燃え尽きる前に天の星から 作:養殖のホタル
『どうして、生命を持つものは眠るんだと思う? 死ぬことが永眠と言われているのに、一時的でも死に近い状態になるなんて変な話だよね』
街の中で一番高い建物に登って夕焼けに染まった景観を一組の男女が並んで座って眺めている。
二人はこの星に暮らしている人や物を守るために尽力してきた。なのに、それが実ることはなくて、女の方は疲れてきていた。終わりの見えない戦いに嫌気が差してきた。
『夢を見るためだろ』
『夢?』
男の方が元気付けようとしてくれてるのは理解出来るが、普段言わないようなことを言い出して、吹き出してしまいそうになるのをなんとか抑える。
『ああ、夢を見れば希望が持てる。だから、そうなりたくて、明日に立ち向かえる』
『覚めるのは怖くないの? 心地の良い夢を見ていたなら、辛い現実に帰っていくのは……嫌なことだと思うけど』
幸せなら夢だって現実じゃなくたって何でも良い。死んであの世というものがあるのなら、そこでだって良い。
そう思うほどに女は疲弊していた。
『死ぬためなんかじゃなくて生きるため、明日を精一杯生きるために俺達は眠るんだ』
『……■■らしいね。そういうの私は大好き』
死ぬためではなく、明日を良いものにするために眠る。
自分だけではネガティブに考えてしまうことでも、彼ならばポジティブにしてくれる。そんな彼を愛していた。
『ずっと君だけは守ってみせる。君さえ守れなかったらこの星を守れる訳がない』
男は彼女を守るためならば、なんだって出来る気がしていた。今は出来なくても、いずれそうなるようにしていくだけのことだ。
『うん。信じてる』
尤も、二人の目の前に広がるのは廃墟だった。
そんな夢を見た気がする。
□
「う……」
篝が目を醒ますと、寝た時に居た列車の中ではなく、そこは先日迷い込んだ封鎖区画の更に奥で、四肢を拘束された状態だった。
この事態の首謀者である黒髪の女が篝に近づいてくる。
見た目だけなら綺麗な人。と感じたが、それ以上に自分をこんなところに連れ込んで拘束している時点で、警戒心の方が勝った。
「貴方に危害を加えるつもりはありません。ただ私の実験に協力していただければお帰りいただいて問題ありません」
「実験……?」
淡々と語りながら彼女は篝に触れて、情報を流し込んで彼の身体情報を解析する。
以前に彼女は別の星核を宿した生命のサンプルを得たことによって、基本的な部分の情報は仕入れていた。
重要なことは鉄騎として、グラモスの遺産としての生体サンプルとしての価値が重要なのである。
解析の際に何か毒を盛られたのか、篝は意識はハッキリしているのに、口を開こうとすると、声が出なくなった。
「ああ……名乗っていませんでしたね。私はルアン・メェイ。貴方に分かりやすく言うのなら、生命について研究している者です。
先日の様子から貴方本人から聞き出せる情報はないことは確認しているので、喋らずとも問題ありません」
サンプルからはデータさえ取れれば、本人の人格には興味がない。
当然そんなことをされれば、相手を不快にすることなど重々承知である。
だから、ルアンは篝が抵抗できない状態でのサンプル採取を行っている。
「……これくらいで良いでしょう。次はスウォーム。嘗てグラモスを滅ぼした。貴方が本来戦う筈だったモノと相対した時のデータを取らせていただきます。前回は邪魔が入りましたが、ファイアフライを展開してもらうだけで大丈夫ですので」
先日、スウォームを封鎖区画に放って篝がファイアフライとしての機能が生きていることは確認しているため、死ぬことはないだろうとルアンは次の段階に移ろうとしていた。
篝はその事については覚えていない。この実験はどこまでも一方的だった。
(……自分のこと、ようやくちょっとわかったのに……このまま死ぬのかな……こんな実験動物みたいにされて)
ルアンが投影ウィンドウを操作すると、スウォームが檻の中に入れられた状態で篝の目の前に運ばれてくる。
誰も助けが来る気配がない。もしくは誰も助けに来られないようにされた状態ではどうしようもなかった。
「──」
スウォームを認知した瞬間に、篝の以前と同じく頭痛が激しくなる。
自分が自分で無くなるような感覚に吐き気を感じるが、その感覚ごと焼き切るように焔が迸り、篝の意識が途絶えた。
「……戦闘モード……リブート、スタンバイ──完了」
ルアンに盛られた体内の毒を焔が焼却して、篝の声帯が震える。
その様子に彼女も興味深そうに環境データや彼自身から採れるデータを眺めていた。
「ファイアフライV■、エンゲージ」
