大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話   作:枩葉松

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大学で一番わるい先輩と吞み友達になった話⑤

「ん? えっ、この声……萌花ちゃん?」

「あーっ! 一条さぁーん♡」

 

 まさかと思い糸守クンの背中から顔を出すと、そこにいたのは最近()()()()()()子だった。

 

「ど、どうしたの? ……っていうか、どうやってうちに入ったの?」

「えぇー? 前にお邪魔した時ぃ、あたしに言ったじゃないですか! この鍵あげるから好きな時においで、って!」

「……言ってない、と思うけど……」

「そうでしたっけ? どうだったかな? まあ、どっちでもいいじゃないですかー♡」

 

 なるほど……。

 スペアの鍵がどこかにいったなとは思っていたけど、まさかこの子に盗まれていたとは。

 

 会った時からちょっと危ない感じの子で、最初は手を出すつもりはなかったんだけどなぁ……。

 可愛いし、あとおっぱいがデカいから、欲望に抗えなかった。いやマジで、あの時の自分を引っ叩いてやりたい。

 

「そんなことより、今日、誕生日ですよね!? 何であたしとの予定をすっぽかして、こんな男と一緒にいるんですー?」

「えっと……そもそも、萌花ちゃんと約束してないよ?」

「水族館とかのお出かけでこの男使うのは、荷物持ちかなってことで理解できますよ? でもぉ、あたしと一条さんの愛の巣に入れちゃうのはおかしくないですか!?」

「う、うーん……愛の巣、かぁ……」

 

 ダメだ、話が通じない。

 僕も大概面倒くさい女だが、この子は色々な意味で数段上を行っている。

 

 っていうか、水族館……?

 そんな前から、僕たちのこと見てたわけ!?

 

「あのー……ことを荒立てたくないので、そろそろ帰ってくれませんか? じゃないと、警察を呼びますよ……?」

 

 僕が困りあぐねていると、糸守クンが事態の収拾にかかった。

 警察という言葉を出されたら流石に引くかと思ったが、萌花ちゃんは「あぁ!?」と彼の胸倉に掴みかかる。

 

「だから、テメェ何なんだよ!! そっちこそ帰れよ!!」

 

 ほ、本当にすごい子だな……。

 いや、褒めてるわけじゃないけど。

 

「大体、水族館の時のあれ!! あのダサいぬいぐるみ!! あんなの一条さんにプレゼントとか舐めてんのか!?」

 

 ソファの上に置いていた、イルカのぬいぐるみを指差す。

 汚らしくまき散らした唾が、糸守クンの顔に当たる。

 

「今日の服だって、テメェの趣味か!? いつもの一条さんを返せよ!! 何から何までダセェんだよ!!」

「……ダサくはない、と思いますよ。すごく可愛いです」 

「可愛くねえよ!! ふざけんなくたばれ!! 今すぐどっかに捨ててこい!!」

 

 プツンと、頭の中が何かが切れた。

 

 身体の芯が凍りついたように冷たくなって、だけど血は沸騰しそうなほど熱くて。

 何かに背中を押され、大きく一歩踏み出す。

 

「――それはダメですよ、一条先輩」

 

 いつの間にか振り上げていた拳。

 糸守クンに優しく手首を掴まれて、そっと下へおろす。

 

「あんなに美味しい料理を作れる手で、暴力なんて振るっちゃダメです。それに今日は、誕生日じゃないですか。トラブルの解決くらい任せてくれないと、俺が朱日先輩に怒られちゃいますよ」

 

 そう言って、ニコリと笑う。

 今まさにトラブルの最中だということを忘れてしまいそうなほど、明るく爽やかな表情を作る。

 

「だからぁ!! テメェは帰れって言ってんだよ!!」

 

 持っていた鞄の中から取り出したのは、護身用なのか何なのか、棒状のスタンガン。

 その先端を糸守クンの首に押し当て、躊躇なくスイッチを押した。

 

 バチバチという激しい音。青白い光。

 明らかに強力な電気ショックを受け、これは流石の糸守クンも……と、僕は怖くて目を瞑るも。

 

 ――――バギッ。

 

 うって変わって、今度は鈍い音。

 まぶたを開くと、彼はスタンガンを掴み、そのまま握り潰していた。

 

 …………い、いやいや。

 いやいやいやいや……え、えぇー……?

