大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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大学で一番わるい先輩と呑み友達になった話②

 

「ごめん、要君! 今日の晶さんとのお出かけ、代わりに行ってくれない!?」

「えっ……あ、はい。わかりました……」

 

 午前十一時頃。

 ちょうど身支度を済ませたところで、朱日先輩のスマホに凶報が入り、彼女は駆け足で部屋を出て行った。

 

 一条先輩との待ち合わせまで、あまり時間がない。

 小さく息をついて、俺は準備を開始した。

 

 正直、乗り気じゃなかった。

 

 一条先輩のことは友達として好きだし、とても大切に思っているが、同時に危険視もしている。

 何てったってあの人、俺と朱日先輩を性的に見てるわけで。

 口を開けば壊れたお喋り人形みたいに、3P3P3P……これで警戒するなって方が無理な話だろ。

 

 今日だって、何かやらかすに決まっている。

 ……まあ、被害を受けるのが朱日先輩じゃなくて俺に代わったのは、不幸中の幸いだけど。

 

 そんなわけで、かなり身構えながら待ち合わせ場所へ向かった。

 

「……っ」

 

 遠目で一条先輩を見つけた時、本当に彼女かと疑った。

 

 白のニットにデニムスカート、薄ピンクのロングコート。

 普段は輩丸出しみたいな格好をしているのに、見違えたように小綺麗にまとまっている。

 

 スマホ画面を手鏡代わりに前髪を整えて、小さく笑って、そわそわとして。

 本当に、本当に、心の底から、今日という日を楽しみにしている女の子が立っていた。

 

 それを見て、俺は反省した。

 

 忘れちゃいけない。

 今日が、あの人の誕生日だってことを。

 

 大勢の人にお祝いしてもらえるのに、他の誰でもなく、朱日先輩たった一人からの祝福を選んだってことを。

 

 確かに一条先輩は危険で、警戒しなくちゃいけないが……それよりも何よりもいま俺が持つべきは、祝福の気持ちだ。朱日先輩だって彼女を全力で楽しませるつもりでいただろうし、代わりを任せられた以上、そこを頭に入れておかなくちゃならない。

 

「すみません、一条先輩。実は――」

 

 気合いを入れ直し、俺は彼女に声を掛けた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……一条先輩って、こういうところ来るんですね」

「気に入らないなら、僕は全然ラブホデートでもいいよ?」

「いいわけねえだろ」

 

 昼食後、僕たちは水族館に向かった。

 事前に購入していたチケットで、足並みを揃えて入場する。

 

「俺、水族館に来るのかなり久しぶりです。……最後に来たの、中学生の時じゃなかったかな」

「えっ!? あ、朱日さんと来たりしないの!?」

「……思い返すと、来たことないですね。まあ俺たち、家の中にこもってることが多いので」

「ってことは僕、糸守クンの童貞(はじめて)を奪っちゃったってことか……どうしよ、これってもうセックスじゃん……」

「呼吸するたびに下ネタ吐かないと死ぬ呪いにでもかかってます?」

「そうなんだ。これを解くには、糸守クンたちと3Pするしかないんだよ」

「あっ、カワウソがいるみたいですね」

 

 僕の言葉を無視して、歩き出した糸守クン。

 うざいとか思われちゃったかな、と反省の念が脳裏を過ぎった矢先。

 

「一条先輩」

 

 繋いだままの手。

 一歩、二歩と前に出た糸守クンが、僕を見ながら緩やかに引っ張った。

 

「足元、暗いので気をつけてください」

「……う、うん。ありがと」

 

 何でもない気遣いに、些細な女の子扱いに、どうしようもなく口角が緩んだ。

 

 ただ、歩幅を合わせて歩く。

 手と手が触れ合って、たまに肩が当たって、視界の少し上に彼の横顔があることが堪らなく嬉しい。

 

 分厚いガラスの奥の魚や動物たちよりも、つい、ガラスに反射した彼の顔をジッと見つめいた。

 二重のまぶた。重たい黒の瞳。特徴のない中性寄りの顔立ちだが、骨格はガッシリとしていて頼り甲斐がある。

 

 無意識に息を飲み、自分が見惚れていたことに気づいて、まずいまずいと咳払いする。

 

 何だよ、これ。

 僕の好きとか、惚れてるとかってやつは、こういうのじゃないだろ。

 

 妙なことを考えるなよ。

 

