大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第84話 結婚したいくらい

 

「か、隠し事……?」

 

 怪訝な顔で聞き返す彼に、僕は「うん」と相槌を打った。

 

「例えばそうだな……誰かをいじめてたとか、大学に不正して入ったとか、まあそういう感じ」

「……あったとして、何で一条先輩に言わなくちゃならないんですか?」

「ものによっては、僕の方で何とかできるかもしれないだろ。向こうが嗅ぎつける前に無かったことにしちゃえば、少なくとも天王寺さんから幻滅されることはないよ」

 

 糸守クンが過去に悪事を働いていても、天王寺さんは受け入れる覚悟だろう。

 だが、もしもそれが許容の範囲を超えていたら。

 二人の仲が決裂することは、僕としても望むところではない。

 

「……ないです。後ろめたいことはないですよ、何も」

「本当に? 本当の本当?」

「仮に悪いことしてたら、平気な顔で朱日先輩と付き合ったりできませんよ。俺、そこまでメンタル強くないので」

「……ふーん」

 

 糸守クンと話すようになってそろそろ半年。接してみてわかったが、確かに彼はフィジカルこそオリンピック級だが、メンタルは一般人以下だ。

 

 後ろめたいことはない。悪いことはしていない。……その言葉に、嘘はないと思う。

 

 だが、隠し事がないとは言っていない。

 なぜ言わないのか、言いたくないのか、僕に言っても仕方がないのか、それはわからない。

 

 はぁー、まったく。やれやれ。

 こっちは君たち二人のために、金も手間もかけてるってのにさ。もうちょっと協力的になってもいいんじゃないかな。

 

 まあ、そういうミステリアスなところも興奮するけど。

 

「……んで、糸守クンは僕に何の用事?」

 

 これ以上この話を掘ったところで進展はないだろうと思い、彼に話の主導権を投げた。彼は難しそうに眉を寄せ、躊躇いながら口を開く。

 

「一条先輩って……今、俺たちのために色々やってくれてるんですよね?」

「そうだね。大変だよー、もう肩が凝っちゃってさ」

「……本当に大丈夫なんですか? 仕返し、みたいなことされたり……」

 

 何の話かと思ったら、なるほど、そういうことか。

 事態の中心は君だっていうのに、やることが僕の心配とは。……いい友達を持ったな、僕は。

 

「ぶっちゃけ、完璧に無傷とは言えないね。ちょっと前に、僕が住んでるマンションとうちの店を誰かに荒らされてさ」

「えっ!? け、怪我とかしませんでした!?」

「どっちも無人の時にやられたから平気だよ。これくらいは想定の範囲内だから、気にしなくてもいい」

 

 あまり余計なことをするとタダじゃおかないぞ、という警告と、僕が集めた弱味のデータを回収したかったのだろう。

 

 でも残念。

 僕はそれくらいじゃ止まらないし、データはUSBに保存して肌身離さず持ち歩いている。

 

「気にしなくてもいい……?」

 

 ジリッと、糸守クンが僅かに距離を詰めてきた。

 特別長身というわけではないのに、筋肉のせいか気迫のせいか、やけに大きく見える。その顔には、憤りの色が浮かんでいる。

 

「気にしますよ! するに決まってるじゃないですか!? そんな危ないことするの、今すぐにやめてください!!」

 

 僕の肩を痛いくらいに掴み、必死の形相で言った。

 まさかそういうリアクションをされると思わず、僕は何と言葉を返すべきかわからなくなる。

 

「……い、いや、待ってよ糸守クン。今ここでやめたら、君がまずいことになるかもしれないんだよ? 天王寺さんと別れることになってもいいの?」

「よくないです! よくないですけど……でも、一条先輩が危ない目に遭うのを見過ごすこともできません。大切な友達なので……!!」

 

