プロローグ的な章をとりあえず書いて次にアーネンエルベかな
「オラリオってこんな……こんな……?」
「こんなものだろう」
「何を期待していた?
「…………」
某日。
ベル達はオラリオに訪れていた。
車輪の音と衝撃に身体を揺すられ、アルフィアの膝を枕に眠っていたベルは起こされた。整備された街道を走る馬車の上、小高い丘から見える一つの景色。大きな壁に囲まれる巨大な都市に、空に向って伸びる白亜の巨塔。視線の先の壮大な景色に、ベルはそれこそ御伽噺の1ページに目の当たりにしたかのように深紅の瞳をキラキラと輝かせた。眠気眼を擦っていた数秒前とは天地ほどのテンションの差だ。そんなベルにザルドは苦笑を浮かべたしアルフィアはベルが身を乗り出して落ちないようにそれとなく支えつつ、「くだらん」なんて呟きながら、やっぱりベルの反応にかすかな苦笑を浮かべていた。
「すごい……!」
なんて言ってたのはもうどれほど前のことだったか。
徐々に近づく都市。
門のあたりまで近づくにつれて、徐々にベルのキラキラとした瞳は色を失っていき口角もまた下がっていった。
「なんだか、寂しいところだね」
というのが幼いながらに感じたものだった。
それもそのはずだろう。
【ゼウス】と【ヘラ】が黒竜に敗れて以降、オラリオではそれまで抑えられていた悪が大頭しはじめ、今では『暗黒期』などと言われているからだ。門の前では厳しい警備が敷かれているのか、都市に入るのだって時間がかかる。ベル達もまた、待たされていた。
「お祖父ちゃんも来ればよかったのに……」
「諦めろ、ベル」
「でも……」
「やつは昔、湯浴み中の女神共を覗いた前科がある。オラリオになんて戻ってきたものなら、怒り狂った女神達に八つ裂きにされかねんぞ?」
「え」
「ただでさえ天界でも色々とやらかしていたらしいからな」
「主に女関係だがな」
「ヘラに殺されてしまえばいい」
「言ってやるな、あれでも大神だぞ」
「だからこそ余計に腹が立つ」
不快感を隠しもしないアルフィアにザルドはやれやれと肩を竦める。ゼウスは出立するベル達を見送るだけで、一緒には来なかった。それが少しベルは寂しくてアルフィアに手を引かれながら何度も振り返っては、見えなくなるまで手を振ってくれていたゼウスとはもう会えないんだと瞳を潤ませた。何せアルフィアとザルドと出会うまで、ゼウスがずっと面倒を見てくれていたのだから。ベルはまた泣いてしまいそうになるのをぐっと堪えて、2人を見上げて話題を変えた。
「どうしてお義母さん達は、
「「人生いろいろあるんだ気にするな」」
2人の事情などベルにはわからない。
だから2人は早々に説明してやることを放棄した。列に並んでそんなやり取りをしては、前へ前へと進んでいく。
「さて、俺もここで離脱させてもらうとするか」
「え」
「そうか」
「……ザルド叔父さん、一緒にいてくれないんですか?」
「そんな捨てられる兎みたいな顔をするな、ベル」
「でも……お別れするなんて聞いてないよ」
「…………いいか、ベル」
ゼウスと続いてザルドと離別しなくてはならない。それが嫌で、また泣きそうな顔をするベルにザルドは目線を同じ高さにするべく膝をつき、大きな手をベルの頭に乗せた。口を開いて紡がれる言葉は、ゼウスと同じように力強く優しい。
「
アルフィアはその言葉を遮らない。
小さなベルを見下ろしながら、ただ静かに、淡々と語りかけるザルドの声に耳朶を震わせていた。
「上手く立ち回れば、富も名声も手に入れることができるだろう。だが、足を踏み入れた者は否応なく時代のうねりに巻き込まれていく。俺達も……そうだった」
アルフィアに振り返ったベルの不安そうな眼差しに、アルフィアは「そうだ」という意味を含めて頷き返した。
