大学で一番かわいい先輩を助けたら呑み友達になった話 作:枩葉松
「ん? えっ、この声……萌花ちゃん?」
「あーっ! 一条さぁーん♡」
まさかと思い糸守クンの背中から顔を出すと、そこにいたのは最近
「ど、どうしたの? ……っていうか、どうやってうちに入ったの?」
「えぇー? 前にお邪魔した時ぃ、あたしに言ったじゃないですか! この鍵あげるから好きな時においで、って!」
「……言ってない、と思うけど……」
「そうでしたっけ? どうだったかな? まあ、どっちでもいいじゃないですかー♡」
なるほど……。
スペアの鍵がどこかにいったなとは思っていたけど、まさかこの子に盗まれていたとは。
会った時からちょっと危ない感じの子で、最初は手を出すつもりはなかったんだけどなぁ……。
可愛いし、あとおっぱいがデカいから、欲望に抗えなかった。いやマジで、あの時の自分を引っ叩いてやりたい。
「そんなことより、今日、誕生日ですよね!? 何であたしとの予定をすっぽかして、こんな男と一緒にいるんですー?」
「えっと……そもそも、萌花ちゃんと約束してないよ?」
「水族館とかのお出かけでこの男使うのは、荷物持ちかなってことで理解できますよ? でもぉ、あたしと一条さんの愛の巣に入れちゃうのはおかしくないですか!?」
「う、うーん……愛の巣、かぁ……」
ダメだ、話が通じない。
僕も大概面倒くさい女だが、この子は色々な意味で数段上を行っている。
っていうか、水族館……?
そんな前から、僕たちのこと見てたわけ!?
「あのー……ことを荒立てたくないので、そろそろ帰ってくれませんか? じゃないと、警察を呼びますよ……?」
僕が困りあぐねていると、糸守クンが事態の収拾にかかった。
警察という言葉を出されたら流石に引くかと思ったが、萌花ちゃんは「あぁ!?」と彼の胸倉に掴みかかる。
「だから、テメェ何なんだよ!! そっちこそ帰れよ!!」
ほ、本当にすごい子だな……。
いや、褒めてるわけじゃないけど。
「大体、水族館の時のあれ!! あのダサいぬいぐるみ!! あんなの一条さんにプレゼントとか舐めてんのか!?」
ソファの上に置いていた、イルカのぬいぐるみを指差す。
汚らしくまき散らした唾が、糸守クンの顔に当たる。
「今日の服だって、テメェの趣味か!? いつもの一条さんを返せよ!! 何から何までダセェんだよ!!」
「……ダサくはない、と思いますよ。すごく可愛いです」
「可愛くねえよ!! ふざけんなくたばれ!! 今すぐどっかに捨ててこい!!」
プツンと、頭の中が何かが切れた。
身体の芯が凍りついたように冷たくなって、だけど血は沸騰しそうなほど熱くて。
何かに背中を押され、大きく一歩踏み出す。
「――それはダメですよ、一条先輩」
いつの間にか振り上げていた拳。
糸守クンに優しく手首を掴まれて、そっと下へおろす。
「あんなに美味しい料理を作れる手で、暴力なんて振るっちゃダメです。それに今日は、誕生日じゃないですか。トラブルの解決くらい任せてくれないと、俺が朱日先輩に怒られちゃいますよ」
そう言って、ニコリと笑う。
今まさにトラブルの最中だということを忘れてしまいそうなほど、明るく爽やかな表情を作る。
「だからぁ!! テメェは帰れって言ってんだよ!!」
持っていた鞄の中から取り出したのは、護身用なのか何なのか、棒状のスタンガン。
その先端を糸守クンの首に押し当て、躊躇なくスイッチを押した。
バチバチという激しい音。青白い光。
明らかに強力な電気ショックを受け、これは流石の糸守クンも……と、僕は怖くて目を瞑るも。
――――バギッ。
うって変わって、今度は鈍い音。
まぶたを開くと、彼はスタンガンを掴み、そのまま握り潰していた。
…………い、いやいや。
いやいやいやいや……え、えぇー……?
