大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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第88話 3Pしたい

 

「い……糸守クン……?」

 

 なぜ、どうして、彼がここに。

 わからない。わからないが、何より今はひたすらに嬉しかった。血の気が引いていた身体に熱が戻り、生きている実感が湧いてくる。

 

「――――ッ!」

 

 ふと視線を下に向けると、僕に脅しをかけていた男が静かに屈み、ハンマーに手を伸ばしていた。

 これはまずい。

 糸守クンに知らせようと顔をあげるが――その時には既に、彼は目の前にいた。音もなく気配もなく、そこに立っていた。

 

「うがぁああああ!!」

 

 ハンマーの柄を握る手を思い切り踏みつけた糸守クン。

 柄が折れたのか骨が折れたのか、またはその両方か。鈍い音が響き、男は目をひん剥きながら絶叫する。

 

「……そんなもん並べて、あんた、一条先輩に何してたんだ?」

 

 数秒前の微笑みが嘘のような冷たい声。

 ここにいるのが僕だったからよかったが、もしも天王寺さんだったら、彼は問いかけるまでもなく男の首を蹴り折っていたのではないか。……そう思わせられるほどに、今の彼が纏う気迫はあまりにもどす黒い。殺意の矛先は男のはずなのに、そばにいる僕まで嫌な汗が垂れてくる。

 

「だ、大丈夫! まだ何もされてないから!」

 

 僕の声を聞いて、糸守クンはパチンとスイッチが切れたように「そうなんですか?」と首を傾げた。

 

 別に男を庇ったわけではない。

 こいつなんてどうなろうと構わないが、こんなに怖い糸守クンは見ていられない。

 

「お、お前、こんなことしてタダで済むと――」

 

 言い切る前に、糸守クンの拳が男の頬を捉えた。

 たった一撃で意識を刈り取り、彼は他に敵がいないことを確認してひと息つく。

 

「ちょっと待っててください。今、解きますから」

 

 糸守クンに拘束を解いてもらい、彼の手を取って立ち上がった。

 安堵を誘う黒い瞳が、ジッと僕を見下ろす。優しい視線、温かい手。途端に緊張の糸が、止まっていた涙が再び溢れ出す。

 

「ど、どうしたんですか!? もしかして、やっぱりどこか痛かったり……!?」

「……違うっ……違うんだよぉ……!」

 

 泣いちゃダメだ。ダメだ。

 そう思うほどに、熱いものがこみ上げてくる。見られたくなくて、恥ずかしくて死にそうで、ギュッと彼に抱き着いて顔を押し付ける。

 

「二人にいいとこ見せたくて、守りたくて……! なのに結局、僕っ、糸守クンに迷惑かけちゃった……! ごめん、ごめんね……ぅう、あぁあああ……っ!」

 

 友達の幸せを守りたいという気持ちに嘘はないが、二人に恩を売ってこれからも仲良くして欲しいという下心も当然あった。特別な人でいたいと思った。いい格好がしたかった。

 

 その結果がこれ。

 僕を救出するため、糸守クンに危険な真似をさせた。一番危険から遠ざけたかった人を、そのど真ん中に引き込んでしまった。他でもない、僕のせいで。

 

「一条先輩が危なくなったら助けるって、俺、約束しましたよね? だから、気にしないでください。迷惑なんて思ってませんから」

「でもっ……でもぉっ……!」

「それより、せっかく俺もいいところ見せたんですから、そこを褒めてくださいよ。格好よかったですか?」

 

 大きな手が、そっと僕の頭を撫でた。

 見上げたそこには彼の笑みがあり、心の内側がほわほわと温かくなる。敵意も害意も、僕を拒絶するものが何一つない表情に、言葉にならない声が漏れる。

 

「かっ……こ、よかった……」

「ありがとうございます」

「……好きっ」

「はいはい。俺も好きですよ、友達として」

「……天王寺さんも入れて、3Pしたい……」

「どさくさに紛れて何言ってんだ」

 

 涙でくしゃくしゃな顔を服の袖で拭って整え、できるだけいつも通り笑って見せた。糸守クンはすっと目を細め、やれやれと肩をすくめる。

 