「だが、だからこそ……英雄にだってなれる。お前にその覚悟があればな」
「英雄に……」
「いいか、ベル。ゼウスの教えだ」
「………うん」
「他人に意志を委ねるな。精霊だろうが神々であろうが同じだ。ましてや俺達は何も言わん」
ザルドがゼウスの口調を真似るようにして、その言葉を紡ぐ。真っ直ぐ、ベルを見つめ、力強い声で。ベルの小さな手がアルフィアの手をきゅっと力を込める。
「誰の指図でもない、自分で決めろ」
ベルよりも大きい手が握りこぶしを作り、そして人差し指だけが伸ばされる。それはそのままベルの胸をトンッと力強く小突いて止まる。ザルドは笑みを浮かべる。それはどこかゼウスにも似ていて、まさに子は親に似るとでもいうかのようだ。
「俺達の
ゆっくりと立ち上がるザルドの手をベルは、行かないでと言葉にできずに掴み取ろうと手を伸ばす。けれどザルドを掴むことは敵わなくて、唯一つかめたマントはするりと指の間を通り抜けた。ザルドは吐息を吐いてアルフィアと一瞬、目を合わせては頷き、踵を返す。そして言葉の続きを確かに伝えた。
「ここからは、お前の
遠ざかっていく背中。
ひらひらとベルのことを見ずに振られる手。
オラリオに行きたいなんて思ったことはいけなかったんだろうかなんて早くも後悔しはじめるベルは、アルフィアまでいなくならないようにと力いっぱいに握り締めて、肩を揺らして泣くのを堪えた。
ベルは知らない。
これから数日後に始まる『大抗争』とやらで、ザルドは悪になっていたことを。
× × ×
門を通り抜けてようやくオラリオ内部へ。
どこか陰鬱とした寂し気だとさえ感じる都市は、それでも人々の喧騒を失わせてはいない。道を行き来する多種多様な人種に、出店からなる客引きの声は今日という1日を生きようとする人々の活気を感じさせる。
「お義母さん、どうするの?」
「………行きたいところはあるのか?」
「えと……」
「私のことは気にするな」
「じゃ、じゃあ……冒険者墓地と、聖フルランド大精堂とか行ってみたいですっ」
「わかった……しかし、オラリオに来ていきなり墓地か?」
「だって『
「ああ……
「…………お義母さんは、あまりオラリオが好きじゃないんですか?」
「………そうだな、もう、誰もいないからな」
ぽつりと空を見上げるようにしながら、アルフィアは呟く。やっぱり来たのはよくなかったんじゃないかなんてアルフィアのそんなどこか寂し気な雰囲気に気を遣うようなことを思っていると、ぱちこんっとデコピンをかまされる。じんじんと熱を放つ額を手で押さえながらベルはアルフィアに連れられて移動を始めた。アルフィアにしては珍しくベルの行ってみたい場所に次から次へ、休み休み観光をする。
「?」
冒険者墓地に訪れた時。
いくつもある記念碑の中でも最も大きな石碑の前に幼女がいた。金の長髪を流す後ろ姿はそこに刻まれている1人の英雄の名を見上げているのか、ベル達の気配に気づくと振り返って立ち去ろうとした。
「じぃー………」
だが、すれ違う寸前で幼女は足を止めると
「…………」
「…………」
アルフィアの後ろに隠れるベルに構うことなく、金髪の少女は値踏みするかのようにアルフィアのことを見つめる。何も言わない幼女にアルフィアは徐々に機嫌を悪くする。だが次の瞬間、幼女は召されることになる。
「おばs―――」
強い? 何者? そんなことを言おうとした矢先。
ドゴォッッ! とアルフィアの拳骨が少女の頭の天辺を直撃した。瞬きの間とかそんな次元じゃない神速の拳は『殴られた』という結果だけを残す!
「ふぎゅっ!?」
「ひぇっ」
防御も回避も知覚も不可能!
頭頂部を貫通して全身に轟き渡る衝撃、痛み、苦しみ!
ベルは思い出した
信じられるか? 超短文詠唱より速いんだぜ!
