大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第78話 もし俺が死んだら

 

「はい要君、あーん」

「……あ、あーん」

 

 午後八時前。

 今日の晩御飯は、消化しやすいようにうどんをくたくたに煮たもの。あらかじめ短く切っておき、スプーンで掬って口へ運ぶ。

 

「ゴホッ、ゲホッ……何から何まで、ほ、本当に、ありがとうございます……」

 

 夕方の時点で三十九度に達していたため、解熱剤を飲ませた。

 そのおかげで今はいくらか熱が下がったようだが、体調の悪化は止まらない。器の中のうどんはほとんど減っていないのに、彼はもう食べられないと首を横に振る。

 

「お礼はいいので、ご自分の身体のことだけを考えてください」

 

 彼は弱々しく頷くと、ずずっと鼻をすすり白湯で薬を流し込む。

 

 明日は朝一番で病院に連れて行こう。

 ここまで酷いと、流石に一度お医者さんに診てもらわないと不安だ。

 

「……あの」

「どうされましたか?」

「お風呂……入っても、いいですか? 今、すごく汗臭くて……」

「い、いやダメですよ。汗臭いって、そんなことを気にしていい体調ではないでしょう?」

「……でも、朱日先輩に不潔だって思われて、嫌われたくないので……」

 

 確かに汗臭いが、高熱で一日中寝込んでいたのだから仕方のないことだし、そもそも解熱剤を飲めば汗が出るのは当然だし、第一そんなことで嫌ったりしない。

 ただ体調が悪いせいでメンタルが弱り、取り柄である誠実さが良くない方向に作用しているのか、要君の目は本気で落ち込んでいる。

 

「お風呂はダメです。代わりにお湯とタオルを用意するので、それで身体を拭いてください」

 

 彼が首を縦に振ったのを確認して、一度寝室を出た。

 必要なものを用意して部屋に戻り、上の服を脱ぐように促す。

 

「背中は私に拭かせてください」

 

 本音を言うと全身拭いてあげたいが、流石にそれは要君の羞恥心が許さないだろう。

 彼はゆっくりと身体を動かし、私に背中を向ける。

 

「昨日も思いましたが、要君、少し逞しくなりました? 筋肉の感じが、前までと少し違うような……」

「……ここ一ヵ月くらい、大学のジムに通ってて。あと夜……外で走ったり、トレーニングしてるんで」

 

 何か運動をしていることは知っていたが、まさか本格的に鍛えていたとは。

 強さを目指すのは構わないが、本当にゴリラになってしまうのではと少し不安になる。

 

「いっそ、何かスポーツをされてはどうですか? 霞さんのように空手をするとか。要君ならオリンピック選手になれますよ」

「い、いや俺、試合での勝ちとか負けとか……何か、興味湧かないんです。空手やらされてたのも、喧嘩に負けないようにってのもありますけど……手加減を覚えるのが一番の目的だったんで……」

「手加減、ですか?」

「……俺、生まれた時から身体が頑丈で、力も強かったんです。父さんもそうだったらしくて……力の加減がわからず、親とか友達とのちょっとした喧嘩で何度も病院沙汰になったって。強くなったら手加減できるようになるから、誰にも負けないようになれって父さんに言われて……」

 

 それを聞いて、以前、霞さんと話したことを思い出した。

 

『わたし、好きで空手やってるわけじゃないんですよ。勝ったら気持ちいいからやってるだけで、ぶっちゃけ惰性です。絶対に勝てない相手が身近にいるのに、これ以上強くなろうとか思えません』

『絶対に勝てない相手……?』

『そりゃあ、お父さんと兄貴ですよ』

『いやしかし、男女では筋力に差があって当然だと思いますが……』

『そういう単純な話じゃないんです。ものが違うっていうか……どんな力自慢でも、ゴリラと殴り合ったりできませんよね? それと一緒ですよ』

 

