大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第77話 台無し

 

「うーん、これは参ったなぁ。難しいぞ」

「どうされたのですか?」

「天王寺さんのズボンを借りて味わうのもいいけど、何も穿かずに羞恥心を楽しむのもありかと思ってさ。どっちにしようかな……」

「……穿かないのでしたら、追い出しますよ」

 

 嘔吐したせいか少し熱が上がっていた要君を寝室へ連れて行き、額に熱さまシートを貼ってからリビングに戻った。

 するとそこには、下着を見せつけた状態で佇む一条さんが。

 同性とはいえ目のやり場に困るため、早くズボンを穿くように促す。

 

「それで、私に話というのは?」

 

 テーブルにつく一条さんにコーヒーを出して、私は向かい側に腰を下ろした。

 彼女はカップに口をつけて唇を軽く濡らし、「んー……」と途端に真面目な顔になって唸る。

 

「本当は糸守クンにも同席して欲しかったんだけどね。体調がよくなってからでいいから、天王寺さんの口から伝えといてよ」

「は、はい。……もしかして、真面目なお話ですか?」

「えっ? あ、うん、そうだよ。もしかして天王寺さん、僕がバカ話するためにわざわざ家まで来たと思ってる?」

 

 てっきりそうだとばかり思っていたため、私は口を噤み沈黙を返した。

 彼女は呆れたように息をつくが、不思議と申し訳ないとは感じない。日頃の言動を考えれば当然だろう。

 

「結論から言うと、糸守クンが危ないかもしれない」

「危ない……かも、しれない?」

 

 曖昧な言い方に首を傾げると、彼女はこくりと頷いた。

 

「親父のとこと付き合いのある情報屋っていうか、探偵? まあそういう系の人のとこに、糸守クンの身辺調査の依頼が入ったらしいんだ」

「身辺調査? 要君に、ですか?」

「うん。ただ彼、攫われそうになった僕を助けてくれただろう? だからうちの組員が、そんなことを依頼した奴は誰だって依頼主を吐かせたんだよね。そしたら、天王寺さんとこの関係者だった」

「……えっ?」

「依頼主から、何でもいいから糸守クンの粗探しをしろって言われたんだってさ。何も無かったら最悪捏造しろとまで言われたらしいよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてうちの関係者が、要君にそのようなことを?」

「何って、天王寺さんも鈍いな。理由は君だよ、君。それ以外に何があるのさ」

 

 やれやれと肩をすくめて、コーヒーで喉を潤した。

 

「君と関係を持ちたい人間はいくらでもいるんだよ。それなのに金持ちなわけでもなく、社会的地位が高いわけでもなく、家が立派なわけでもない、普通の学生の糸守クンが君を独占してる。しかも誕生日会で告白して、あの場にいた大勢の期待や謀略をへし折ったんだ。天王寺さんと糸守クンはハッピーだっただろうけど、それを見てた人は皆祝福してたのかな?」

 

 祝福していた、と思いたいが……。

 そういう人たちばかりで構成された誕生日会だったら、毎年憂鬱にはならない。

 

「皆、雪乃さんが無理やり別れさせるって思ってたんだよ。だから付き合い始めた当初は、誰も何も言わなかった。でも、彼女も糸守クンと仲良くなっちゃったから、今になって動き出したってところだろうね」

 

 「天王寺さんはモテモテだなぁ」と一条さんは苦笑した。

 本当に、反吐が出るほどモテモテだ。まるで嬉しくない。

 

「そういうことだから、糸守クン絡みで変な情報が出て来ても、安易に信じないであげて欲しんだ。それ、嘘の可能性が高いから」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 そもそも、要君に関する悪評が嘘であろうと真であろうとどうでもいいことだ。何があったとしても、受け入れる覚悟はできている。

 

「しかし、そういった情報がお父様や親族の耳に入った場合は面倒なことになりますね。私に説き伏せられるかどうか……」

 

 実際、私は一条さんを誕生日会に招待することが未だにできていない。私が事の中心人物であるにも関わらず、私の一存ではどうにもできない問題がたくさんある。

 

