新・兎は星乙女と共に   作:二ベル

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ニコニコがやられたり、忙しない。
ハーメルンもやれたし更新するより新しいの書く方が楽だなと思ってたら復活してたっぽかったので。


栄光血統Ⅰ

「旅行へ行くなら、どこがいい?」

 

 

大神はいきなりそう言った。

天地逆転した視界でありながら、彼は構わず言った。

至って真面目な口調で。

場所はとある地図にも載っていないような田舎。

木造りの家が半分ほど、まるで嵐でも通ったのか、或いは爆発でも起きたのではないかというほどには無残な状態で失われているにも関わらず、大神はそう切り出した。

 

曰く。

 

「若い、娘の乳が揉みたい」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

鐘楼の音と共に不可視の砲撃が好々爺を襲う!!

あとついでに料理中のおじさんも!!

森の中にある『コテージ』を思わせる木造りの家は半分失った!!

まるで断面図のように残った部分で、魔女は気を失った子兎の頭を撫でながら忌々し気に眉間に皺を寄せて口を開く。

 

 

死にたいのか、爺(何か言ったか、ゼウス)?」

 

「違う、待て、違うんじゃ。つい本音が……じゃない、ワシの持て余した少年心が……ッッ! たまには天界にいたときのようにブイブイ言わせたいなという抑えきれない衝動(パトス)がッ! だって仕方ないじゃん、男の子だもん!」

 

「黙れ、ベルの教育に貴様は害悪すぎる」

 

「何をぅ、ワシほど女の扱いに長けた神はおらんぞ」

 

「そういうところだ」

 

魔女様は非常に不機嫌であった。

何度も胸に手を突っ込もうとしてきては、その度に「【福音(ゴスペル)】」。 暴れる子供を引きずって一緒に風呂に入ろうとすると「儂も一緒に入る☆」などと飛び込んでくるので、その時もまた「【福音(ゴスペル)】」。はたまた子供と一緒に寝ようとするとこれまた「儂も一緒に寝るゾイ!」とベッドに入り込もうとしてきたので、ここでもまた「【福音(ゴスペル)】」。できるのは瓦礫の山である。ゼウスはゴロゴロと転がったまま天地逆転の状態で、お天道様に尻を向けた状態で取り繕うが魔女様ことアルフィアは嫌悪の表情を崩さない。

 

「ふぅ……それで、ほれ、お前等、旅行に行くならどこがいい?」

 

「………なんだ急に」

 

「揃いも揃って、こーんな何もないクソド田舎に来て、やることないのか? おおん?」

 

「ベルと過ごせればそれで充分だ。まして、行く当てなどない」

 

「はぁ……相っっ変わらず、欲がないというか……つまらn―――」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

急に何を言いだしたか、不信感を抱かずにはいられないアルフィアだ。

大方、出ていけというのを遠回しに言って来ているのだろう。膝の上のベルの頭を撫でながら、アルフィアは溜息をつき、そして瓦礫の中に埋もれている大男へと理不尽にも言い放つ。

 

 

「ザルド、腹が()いた。何か作れ」

 

まるで女王様のような彼女の物言いに、ザルドと呼ばれる大男は何も言わなかった。子兎(ベル)に出会うまで、人里離れた険しい山奥の小屋での共同生活というかザルドがひたすら面倒を見ていただけだが、その時と相も変わらずの御様子でザルドは売り切れて久しい溜息が恋しくなった。せめてもっとアルフィアの年齢が低く「ザルドおじさん! おなかすいた!」とねだってくれればやる気もあがるというものを……と考えてザルドは頭を振って瓦礫の山からゾンビがそうするように這い出てきた。

 

(そんな幻想(ロリフィア)なんて見たら、脳が死ぬからやっぱりいい)

 

死んだ目をしながらザルドはアルフィアの膝枕で意識を失ったまま眠っている子兎の寝顔を拝んで、ほんの少し「お前が羨ましいよ」といった気持ちで料理を再開させた。ベルが目を覚ましたのは、ちょうど料理が食卓を囲った頃だった。

 

 

 

 

 

「『りょこう』って何?」

 

「………誰に吹き込まれた?」

 

「おじいちゃん」

 

「チッ」

 

「?」

 

「なんでもない」

 

 

 

湯気が上がる。

股の間に収まっているベルが自分を抱きしめる義母の腕に手を添えたまま少しだけ振り返ってそう言った。どうやらアルフィアが知らないところで吹き込んでいたらしい。なんと忌々しい爺だ、あとで殺そう。アルフィアはそう決意する。

 

「行きたいところでもあるのか?」

 

「わかんない」

 

「…………」

 

ベルはアルフィア達と出会うまでゼウスと2人で暮らしていた。他の村人とだって顔見知りではないわけではないが、交友関係といえば絶望的なものだ。何せゼウスが『クソ』をつけた上に『ド』をつけて『クソド田舎』と言うほどのものなのだから。遠出なんてしたこともない、『旅行』という概念を知らなくても無理はなかった。ゼウスがいきなり言い出したことと言い、出て行って欲しいのかもしれない。

 

「お義母さん、だいじょうぶ?」

 

「………ああ、大丈夫だ」

 

入る前は恥ずかしいのか嫌なのか暴れるベルは、もう観念したのか後ろのアルフィアに身を委ねている。アルフィアは自分の身体にかかるその小さな重みをどこか心地よく感じ、嘆息した。

 

「ねえ、お義母さん」

 

「何だ」

 

「『オラリオ』ってどんなところ?」

 

「…………さてな」

 

「お義母さん達がいたところ、なんでしょ?」

 

「…………気になるのか?」

 

「…………ううん」

 

