「確かに、書類は受け取りました。お疲れ様です」
「………」
「遠征はやはり、見送られますか?」
「…………」
「はぁ………アリーゼ・ローヴェル氏っ!」
「は、はひっ!?」
「遠征は、見送りですかと聞いているんですが」
ぼんやりとしていたアリーゼは、目の前にいる受付嬢の妖精に声を掛けられて肩を跳ねさせた。普段は無表情で『氷の妖精』などと言われる人気のソフィという名の受付嬢である。髪の色は銀。アリーゼは大きな声におっかなびっくりな反応をしてから、一呼吸置いて返答する。
「ええ、少し……見送りさせてもらうわ、ごめんなさい」
「まあ、都市の秩序に貢献してくれている貴方達ですし多少の融通は聞けるでしょうから謝る必要はないですよ。それに、メンタルが弱っている状態で『遠征』なんて良い結果が出るはずもありませんし」
「は、はは……」
乾いた笑いというか影があるというか、とにかくどこか無理してる感ある
「………帰ろっと」
アルフィアの死から、2日経った。
肉親の死を受け入れきれないベルとは別で、彼女達は不思議と冷静だった。冷静さを残していた。悲しみはある、もっと彼女に教えて欲しいこともあったし彼女のことを知りたいと思ってもいた。仮にも【ファミリア】なのだから、彼女がどう思っていようともアリーゼ達にとっては先輩であり家族だった。でも、冒険者をしているからだろうか……それとも少し前まで大抗争なんてしていて人の死など嫌と言うほど見ていたからか、アルフィアがああして眠るように命を終えたのは幸せなことで贅沢なことだと思ったからか、自分達が何をすべきかということは言われなくてもわかっていた。世話になっていた【ディアンケヒト・ファミリア】へ報告に行き、【ガネーシャ・ファミリア】や大抗争時には指揮を執ってくれた【勇者】率いる【ロキ・ファミリア】へ報せを出し、そして必要書類を纏めてギルドへ提出。2日後に提出及び報告となったのは『遠征』を見送るための嘆願書も含めて出すためだ。主神であるアストレアにも頼んで必要なものは用意してもらった。そこまでしなくても良かったかもしれないが、ギルド長のロイマンが何を言うかわからない以上やるしかなかった。
「帰って、シャワー浴びて、ちょっと軽食して、寝よう……疲れたわ」
これでも団長をしている身。
碌に眠らずに書類仕事はやってのけた。仲間達には暗い顔をしているところは見せず、いつものように明るいアリーゼ・ローヴェルをやりきって、仕事もこなした。今日くらいはさすがに寝てもいいはずだと重たい瞼を擦った。そして、昨日のことを思い出す。泣きつかれて目元を擦ったのか痣ができあがったベルが部屋にやってきた。その時にアリーゼはベルに言われたことを思い出して、謝った。謝ってしまった。
「アルフィアの寿命を縮めてしまったのは、確かに私達だと思う。殺したようなものよ……だから、ごめんなさい」
自分達がアルフィアを頼らなかったら、もう少しだけ…たとえば新年を迎えるくらいはできたのかもしれない。たらればを言えばきりがないが、そういうことを思えてしまう。強くなりたい一心でアルフィアという壁に挑んで、挑んで、挑んで、やっと勝ててみんなでランクアップをしたがそれはアルフィアの命の灯火を奪ったのと変わりないだろう。仲間同士で戦って強くなるなど、よくあることだ。けれどそんなこと、冒険者ではないベルには関係なかった。だからベルに言われたことは事実で、否定なんてできない。だから謝った。ただタイミングが悪かった。
