「お義母さん、遅い……」
星屑の庭で1人、留守番をするベル。
外は危険だからと本拠の中にいるが、それでも外から聞こえてくるのは怒声や悲鳴だったりでそれらが不安を煽ってくる。たった数分も数時間のように感じられてしまうほどで、本拠内をウロチョロしている間に時刻は昼を過ぎかけていた。
「1時間で帰ってくるって言ってたのに」
アルフィアもまた外に出ている。
とはいえ、アリーゼ達も息子を置いて外に出ろとは言えないし本拠の周辺を頼んだだけだ。アルフィアは派閥に加わっている以上は、それくらいはしてやるかと受け入れたが出て行ったっきり戻ってこない。ひょっとしたら、何かあったんじゃないのか。病が悪化して倒れているんじゃないか。そんな良くない考えが巡って、
「………っ、探しに、行かなきゃ」
ぐぅぅ、とお腹が鳴った。
玄関を少しだけ開けて外を見ると、やっぱりどこか恐怖を感じる。それでも、まだアルフィアと別れたくなかったベルは目元を拭って外に飛び出していた。
「僕が、お義母さんを…っ、助けないと……」
一方。
まさか本拠からベルが飛び出してしまったとは知らないアルフィアの背に
「何をしている?」
鼓膜を引き裂くような爆音が、止まることなく鳴り響く。
通りという通りが燃焼し、熱風が逆巻く。
宙を跳ぶ数多の火の粉は一見、幻想的で、ひたすら残酷だった。魔女は足元で倒れている
「忌むべき雑音、だが二度と聞くことのない旋律。それに耳を貸している」
その声音は、この状況に似つかわしくないほど平然としていた。炎の猛威など歯牙にもかけぬように、凪いだ海のごとく言葉が並べられる。
「私なりの拝聴にして黙祷だ。いくら煩わしくとも、いざ失われるとなれば惜しむ……それが、人だろう?」
フードを揺らして振り向くアルフィアに、リヴェリアの眉が逆立った。紛れもない憤激を宿す彼女は突き付ける。
「――これは貴様の所業か?」
「さてな、私はただここに現れたにすぎん。だが、何もしていない結果にこの光景が生まれたのであれば、
「――貴様、それは何だ?」
アルフィアは面倒くさそうに溜息を吐いた。
一々うるさい妖精だ。
これはあれか、更年期というやつか?
それは何だ、だと? とアルフィアはリヴェリアがまさか自分の足元に広がっているものを指しているとは思ってもおらず、どころか自分が両腕に抱く紙袋の中身のことだと勘違い。中身は子供の玩具だったり菓子だったりが入っている。騒ぎが激しくなる前に買っていた品だ。
アルフィアは思う。
他人の所持品に口を挟むとはなんて卑しい女なんだ、と。だからアルフィアは足元に広がっているいくつも折り重なった破壊しつくされた冒険者達に目もくれずに言った。
「
アルフィアの無感動の答えに、張り詰めていたリヴェリアの怒りの線は断ち切れた。
「もういい、消えろ。己の命をもって、その非道を償え!」
激昂する
「【吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】!」
アルフィアは思う。
いい歳した大人が、帰りが遅くなった詫びとして玩具やらを買ったというのにそれを寄越せというのか……と。なんて卑しい
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」
放たれる三条の吹雪。
全てを凍てつかせる猛烈な氷波に、アルフィアはローブの裾を鳴らし、片腕を振り上げ――
「【
たったそれだけで、必殺の吹雪は
「なっ―――!?」
リヴェリアはこの時まで、知らなかった。
目の前にいるのが覇者の1人である【静寂】のアルフィアであると。さらに言えば彼女がまさか【アストレア・ファミリア】に加わった新団員だということも知らなかった。いや、正義の派閥が新たに団員を迎えたというくらいの情報は聞いてはいたが、多忙な彼女である、まさかそれが目の前の女だとは知る由もない。
リヴェリアは、子供の玩具を奪おうとする卑しい女と勘違いしたアルフィアによって魔力のうねりを察知し急行したガレスともども敗北させられた。
「相変わらず喧しい連中だ。
ぽんぽんと埃を掃うような仕草をした後、アルフィアはリヴェリア達になど興味がないとばかりに背を向けてどこかへと姿を消していく。
「お前達のせいで余計に帰宅時間が遅くなってしまった。私は残業などしないと言っているのに……つい先日も
何の話をしているのか分からないアルフィアへ言葉を返す者はいない。星屑の庭へとようやく帰還したアルフィアは、玄関の前で息を吐く。腹を空かせているだろうベルに遅めの昼食を用意してやるか。その後、詫びもいれて……と思考を巡らせていると気配を一切感じないことに眉を跳ねさせた。玄関には鍵がかかっておらず、開いてみれば、しんっとしている。
「…………ベル?」
何者かが侵入したような形跡はないが、ベルの姿がどこにもない。アルフィアは膝から崩れ落ち両手を地に付けた。
「なん……だと……ゴフッ、ケホッ」
痕跡1つ残さずに、乙女の花園に侵入するどころか幼子をさらった賊がいる。もしものことがあれば、それこそ
一方。
まさか自分が出て行った後にアルフィアが帰還していたなんて知らないベルは、空腹のあまり行き倒れていた。
「じぃー………」
それを見下ろしているのは、金髪金眼の幼女だ。膝を折ってツンツンと頬を突くとピクピクと反応する。真っ白、兎みたい……どこから来たんだろう? 首を傾げる幼女ことアイズ・ヴァレンシュタインは子兎の頬をつんつんつんんつん。
