大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話 作:枩葉松
水族館を出たあと、ちょっと喫茶店で休憩して、百貨店で買い物をして。
夕食は一条先輩の自宅でとる予定になっていたらしく、俺はとあるマンションの一室に招かれた。
朱日先輩の家ほどじゃないけど、一人暮らしとは思えないくらい広い。
……前もスポーツカーに乗せてもらったし、そりゃあこれくらいの部屋には住んでるよな。
「にしても、大丈夫なのか……?」
てっきり出前でもとるのかと思っていたが、何でも今日は一条先輩が手料理を振る舞うらしい。
そのために、昨日から下ごしらえをしていたのだとか。
かなり前に、媚薬入りのお茶を俺に渡して来たことが脳裏を過ぎる。
今日の一条先輩は、普段よりもかなり大人しい……が、このままいい子で終わるとは思えない。
料理に何か入れたりするんじゃないか。
そんな不安に、俺はそわそわとしながらもただジッと待つ。
「おっ待たせー!!」
元気いっぱいな声と共に、勢いよく扉が開かれた。
「んっふっふー! どうよこれ、見てよ! ちょー美味しそうでしょ!」
「えっ? あ、いや……い、一条先輩?」
「よいしょー! ほらよいしょー! んでもって、どーん!!」
「うわ、ちょっ!? な、何してるんですか……って、酒くさっ!!」
テーブルに料理を並べるなり、そのまま俺の膝の上にダイブ。
体臭に混じった、微かな煙草の匂いとアルコール臭。
完全に泥酔状態の一条先輩は、俺を見上げるなりニタァと口角を上げた。吸い寄せられて、獲って食われそうな、妖しく毒々しい笑み。何を思ったのか俺に唇を近づけるも、どうにか回避する。
「料理してただけですよね!? 何でそんなになるまで呑んだんです!?」
「えー? んー……あははっ、うーん、何でだっけ? キスしたら思い出すかも?」
「ちょ、ちょっと! やめてくださいよ!」
全力で顔を近づけて来る一条先輩をどうにか抑えつつ、俺はこのわけがわからない状況に絶叫した。
◆
水族館を出る、少し前のこと。
「水族館は建てられませんが、これはその代わりってことで……あ、でも邪魔だったかな。デカ過ぎるし……は、ははっ、俺が持っておきましょうか? っていうか、いらなかったらこのまま持って帰るので……」
僕がお手洗いに行っている間に、糸守クンはお土産コーナーで大きなイルカのぬいぐるみを購入していた。
なぜか申し訳なさそうにする彼をよそに、僕はそれを受け取って抱き締めた。
誰かに贈り物をされるなんて珍しいことじゃないが、こういう類のものは久しぶりだった。小学生より前の頃の僕に対してならいざ知らず、今の僕にこんなのを贈ろうなんてひとはいないから。
「ちょっと疲れてきたので、そこで休憩しましょうよ。好きなもの奢るので」
疲れてきたとか、本当は思ってるはずもないのに。
僕がヒールなんて慣れないものを履いているからか、それとも朱日さんと一緒の時もそうなのか、彼はやたらと気をつかってくれる。
「一条先輩は可愛いですよ」
……あと、なぜかやたらと褒める。
隙を見せると、すぐに褒め言葉で刺してくる。
朱日さんが来れなくなったのは残念だ。
会いたかった。一緒にいたかった。その気持ちに、嘘偽りはない。
ない、が……。
「糸守クンとのデート、ちょー楽しいじゃん……!」
彼を自宅に招き入れ、僕はキッチンにこもった。
ようやくできた、一人の時間。
床にしゃがみ込んで独り言ち、頬に溜まった熱を冷ますようにパタパタと手で扇いで、それでも足りず深呼吸する。
僕の方が年上で、遊び慣れていて、いつだって余裕ありまくりなキャラなのに。
そのはずなのに、今日はまったくそんな感じになれない。
「料理、美味しいって思ってもらえなかったらどうしよう……」
そんな不安が心を冷やし、キューッと胸が痛くなった。
……い、いやいや!! いやいやいや!!
何を考えちゃってるわけ、僕!?
恋する乙女かよ!! 中学生じゃないんだからさぁ!!
「一服しよ……うん、ヤニが切れてるからだ……」
煙草を咥えて、火を点けて。
小さく息をつき、換気扇に巻かれてゆく煙を見つめる。
……よーし、落ち着いてきたぞ。
糸守クンがやけに優しいのは、今日が僕の誕生日だから。
それ以上でもそれ以下でもない。
大体、彼も自分で言ってたじゃないか。
『でも、楽しませたいってのは俺の本心です。年に一回の大切なイベントなので、思い出に残った方がいいじゃないですか』
そう。
全部全部、寝て起きれば覚めてしまうただの夢。
それを本気にして、そわそわして、バカかよ僕は。
あぁもう、何やってるんだか。
お腹空いたし、さっさと作ってご飯にしよ。
「一条先輩」
「うにゃあ!?」
いきなり扉が開き、糸守クンが顔を出した。
「そ、そんな声出して、俺なにか悪いことしました……?」
「いや、お、驚いただけだから! ……んで、どうかしたの?」
「何か手伝えることはないかなって。せっかくの誕生日なのに、ただご馳走になるのも悪いですし」
「大丈夫……す、座っててよ! 僕の超絶素晴らしい料理の腕を披露したいっていう、ただのワガママだから!」
「……そうですか? じゃあ、わかりました……」
ひらひらと手を振って、糸守クンを見送って。
煙草の煙と共に、特大のため息をつく。
あぁあああ!! 顔見たら、またニヨニヨしてきちゃったじゃん!!