「謝ろうとしたのに、私が先に謝っちゃったせいでタイミング逃しちゃったわよねきっと」
アリーゼは考えが足りていなかった。
ベルに言われたことがショックだったからでもある。どうして部屋に来たのか、を考えて待つべきだった。何かを言おうと口を開いたり、閉じたりしていたベルが言葉を発する前にアリーゼが謝ってしまったせいで、ベルは謝るタイミングを逃した。そしてまた泣かせてしまった。ようやく聞かせてくれた言葉は、言うつもりのなかったことだろう。
「アリーゼさん、僕、オラリオにいたくない」
聞いた話ではオラリオに来るとき、祖父こと大神ゼウスと別れたらしい。ベルはオラリオに行くと決めた当初は、観光して帰るくらいのものだと思っていたが到着後にザルドとも別れた。一度だけ夕食をご馳走してくれたが、それが最後だ。そしてアルフィア。ベルの拠り所は完全に失われた。オラリオに行きたいなんて言わなかったら、こうならなかったかもしれない。オラリオは自分から大切なものを奪う場所だとそう思ったのだろう。
「帰りたい」
ダメ、とは言えなかった。
女神様と相談させてとだけ言ってその時は終わらせたが、現在はアストレアと護衛にリューが同行という形で都市外に出ている。ベルがアルフィアの死から逃げているようでそれはダメな気がしたが、どう言ってやればいいのか言葉が見つからなかった。アリーゼは空を見上げて、白い吐息を吐く。もういない英雄に私達はどうしたらいいの?と言いたげな目をしていた。
× × ×
都市外
オラリオから北。
地図にも載っていない場所をアストレア、ベル、リューが歩いていた。都市よりも雪が積もっていて、歩くたびに足が沈む。コートにマフラー、手袋までして歩くが一番前を行くベルは身体が小さくて、ぶかぶかだったのかどこかちぐはぐで、沈んだ足を持ち上げてはまたズボッと音を立てるのはなんだかおかしくて笑いそうになってしまう。
「アストレア様、良かったのでしょうか?」
「……外の空気を吸わせてあげないと、息苦しいでしょう? 縛り付けてもあの子のためにならないわ」
「………」
アルフィアの遺体は治療院に預けてある。
アミッドが気を遣って氷の魔法で『封印措置』を取ってくれている。だから自分達がいない間に遺体が傷むだとかいうことはない。でも、ずっとそのままにしていていいわけではないだろう。
「あ、転んだわ」
「……えっ」
「ほらリュー、ベルが転んでしまったわ」
前に倒れて雪に沈んだベルを、アストレアが指差す。リューはそれを見て目を丸くする。これでは本当に白兎ではないか。
「リュー、ベルを起こしてあげて」
「し、しかし!?」
「リューだけよ、ベルのことをベルと呼んであげていないの」
「うっ」
「せっかく初見で触れられる異性が現れたのだから、しっかり手綱を握っておかないと……あっという間に取られてしまうわよ?」
「!?」
「ベルはリューのことが好きみたいだし、仲良くしてあげて欲しいわ」
「す、す……っ!?」
「だからほら、起こしに行ってあげて?」
「う、うぅ……っ」
なんで今、この時に、そういう話を!?
