大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第86話 一条先輩

 

「あぁあ~~~……」

「どうしたの、要先生。おじさんみたいな声出しちゃってさ」

「お湯が身体に沁みるなぁと思って。……っていうかその呼び方、まだ続けるんですか?」

 

 あのあと言うまでもなくやることをやって、俺たちは一緒にお風呂に入っていた。

 

 浴槽に浸かる俺と、足の間に座る朱日先輩。

 彼女はふふんと鼻を鳴らして、こちらに体重を預ける。

 

「だってそう呼んだら、いつもより燃えてたし。好きなのかなーって」

 

 首筋にはいくつもの内出血、肩や腕には噛み痕。

 貪り尽くした痕跡の数々。

 

 朱日先輩の年下ムーブに完敗しやらかしまくったことは事実であり、俺は何一つ言い返せず閉口する。

 

「まあでも、あんまり多用したら慣れちゃうよね。あのゴッコ遊びは、要君が忘れた頃にまたやろうかな」

 

 そう言って、俺の腕を取った。

 行動の意図を汲み取りそっと抱き寄せると、彼女は嬉しそうに喉を鳴らす。湯船につかないよう一纏めにした髪からは、甘く爽やかな香りが漂ってくる。

 

「朱日先輩って、高校の頃何やってたんですか? 部活とか入ってました?」

「合唱部に入ってたよ。だから私、歌にはちょっと自信があるんだ」

 

 思い返すと、大学でもアカペラサークルに入ってたって言ってたっけ。

 何でもっと早く教えてくれなかったんだ。一刻も早くカラオケに連れて行って、渾身の歌を披露してもらいたい。

 

「あとは普通に勉強して、適度に友達付き合いして、仕事してたくらいかな。要君は高校で何やってたの?」

「いやぁ……俺は地味ですよ。体育で二人組作れって言われたら困る感じの、そういう生徒だったので。学校ではずっと、読書か勉強してました」

「運動部の人たち、勿体ないことしたなぁ。要君を勧誘できてたら、確実に全国大会まで行けたのに」

「万が一そんなことになってたら、うちの大学に来てなかったかもしれないので、俺はあれでよかったと思ってます。あの生活があったから、今こうして最愛の人に出会えたわけですし」

 

 一層強く抱き寄せて、赤い痕のついた首筋に唇を落とした。

 彼女は甘い吐息を漏らし、「もぅっ」と仕方なさそうに息をつく。

 

「そういえば今日ね、一条さんと話しててちょっと思ったことがあるんだけど……」

 

 そこまで言って、なぜか口を閉ざした。

 続きが気になって「どうしたんですか?」と尋ねると、彼女はこちらを一瞥して前に向き直る。

 

「一条さんともお酒呑んで、全部曝け出して喋ってもいいのかなって。……要君はどう思う?」

 

 あぁ、そういうことか。どうして一瞬、言うのを躊躇ったか理解できた。

 表情豊かな本当の朱日先輩。それは俺と彼女を繋いだきっかけであり、俺だけが知る大切な秘密だ。絆と言っても差し支えない。それを他人と共有してもいいものか悩んでいるのだろう。

 

 ……そりゃあ、まあね。

 嫌だ、という気持ちはある。俺だけのものが手から離れてしまうことを全力で歓迎できるほど、俺は大人ではない。

 

 ただ同時に、彼女の理解者が増えることは嬉しくもある。

 一条先輩はあんな性格だが、それ故に安心だ。朱日先輩の素を知ったところで、喜びこそすれ落胆することはあり得ないだろう。

 

「本当の朱日先輩をひとり占めしたいって気持ちは、正直あります。でも、俺にとって一番大切なのは朱日先輩の幸せなので。何があっても俺はそばにいますから、好きなようにしてください」

「……ん、わかった。ありがと」

 

 朱日先輩は天井を仰ぎ、かと思ったら口を湯船につけて、ぶくぶくと息を吐いた。

 そうやって精一杯頭を絞り、たっぷりと悩み、うんうんと唸り。「決めた」と呟きながら振り返って、黄金の瞳に俺を映す。

 

「私、一条さんにも話すよ。今は色々とごたついてるけど、全部解決したらうちに誘ってみる。三人で呑んだら絶対楽しいし」

「いいですね。せっかくですし、B級映画も用意しておきましょう」

「一条さん、そういうの観る趣味あるかな?」

「えっちなシーンがあれば大丈夫なんじゃないですか。サメ映画の序盤に出て来る水着美女とかで興奮しそうですけど」

「そ、そこまで節操のない人じゃ……いや、可能性はあるか」

 

 たかが呑み会。しかしこれは、朱日先輩にとっては一大イベントだ。

 何一つ妥協はできない。最高の夜にしなければ。そう思い、俺たちはああでもないこうでもないと話し合う。

 

 二人浴槽の中。

 のぼせてふらふらになるまで、たっぷりと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数週間が経ち、十二月に入ってすぐのこと。

 

 彼女が経営するBARの店員。

 夏休みに俺を襲った元ヤクザから連絡があった。

 

 かなり混乱しており、取り留めのない話を理解するのは大変だったが、要約するとこうだ。

 

 

 

 

 

 ――……一条先輩が、攫われた。

 

 

 

 

 

 一緒に買い出しへ行ったところを襲われ、犯人の顔は見ていない。

 もちろん警察には通報済みだと、彼は言う。

 

 電話が終わり、俺はこのことを朱日先輩に報告してから、()()()に連絡した。

 

「……ええ、はい。何事もなければよかったんですが、一応()()()()()()正解でした。一条先輩には、あとで怒られそうですけど……」

 

 エレベーターを降りて、マンションの外に出た。

 

 時刻は午後六時。

 もうすっかり暗くなっており、冷たい風が頬を掠めてゆく。

 

「それで、一条先輩の居場所は……あ、あぁ、もうわかってるんですね。仕事が早過ぎてちょっと怖いですよ……」

 

 地面に膝をついて靴紐を締め直す。

 解けないよう、きつく、しっかりと。

 

「居場所の情報、そっちで通報しといてもらえますか? 俺も今から向かいますが、念には念を入れて。……はい、お願いします。色々とありがとうございます」

 

 スマホをポケットにしまい、柔軟をして、深呼吸する。

 

 相手がどこの誰かは知らないし、興味もない。心底どうでもいい。

 

 重要なのは一つだけ。

 そいつは朱日先輩の友達であり、俺の友達でもある人に酷いことをした。

 

 走り出す理由として、これ以上のものはない。

 

 

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