

 

「……いいよ、もっとして。私にこんなことしていいの、要君だけだからね? 要君が誰よりも優しいから……優しくないところも、全部欲しくなるんだよ?」

 

 朱日先輩の被虐趣味にはかなり慣れたが、だからといって俺に加虐趣味が芽生えたわけではない。

 

 この人を傷つけたくないし、痛めつけたくないと思う。

 ぶっちゃけ本心を語るなら、噛みたくなどない。

 

 しかし実際にやってみて、その行為を全肯定され更にもっとと求められると、いつかキツく抱き締めた時と同じように心の黒い部分がチリチリと熱くなった。

 彼女にはいつまでも笑っていて欲しいのに、同じくらいその顔を歪ませてやりたいという欲求に駆られる。その欲望を助長するように、彼女の手が優しく俺の頭を撫でる。

 

 ダメだ。

 このままいくと、俺の中の何かが崩れてこの人を壊してしまう。

 

「……ど、どうですか。こんな感じで……」

 

 一線に踏み込む前に、半ば強引に口を離した。

 

 朱日先輩の二の腕には、くっきりとした歯型が一つ。

 きっとこれはミミズ腫れになり、しばらくは治らない。

 

 天王寺朱日という女性にパートナーがいる証。動物でもしないような荒々しいマーキング。

 彼女はそれを見て触って、恍惚とした表情で湿った息をつく。俺もまた、自分がしでかしたことを再確認しゴクリと唾を飲む。

 

「……何か不思議。痛かったのに、気持ちよくてさ。要君のせいだよ、私がこんなんになっちゃったの」

「す、すみません……」

「謝らなくていいから、もっとたくさんして? 私が要君のものだってわからせて?」

 

 そう言って、俺の服をギュッと掴み引っ張った。

 意図を察して、上に着たパーカーとインナーを脱ぐ。その間に彼女はスカートのファスナーを下ろし、俺がそれを足から抜き取る。

 

 何度見ても、この人の肉体には見惚れてしまう。

 もちろん性的な魅力はあるが、それよりも芸術的な魅力が強い。これは美しいものだと、脳の奥深くまで響く。

 

 だからこそ余計に、その肌に痕をつけることに途方もない罪悪感があり、同時に果てしない特別感に理性が酔う。

 

「……次、ここね」

 

 ふっと顔を横に逸らし、首筋を晒した。

 

 流石にここを腕と同じ力で噛むわけにはいかず、傷をつけないよう優しく食む。

 それでも朱日先輩は若干怯えており、だが同時に、荒い息遣いはこのまま続けてと暗に語る。

 

 彼女を生かすも殺すも、俺次第。

 命の手綱を預けてくれることが嬉しくて、何度も何度も、微妙に場所を変えて力加減を調整して、彼女の急所を貪る。

 

「あぅ……っ♡」

 

 首筋から肩に移ると、彼女は甘く上擦った声をあげた。

 歯を立てて痛みを与えた分だけ、彼女の手が優しく撫でてくれる。

 

 肩からもう一度二の腕に流れ、肘と前腕を通り、手の甲にキスをした。

 頬を擦り付けて、唇で食んで、舌先で味わって。親指を甘噛みし、精一杯愛す。

 

 すると彼女も俺の手を取り、そっと唇を落とした。

 俺と同じように愛に焦がれる彼女の姿に、こっちまで体温が上がる。頬に熱が溜まり、心臓が高鳴り、このまま彼女と一緒にどろどろに溶けてしまいたくなる。

 

「すきっ……要君、すき……だいすきっ」

 

 俺の手を丹念に味わいながら、拙い声音で想いを紡ぐ。

 その必死な様子に、ゾワゾワとしたものが背筋を昇って来る。黒い衝動が脳裏を疾走し、人差し指と中指を強引に彼女の口へ捻じ込む。

 

 まずい、と即座に我に返るが。

 朱日先輩の瞳に拒絶の色はなく、俺の暴力性を受け入れていた。舌を弄り、摘まみ、引っ張り、彼女は苦しそうにするがやめてくれとは言わない。むしろその目は、まだ足りないと飢えているようにすら見える。

 

 ……ちょっとこれは、やばいかもしれない。

 

 冷静な自分が、音を立てて崩れていくのがわかる。

 ただ非理性的になるだけならいい。

 しかし今回のこれは、彼女を本当の意味でキズモノにしかねない。

 

 それは絶対にダメだとわかっているのに、彼女の視線が、息遣いが、俺の劣情に薪をくべる。

 

 もう、止まれない。

 

「んっ、ぅう、んーっ……!」

 

 トントンと背中を叩かれ、ハッとして彼女の口から指を引き抜いた。

 ストップをかけてくれて助かった。あのまま何も言われなかったらどうなっていたかわからない。

 

 しかし、突然どうしたのだろう。もしかして、流石に嫌になったのだろうか。……と不安に思っていると、彼女は俺の歯形のついた指にチュッと唇をつけて、炎天下に晒されたソフトクリームのような甘ったるく不恰好な笑みを浮かべる。

 

「もう、満足したんですか?」

「満足っていうか……ちょっと、怖くなっちゃって。幸せで、気持ちよくて……あんまり続けたら取り返しがつかないくらい、へ、変態さんになっちゃいそうだから……」

「そ、そうですか」

 

 仮にそうなっても俺としては構わないのだが、彼女が怖いというならそれ以上は踏み込まない。

 代わりに彼女の瞳から今にも零れ落ちそうだった涙を拭い、額と額を合わせ、与えた痛みを消し去るほどに熱く交わる。ただただ幸せなキスを繰り返し、時折呼吸を思い出して、呆れるほどに彼女を求める。

 

「……そろそろ、寝室に行きましょうよ」

「私のこと、もっと欲しくなっちゃった?」

「はい。ダメですか?」

「……いいよ、好きにして」

 

 立ち上がって手を差し伸べるが、朱日先輩はそれを取らず首を横に振った。

 

 ……なるほど、そういうことか。

 彼女の願いを汲み取り、背中と膝の裏に腕を差し込みお姫様抱っこをする。これがご所望だったらしく、「えへへ」と彼女は俺の頬に頭を擦り付ける。

 

「うぉっ……」

 

 リビングから廊下に出ると、その寒暖差に鳥肌が立った。

 彼女は眉を寄せ、「どうしたの?」と心配そうに尋ねる。

 

「……いや、ちょっと寒くて。朱日先輩は大丈夫ですか?」

「私は平気だけど……今、そんなに室温低いかな? 暖房つける?」

「そこまでしなくてもいいですよ」

 

 そう返して、足早に寝室へ向かう。

 身体に灯った熱が、冷めないうちに。

 

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