キヴォトスに朝日が昇る 作:sosprin
ミレニアムでの会談を終えた大臣はそのまま現地の鉄道を利用してゲヘナへと向かう。
道中に襲撃といったハプニングは特に起こらなかった。これはゲヘナの風紀委員という治安維持組織が厳重に保護してくれたおかげだが、それでも遠くから爆発音や銃声が1時間に一回は聞こえた。
風紀委員の一人に話を聞いてみれば、今日のゲヘナの治安は比較的平穏で仕事も楽らしい。
目的地に到着し駅から出ると万魔殿と書かれた車が止まっている。駅から校舎までは徒歩でもたどり着けるが、敷地内が広いのと道中に襲撃などがあってはこまるということらしい。
数分ほど車に揺られて会談会場へとたどり着いた。どうやらここは万魔殿の本部らしく、建物は欧風でありながらトリニティとはまた違った趣がある。
案内されながら徒歩でしばらく移動し会場へと到着する。
藤森が指定された席に座り、内容の再確認などしていると
大きな角が生え目付きの鋭い人物と赤髪が入ってくる。
「キキッ!よく来たな!私が万魔殿の羽沼マコトだ!」
「同じく万魔殿の棗イロハです。本日はよろしくお願いします。」
藤森は立ち上がり礼をする。
「よろしくお願いします。私は…」
「日本の外務大臣の藤森だろう?」
「え、ええ。そのとおりです。」
羽沼マコトはフッと口にすると、手を後ろに組み藤森を中心に歩きながら話し始める。
「君や日本の噂はよく耳にするよ。半年前に別世界からキヴォトスに転移し、食糧危機に見舞われながらもトリニティと関係を築き貿易で食いつないでいるとか…そんな状況でも人権保護にも強く力を注いで、キヴォトスの貧窮生徒に対して様々な活動を行っているとも聞いているよ。」
「はい。この世界は市民の権利保護がほぼないに等しいです。私達の元いた世界からしたら信じられないほどに。ゲヘナでも貧しい生徒や犯罪などが蔓延っていると聞きます。我々はゲヘナとの友好と貿易を行い、そして十分な権利保護の確立を目指していきたいと考えています。そして犯罪行為の低減も…」
羽沼マコトは藤森の目の前で歩みを止め、こちらを見る。そんな中、棗イロハは既に席に座って本を読んでいる。
「そうか。たしか、日本人もすでにこの学園で犠牲になったんだったな。すまない。治安維持を担う風紀委員会には責任を取らせ処罰しておいた。ゲヘナの問題は我々も頭を悩ませているから、協力は嬉しい限りだ。」
「申し訳ありませんが、ゲヘナの現状は治安維持部隊の機能不全などが原因ではなく、住民自身にあるでしょう。道中でも風紀委員の方々には素晴らしい対応を行っていただきました。」
「そうか。まあそれなら次回やらかしたときの反省文はなしとしておくか……まあ座れ、立ち話もなんだ。」
「ええ、そうですね。」
そっちが立ったまま話を進めたのだろう、と藤森は思いながら席に座る。
「…話を戻しますと、我々はゲヘナの資源や市場に目をつけています。また、ゲヘナには火山もあり観光価値も高いでしょう。従って、この度日本とゲヘナの間で関係を構築し、友好、貿易などに関する基本的な条約を結び互いの交流を増やしていきたいと考えています。」
「その諸条約を結ぶことで我々へのメリットはあるのか?」
「ええ、我々はこの世界に来てから、新技術により不足していた戦力の補充を行いその力を持て余しています。我が国民は人権や平和にうるさいですから、ゲヘナの混沌とした状況に対し日本が支援するべきだという声が多数上がっています。そのため、我々がゲヘナの治安維持に協力することでこの学園の教育、生活を向上することができます。また、もうすぐキヴォトス市民の日本国入国が解禁される見通しです。その為、ゲヘナ市民の日本観光や経済進出が為されるでしょう。」
「ふむ、そうか。キキッ…確かに面白い考えだ。情報通り、本当に君の国は人道に厚いんだな。ならあの情報も本当なんだろう?」
「あの情報とは?」
羽沼マコトは身体を乗り出した。口角はあがり、しかし鋭い目つきで睨みつけている。
「君の政府は、2ヶ月後にブラックマーケットを制圧しようとしているな?」
「な……」
どこでバレた?藤森は一瞬驚き誰にも聞こえない大きさの声を漏らす。相手に事実だとバレてはいけない。国民にも知らせるつもりはなく、制圧後にカバーストーリーを流布して国民の理解を得ながらも、勢力圏を広げるつもりだった。すぐに思考を取り戻し、なんとか説明する。
「いえ……その情報は誤っています。ブラックマーケットの治安の悪さはとても酷く、治安維持組織はあるそうですが信頼できません。確かに平和のための制圧作戦も考えましたが影響力がとても強い大企業が関わっているとの情報もあり、関与は今のところしないことになっています。それにしても、貴方の得た情報は信頼度が低いのでは?」
