大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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大学で一番わるい先輩と呑み友達になった話④

 

 ブーッ、ブーッ。

 

「「っ!?」」

 

 僕がブラジャーを見せつけた瞬間、糸守クンのスマホに電話がかかってきた。

 

「……朱日先輩だ。ちょっと失礼します」

 

 スマホを片手に廊下へ。

 その背中を見送ったところで、僕はゆっくりとニットの裾を戻す。

 

 な、何やってるんだよ、僕……。

 突然のバイブ音により、一気に吹き飛んだ妙なテンション。流石にやり過ぎだったと反省して、酔い覚ましに水を飲む。

 

「ちょっと、はしゃぎ過ぎたかな……」

 

 キスはいいとして、ちんちんとかしゃぶるとかラインをオーバーした気がする。

 そのうえ服を捲って触れって……いやいや、ダメでしょ。

 

 っていうか僕、何でこんなに不安になってるわけ?

 

 これくらい、いつも普通にやってることじゃん。

 ブラジャーだって、初対面で見せつけてるわけだしさ。

 

 あー、ダメだ。

 やっぱりダメ。

 

 今日、思うように調子が出ない。

 

 手もち無沙汰なため、何の気なしに炒飯を頬張った。

 味見もして、しっかり美味しいことは確認済みなのに、なぜか味を感じない。

 

 糸守クンに嫌われていないだろうか、電話で朱日さんに僕の愚痴を話していないだろうかと、冷たい妄想が頭の中を占拠する。

 

「すみません、いま電話終わりました」

 

 彼がリビングに戻って来て、ビッと背筋に緊張が走った。

 

「朱日先輩、色々とやることがあって大変らしいですが、明日には戻って来られるそうです。本当に大事にならなくてよかったです」

「あ……そ、そうなんだ」

「一条先輩の料理が美味しいって話したら、羨ましがってましたよ」

 

 言いながら、椅子に座った糸守クン。

 僕の方を見て、目が合って、つい逸らしてしまう。

 

 ……ま、まずい。何やってるんだよ、僕っ。

 

「一条先輩」

「ひゃい!」

 

 ぬわぁ!! 声裏返ったぁ!?

 

「触って、とか言ってましたけど」

「えっ? う、うん、まあ、そのっ――」

「ジッとしててください」

 

 静かな声だった。

 普通よりもやや低めで、落ち着く、それでいて力強い声。

 

 伸ばした手は分厚く、よく見ると傷だらけ。

 それなのに不快感はなく、むしろ機能性を追い求めて何度も焼かれ打たれた鋼のような美しさすら感じる。

 

 ……ちょ、ちょっと待って。

 もしかして、本当に僕に触るの!? 何で!? あの糸守クンが!?

 

 ど、どうしよう……僕、臭くないかな?

 中華食べてるし、お酒だっていっぱい呑んだし、さっき煙草も吸ったし……って、どうしてこんな乙女みたいな心配してるのさ!?

 

 うがぁああああ!! どうなっちゃったんだよ僕ぅ!!

 

 あっ、わ、触られる!!

 どうしよどうしよ!! やめてって言う!? いやでも、自分から頼んどいて拒絶とか意味わからないし、別にやめて欲しいとも思ってないし!!

 

 うにゃぁああああああああああああああああ――――っ!!!!

 

「水族館でされたことのお返しです」

「…………」

 

 もぞもぞ。なでなで。

 僕の頭をまさぐる、糸守クンの手。

 

「胸触るとかできないので、これで我慢してください」

「…………」

「まあでも、ちょっと酔い覚めてるみたいで安心しました。あのハイテンションのままいられたら、こっちも身がもたないので」

「…………」

「にしても、一条先輩」

「…………」

「触ってってそういうことじゃない! みたいなツッコミ、ないんですか?」

「……はっ!? べ、別に堪能とかしてないし! 変な勘違いしたら犯すからね!」

「いや犯すなよ」

 

 危なかった。

 もうちょっと続けられていたら、たぶん僕の中の大切な何かが壊れていた。

 

 ……ただ頭を撫でてもらうことが、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。

 単なる快感の度合いならセックスの方がずっと高いはずなのに、こっちの方がいいと心のどこかで思ってしまう。

 

 彼からの視線が痛くて、苦しくて……嬉しい。

 

「――っ」

 

 突然、糸守クンが席を立った。

 纏う空気が急に鋭くなり、つかつかと歩いてリビングの扉を開く。玄関を見つめる横顔は、恐ろしいほどに冷たい。

 

「な、なに? どうかしたの?」

「……今日、この家に俺以外が来る予定ってありますか?」

「ない、けど……」

「そうですか」

 

 その時だった。

 

 ――カチン、と。

 聞き慣れた音。……これは、玄関の扉の鍵があいた音だ。

 

 今日は糸守クン以外に誰も来ない……というか、そもそもこの家の鍵は僕以外に誰も持っていない。

 鍵がなければマンションのエントランスにも入れないし、当然だが玄関の扉だって開けないはず。

 

「一条先輩」

 

 焦る僕を落ち着かせる、凛と涼しくも厚みのある声。

 

「大丈夫です。俺が一緒なので」

 

 これ以上ないほどに頼り甲斐のある言葉に、僕は大きく頷いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 水族館に行った時から、妙な気配や視線は感じていた。

 

 しかし、俺たちの前に姿を現すわけでも、何か手を出してくるわけでもない。

 だったら無視でいいだろう……と思っていたのだが、部屋の前まで来られると話が変わってくる。

 

 一条先輩の顔色から察するに、今まさに扉を開けようとしている人物に見当もつかない様子。

 

 ……去年の暮れを思い出す。

 俺と朱日先輩の問題に、一条先輩が巻き込まれたことを。

 

 あの時は間一髪のところで助けに入れたが、彼女には相当怖い思いをさせてしまった。

 もう二度と、あんな目には遭わせない。

 

「……っ」

 

 ギーッと開く、玄関の扉。

 それを見つめながら、強く拳を握る。

 

「…………えっ?」

 

 どんな悪いやつが入って来るのかと身構えていたが、その正体に上擦った声が漏れた。

 

 地雷系女子、っていうのかな。

 ピンクと黒で構成された、フリフリの可愛らしい服。あざといメイクに厚底の靴。

 

 一見、危険性はなさそうだが……。

 よくよく見ると、右手には包丁が握られている。

 

「死ねぇええええ!!」

「うわっ!?」

 

 金切り声と共に、包丁を投擲。

 それは俺の頬を掠めて、リビングの床に突き刺さった。

 

「誰だよお前っ!! あたしの一条さんとどういう関係だ!! 死ねよっ、くたばれクソオスがよぉ!!」

「…………」

 

 脳内に浮かんだのは、クレイジーシスコンお姉さんこと雪乃さんの顔。

 俺を抹殺すべく襲い掛かって来た時の、あの狂気に染まった表情。

 

 ……あー、はいはい。

 そういうことか……。

 

 朱日先輩のガチ恋勢の次は、一条先輩のガチ恋勢に命を狙われるのか、俺……。

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