大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第81話 調教しなくちゃね

 

 コミックマウンテン――略してコミマ。

 

 巨大なコンベンションセンターを貸し切り、数千のサークルが集い制作物を販売するイベント。

 会場には沢山のテーブルが設置され、その上にはポップやチラシ、同人誌などが並ぶ。

 

「要君」

「糸守クン」

「……何ですか?」

「可愛いですよ」

「僕もすっごく可愛いと思う」

「……嬉しくないです」

 

 交代で売り子をすることになり、俺と一条先輩、朱日先輩の三人は会場の隅で時間を潰していた。

 朱日先輩がデザインし、竜ヶ峰さんが制作したセーラー服。メイクも竜ヶ峰さんが行い、黒髪セミロングのウィッグを被り、ストッキングで足の筋肉感を誤魔化すと、我ながら悪くない出来になった。……なってしまった。

 

 人生初のスカート。

 股のあたりがスースーしてとても心許ないが、足の可動範囲が広がり蹴り技のバリエーションが増えたと思えば何とか飲み込めた。

 

 問題は化粧だ。

 下地だのコンシーラーだのファンデーションだのを顔に塗られ、睫毛も眉毛も唇も余すところなく装飾され、顔にサランラップを貼られているような違和感があり落ち着かない。……女の子ってすごいな、こんなの我慢できて。

 

「見てあの人、何のコスプレかな?」

「『さいかわ学園』の天上院さんだよ。再現度やば、本物じゃん……!」

 

 明らかに朱日先輩を見ながら、ゴニョゴニョと話す女の子二人。

 天上院さんのモデルなわけだから、本物という発言は確かにその通りだ。

 

「ちょっと声掛けて来てよ」

「えー、無理だって。何かオーラすごいしっ」

 

 普段の朱日先輩なら聞き流すだろうが、コスプレ中だからか、彼女たちに優しく手招きした。見てもいいですよ、と言うように。

 

「あ、あの! 写真いいですか!」

「いいですよ」

「やったー! ありがとうございます!」

 

 一眼レフカメラを構えて、パシャパシャと写真撮影。

 俺と同じく朱日先輩もセーラー服姿だが、これが尋常ではないほど似合っていた。黄金の髪と瞳が制服によってより際立ち、物語の世界から飛び出して来たような妖しい美しさをかもし出す。

 

「やっぱり天王寺さんは人気だなぁ。まあ、何着ても似合うもんね」

 

 誇らしそうに腕を組んで頷く一条先輩だが、この人もかなり似合っていた。

 どことなくアングラな空気感が制服によって強調され、不良的な魅力が溢れている。

 

「そちらの二人も、写真大丈夫ですか!?」

「そのコスプレ、『さいかわ学園』の新刊のやつですよね!?」

「あぁそうだよ! じゃんじゃん撮っていいから、新刊買って、面白かったってネットに書いといてね!」

「「はーい!」」

 

 一条先輩の言葉に、二人はビシッと手を挙げた。

 写真を撮るならちょっと退いておこうと二歩後ろにさがったところで、女の子の一人が「あの」と俺を見る。

 

「お姉さんも一緒に! できれば、新刊の表紙のポーズでお願いします!」

 

 ……お、お姉さん、じゃないんだが。

 まあいいか。わざわざネタばらしをしても面白くないだろう。ドン引きとかされたら普通にへこむし。

 

 えーっと、新刊のポーズってどんなのだっけ。

 貰ったやつを確認して……っと。

 

「……えっ」

 

 今一度表紙を見て、思わず声が漏れた。

 

 新刊は俺がモデルの糸村さんと、一条先輩がモデルの九条さんのお話。

 とすれば当然、表紙はそれがわかるようになっている。……購買意欲がそそられるように、しっかりと絡み合う感じで。

 

「表紙のポーズかぁ。そういうことなら仕方ないよね?」

「い、いやいや……これは流石に……」

「ギャラリーの要望には応えないと。大体、この子たちを呼んだのは天王寺さんだよ? つまりこの子たちの願いは、天王寺さんの願いも同然でしょ? つまり神の御言葉ってことだよ?」

 

 どんな理屈だよ、と口に出すよりも先に。

 一条先輩はパッと俺の右手を取り、自分の胸に押し当てた。表紙と同じように。

 

 女の子たちはキャーッと黄色い声を漏らし、一条先輩は瞳に熱いものを灯して俺を見る。……おいこの人、絶対変なこと考えてるだろ。風俗街を練り歩いてるオッサンみたいな顔してるぞ。

 

「い、一条さ――」

「天王寺さんは黙ってて。今、撮影中だから。僕たちのね」

 

 ニタリと悪い笑みを浮かべて、朱日先輩を牽制した。

 すると彼女は俺を見て、射殺すように睨みつける。

 

 いや……あの、朱日先輩。そんな目しないでくださいよ。

 不可抗力ですから! 俺、全然そんなつもりないですから!