「あの」

「ん?」

 

 カワウソを見て、熱帯魚を見て、ペンギンを見て。

 ふと、糸守クンは険しそうに言いながら後ろを一瞥した。

 

 他のお客さんや従業員がいるくらいで、特に何もない。

 なのに彼は眉をしかめて、数秒凝視して、小さく息をつきながら前へ向き直る。

 

「……いや、俺の気のせいでした。次に行きましょう」

 

 そう言って、さっきよりも少しだけ大きな歩幅で歩き出した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 糸守クンと順繰りに展示を見て周り、この水族館の一番の目玉である巨大水槽のフロアに来た。

 

「わぁ……すごいですね、これ」

「でしょ。世界でも五本指に入るサイズの水槽だよ」

「世界、ですか……」

「シンガポールとかドバイ行くとこれ以上に大きい水槽があるから、機会があったら朱日さんと行っておいでよ。……それとも、僕とお忍びでデートする?」

「お忍びで行くには遠過ぎでしょ……っていうか一条先輩、詳しいですね。好きなんですか、水族館」

 

 彼の何気ない問いかけに、「えっ」と声を漏れた。

 視線を泳がせて、唸りながら頬を掻いて、苦々しく微笑む。

 

「……うん。実は……その、ちょっと好き、かも……」

「何ですか、ちょっとって。素直に好きって言えばいいじゃないですか」

「い、いや、だって! ……僕が水族館好きとか、変じゃん……」

「何が変なんです?」

「それは……似合わない、というか……」

「まあ、意外ではありますけど。ギャップがあって可愛いと思いますよ」

「っ! ま、また可愛いって言った……!」

 

 ギッと睨みつけるも、キツく結んだ唇は勝手に解けて緩やかな笑みとなった。

 ……ダメだ。勝てない。

 

「でも、俺も水族館好きかもです。久しぶりに来ましたが、こんなに楽しいなんて忘れていました。連れて来てくれてありがとうございます」

「お礼なんかいいよ。……僕、昔から好きでさ。子どもの頃は水族館で働くのが夢だったんだ」

「素敵な夢じゃないですか。大学卒業したら、そっち系に就職すればいいのに」

「簡単に言うけど、かなり難しいんだよ。接客スタッフならともかく、魚とかに関わるってなると専門知識は必須だし、そもそも求人自体ほぼないし。大体、ヤクザの親分の娘が職場にいるとか誰もいい顔しないでしょ」

 

 糸守クンは一瞬口を開くも、難しそうに眉を寄せてゆっくりと閉じた。

 

 そんなことない、と言おうとしたのだろう。

 ただ残念ながら、表社会において僕の出自がプラスに働くことはない。糸守クンや朱日さんは気にしていないが、普通は気にするしとりあえず距離を取る。

 

「じゃあ、一条先輩が水族館を作ればいいじゃないですか……!」

「……は?」

「あれ、ダメですか? 面白いと思うけどな……」

「確かに面白いけど、水族館ってものすごくお金がかかるんだよ。流石の僕でも用意できないって」

「えっと……だったら俺も、頑張ってお金出すのでっ」

「頑張ってって、具体的にどれくらい? 一千万でも足りないよ?」

「……朱日先輩に、出資をお願いしてみます……?」

「そこをあてにしたら水族館の一つや二つ平気で建ちそうだけど、僕、友達からお金を借りる趣味はないんだ」

 

 糸守クンなりに、僕の気分を盛り上げようとしてくれたのだろう。

 

 しかしどうしようもない現実を前に、しゅんと意気消沈。

 そんな様子が愛らしくて、んっと手を伸ばして彼の頭を撫でる。

 

「ありがとね、気をつかってくれて。でも僕、今の生活に満足してるから。BARの経営も上手くいってるし、今年中にもう一店舗出す予定だから、水族館にまで手を出してる余裕はないんだよ」

「……そう、ですか?」

「うんうん。糸守クンはいい子だなぁ。ご褒美に、僕のおっぱい揉んでもいいよ?」

「全力で遠慮させてもらいます」

 

 ペシッ、と僕の手を払い除けた糸守クン。

 少しの沈黙のあと、見つめ合って、クスクスと笑って。

 

 もう一度手を繋いで、次の展示へと向かった。

 




 作中ではぼかしていますが、一条先輩の誕生日は1月13日(タバコの日)です。
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