リューは混乱した。
いやまあ、好きか嫌いかで言えば好きな部類ではある。良い子だし。でも彼は、その、歳離れているし? 弟分みたいなものだし? 今から手を出すとか輝夜じゃあるまいし……けふんけふん。と、とにかく、私は邪なことなんて考えたことはない、けっして、けっして……っ!!と心の中で騒ぎ立てるリューはニコニコと微笑むアストレアに背を押される形でベルの救出へ向かうことになった。
「ク、クラネル……さん、大丈夫ですか?」
「くしゅっ」
雪に埋もれかけた白兎はぶるり、と身体を震わせてくしゃみを1つ。抱き上げ、降ろし、身体についた雪を掃ってやる。少しベルの顔が赤いが、霜焼けみたいなものだろうか。いやくしゃみしていたし、風邪をひきかけているのかも。今夜は宿を取れればいいが、とにかく温かくしてやらねば彼の小さな身体では冬の寒さはキツイだろうとリューは思う。
「ベル、大丈夫? 歩くのがつらいなら、おんぶ……してあげましょうか?」
「いい、です。もうすぐ、だから」
そう言って再び歩き出す。
雪を踏みしめる音だけが響くだけで、都市のような喧騒はない。田舎も田舎で仕方がないが、寂しさを感じてしまう。
「…………」
ベルが左右に首を振って、小さく口を開く。
言葉を発するというよりは、ぽかんとしてしまっている印象。アストレアとリューもベルの見ているものを見ようと左右を見渡したが、何もない。
「………畑、かしら」
「収穫を終えているためか、何もありませんね」
「誰もいないわけでは……ないのね」
「はい、気配はあります。この寒さです、籠っているのでしょう」
何を育てて何を収穫していたのかはわからないが、恐らくは畑に使われていただろう広さの土地があった。ベルはきっと見知った景色がないことに唖然としているのだろう。目元を擦ってまた歩き出して、そして辿り着いた。
「……………はは」
歩き疲れたように崩れ落ちて、ベルは笑う。
日の光が照らし雪が反射して輝く。
小さな背中がいたたまれなくて、リューは触れようとして迷い、首を振って背中に触れた。
「は、はは、ははは、リューさん、僕、もう帰るところ、なかったみたいです……っ」
ベルは笑う。
涙を溜めて笑う。
気が触れてしまったように笑う。
リューは唇を噛んだ。
アストレアは2人を後ろから見守っていた。
「クラネルさん、帰りましょう……オラリオへ、私達の
ベルがオラリオへ来る前。
× × ×
アルフィアの死から1週間経とうかという頃。
「え、ベル……オラリオを出て行ったの?」
「ああ、そうだ」
「…………」
アイズはリヴェリアに呼び出され、説明された。
歳の近い者同士、友人関係になってくれればリヴェリア的にも嬉しいではあった。何せこの幼女、三度の飯よりダンジョンである。もっとあるだろう、こう……!と思う。ベルとの交友が深まれば、ダンジョン以外のことにも興味を持つだろうし、これから先のことを考えれば『幼馴染』にもなる。リヴェリアにも似たような関係の相手はいるが、立場が立場だった。だが、そういう存在が貴重で大切であることはよく知っていた。が、ベルは都市を出て行ってしまったのだ。アルフィアの死がよほど堪えたのだろう。
「私も【
「………そう、なんだ」
知らされたのは別に今日の話じゃない。
アルフィアの死を伝えられた時には、一緒に伝えられた。アイズに伝えるべきだと思ったが、この娘、ほんっとうに人の話を聞かない。ダンジョンダンジョンダンジョン。ダンジョンに何を求めているのか。いや、まぁ、なんのために……というのはわかっているから、聞かないが。とにかくアイズに対して報告が遅れた。アイズはショックを受けてか、俯いていた。
「その、なんだ……これから先、きっと歳の近い子も派閥に加わるだろうし友人もできるはずだ。だから、そう気を落すな」
「…………」
アイズは俯いている。
リヴェリアは珍しく落ち込んでいるな…と励ます。長い髪のせいで表情は見えなかった。しかしリヴェリアの心配など杞憂でしかなかった。
「…………っ」
「ふ、震えるほど悲しいのか……っ」
アイズは俯きながら震える。
笑いそうだったから。
アイズは思ったのだ。
「なーに言ってんだこのエルフ」
と。
そう、アイズは見たのだ。
今日、本拠に帰ってくる前に、見たのだ。
ベルがアストレアにおぶられながら道を行くのを。行先は恐らく『星屑の庭』だろう。だから思うワケだ。この王族、情報が遅すぎる…と。あれか、長い時を生きる種族だから、3年前とか10年前のことを『今日のこと』とか言っちゃうのか? おばあちゃん、さっきご飯食べたでしょ! というやつなの? とばかりにアイズは少しリヴェリアに対して舐めたことを思った。
「………アイズ」
「………なに?」
「随分と、楽しそうな顔をしているな?」
「ひっ!?」
俯いていたアイズはリヴェリアに呼ばれ、顔をあげようとした。だが、リヴェリアが顔を覗き込んでいるのに気付いて悲鳴をあげた。極寒の眼差しとでも言うべきか、おっそろしい顔をしていた。
「私を……舐めているのか?」
「そ、そんなこと………ない、で……しゅ……」
「ベルはどうしていた?」
「えと、さっきアストレア様と一緒に…………あっ」
「そうか、そうか………ふっ」
しまった誘導された!?