やっぱりいい、とでも言いたげに頭を振るベルの気持ちなど手に取るようにわかる。子供に気を遣われているということに少しイラッとしたものを感じて、アルフィアはベルの頬を抓った。「いたいっ」と訴えるベルを無視して抓るのをやめて頬をムニムニと人差し指と中指で円を描くように弄ぶ。

 

 

「行きたいか?」

 

「!」

 

 

残り短い命だ。

里帰りとは違うが、いずれはベルは1人になる。なら、この子を任せられる者達を見つけてやるのも親としての最期の役目なのかもしれない。悲観的な考えではあるが、興味を示しているベルにそう思うアルフィア。しかし、時期が悪い。少し前にとある男神が訪ねてきたばかりだ。あの時は断ったが、オラリオで再会すれば「何だよ、結局来たのかよ」みたいに言われかねない。別にどうでもいいが何だか嫌だった。

 

「ベル」

 

「?」

 

「お前は……私と一緒にいて、幸せか?」

 

アルフィアは子供が苦手だと自称する。

化物を前にするかのごとく、見上げてくるから。

初めてベルと出会った時、そんなことを思っていたのについ、魔が差して、こみあげてくるものに耐えられず、気づけばベルの前に立っていた。ふと振り返ったベルの前に呆然と立っていたアルフィアは名を聞き、丸い頬に手を添え、そして静かに抱きしめていた。涙も嗚咽もその時は漏らさなかったが、ベルには泣いているように感じられたのか短い腕で抱擁を返された。どうしてだか、アルフィアからは懐かしい香りがしたのだ。いつの間にか、ベルの方が泣いていた。その時も、今も、ベルはアルフィアを化物を前にするかのように見てくることはなかった。魔法を使えば驚いて気絶してしまうし、殴れば怯えられるが、アルフィアを恐れるような眼差しでは決してなかった。それでも思うのだ。ずっと一緒にいられるわけでもないし、そう遠くない未来自分達はいなくなってしまうという。孤独が音を立ててやってくる恐ろしさがきっとあるはずなのに、自分達が会いに来てしまったことは間違いではなかったのかと。辛い思いをさせてしまうのであれば、会うべきではなかったのではないかと。アルフィアの問いにベルは小さな手でアルフィアの指を握り締めて言った。

 

「しあわせ、だよ」

 

「………そうか」

 

「だから、もう少しだけ」

 

「ああ……もう少しだけ」

 

 

ぴちゃん、と水が落ちる。

アルフィアは背を少し丸めて、密着してもうこの世にいない己の半身によく似た髪を持つ忘れ形見を抱きしめる。ベルはそんな義母の手を小さな手で握る。遠い所へ行ってしまわないように。

 

 

「「一緒にいよう」」

 

 

互いに、少しだけ寂しくなって。

そんなことを言ってしまう。

そんな感傷的な空気は、やっぱりというかゼウスの到来によって台無しに終わった。

 

「ベル、無事か!? のぼせておらんか!? アルフィアの介抱は儂に任せろ!!」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「キュッ!?」

 

 

 

ベルをベッドの上に転がしてアルフィアは台所で片付けをしているらしいザルドの背に言葉を投げかける。

 

「あとどれくらい保つ?」

 

「………さあ、な。少なくともベルが大人になるまでは保たないだろうよ」

 

「そうか」

 

「何かあったのか?」

 

「………」

 

黙りこくるアルフィアにザルドは何も言わない。

年齢を二回りもいく間柄なのだ。

派閥も違うし、恋人や友人というわけでもない。無理矢理にでも言うのだとしたら『叔父』と『姪』といったところ。主神であるゼウスが迷惑をかけていることには申し訳ないと思う半分、巻き添えは勘弁してくれとも思う。短い付き合いというわけでもないから、アルフィアがどういう人間なのかはだいたいわかっているつもりだ。だから、彼女が口を開くのを待つ。

 

「ゼウスはどうやら、私達に出て行って欲しいらしい」

 

「……………それで、旅行がどうのと言っていたのか」

 

「ああ」

 

「旅行と言ったのは口実だな」

 

「ああ」

 

「口実とはいえ、あながち否定もしきれん……か」

 

「私達はそう遠くない未来、あの子の前からいなくなる……そうなれば、あの子は孤独に凍えることになる」

 

「ゼウスが面倒を見てくれるとも思えん。あいつは1人立ちできるとわかれば、事故でも装って姿を眩ますだろう」

 

「………今のオラリオに、あの子を任せられる神がいると思うか?」

 

「さてな……それこそ行ってみなくてはわからん」

 

「…………」

 

自分達を追いだしたオラリオへ、自分達がいなくなったあとのことのために向う。躊躇う理由がないわけではない。

 

「もし行くのであれば、俺はエレボスの企みに乗ろうと思う」

 

「………そうか」

 

「誰かがやらなくてはいけないことだ。でなくては、最後の英雄は生まれないかもしれない」

 

「…………そう、だな」

 

「俺がガキ共を打ちのめす。立ち上がって、勝ってくれれば、それだけで任せられるだろうよ」

 

「いいのか?」

 

「いいさ、俺は戦って死にたい」

 

「…………そうか」

 

「お前はせいぜい、眠るように逝ってくれ。冒険者にとっては贅沢な死に方だ」

 

「元、だ」

 

「そうだった」

 

「それに……ベルには病がないとはいえ、今後もそうとは限らん。診てくれる腕のいい治療師を見つけておけばお前も安心できるだろう?」

 

「………ああ、そうだな」

 

かつては冒険者だった2人の覇者はそれで会話を終わりにした。ベッドに潜り込み寝息を立てるベルを抱きしめて意識を落すアルフィアと起きていたらしいゼウスと静かに酒を飲み交わすザルド。

 

3人は数日後、英雄の都『オラリオ』へ旅立った。

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