燃え尽きる前に天の星から   作:養殖のホタル

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第4話

「……んー」

 

 部屋に備え付けられたバスルームでの入浴を終えた篝は星にバスタオルで髪の毛に付いた水分を拭き取ってもらいながら、部屋の中を見渡す。

 

「どうかした?」

「いや……この部屋広すぎない? あと、お風呂出た瞬間にバスタオル構えて捕まえるの止めて」

「嫌だ! 三年前に一緒にお風呂に入ってくれなくなったけど! お風呂上がりに髪を拭いてあげるのだけは譲れない!」

 

 瞬間、星の脳内に溢れ出した存在しない記憶。

 一緒に入浴剤を選びにマーケットまで行ったり、お風呂上がりに食べるアイスを買って、入浴する時は徐々に溶けていく入浴剤を二人で眺めた。

 そんな存在しない記憶を思い返していた。

 

「知らない記憶過ぎるよ! 出会ってからまだ一年も経ってないよね!?」

「私の中にはある。篝の中にもその内生えてくるよ」

「それは嫌だ……」

 

 よくあることではあるものの、星の破天荒なところに振り回されていると安心している自分が居るのを篝は感じていた。

 

「で、何の話だっけ?」

「何だっけ……? あ、そうだ。部屋が広すぎるって話! 星姉が変なこと言うから忘れそうになった」

 

 一瞬流されそうになったが、元の話題を何とか思い出した篝が話の流れを戻す。

 

「確かに一人だと広いけど、今は二人で使ってるしそんなもんじゃない?」

「二人でも広いよ! なのかの部屋の大体六倍くらいあるよ!? 一人で半分ずつにしても三倍だよ!」

 

 元々荷物置きとして手付かずだった部屋をリフォームしたにしても個人の部屋としては異様に広い。

 ちょっとしたパーティーでもできそうなダイニングやアーケードゲームまで置いてあるゲームエリアなどを見ると尚更広さを感じる。

 

「今更返せと言われたとしてもここはもう私の部屋だし、それに銀河の方がもっと広い」

「そういうことじゃ……いや、いいや……」

 

 こういうことを言い出す星を止められた試しはない。

 篝が諦めて脱力したのを良いことに、そのまま髪の水分を拭き終わった後にドライヤーの熱風で乾かすところまでお世話をできた星は満足そうにしていた。

 

「今日からピノコニーだっけ」

 

 夢の地。

 アスデナ星系に位置する惑星、ピノコニーに訪れた者は皆口を揃えてそう評価する。

 本来であれば信者だけが参加できる調和セレモニーに何の因果か星穹列車は招待された。

 

「いつもの冒険というよりはリゾート観光みたいな感じになると思う」

「そういうこと言われると良くないことの前触れにしか聞こえないんだけど」

 

 盛大にフラグを建てた星のせいか。嫌な予感だけが刺激されて列車が目的地に停車した。

 それから身支度を整えてからピノコニーに降りると、夢の中に入るための施設のエントランスには、調和セレモニーに参加する他の招待客が何人か待機していた。

 

「え、この前の人……?」

 

 篝はその中に居た一人に宇宙ステーションで自分を助けてくれた鉄騎を見つける。

 その隣に小柄な少女もいたが、何となく問題はない気がして声を掛けようとすると、久しぶりに頭痛に襲われた。

 

『■■。大丈夫、貴方は死なない。死なせない。私の■■達と貴方の遺した■■があいつらを根絶やしにするまで、生き続けるから』

 

 知らない女の声が頭に響く。

 何処か昔に聞いて、止めたかったのに、守りたかったのに、どうしようもない状態で心がぐちゃぐちゃになりそうな気持ちが篝の心に伝播してくる。

 

「篝?」

「あ、うん、ちょっとボーッとしてたかも」

 

 膝を着くような痛みではなく、ちょっとした眩暈に立ちすくんでいる間に列車組の手続きが終わり夢境に入るために、星に手を引かれる。

 

「……さっき入ったばっかりなんだけどなぁ」

「じゃあ留守番でもする?」

「行くよ。勿体ない」

 

 夢境に入るために、ホテルの個室のような部屋に案内されるとやたらとキラキラした水が張られている浴槽が目に入る。

 そこで眠ることが必要なのだが、ちょうどさっき入浴していた篝はなんとも言えない気持ちになりながら星と共にその浴槽に浸かる。

 

(なんか……入水自殺みたいだ……)

 

 そういう人間を見たことがある訳ではないのに、現実ではなく、夢の世界に娯楽を求めるという行為がそういう風に思えた。

 

 

 □

 

 

『ねぇ、青い空のこと知ってる?』

 