ぐわんぐわんと頭を揺らした幼女は、そのまま石碑の前でぽてっとうつ伏せに倒れ伏した。
「初対面の相手に『おばさん』だと? 教育の浅さが知れるな、コホッ、ダンジョンの娘」
倒れ伏したまま動かない幼女を気にも留めず、アルフィアはベルの手をひいてその場を後にする。咳と一緒に血を吐いて幼女に少しばかりかかってしまったが、知らないフリ。黄昏色に都市が染まっていく。今日もどこかで悪党共が人々に血を強い、涙を流させ、正義の側に立つ者達が怒声を飛ばす。いつまでも帰ってこない金髪の幼女の保護者は同じ派閥の団員が大慌てで抱えて帰ってくるのだが、まさかそれがかつて己に辛酸を舐めさせた魔女だとは思うまい。
「リヴェリアさん大変っす!?」
「ア、アア、アイズ、アイズが!? ほら、血まで!?」
「どうした、お前達……な、だ、誰にやられた!?」
「帰りが遅いから探していたら、墓地に倒れてたっす!?」
「アイズ、おい、何があった!? しっかりしろぉ!?」
保護者は激怒した!
必ず邪知暴虐の不届き者を成敗せねばならぬと決意した!!
だがリヴェリアは犯人の顔を知らぬ!
これでは成敗などできぬ!
どうせ、きっと、『
× × ×
適当な宿屋のベッドに腰を下ろし、ふぅと息を吐くアルフィア。 何も宿をとらなくともよかったが、当てを使うにも今も残っているかわからないし、残っていたとしても掃除が必要だろう…という理由から、仕方なく宿で部屋を借りることにした。まぁ寝るだけだし、ベルは既にオラリオに来るまでの移動や今日の観光で歩き疲れて既に膝を枕に眠ってしまっているし仕方ない。
「…………さて、どうしたものか」
治安がいいわけではないオラリオ。
自分がいなくなるまでにベルの安全だけはなんとしても確保してやりたい。となれば信用のできる神と契約する必要だってあるし、今のオラリオの状況も解決してもらわなくては困る。
「ゼウスは女神アストレアを頼れなどと言っていたが……ゼウスを信用するのがそもそも癪だ」
正義の女神だし、お姉さん女神だし、イケるイケる。なんてゼウスは言っていたが鼻の下を伸ばしたようなゼウスの顔はやっぱり腹立たしかった。
「とはいえ、仮にも正義を司っているのであれば……
だってうるさいし。
群衆の主ではあるが、やっぱりうるさくてイライラする。
冒険者ではない道を行くのであれば生産系の派閥もあるが、そうなると
「もう来ることはないと思っていたんだがな……相変わらず、騒々しい場所だ」
瞼を閉じ、ベルの小さな体を抱き枕のように抱きしめる。
背中に回した手から感じる鼓動が妙に心地よく、自然とアルフィアのドレスを握り締める小さな手が「いかないで」と主張してくるようで愛おしく思えてくる。もういない
「メーテリア、私は眠るのが恐ろしくなる日がくるなんて、思いもしなかったよ」
そう言って、アルフィアもまた眠りに落ちた。
× × ×
別日。
「お前が正義の女神か?」
「………貴方は?」
まだ太陽が真上に来ていない頃。
アルフィアは偶然にも見つけ出すことができた。
といっても、出会う神出会う神に「お前が正義の女神か?」と聞いて回っていただけだが。ふざけて「そうよ!えへん!」なんて言う女神には往復ビンタで黙らせた。彼女の纏う空気は優しく、正しく、清らか。胡桃色の長髪は背に流れ、双眸は星海のごとき藍色を帯びていてまさに星空のように見る者を惹きつける。女性らしい、なだらかな線を描きながら、けれどしなやかな肢体を包んでいるのは、穢れを知らない純白の衣。その物腰を含めて貞淑な貴女を彷彿させるが、深い谷間を作る双丘だけは悩ましい。
『女神』という言葉は彼女のためにある。
そう宣言してもいいほど、一目でみれば彼女こそが『アストレア』なのだと感じられた。聞いて回っていたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「私………いや、私の子を、【ファミリア】に入れて欲しい」
「………詳しく、聞かせてもらえるかしら?」
アルフィアの後ろで女神に見惚れて顔を赤く染めている可愛らしい小動物を瞳に映したアストレアはクスリと笑い、
この日、【アストレア・ファミリア】には2人の眷族が加入した。