「最悪、駆け落ちでもすればいいんじゃない? 二人だったらどこでも楽しく生きていけるだろうし、僕も色々手を貸すよ」

「……駆け落ち、ですか。まあ、最終手段として頭に入れておきます」

「そんなことにならないよう、僕の方でも動いてみるけどね。親父みたいなヤクザが、カタギの糸守クンの事情に深入りしたっていいことないし」

「ありがたいのですが、危険ではないのですか? 前回はお姉様が相手だったので調査をお願いしましたが、今回は違います。もし、一条さんの身に何かあったら……」

 

 お姉様は滅茶苦茶な人間だが、その破天荒さは私にのみ発動する。

 自分のことを誰かが調べ回ったところでお構いなし。保身など微塵も頭にないこそ、堂々と法を犯す。

 

 しかし、私の親族やその関係者となると話は別だ。

 自分の立場を守るためなら平気で他人を傷つける人間は少なからず存在するし、多少の犯罪なら揉み消せるだけの金と権力を持っている。下手に嗅ぎ回れば、一条さんに危害が及ぶかもしれない。

 

「僕のこと、心配してくれるの?」

「当然です。大切な友達ですから」

「……そっか」

 

 そう呟いて、一条さんは嬉しそうに口元を緩めた。

 コーヒーを一口飲み、茶菓子の封を切る。

 

「僕、昔親友がいたんだよ。小学校で仲良くなって、中学校も一緒でさ」

 

 ポツポツと、彼女は語る。

 古いアルバムをめくるように、目を細めながら。

 

「いつも一緒に遊んでて、僕のことを怖がったりもしなくて、本当に嬉しかったよ。……でも、中二の時に聞いちゃったんだよね」

 

 ため息混じりに言って、自嘲気味に笑う。

 

「『晶ちゃんはお金をたくさん持ってるから一緒にいて得しかない。ただ犯罪者の子供だから、触ったらちゃんと消毒しろって親がうるさくて困ってる』――だってさ」

 

 笑えるだろと言いた気に、彼女は私を見た。

 私の感情を表に出せない特性など関係なく、まるで笑える話ではない。

 

「それ聞いた時は、たぶん人生で一番泣いたよ。泣いて……何かスッキリして、吹っ切れた。そんなにお金が欲しいならあげようと思ってさ、三十万でその子の身体を買ったんだ。……あれが初めてのセックスだったかな」

 

 空になった茶菓子の袋を折り畳み、丁寧に結ぶ。

 それをテーブルに置いて、ピンと指で弾く。

 

「これが傑作なんだけど、その子、僕とのセックスにハマっちゃってね。お金出さなくてもベタベタしてきて、前よりずっと仲良くなれたんだ。間違ってるのかもしれないけど……あぁこれだ、と思った。僕にはこれしかないんだって」

 

 「でも」と、視線を上げた。

 私を見据えて、毒気のないやわらかな笑みを浮かべる。

 

「天王寺さんは違う。僕のことをちゃんと見てくれるし、何の見返りもなく仲良くしてくれるし、僕を想って本気で怒ってくれる。糸守クンだってそうだ。……そういう人たちのためなら、多少身体張ろうって思うのは自然なことだろう?」

「一条さん……」

「って言っても、当然下心はあるよ。『一条晶に身体を許すゲージ』を溜めなくちゃならないからね!」

「……」

 

 最後のがなければ完璧だったのに。

 ただ、それでこそ一条さんだ。真面目なだけの彼女など見ていられない。

 

「まあ安心してよ。僕は天王寺さんみたいに完璧じゃないし、糸守クンみたいに腕っぷしが立つわけじゃないけど、卑怯や姑息だけはちょっと自信があるんだ」

 

 ケラケラと快活に言って、僅かに口角を上げた。

 

 今まで見たことのない邪悪な表情。

 心なしか室温が下がり、私は息を飲む。

 

「僕の大切な友達の幸せを台無しにしようなんて連中は、人生を台無しにされたって文句は言えないよね」

 

 

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