 二人の子供が灰色の空を見上げて、その日なんとか命からがら手に入れた一掛けの固いパンを二人で半分に分けてちぎって大事に口に入れていた。

 

『空って青いのか?』

『本当は青くて、雲も白いんだって。蒼穹って言うらしいよ』

『そんなのより、ハンバーガーって食べ物の方が食べてみたい』

 

 少年は少女が夢見る浪漫より食い意地の方が勝った。

 生きていく以上、食べて寝なければならない。

 

『じゃあいつか私が作ってあげよっか?』

『そんな日が来ると良いけどな。いつまでもこんな薄暗い空の下じゃ無理だと思うけどな』

『うん。だから、また連れ出してよ。

 ハンバーガーでも何でも食べすぎてお腹が弾けちゃうくらい食べ物があって、もう二度と起きたくなくなっちゃうようなベッドがある場所に、ね』

 

 少女が初めて少年と出会った日のことを思い出す。

 貧しくて苦しいことの方が多いが、それでもほんの少しのことで今日を生きてもいい気持ちになるのなら、それは運命だった。

 

『はぁ……そういうとこ、ズルいよな』

 

 

 □

 

 

「酷い目にあった……」

 

 篝がピノコニーの夢境に入ると、空から落下することになるとは思わず、受け身が取れず地面に叩きつけられていた。

 痛みは無いものの、いい気持ちではないのは、きっと空に広がる明けない夜のような暗い青のせいだろう。

 

(星姉とも離れちゃったし、どっかで合流しないと)

 

 どうせまたどこかで奇行に走っているであろう星を見つけることは難しくなく、少しだけピノコニーを観察するのも悪くはなかった。

 

(なんか幸せを押し売りしてる感じで嫌だな)

 

 読んで字の如く夢で構成された夢境に入った篝は銀河一の歓楽街と言われる場所を珍しく一人で散策していた。

 夢の中である夢境で得たものは現実の物ではない。

 それに、聞こえてくる声は現実から逃げてこの夢という沼に嵌まっているような気がして、好きになれそうにない。

 

「あら、夢境に来てそんな顔してる人。初めて見たわ」

(この人の声、なんか変な気がする。ひび割れているっていうか……言葉にできないけど)

 

 白のロングコートにサングラスにニット帽、それに加えて顔を覆うマスクを着けた不審者に声を掛けられて、篝は身構える。

 

「どちらさま?」

「そんなに構えないで。この見た目が怪しいのは自覚してるから」

「自覚してるんだ」

 

 共に眠った筈の星とは落下の際にはぐれてしまい単独行動をしている篝に何かトラブルが起きた際にどうにかする力はない。

 正確には力はあるが、そうすることができない。自分にそういう力があることを自覚しても、使い方がわからなければやりようがない。

 

「私のことより、貴方の話を聞かせて。どうしてつまらなさそうな顔をしていたの?」

「……理由は色々あるけど、夢より現実の方が良い。悲しいことも嬉しいことも全部夢だったら……あー、夢だったんだってなってガッカリすると思う」

 

 今までの全てが楽しかった訳ではないが、だけど、それが全て夢だとしたら。泡のように弾ける嘘だとしたら、残念で退屈で仕方がない。

 

「そう思うならちょっと着いてきてほしい場──」

「篝! ちょうど良いところに!」

 

 彼女の言葉が突如として走ってきた星の声に搔き消される。

 その方向を向くと、五割くらい篝に似ていると言っても過言ではない銀髪の少女の手を引いて警備員から逃走している星の姿があった。

 

「篝、パス!」

「星姉! 来て早々何したの!?」

「女の子を助けるために喧嘩売った!」

「え、えぇ……!?」

 

 どうして招待された星で警備員に喧嘩を売ってしまうのか。

 これがわからない。

 そのまま、あれよあれよと星に銀髪の少女を押し付けられ二手に別れて逃げさせられていると、警備員達は別方向に行った星を追ったらしく、篝と銀髪の少女の方に追っ手は来なかった。

 

(今度あの不審な人に会ったら謝らないと……)

「あはは……何か変なことに巻き込んじゃってごめんね? 名乗り遅れちゃったけど…………あたしの名前はホタル。キミの名前は?」

 

 夢の地。ピノコニー。

 夢と現実の境に入ってしまえば、誰でも望む夢を見れるこの地で、脚本によって別たれたはずの二騎が再び終わらない夜に出会い、運命はまた動き出そうとしていた。

 

「……篝」

 

 見惚れた少女との対面が、出会いではなく再会であることも、そこから紡がれる物語が悲劇であることも知らずに、少年は()()少女に恋い焦がれる。

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