「警察が怖くないなら、俺が無理やりつまみ出しましょうか? ……多少、荒っぽい扱いにはなると思いますけど」
数秒間の電気ショックをものともしておらず、悠々と萌花ちゃんに迫る。
これには流石の彼女も唖然。
あんぐりと口を開け、次いで床に散乱するスタンガンだったものを見回し、
「あっ……わ、うわぁああああああああああ!!!!」
化け物にでも出会ったような声をあげ、顔を真っ青にして出て行った。
糸守クンはため息を一つ落とし、玄関の扉を閉める。
「あの」
振り返りながら言って、立ち尽くす僕を見つめる。
真っ直ぐな、曇りのない瞳で。
「一条先輩は普通にしてても可愛いですし、今日はいつもより可愛いです。誰が何て言おうと、俺はそう思いますよ」
「……っ、わ、わかったから。その話は、もういいよぉ……!」
彼に背を向けて、「ちり取り持って来る」と足早にその場をあとにした。
……正直なところ。
糸守クンが買ってくれたぬいぐるみをバカにされて、朱日さんが選んでくれた服をバカにされて。
僕がどっちに怒ったかというと……自分でもどうしてかわからないが、前者だった。
もちろん、服のことも許せない。絶対に許せない。
なのに、今思い出しても、ぬいぐるみをバカにされたことの方がムカムカする。
……ダメだ。
これは、たぶん、ダメな感情だ。
ここに優劣をつけるなんて、僕がやっていいことじゃない。
「ちり取り、俺に貸してください。掃除しておくので」
「あっ……う、うん。ありがと」
ふと、時刻を確認する。
午後九時過ぎ。
あと一時間、二時間足らずで、彼は帰ってしまう。
そのことを考えると、どうしようもなく胸が痛くて、苦しくて。
僕は逃げるように、再び酒に口をつけた。
◆
食後。
ご馳走になってばかりでは悪いので、俺はテーブルの後片付けと皿洗いを任せてもらった。
全ての作業が終了し、リビングに戻る。
……が、そこに彼女の姿はない。
「一条先輩、そんなとこにいたら冷えますよ」
「んー? あぁ、上着きてるから平気さ。ちょっと夜風に当たりたくてね」
ベランダで煙草を吸っていた一条先輩。
俺も横に並ぶと煙草を消そうとしたため、大丈夫ですよと手で制す。
「片付け、ありがとね。助かったよ」
「いえいえ。料理、本当に美味しかったです。ありがとうございます」
一月の夜。
いっそう冷たく強い風が、ヒューッと音を鳴らす。
一条先輩が肩にかけていた上着が、風にあおられ落ちかけた。危ない、と俺がかけ直すと、彼女は「あ、ありがと」と頬を染める。
「さっきの子、あのまま放っておいていいんですか?」
「あー、萌花ちゃんのこと? あんなことが起こったのは、僕の管理不足なところが大きいからね。大事にする気はないかな」
「でも、また部屋に入って来たら……」
「糸守クンが脅かしてくれたから、少なくとも今日は平気でしょ。明日、鍵の交換をしておくよ」
「それとも」と続けて、ニヤリと妖しく笑う。
「僕のために……一晩中、一緒にいてくれるのかい? 同じベッドで、二人っきりで」
「そんなことしたら、今度は朱日先輩が乗り込んできますよ」
「あはははっ。そうなったら、いよいよ3Pするしかないね」
「どういう理屈だよ」
お互いに小さく笑い合って、彼女は吸い殻をベランダの隅の灰皿に放った。ポケットから新しい煙草を取り出し、ライターで火をつける。……が、カチカチと火花が散るばかり。
「あっ! ちょっと待っててください……!」
ベランダを出て、必要なものを取りすぐに戻った。
高級感漂う、黒く小さな紙袋。「どうぞ」とそれを彼女に手渡す。
「誕生日プレゼントです。よかったら、使ってください」
「プレゼント!? ありがとー! ……って、使う?」
首を傾げつつ、紙袋を開けて中の箱を開封する。