 

「どこ見てるの? 今の君は糸村さんだよ。僕だけを見てくれなきゃ」

 

 スッと俺の顎に手をやり、これまた表紙と同じように唇を近づけた。

 

 お互いの呼吸がわかる距離感。

 瞳の僅かな動きも、唇のシワも、唾を飲んだタイミングでさえ隠せない。

 

 メチャクチャな言動のせいであまり注目されていないが、一条先輩は文句なしの美形だ。

 コスプレのためにいつもより化粧が濃く、彼女のようで彼女ではない誰かに仕上がっている。そのせいか、不覚にも心臓が高鳴る。

 

「すごい!! 最高です!!」

「こっちに目線くださーい!」

 

 絶え間ないシャッター音。

 女装を撮られているという恥ずかしさに、じわっと手のひらに汗が浮かび頰が焼ける。そんな俺を見て、一条先輩は意地の悪い笑みを滲ませる。

 

 朱日先輩はというと、表情こそいつも通りだが、その背後には途方もない闇が広がっていた。

 流石にこれ以上はまずい。そう思って離れようとしたところで、一条先輩は俺の腰に腕を回して逃げられないよう捕縛する。

 

「どうせ撮られるなら、こういうのもどうかな。僕の好きなシーンなんだよね」

 

 不気味に口角を吊り上げて、スーッと目を細めた。

 もう付き合っていられないと後ろへ下がるも、「動くな」と彼女は言う。その声は聞いたこともないほど冷たく、鋭く、暗く、尋常ではない豹変ぶりに呼吸が止まる。

 

 俺がたじろぐのを見て、一条先輩はニッコリと明るく笑った。

 「いい子だね」と今度は優しくされ、不思議と抵抗する気が失せる。

 

「ほら、目を閉じて。優しくするからさ」

 

 催眠術にでもかけられたように、瞼が勝手に落ちてきた。

 息遣いと気配から、唇が迫って来るのがわかる。

 

 これ、もしかして中盤のシーンか。

 確か九条さんが、無理やり糸村さんにキスするんだよな。

 

 ……ん? キス?

 

 まずいと思った時には、身動ぎ一つで唇が触れ合う距離だった。

 脳内で危険を知らせるアラームが鳴り響くが、それとは対照的に一条先輩は異様に静かで、その体温は妙に心地いい。離れなければという気持ちが失せるほどに。

 

 若干心が状況を受け入れかけた、その時。

 誰かが勢いよく床を蹴り、高い音が鳴り響いた。

 

「だめぇええええええええ!!」

 

 そう叫びながら走り出した朱日先輩。

 俺と一条先輩の間に割って入り、これ以上近づくことを阻止する。

 

「要君は私のだよ! それ以上はダメ! めっ、だから!」

「えっ……あ、あっ……う、うん……」

「うん、じゃなくて! 一条さんのこと、嫌いになっちゃうよ!」

「そ、それは困るよ! いや、本気じゃなかったんだけど……ご、ごめんごめん……!」

 

 顔を真っ赤にして憤慨する朱日先輩に、一条先輩は激しく動揺していた。

 それもそうだ。無表情敬語がデフォルトの朱日先輩が、この上ないほどわかりやすく怒っているのだから。

 

「あのー……あ、朱日先輩?」

 

 俺の呼びかけに彼女はハッとして、突然のことに固まる撮影者二人に目をやった。次いで苦笑いをする一条先輩を見て、パチンとスイッチが入ったように表情が失せる。

 

「じゃあ、わたしたちはこれで……」

「ありがとうございました……!」

「あー、待って待って! その写真のデータ、あとで僕にも送ってくれない? だからさ、よければ連絡先の交換を――」

 

 去って行く二人を追いかけて、自然な流れでナンパを始めた一条先輩。

 三人の背中を見送って、俺はふっと朱日先輩に視線を流す。

 

 夏休み中、プール帰りの食事の場でも皆の前で笑顔を見せていたが、その時は一瞬だったのもあり何とか誤魔化せていた。

 

 しかし、今回のは無理だ。

 一条先輩は確実に、朱日先輩の本質に触れた。

 

 本当の朱日先輩は、陽だまりのように温かくて、優しくて、この世の何よりも眩しい。にも関わらず、幼少期の思い込みのせいで、ずっと泣きも笑いもしない人形じみた存在を演じている。

 

 だが、ここ最近の朱日先輩は、お酒がなくても素に戻ることが多い。

 俺と過ごす中で、少しずつ変化しているのかもしれない。

 

 それは間違いなく嬉しいことなのだが、同時に悲しくもある。

 

 本当の彼女を、誰にも見せたくない。

 俺の腕の中だけに閉じ込めて、ひたすらに甘やかして、その魅力をどこへも漏らしたくない。

 

 俺だけが崇拝する女神であって欲しい。俺だけが弄べる玩具であって欲しい。ふわふわとしたもので包み込み、俺のためにひたすら愛を囁いて欲しい。

 

 ……と思うほどに、俺はワガママになってしまった。

 どうしようもないほどに、好きになってしまった。

 

「さっき、キスしてもいいって思ってたでしょ」

 

 ふっと目が合い、彼女は顔をしかめる。

 

「お、思ってませんよ! 俺がそういうことするの、朱日先輩だけですから……!」

「……本当かなぁ? 逃げようとする素振りも見せなかったし……」

 

 疑いたっぷりな眼差しに、俺は顔を伏せた。

 

 逃げようとしたさ。でも、無理だったんだ。

 朱日先輩だってわかる、あの人に捕まったら。一条先輩には、そういう食虫植物みたいな魅力がある。

 

 ……などと説明したところで、どうせ言い訳にしかならない。

 

 黙る俺の肩に、朱日先輩は手を置いた。

 顔を上げると、彼女は明るい笑顔を装備している。表情に反して、黄金の双眸は一ミクロも笑っていない。

 

「帰ったら、調教しなくちゃね♡」

 

 その声は、凍えそうなほどに冷たく……。

 俺はどうにかこうにか、「は、はい」と喉から音を絞り出した。

 

 ……調教って何だ。何されるんだ、俺。

 

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