これは夢! これは夢! 誕生日だから特別扱いされてるだけー!
……って、わかってるのにぃいいいい!!
もうどうするのさ、これ!?
こんな調子で、一緒に夕飯食べるとかできるわけ!?
「……これはもう、キメるしかない」
プシュッ。
冷蔵庫から取り出した缶チューハイを開けて、勢いよく胃袋の中へ注いだ。
アルコールは大概の問題を曖昧にする。
僕のこのモヤモヤだって例外じゃない。
……っと、もう一本終わっちゃった。
んじゃま、二本目吞みつつ料理始めますかー!!
◆
「糸守クーン! はいこれ、あーん!」
「あ、いや……自分で食べられますから……!」
「おいおい、つれないことを言うなよぉ! 今日が何の日か、忘れちゃったのかな?」
「……一条先輩の、誕生日です」
「んじゃ、はい、あーーーん!」
「あ、あーん……」
何がどういうわけかわからないが、泥酔状態の一条先輩。
そんな彼女の手で、俺の口へ料理が運ばれた。
前にも一回酔った一条先輩を見たことがあるけど、元より高いテンションが余計に高くなるんだよな。楽しそうなのはいいけど、ここまでベタベタされるのはちょっと……って、え? えぇ!?
「うんまぁ!? 待ってくださいっ、これ、うまぁ!?」
炒飯にエビチリ、唐揚げに餃子。
テーブルに並ぶ中華料理。
匂いも見た目も本格的で料理上手なのは一目でわかったが、その味は絶品以上だった。
「ぐふ、ふふふっ、うひひひひっ!! やったやったー!! 褒められたぁ~~~!!」
勢いよく両手をあげて、全身を使い喜ぶ一条先輩。
「じゃあ、次これ食べてよ!」
「あ、はいっ。いただきます」
「美味しい!? ねえ、美味しい!?」
「んっ……んぐ、ぐむ、ごくっ……美味しい、です」
「んじゃ、次これー! お口をおっきく開けてー!」
「あ……あーん」
「美味しいでしょ!? ねえねえ、美味しいでしょー!」
美味い。本当に美味い。
誇張とか抜きで、今まで食べた中華料理の中で一番美味い。
店の味とかってレベルじゃない。
単純な料理の腕なら……正直言って、朱日先輩より上じゃないか?
この人に、こんな特技があったとは……。
「ねぇ! 次は僕っ! 僕も食べたい!」
「え? ……あ、はい。で、では……」
あーん、と口を開けた一条先輩。
一瞬戸惑うも、要求通り彼女の口にエビチリを入れた。
ぱくり、もぐもぐ。
アルコールで溶けた顔で「おいひぃ」と漏らし、すぐさま酒を流し込む。
「っていうか一条先輩……ピアス、そこにもあったんですね」
「はぇ?」
「だから、ピアスです。舌の、ほらっ」
「んー? あーっ、うん!」
口を開けた際、舌の上に光るものが見えた。
耳だけじゃなく、まさかそこにも開けていたとは。
「見うー? ひいよぉー」
んあーっと口を開けて、舌を見せつけた。
唾液を帯びてぬらりと輝く、銀色のピアス。
本来あるはずのないものがあるという異物感が、俺の心の底の何かを刺激する。
ずっと見ていたいような、見ちゃいけないような。
心地のいい罪悪感に浸かり硬直していると、一条先輩が少しずつ近づいて来ていることに気づいた。
「ちょっ! だから、キスはダメだって言ってるでしょ!?」
「うぇー!? 酷いー!! ベロチューするのぉ!!」
「駄々こねたってダメなもんはダメです!」
「今日、僕の誕生日なんだけど!?」
「水戸黄門の印籠じゃないんですから、そんなもので何でも思い通りになるわけないでしょうが!」
「僕、一生懸命お料理したんだけどぉ!!」
「……っ! た、確かにすごく美味しかったですが、それとこれとは話が別で……!」
「よしわかった!! 間を取って、ちんちん触らせて!!」
「どこの何の間を取ったんだ!?」
「だったら唇とちんちんの間を取って、乳首をしゃぶらせるしかないよね!!」
「しゃぶらせるわけねえだろうが!!」
お互いに声を荒げて、ぜぇぜぇと息を切らして。
一条先輩はアルコールで蕩けた瞳で俺を見つめ、「じゃあ……」とニットの裾を捲り上げた。
いつか見たような、煽情的なデザインの黒い下着。
薄く開いた唇の端から僅かに涎が零れ、襟の隙間から胸元へと落ちてゆく。
「代わりに……僕のこと、触って?」