「えっ、ジッポライター!? しかもこれ、有名なとこのやつじゃん!」
「お店のひとに聞いたら、これがいいって言われて。一条先輩の普段の服装にも合うかなって」
「ホントにありがとう! 高かったでしょ!?」
「値段は気にしないでください。それより、ほら、いま使ってくれたらなって」
「あー……そうしたいところだけど、こういうのってオイル入れないと使えないんだよね。コンビニで貰えるライターと違ってさ」
「そ、そうなんですか!?」
「でも大丈夫、うちにあるから。ちょっとセッティングしてくるよ」
ひらひらと手を振って、軽い足取りでベランダを出て行った。
カッコ悪いな、俺……。
抜群のタイミングで出せたと思ったのに、結局これかよ。
一条先輩がオイルを持ってたからまだよかったけど、もし持ってなかったら微妙な空気になって終わってたぞ。
「お待たせ! いやぁ、カッコいいなぁこれ! これ使って吸う煙草は、絶対に美味しいよ!」
「火をつけるもので、味が変わったりするんですか?」
「そりゃね。何なら、一本吸ってみる?」
そう言って、箱から一本出かけた状態でこちらに差し出した。
……煙草か。吸ったことないな。
朱日先輩も嫌煙家ってわけじゃないし、何ごとも経験、一本くらい吸ってみるか。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
箱から抜き取って、慣れないながらも咥えてみた。
バカみたいな感想だけど、ちょっと大人になった気分だ。
「んじゃ、火つけるよ」
ボッと、ジッポライターから炎が噴き出す。
その熱と光にビビりつつ、煙草の先端に火をつけてもらう。
で、どうすればいいんだ?
確か、こうやって息を吸って――
「ぶへぇっ!? ごほっ! ごほごほっ!」
「あはははっ! なるなる! 初めての時はそうなるよねー!」
口から鼻から煙を出して涙目になる俺を見て、一条先輩は手を叩いて笑った。
うーん……。
美味いのかどうか、よくわからない。俺には早かったな。
「すみません……これ、返します。もうちょっと大人になってから出直します」
「そう? まあでも、それがいいよ。僕と同じ煙草の匂いがするのは、朱日さんも嫌だと思うし」
俺から煙草を受け取って、そのまま自分の唇へ。
紫煙をくゆらせて、赤みがかった瞳に夜の闇を映す。
今更だけど、この人って煙草が似合うなぁ。
可愛いけど、カッコよくて。
子どもっぽいけど、大人な感じで。
朱日先輩とどこか似ているようで全く違う、独特な魅力がある。
「……っ」
と、その時。
突然一条先輩は目を見開き、その場にしゃがみ込んだ。
「ど、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「えっ……い、いや……」
「体調が悪いとか? どこか苦しかったりします?」
「そうじゃ、なくて……」
「だったら、何なんですか?」
ふっと上げた顔は、夕陽で染まったように赤くて。
それを隠すように俯いて、もう一度こちらを見て、視線を泳がせる。
「……か、間接キスだなぁ……と、お、思って……」
「……はい?」
「も、もう何でもないって!! リビングに戻っててよ!! じゃないと、ベロチュウするから!!」
「どんな脅しだよ!?」
わけが分からないが、体調も問題なさそうだし、戻れと言われたら従うほかない。
リビングに戻り、ソファに腰を下ろした。
小さく息をついて、天井を仰いで、ふと彼女に目をやる。
立ち上がって煙草をふかす一条先輩。
しかしその耳は、薄闇の中でもハッキリわかるほど赤く焼けていた。
『大学で一番わるい先輩と吞み友達になった話』はこれで完結。
明日から、別の番外編を投稿していきます!