「にしても糸守クン、何で僕の居場所がわかったの?」

「そ、それはあとで詳しく話すとして――」

 

 彼は困ったように眉をひそめて、すぐに顔を真面目な色に染めた。

 スマホを取り出して時刻を確認。難しそうに唸って、僕の手を取り歩き出す。

 

「今から病院まで送ります。念のため診てもらってください」

「平気だよ、本当に何もされてないし。それより、どうかしたの? 何か様子が変だけど」

「実はここに来る前、朱日先輩から連絡があって――」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 要君が家を飛び出してから、一時間ほど経った。

 

 彼は何も言わなかったが、十中八九、一条さんを助けに行ったのだろう。

 お姉様が要君に力を貸していることは知っている。色々な意味でおかしいあの二人がいれば、きっと問題はない。

 

 だから私は、何でもないように振る舞った。

 何でもないように仕事をして、何でもないように家事をして、何でもないように日常をこなした。

 

 ここで私が取り乱し、そのことをあとで一条さんが知れば、きっと彼女は自分のせいだと傷つけてしまう。要君にも心労をかけてしまう。それは困る。

 

 要君が帰って来たら、流石が私の彼氏だと目一杯褒めよう。

 一条さんが帰って来たら、私たちのためにありがとうと抱き締めよう。ちょっとくらいなら、おっぱいを触らせてもいい。

 

 それが、家で待つ役目を課された私の責務だ。

 

「……っ」

 

 そわそわ、そわそわ。

 パソコンに向かいつつ、貧乏ゆすりが止まらない。

 

 格好よく責務とか言ってみたが、いやいや、完全に心配しないとか無理だって。

 大切な友達がピンチで、その渦中に恋人が突撃してるんだよ。ポーカーフェイスを極めている私でも、抑えられない感情はある。

 

「……ん?」

 

 スマホが誰かから電話が来たことを告げた。

 もしかして、要君だろうか。期待を胸に画面を見たが――直後、そこに表示された名前に私はハッと息を飲む。

 

「……もしもし。はい。お久しぶりです、()()()

 

 数か月ぶりに聞いたお父様の声。曰く、今すぐ話がしたいらしい。

 状況的に家を空けたくはないが、娘として、天王寺家の一員として、現当主(おとうさま)の頼みは断れない。迎えに行くというので、手早く支度を済ませて家を出る。

 

 マンションの前には、既に車が停まっていた。

 黒塗りのリムジン。運転手が後部座席の扉を開くと、まず奥に座るお父様が目に入る。

 

「久しぶりだな。元気そうでよかった」

「はい、お父様もお変わりな――」

 

 何気ない挨拶を交わしながら車に乗り込み、ふっと向かいの席に座る人物が目に入った瞬間、私は血はカーッと燃えそうなほどに熱を持つ。

 

『糸守クンの周りをちょろちょろしてる奴らを結構蹴散らしてきたけど、どうも深く調べてみると、そいつらの裏にもその人がいるっぽいんだよ。色んな人が同時多発的に糸守クンを狙ってるんじゃなくて、実際には黒幕一人が周りをそそのかして動かしてたみたいだね』

『……どこのどなたですか?』

『天王寺さんもよく知ってる人だよ』

 

 一条さんが言っていた、要君を取り巻くゴタゴタの黒幕。

 

 その人を、私は知っている。

 知らないわけがない。

 

「――やぁ朱日、誕生日会以来かな?」

 

 七十代前半の男性。

 天王寺家先代当主である、私のお爺様の親友。

 安心できる人の一人()()()、オジ様。

 

「あ、あのお父様……お話、というのは?」

「私も知らないんだ。オジさんがどうしてもというから、何とか時間を取っただけで……」

 

 車が動き出し、オジ様はニコリと笑う。

 その裏に潜む醜悪な臭いに、私は唇を噛む。

 

「忙しい中、二人には悪いことをした。いや実は、()()()()()()()()を知ってしまってね。……せっかく久しぶりに顔を合わせたんだ。夕食でもとりながら話そうじゃないか」

 

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