アイズは嫌な汗を頬に流した。
リヴェリアは柔らかな笑みを浮かべた。
そして、部屋の前を通りかかったアリシアはアイズの「ふぎゅっ!?」という悲鳴に肩を揺らした。
「た、大変、大変っす!!」
「ラウル、どうしたのですか?」
大慌てで戻ってきたラウル。
ただ事ではない様子だ。
アリシアが言うのと同じ、ラウルの声が聞こえたのか団員達が顔を出してくる。ラウルは両膝に手を乗せて洗い呼吸を繰り返して、汗を垂らして言った。
「ち、治療院で火災っす!!」
× × ×
星屑の庭
「え、帰ってくるの……早くない?」
お昼を少し過ぎた頃。
アリーゼは本拠へ戻ってきた1柱と2人に目を丸くした。何せ、思っていたよりも帰ってくるのが早かったからだ。
「いや、そりゃ、帰ってきて嬉しいけど……もうちょっとかかると思ってたんだけど」
外から戻ってシャワーを浴びた後だろうか、タオルを肩にかけてラフな格好をしているアリーゼが言う。アストレアは苦笑しておぶっていたベルを下ろしてやり、リューは目を伏せた。
「よかったの、ベル?」
「はい、ぼくは、だいじょうぶですっ」
「…………」
何があったの? とアリーゼはリューに目を向けた。
リューは目を伏せた。
ベルは口元を歪ませて笑みを浮かべていた。
アリーゼはそれが演技染みていてとても嫌だった。
「ベル、何かあった?」
「……何も、な゛かった……っ」
「…………そ、そう」
背景にドンとか音でてそうな顔で言わないで欲しい。
無理矢理ギャグパート食い込まそうとしないでほしい。こっちは心配しているのに余計心配するじゃない。アリーゼは痛む頭を抱えた。
「都市外から往復の旅で疲れたでしょ? お風呂、さっきまで私使ってたからまだ温かいと思うわ。さっぱりしてらっしゃいな。鼻水垂れてるわよ」
「ベル、行きましょうか」
「一緒に入るんですか?」
「ベルは嫌?」
「……いやじゃ、ないです」
「そう、ならよかった」
アストレアの手がベルの肩に乗る。
そのままトコトコと湯浴みで冷えた身体を温めに行こうとする。アリーゼが少しばかり「いいなあ」と零していると本拠の玄関が勢いよく開かれた。狼の耳を揺らして、ネーゼが叫んだ。
「アリーゼ、来てくれ……ってリオンにベルとアストレア様!? おかえりなさい! じゃなくて、来てくれ! 緊急!!」
「ネーゼ、何があったの?」
大慌て、ただ事じゃない。
そんな印象。
アリーゼが問うとネーゼはすぐに解答した。
「治療院……【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院が火災! 爆発したっぽい!」
「!」
「アリーゼ、行きましょう!」
「ええ、行くわ!」
アリーゼ、リュー、ネーゼが飛び出していく。
浴場に向おうとしていたアストレアとベルも動きを止める。肩に乗せられたアストレアの手をベルの小さな手がぎゅっと握った。
× × ×
それは、地下にある『霊安室』で発生した。
それは、ギルドに身を隠していた『
「ひ、ひひ、もうあの化物みてえに強い【暴食】も【静寂】もいねえ……! 最強の眷族共はくたばっちまったぁ……!」
氷に閉ざされた美しき魔女の遺体を前に、小悪党は狂気に満ちた笑みを浮かべていた。懐から取り出すは、『魔剣』。ギラついた目で小悪党は舌なめずり。
「これ、持って行っちまえば……あのクソ女共の顔もぐちゃぐちゃになりやがるだろうなあ……!」