藤森はできる限りのフォローをしたつもりだったが、
「キキ…そうかそうか。まあ君がそう主張するならいいだろう。しかし、私の情報網を舐めてもらっては困る。日本の情報のほとんどは筒抜けだ。企業、自治体、個人情報、そして政府の汚職情報だってとっくに把握済みだ。君は汚職リストに載っていなかったが、随分とまあトップが腐っているようだな…」
明らかにこちらが嘘をついていると確信している。また、驚きの内容が羽沼マコトの口から飛び出した。重大な情報漏洩が起きている、藤森は不利を自覚した。
「何が目的なんです?もしそれが本当だとしたら、このような機密情報の奪取は我が国への攻撃に値しますよ?」
「…私の目的はキヴォトス全土の征服だ。それに手段は選ばない。やるときは徹底的にどんな手でも使う。そんな私の計画遂行の為に日本の力を借りようと思っていてな。君の国の自衛隊とやらは随分脅威だが、味方にすれば心強い。ゲヘナとトリニティの境界にも基地があると聞く…」
「だから、脅して無理やり協力させようでも?」
「キキ…」
羽沼マコトの強いオーラーに巻かれ、藤森はゴクリと唾を飲む。その横でやる気のなさそうに本を読んていた棗イロハが本を起き、呆れた顔で口を開く。
「はぁ…マコト先輩、藤森さんが困ってますよ?すみませんうちの先輩が、すべて冗談でしょうから適当に聞き流してください。いっつもこんな感じなんですよ。早く帰りたい…」
「しかし…貴方がたは何を考えて…」
「キキキ…まあ、今のは冗談だ。この計画は今のところはまだ実行するつもりはない……だが、ゲヘナにとっても日本にとってもめんどくさい情報を掴んだ。日本には転移前からたくさんの外国勢力が浸透していただろう?そいつらが日本から脱出し、ブラックマーケットを中心にキヴォトス全土に秘密裏に渡って良からぬことを企んでいる。」
「それは…本当ですか?棗さん、また冗談を言ってたりは…」
羽沼マコトはずっと信じられないような、相手に圧力を与えるような言動をしている。内容が真実だと決められないが、もし本当に在留外国人が秘密裏に逃げ出し周辺地域に影響を与えているとなればとんでもない重大な事件だ。藤森はそれも羽沼マコトの嘘で、圧力を与えるための詭弁だと思いたかったが、
「まあ、これは本当のことです。冗談ではなく本当に複数の裏勢力が活動を始めていて、ゲヘナのもともと高かった治安も更に悪化しつつあります。実のところ、数ヶ月前の日本人殺傷事件も彼らが関与していました。こちらがその証拠の写真です。」
「な、なんと…」
逃れられない事実に身を震わせる。
「そこでだ、藤森。その裏勢力の排除の為にゲヘナと協力してもらいたいのだ。なに、無理な要求はしない。ただ犯罪者を流出させたケジメはつけてもらわないとな。」
「そうですね…この件に関してはすぐには答えることはできませんので一度国に持ち帰ることにします。」
「そうか…まあ、いい返事を期待している。ところで、君が最初に言った取り決めについて詳しいことを教えてくれないか?」
「ああ、すみません。こちらが我々の提示する条件なのですが…」
事件については政府に持ち帰るとして、本題であった諸条約についての内容が書かれた紙を取り出す。
羽沼マコトと棗イロハはしばらく目を通した後、紙を置いた。
「ふん…まあ大半の内容は受け入れられる。しかし、自治区内全域での経済活動、立ち入りの許可は受け入れられないな。日本はトリニティに軍…自衛隊だったか、を駐屯させているだろう。我々もトリニティの攻撃から身を守る必要がある、情報や妨害工作を防ぐためにな。こちらが指定した区域内なら大丈夫だろう。」
「なるほど…わかりました。ではそれでお願いします。」
「うむ、他の内容はすべて承認する。大使館の設置場所については後でこちらかられんらくする」
「ありがとうございます。」
日本の望む条約の殆どは受け入れられ、藤森は胸を撫で下ろす。しかし、国に戻ったら事件についての即時対応が求められるだろう。安寧はまだ遠い。
これでゲヘナとの会談は終わり。この後は安全性の観点から、ゲヘナからミレニアムへ、そして日本へと戻り、2週間後にトリニティを経由して連邦生徒会のあるDUへと赴くことになる。藤森は会場の外に出て車に乗り込む。その去り際、羽沼マコトが言うには、
「私からの助言だが、セキュリティは大事だぞ。ゲヘナの情報部が日本の機密情報は目隠ししながら5秒で突破できたと言っていた。」
日本の苦難はまだ続く。