 

「警察が怖くないなら、俺が無理やりつまみ出しましょうか? ……多少、荒っぽい扱いにはなると思いますけど」

 

 数秒間の電気ショックをものともしておらず、悠々と萌花ちゃんに迫る。

 

 これには流石の彼女も唖然。

 あんぐりと口を開け、次いで床に散乱するスタンガンだったものを見回し、

 

「あっ……わ、うわぁああああああああああ!!!!」

 

 化け物にでも出会ったような声をあげ、顔を真っ青にして出て行った。

 糸守クンはため息を一つ落とし、玄関の扉を閉める。

 

「あの」

 

 振り返りながら言って、立ち尽くす僕を見つめる。

 真っ直ぐな、曇りのない瞳で。

 

「一条先輩は普通にしてても可愛いですし、今日はいつもより可愛いです。誰が何て言おうと、俺はそう思いますよ」

「……っ、わ、わかったから。その話は、もういいよぉ……!」

 

 彼に背を向けて、「ちり取り持って来る」と足早にその場をあとにした。

 

 ……正直なところ。

 

 糸守クンが買ってくれたぬいぐるみをバカにされて、朱日さんが選んでくれた服をバカにされて。

 僕がどっちに怒ったかというと……自分でもどうしてかわからないが、前者だった。

 

 もちろん、服のことも許せない。絶対に許せない。

 なのに、今思い出しても、ぬいぐるみをバカにされたことの方がムカムカする。

 

 ……ダメだ。

 これは、たぶん、ダメな感情だ。

 

 ここに優劣をつけるなんて、僕がやっていいことじゃない。

 

「ちり取り、俺に貸してください。掃除しておくので」

「あっ……う、うん。ありがと」

 

 ふと、時刻を確認する。

 

 午後九時過ぎ。

 あと一時間、二時間足らずで、彼は帰ってしまう。

 

 そのことを考えると、どうしようもなく胸が痛くて、苦しくて。

 

 僕は逃げるように、再び酒に口をつけた。

 

 

 

 ◆ 

 

 

 

 食後。

 ご馳走になってばかりでは悪いので、俺はテーブルの後片付けと皿洗いを任せてもらった。

 

 全ての作業が終了し、リビングに戻る。

 ……が、そこに彼女の姿はない。

 

「一条先輩、そんなとこにいたら冷えますよ」

「んー? あぁ、上着きてるから平気さ。ちょっと夜風に当たりたくてね」

 

 ベランダで煙草を吸っていた一条先輩。

 俺も横に並ぶと煙草を消そうとしたため、大丈夫ですよと手で制す。

 

「片付け、ありがとね。助かったよ」

「いえいえ。料理、本当に美味しかったです。ありがとうございます」

 

 一月の夜。

 いっそう冷たく強い風が、ヒューッと音を鳴らす。

 

 一条先輩が肩にかけていた上着が、風にあおられ落ちかけた。危ない、と俺がかけ直すと、彼女は「あ、ありがと」と頬を染める。

 

「さっきの子、あのまま放っておいていいんですか?」

「あー、萌花ちゃんのこと? あんなことが起こったのは、僕の管理不足なところが大きいからね。大事にする気はないかな」

「でも、また部屋に入って来たら……」

「糸守クンが脅かしてくれたから、少なくとも今日は平気でしょ。明日、鍵の交換をしておくよ」

 

 「それとも」と続けて、ニヤリと妖しく笑う。

 

「僕のために……一晩中、一緒にいてくれるのかい? 同じベッドで、二人っきりで」

「そんなことしたら、今度は朱日先輩が乗り込んできますよ」

「あはははっ。そうなったら、いよいよ3Pするしかないね」

「どういう理屈だよ」

 

 お互いに小さく笑い合って、彼女は吸い殻をベランダの隅の灰皿に放った。ポケットから新しい煙草を取り出し、ライターで火をつける。……が、カチカチと火花が散るばかり。

 

「あっ! ちょっと待っててください……!」

 