『正義』の派閥の中でも最も恐ろしかった『覇者』はもういない。何もできない。彼女はもう死んでいるから、攻撃される心配もない。ガリガリと『魔剣』をナイフのように突き立てて氷を削って中で眠る魔女を取り出そうとする。
「ち、硬ぇ……!」
いつ見つかるかわからないスリルが男の興奮を煽る。
氷の中から取り出してやればこの魔女の身体は俺のもの。そういう欲望も拍車をかける。
「欲しい、欲しいに決まってんだろ……なぁ……! 誰の物にもならなかった女を好きにできんだぜ……あのクソ女共の顔を絶望に染めてやれるんだぜ……じゃあ、手に入れるに決まってるじゃねえかよお……!」
治療院の奴等の目を掻い潜って怪我人のフリをして、忍び込んでまで来たんだ。しっかり貰っていく。だが、上手くいかない。氷は分厚く、簡単には削れなかったのだ。これこそが【ディアンケヒト・ファミリア】がもつ遺体を一時的に保管するための『封印措置』だ。遺体の腐敗を防ぎ、損傷をも防ぐ。利用されることはまずないため、一般に知らされることはまずない措置だ。
「物音……誰か、いるのか?」
男の声。
小悪党の肩が揺れ、手が止まる。
だらだらと汗を流し、息を飲む。
「霊安室が開いている……? いや、そんな馬鹿な……誰だ、誰かいるのか!?」
「ちぃっ!」
隠れてやり過ごすのは無理だと小悪党は判断。
迷うことなく、『魔剣』を振り下ろした。
爆発を起こしたように光って雷が迸り、部屋を走り抜け廊下にいる男をも貫いた。感電し、悲鳴をあげて倒れる男。小悪党はさらに氷に向って2度、3度と振るう。魔剣から放たれた雷が氷を何度も叩き、砕き、削る。そして雷が火を生んだ。それが始まりとなって治療院は地下から発生した爆発を起点に火災に見舞われた。
× × ×
「状況は!?」
「患者とかは救出した! でも鎮火が間に合ってない!」
「出火元は!? 爆発って聞いたけど!?」
治療院の前は騒然としていた。
患者もそこで働いていた
「出火元は地下! まだわかってないけど地下に薬品とかをしまう保管庫があるなら、そこが爆発したのかも!」
「魔法の可能性……たとえば、闇派閥からの襲撃とか」
「あいつらのことならやりかねないが……この状況じゃあその線を調べるのは無理だ」
「そもそも治療で魔法を使ってるから、痕跡とか調べるにしても鎮火してからじゃないと。でも、たぶん火災で証拠は消えちゃうかも」
アリーゼは別の場所から駆け付けた仲間達から報告を受ける。
地下が出火元であること。
爆発が起きたこと。
魔法かどうかわからないということ。
アリーゼは後ろからアストレアとベルが来たことに少し驚いて、ベルには聞こえないように声を絞って仲間達に問う。
「……アルフィアの遺体は?」
仲間達は顔を見合わせて、そして首を横に振る。
「わからない、でも、ダメかもしれない」
「アルフィアを包んでる氷がこの火災に耐えられれば、あるいは……だけど、望み薄」
その言葉に唇を噛む。
あの魔女の最後がこれなのか、と。
なんらかの火災でその遺体は灰に帰す。
「まだベルがお別れ、できてないのに……」
拳を握る。
歯が噛み締める。
ベルが今、どんな顔しているのか振り返るのが怖い。アリーゼが思考を巡らせていると、女神と男神の声がして、同時に小さな人影が炎の中に飛び込んでいくのが見えた。
「―――ダメ、ベル!」
「おい小娘共、アミッドを見ておら――――」
「ちょ、ベル君!?」
「くそ、馬鹿が!」
「待ちなさい、クラネルさん!」
「ああもう、皆は待機! 水用意して! 炎に耐性のある私が行くから!」