 要君の強さはてっきり後天的に身に着けたものだと思っていたが、そもそも先天的に強く、その上で鍛錬を重ねていたのならものが違うというのも納得だ。

 思い返すと、私の誕生日プレゼントを買った帰りに猫を庇って盛大に転倒した時、服はボロボロだったのに皮膚はほとんど傷ついていなかった。あの頑丈さは、後天的に手に入るものではないだろう。

 

「そういえば今日……一条先輩、何の用だったんですか? 結構長い時間、話してたみたいですけど……」

「再来週の学園祭についてですよ。今からでもミスコンにエントリーしようと、お誘いを受けまして」

 

 私の身内が要君の周辺を調べ回っているというのは、情報が情報なだけに完全に体調が戻ってから伝えた方がいいだろう。

 

 それに文化祭のことは、別に嘘ではない。

 本題が終わったあと、ミスコンのことで小言を言われた。

 

「……ミスコン、出ないんですか? 今回優勝したら、三連覇ですよね?」

「そもそも、ミスコン自体に興味がないので。一年生の時は一条さんに頼まれて参加しましたが、去年は彼女が勝手にエントリーしていて、私はまったく関与していません」

「勝手にエントリー……それで優勝するって、流石ですね……」

 

 褒められるのは嬉しいが、本当に何もしていないのに優勝してしまったため、広報活動等を頑張っていた他の参加者にはかなり申し訳ないことをした。それもあり、一条さんには何の断りもなくエントリーしたことをきつく注意した記憶がある。

 

「……去年の学園祭は、俺、バイトがあって行ってないので。今年は色々見て周りたいです……」

「いいですね。一緒に行きましょう。……でも、その前に身体をしっかりと治さないと」

 

 背中が拭き終わり、要君にタオルを渡した。

 彼はのろのろとした拙い動きで、腕や胸をタオルでなぞる。

 

「……あの」

 

 ぽつりと零して、数秒の沈黙。

 彼はおずおずと振り返り、色の悪い唇をそっと開く。

 

「もし……も、もし俺が死んだら、極力泣かず、できるだけ早く忘れてください……」

「ぶふぉっ!」

 

 想像の斜め上を行く発言に、私は思わず噴き出した。

 要君はぬっと眉をひそめ、「こっちは本気なのに……」と不機嫌そうに呟く。

 

「ご、ごめんね。あんまりにも突拍子もないことを言うからさ」

 

 先のことは何もわからない。風邪かと思ったら、重大な病かもしれない。そこは理解できる。

 

 ただ要君の場合、体調を崩してまだ一日も経っておらず、病院にすら行っていないわけで。

 にも関わらず、かなり覚悟を決めた顔をしていたため、つい笑ってしまった。

 

「まあでも、もしものことがあった時は、私が全身全霊で何とかするよ。お姉さん、お金とコネだけは無駄にあるから。絶対に助けるし、一生一緒にいてもらう。だから要君は、何も不安に思わなくていいんだよ」

「……ありがとうございます」

「お礼はいいから、早く元気になってね。またお昼にお弁当作ってあげるから、一緒に食べよ」

「わ、わかりました。……全力で治します、か、必ずっ」

 

 彼は少しだけ明るい表情を作り、コクリと深く頷いた。

 その頭をそっと撫でて、私は寝室をあとにした。「おやすみなさい」と声を添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 就寝前。

 何の気なしにネットニュースを流し見していると、ある記事が目に留まった。

 

「あれ、この人って……」

 

 それは、政治家のスキャンダル。

 妻子がいながら複数人の女子大生と不倫していた、というもの。

 

 この政治家、私の誕生日会に毎年顔を出していた人だ。

 下心ありありでプレゼントを渡してきて、すごく気持ち悪かったっけ。

 

「一条さんの仕業、だったりして……」

 

 まさかここまで仕事が早いわけがない、と思いつつ。

 やりかねない、あの人なら。

 

「……お弁当、一条さんにも作ってあげようかな」

 

 そう呟いて、スマホの画面から視線を逸らした。

 次会った時、お弁当に入れて欲しいおかずを聞いておこう。

 

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