 その目はあまりにも澄んでいて、どうしようもなく輝いていた。どれだけ手を伸ばしても届かないとわかっているのに、全てを投げ出してでも欲しくなってしまうほど、途方もなく綺麗だった。

 

 ……はぁ、どうしてかな。

 天王寺さんもそうだけど、何で抱けない子に限って、こうも僕を大切にしてくれるのか。どうせ僕のものにならないなら、雑に扱ってくれればいいのに。ずるい人たちだよ、本当に。

 

「ごめん、それはできない。僕は僕なりに、これからも全力を尽くすよ。……二人は僕にとっても、大切な友達だからね」

 

 わかった、手を引くよ。

 と、思ってもいないことを言って誤魔化すのは容易い。

 

 でも、ここで嘘をつくのは違う気がした。

 嘘つきな僕でも、その嘘はダメだと思った。

 

「……っ」

 

 僕の目を見て、説得は無理だと悟ったのだろう。糸守クンは苦虫を噛み潰したような顔で、ふっと視線を落とす。

 

「変な気はつかわなくていいから、代わりに労ってよ。僕はそっちの方が嬉しいな」

「労うって、具体的にどうすればいいんですか……?」

「んー、そうだね。とりあえず、抱き締めて?」

「はぁ!?」

「二人のために危ない橋渡ってるのになー。その程度のこともしてくれないのかー」

 

 別に本気で抱き締めて欲しいなどと思っていない。

 ただ糸守クンで遊びたいだけ。いつものおふざけ。

 柄にもなくシリアスな顔をしてしまった。こうやって洗い流しておかないとキャラがブレる。

 

「……わ、わかりましたよ」

「へっ?」

 

 彼は盛大にため息をついて、僕の肩に置いていた手をそのまま背中に回した。

 分厚くて、頑丈で、熱い身体。力強い腕。息遣い。突然のことに脳がショートしかけるも、どうにか深呼吸して平静を保つ。

 

「……どうですか? 労いになってます?」

「ん? あ、あー、うん、まあまあかな」

 

 もちろん嘘だ。

 今にも顔が爆発しそうでやばい。煙草を持つ指が震えている。

 

「それより、たぶん僕、煙草臭いと思うからさ。は、早く離れた方がいいんじゃないかな?」

「別に臭くないですよ。一条先輩、そのあたりすごい気をつかってるの知ってるので、ちゃんといい匂いしますけど」

「い、いい匂いって……セクハラ! セクハラだ!」

「……セクハラの権化みたいな人が、今更何言ってるんですか」

 

 他人とのハグ程度で照れるほどウブではない……と、思っていた。

 ただやはり、他の人と糸守クンは違うらしい。性的興奮とは別に、何かが胸の内側に溜まってゆく。熱くて心地よくて、腰が砕けそうになる。

 

「他に何かありますか? 俺にできることなら、何でもしますよ」

 

 何でも――あまりにも甘美な響きだ。

 言質はとった。さて、どうしてやろうか。

 

 落ち着け。慌てるな。

 あまり無茶な要求をすると、流石に突っぱねられるぞ。

 

 まずはジャブから。

 そうだな……パンツを脱いでもらう、というのはどうか。別に触らない、見るだけ、ただそれだけ。

 

 いやいや、冷静になれ。無理だろ、それは。

 

 じゃあ逆に、僕が脱ぐってのはありなんじゃないか。

 それを彼に見てもらう。うん、悪くない。

 

 ……悪くない、が。

 

 違う気がする。

 この機に乗じて性欲を満たすのは、ただ虚しく終わるだけな気がする。

 

 だったら他に何がある、と考えて。

 ふと、僕の頭にそれが浮かぶ。

 

「……好き、って。友達として……でいいから、好きって、言ってくれないかな?」

 

 自分でも、どうしてこれなのかいまいちわからない。

 ただ直観的に、これがいいと思った。今欲しいものは、これだと。

 