赤い髪を揺らして、アリーゼが燃え盛る治療院の中へ飛び込んでいった。固唾を飲んで待つ彼女達の元へアリーゼが戻ってきたのは5分と少し経った頃だった。その両脇にはアミッドとベルがいた。
× × ×
まるで雷でも落ちたような爆発音の後。
アミッドは避難誘導の指示を出した後、地下へ走っていた。
「地下には霊安室しかありません。それに現在、保管している遺体は1つだけ……!」
嫌な予感がした。
とても嫌な予感だ。
決して長い付き合いではないが診てきた彼女がそこにいる。
自分がいなくなったあとのことを案じて「ベルのことを頼む」と頭を下げた魔女が、眠っている。アミッドの勘が告げる。この火災は人為的なものであると。
「けほっ、煙が……!」
アルフィアの遺体がある部屋からもうもうと煙が出ていた。すぐ近くには、誰かの遺体が煙を上げている。人間の肉が焼ける臭いが鼻孔をくすぐってくる。煙が染みて涙が滲む、呼吸が苦しい、分厚い扉は熱を帯びて熱く、それでも魔女の遺体を守ろうと顔を覗かせる。
「アミッドさん!」
「!」
「……い、いかない、で……っ」
中を覗いた時、手首を掴まれる。
聞きなれた声がして振り返れば、年下の男の子。
綺麗な白髪を汚して、都市外に出て行っていたはずの少年がアミッドを引っ張っていた。名前を何度も呼び、それ以外の言葉はなく、深紅の瞳を潤ませて、やがて苦しくなって2人とも崩れ落ちた。アミッドは意識を失う間際、ベルが霊安室の中を見なくて良かったと思った。何せ、
× × ×
「搬送急いで、彼女、地下で倒れてた! 煙を吸ってるかも! あとこのお馬鹿ちゃんも!」
「担架もって……いや、2人とも小さいから抱きかかえた方が早いか!」
両の脇に抱えたアミッドとベルを下ろしてアリーゼは尻餅をついて座り込む。大きく胸を上下させて新鮮な空気を吸い込んで、冬の冷たさに熱くなった身体を冷ます。女神がそばに来て膝をついてグラスに入った水をくれた。
「ごめんなさいアリーゼ」
「いえ、あれは止められないですよ。たぶん、考えるより先に身体が動いてますよあの子」
「貴方は大丈夫?」
「へっちゃらです! でも、状況はよくないかと」
「というと?」
「アルフィアの遺体が、なくなってました」
「…………!」
「燃え尽きたのだとしたら、仰々しい火葬だって言ってやりますけど、違うと思います」
「それは……つまり?」
「盗まれてます。かなり硬い氷の筈ですから、魔法か……魔剣でも使って破壊して運んだとしか」
疲れてかアストレアの肩に頭を乗せながらアリーゼは言う。霊安室の中にはアルフィアの遺体を包んでいた氷も残ってはいなかった。破片はきっと溶けたと考えられるが、遺体が燃え尽きたというには部屋の中は何かで斬りつけたような傷が無数にあったためそれはないとアリーゼは考える。
「力任せに氷を破壊しようとして、でもできなくて……魔法を使って爆破した、かしら? どっちにせよ最悪です。大抗争が終わって、これって……はぁ……」
「ベルには伝えるの?」
「いえ、伝えません。少なくとも、今は」
「そう……」
燃え盛る治療院を憲兵達を中心に鎮火に当たっているのが見えた。周囲に目を配れば見知った顔の冒険者もいた。でも、今は何かを語る気がアリーゼにはなかった。流石に、疲れたし、キツイ。血が滲むほどに拳を握り締めて、彼女は揺れる炎をその瞳に映した。
アルフィアが死んだ日=『初雪』が降った。
アルフィアの遺体が盗まれた日=『雷』を最初に『火災』が起きた。
この一件がベル君に発現する最初の魔法の素になります。