拘束具が破裂し、焔と共に身体が浮き上がった篝はロケットペンダントを掴んで引き千切る。
すると、両手足が銀色の鋼鉄の鎧に包まれ、胴体、頭部の順に鎧が装着される。
それはかつて、蒼穹戦線で命を人以下として扱われたファイアフライの最新にして最後の人型の戦闘兵器の姿だった。
『殲滅開始』
スウォームをロックオンしたファイアフライが腕部のブースターを露出させて火を噴くと同時に加速し、鉄の檻ごと砕いてスウォームの甲殻に鉄拳をぶつける。
スウォームの甲殻すらぶち抜いた勢いを足についたスパイクで殺し、止まったファイアフライはスウォーム体内にある核をその手に掴んだ。
『殲滅完了』
掴んだ方の腕部のブースターを加速ではなく、攻撃に転用してスウォームの核を爆発させる。
周囲に死体の体液や肉片が飛び散るのを確認した後にファイアフライは力無く腕を下げる。
「……なるほど、寿命の消耗の代わりに体内の星核を燃焼させているようですね。もう少しデータを取らせてもらいましょう」
星核をその身体に宿した症例のその第二号。加えて、グラモスに造られた最後の
彼女が続けて三体のスウォームをファイアフライの前に出現させる。
それをセンサーで識別したファイアフライが再び出力を上げるために星核を燃焼させる。
『……ターゲット、インサイト──出力……エラーエラーエラーエラーエラー。強制冷却』
次の戦闘行動に移る前に何かしらの不具合が起きて警告音を数回繰り返して、ファイアフライの装甲が解除される。
「……」
装甲が解除され、スウォームの目の前で床に叩きつけられる篝は意識が戻らず、抵抗するどころか逃げることすらままならない。
「……データはこれだけあれば十分回収できました。サンプルが失われるのは心苦しいですが。仕方のないことでしょう」
データとして記録出来てしまえばもう用はない。
生命そのものが失われることは切ないものであると認識しているが、ただそれだけである。
星核が失われたとしても、もう一人のサンプルである星が居るのであれば問題はない。
危険物である星核も一時的とはいえ、反応が途絶えているということは、篝自身がどうなってもルアンとしてはどうでも良かった。
「……う」
ルアンが準備を終わらせ撤収すると同時に、篝の意識も回復したが、もう既に遅くスウォームの角が敵と認識した彼の胴を貫こうとしていた。
『Action2.実行!』
が、その角が篝を貫くことはなかった。高速で飛来した別の鉄騎が床に拳を叩きつけ、焔の柱を三本燃え上がらせて、スウォームだけを焼き殺した。
『……ターゲット、殲滅完了』
星核ハンター・サム。
かつて、存在した蒼穹帝国グラモスが生み出した遺伝子操作戦士、鉄騎兵団の生体兵器。その生き残りがサムである。
「助かった……?」
スターピースカンパニーが出している手配書で星核ハンターの顔は見たことがあった。
その一人が今目の前に居て、自分の中の星核があることをハンターが知らない訳がない。
全身が焼けるような痛みに襲われている篝は逃げることも出来そうになく再び生命の危機を感じる。
『……貴方は戦うべきではない』
「それって、どういうこと?」
篝が握り締めているロケットペンダントを見たサムはそれだけ告げると、彼を持ち上げて飛翔した。
このまま連れ去られるのかと篝は内心焦っていたが、メディカルルームに一番近い区画に降ろされた。
「待って……!」
宇宙ステーション内部では侵入者を報せる警報が鳴り響いていて、それが誰なのかは一目瞭然だった。
脱出しようと背中を向けたサムに、篝は声を掛けて引き留める。
「その、助けてくれて……ありがとう。あと、聞きたいことがいくつか──」
『生命が残っていれば、話しましょう』
顔も向けずにサムは来た道とは違う壁に穴を開けてから飛翔してその場を去った。
それから数時間後、職員に発見されて昨日ぶりにメディカルルームに搬送されて、高熱を出していること以外は生命に別状はないと診断された篝はベッドの上で、事情を知った他の星穹列車の乗員が何も口を出せないくらい怒りの感情を滲ませた星に凄まれていた。
「……私は今物凄く怒っています」
「……いや、あの……ごめんなさい」
自分でも夜に星穹列車で寝て、起きたらあんなことになっていたのだから、どうしようもないと言い訳したかったが、それで許してくれそうな雰囲気でもなく諦めた。
「昨日の今日でどうしてこんなことになるのか。一応怪我一つなく帰ってきたけど……いや、ルアンが悪いんだけど……あーもう、怒るに怒りにくい!」
その日、星穹列車の滞在期間が一日だけ延びた。