 ベランダを出て、必要なものを取りすぐに戻った。

 高級感漂う、黒く小さな紙袋。「どうぞ」とそれを彼女に手渡す。

 

「誕生日プレゼントです。よかったら、使ってください」

「プレゼント!? ありがとー! ……って、使う?」

 

 首を傾げつつ、紙袋を開けて中の箱を開封する。

 

「えっ、ジッポライター!? しかもこれ、有名なとこのやつじゃん!」

「お店のひとに聞いたら、これがいいって言われて。一条先輩の普段の服装にも合うかなって」

「ホントにありがとう! 高かったでしょ!?」

「値段は気にしないでください。それより、ほら、いま使ってくれたらなって」

「あー……そうしたいところだけど、こういうのってオイル入れないと使えないんだよね。コンビニで貰えるライターと違ってさ」

「そ、そうなんですか!?」

「でも大丈夫、うちにあるから。ちょっとセッティングしてくるよ」

 

 ひらひらと手を振って、軽い足取りでベランダを出て行った。

 

 カッコ悪いな、俺……。

 抜群のタイミングで出せたと思ったのに、結局これかよ。

 一条先輩がオイルを持ってたからまだよかったけど、もし持ってなかったら微妙な空気になって終わってたぞ。

 

「お待たせ! いやぁ、カッコいいなぁこれ! これ使って吸う煙草は、絶対に美味しいよ!」

「火をつけるもので、味が変わったりするんですか?」

「そりゃね。何なら、一本吸ってみる?」

 

 そう言って、箱から一本出かけた状態でこちらに差し出した。

 

 ……煙草か。吸ったことないな。

 朱日先輩も嫌煙家ってわけじゃないし、何ごとも経験、一本くらい吸ってみるか。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 箱から抜き取って、慣れないながらも咥えてみた。

 バカみたいな感想だけど、ちょっと大人になった気分だ。

 

「んじゃ、火つけるよ」

 

 ボッと、ジッポライターから炎が噴き出す。

 その熱と光にビビりつつ、煙草の先端に火をつけてもらう。

 

 で、どうすればいいんだ?

 確か、こうやって息を吸って――

 

「ぶへぇっ!? ごほっ! ごほごほっ!」

「あはははっ! なるなる! 初めての時はそうなるよねー!」

 

 口から鼻から煙を出して涙目になる俺を見て、一条先輩は手を叩いて笑った。

 

 うーん……。

 美味いのかどうか、よくわからない。俺には早かったな。

 

「すみません……これ、返します。もうちょっと大人になってから出直します」

「そう? まあでも、それがいいよ。僕と同じ煙草の匂いがするのは、朱日さんも嫌だと思うし」

 

 俺から煙草を受け取って、そのまま自分の唇へ。

 紫煙をくゆらせて、赤みがかった瞳に夜の闇を映す。

 

 今更だけど、この人って煙草が似合うなぁ。

 

 可愛いけど、カッコよくて。

 子どもっぽいけど、大人な感じで。

 朱日先輩とどこか似ているようで全く違う、独特な魅力がある。

 

「……っ」

 

 と、その時。

 突然一条先輩は目を見開き、その場にしゃがみ込んだ。

 

「ど、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

「えっ……い、いや……」

「体調が悪いとか? どこか苦しかったりします?」

「そうじゃ、なくて……」

「だったら、何なんですか?」

 

 ふっと上げた顔は、夕陽で染まったように赤くて。

 それを隠すように俯いて、もう一度こちらを見て、視線を泳がせる。

 

「……か、間接キスだなぁ……と、お、思って……」

「……はい?」

「も、もう何でもないって!! リビングに戻っててよ!! じゃないと、ベロチュウするから!!」

「どんな脅しだよ!?」

 

 わけが分からないが、体調も問題なさそうだし、戻れと言われたら従うほかない。

 

 リビングに戻り、ソファに腰を下ろした。

 小さく息をついて、天井を仰いで、ふと彼女に目をやる。

 

 立ち上がって煙草をふかす一条先輩。

 しかしその耳は、薄闇の中でもハッキリわかるほど赤く焼けていた。

 

 




 『大学で一番わるい先輩と吞み友達になった話』はこれで完結。
 明日から、別の番外編を投稿していきます!
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