 彼はビクッと身体を震わせ、ふぅむとわかりやすく唸り、たっぷりと時間をかけて悩み。

 そして最後には、「わかりました」と呟く。

 

「友達として、ですからね。俺が本当に好きなのは、朱日先輩だけですから」

 

 そう前置きして、小さく息を吸い。

 僕の背中に回した腕に、一層力を込めた。

 

「……す、好きです。面倒な絡み方してくるところも、変に真面目なところも、全部。俺の友達になってくれて、ありがとうございます」

 

 好きだの愛しているだの、そういった類の言葉はセックスを盛り上げる程度の価値しかないと思っていた。

 

 でも、違った。

 彼の言葉は心の深いところまで届いて、子供の頃におもちゃを買ってもらった時くらい嬉しくて、なぜだかやたらと目頭が熱くなる。

 

 無意識のうちに、僕も彼の背中に腕を回していた。

 下手にこちらから求めれば突っぱねられかねないとわかっているのに、どうしようもなく身体が動いてしまった。

 

「もう一回。もう一回だけ、言って」

「……好きですよ、一条先輩」

「もう一回。これで最後にするから」

「好きです。これからも、友達でいてください」

「……うん、ありがとう。ところでだけど、さっきから後ろに天王寺さんがいること気づいてる?」

「~~~~っ!?」

 

 声にならない悲鳴をあげて、糸守クンは振り返った。

 彼の帰りが遅いから、様子を見に来たのだろう。天王寺さんは「どうぞごゆっくり」と冷え切った声で言って、静かに店内に戻って行く。

 

「ま、待ってください朱日先輩! 違うんです! これは違うんですー!」

 

 ドンと僕を押しのけて踵を返した糸守クン。

 普段の彼なら、きっと足音や気配で天王寺さんの存在に気づいていただろう。それがわからなくなるほど、僕に夢中だったということか。……だとしたら、結構興奮するな。

 

「あっ、そうだ。これは言っとかないと」

 

 店に戻りかけて、彼はピタリと立ち止まった。

 こちらに身体を向けて、至極真面目な表情を作る。ギュッと拳を握りながら。

 

「もしも一条先輩が危なくなったら、俺、何があっても助けますから。腕をもがれようが足が千切れようが、絶対に無事で家に帰します。そこは約束させてください」

 

 そう残して、足早に去って行った。

 僕は煙草を灰皿に落として、ドッと大きなため息を漏らし、その場にしゃがみ込む。

 

 ……あぁもう、まったく。

 格好いいなぁ、ちくしょー。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 帰宅早々、朱日先輩は凄まじい勢いでハイボールをあおり始めた。

 俺の膝の上に座って。

 

「な、何でそんなとこ座ってるんですか?」

「うるさいばかー! うぅー! 要君は私のことギュッてして、よしよしなでなでして、いっぱい可愛いって言えばいいのー!」

「……あの、一条先輩とのことですけど、さっき説明した通り何でもないですから。本当の本当に、何でもないですからね?」

「わかってるよ! わかってるけど、どうしたってモヤモヤするの! それくらい要君のこと好きなんだよ、このあほー!」

 

 グイッとグラスの中を空にして、すぐさま次のハイボールを作り始めた。

 もうすっかり酔っ払いモードで、体温が上がり身体がじんわりと汗ばんでいる。

 

「……好きって言って」

「す、好きです。好きですよ、朱日先輩。大好きです」

「本当?」

「本当です! 嘘つくわけないじゃないですか!」

「結婚したいくらい、好き?」

 

 朱日先輩は一度立ち上がり、向き合う形で俺の膝に座り直した。

 グラスに口をつけて曖気を漏らし、「どうなんだよー」と俺の胸をぽかりと殴る。

 

 黄金の双眸にはぬらりとした艶っぽい熱が灯っており、俺を捉えて離そうとしない。これはもう、正直に話す以外どうにもならないだろう。

 

「――……け、結婚したいくらい、好きです」

 

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