「うぅ……」
ぐきゅるるるるっ、と子兎の腹が音色を奏でた。
アイズの耳にもそれが聞こえて、お腹が空いているんだなと思った。しかし今、手持ちに食べられるものはない。ロキ達にも黙って出てきてしまったのだ、つい、外の音が気になったものだから。バレる前に帰らないとリヴェリアに説教される。それは困る。
「……この子を助けたって言えば、許される?」
アイズの子煩悩な頭が、たった一つの冴えた考えを思いつく。行き倒れの子兎を拾い面倒を見る。そうすれば、怒られるどころか褒められるのではないか?と。
「おおアイズよ、行き倒れの少年を助けるとは何て偉いんだ……お前は良い子だ!」
とか言われるかもしれない。
別にそんな打算があって助けるわけではないけれど、放っておくのもなんだかなーって思うからであって、というかもう少しこのモフモフを触っていたいからなんだけど、とにかく、外出したことについては言い訳ができる。うん、きっとこれならいける。とアイズの子煩悩な頭が導き出した答えにムフフ、と笑みがこぼれる。倒れている自分より少し背の低い男の子を背負うとアイズは自分が住む本拠『黄昏の館』へと帰還する。
「アイズ、これは何だ?」
しかし現実はいつだって非情であった。
アイズは正座させられていた。
リヴェリアに問い詰められていた。
食堂の片隅で王族が幼女を問い詰めている光景があった。
団員達は気づかれを起こして何も言わない。
「俺達は、絶対悪!!」
とか外であった数時間後のことである。
椅子の上にちょこんと座り、スプーン片手にスープを口に運ぶベルはちらり、とアイズ達のことを見て隣に座って自分を眺めているエルフを見て、目が合うと微笑まれて顔を赤くして顔を逸らした。
「貴方はどこの子なんでしょう……」
アリシア・フォレストライトは美味しそうに食べる男の子に不思議そうに言う。もし真相を知るものがいれば、「その子、【アストレア・ファミリア】の子なんです! 新団員なんです!!」と言うだろうが、生憎この場にはいない。
「アイズ、あの子はどこで拾って来た! 勝手に外に出たのか!? 誰がそんなことを許した!?」
「い、行き倒れて……っ」
「だから何だ!」
「!? !? !?」
あっれ~おっかしいぞぉ~思っていた展開と違うことにアイズは戸惑いを隠せない。ねえ君もなんとか言ってよとチラリとベルの方を見たが、残念なことにベルは食事に夢中でアリシアだったり食堂にやってきた青ざめた顔のラウルだとかアキだとか古参のバーラだとかに囲まれてしまっている。おかしい、なんで……あっれぇ?
「元の場所に戻してこい!」
「リヴェリア、それ木箱の中に入れられていた犬猫を拾って来たときに言う台詞だよ」
「うむ……流石にこの状況下で元の場所に戻すのは殺すのと変わりないぞ? ちと落ち着け、リヴェリアよ」
リヴェリアもいっぱいいっぱいなのだろう。
何せ音の砲撃をくらってまだ頭がぐわんぐわんするのだ。本拠で大人しくしていると思っていたらまさか勝手に外出していたと知れば幼女に怒りもする。
「白髪の子なんて珍しいわね、本当にどこの子なのかしら」
「美味しいですか?」
「はいっ」
アリシアの方を向いて満面の笑みで返事するベルに、胸がきゅぅんっとするお姉さん達。これが、母性か……なんて思い始めている始末だ。ベルはベルでこの人達優しい、良い人達だ。なんて思っているし、隣にいるアリシアはとても綺麗だ。リューはアリーゼ達に言われて初めて手を握ってみたときから、妙にそっけないし憧れのエルフさんにそんなことされればベルだって傷つく。それに比べて隣のエルフさんはとても優しい。髪の毛も綺麗だし、綺麗だし、綺麗だ。エルフにしては大きい、たわわな果実に「これがハイエルフ……」なんて思ってしまっているところではある。
「どうして倒れていたの?」
猫人のアナキティが問う。
ハッと思い出したようにベルが言う。
「お義母さんが帰ってこなくて……お姉さん達は忙しくて、まだ帰ってなくて……だから僕がっ、探しに……僕が助けなきゃって」
「嗚呼……っ!」
なんていい子なのでしょう……!!
アリシアは胸に手を当て、アキやラウルは気まずそうな顔をした。この時世である、帰ってこないということはもう、彼のおかあさんは……帰らぬ人になってしまっている可能性の方が高いだろうと誰もがそう思う。それを知らず、この白兎を思わせる少年は危険を顧みずに親探しをしていたというのだ。なんて胸の痛む話か。
「お義母さん、病気なのに……どうしよう……」
「っ」
病気の母親を探していただなんて、なんて良い子なの……!? その場にいる者達は自分よりも遥かに幼い少年の行動に胸をうつ。もうその母親は帰らぬ人になっているかもしれない。今は無理でもその内に、この少年の身元捜索をしてやらなくては……良識的な【ロキ・ファミリア】の団員達は胸にその決意を抱いた。
「リヴェリア、私が、あの子の世話をするから! いいでしょ!?」
「いいわけあるか!」
「ご飯も食べさせるし、お風呂にも入れるからっ!」
「
「命の重さは一緒です!」
「ど、どこでそんな道徳心を……!?」
アイズとリヴェリアはなんかやっているし、フィン達は苦笑を浮かべて「うーん、なるべく早く彼の家族を探してあげないとね」と肩を竦める。この時世ではいつになるやらわかったものではないが、
「少年、君の名前を聞かせてくれるかい? 君の家族のことは、僕達が責任をもって捜索しておこう」
「………ベル」
「ベル……良い名だね。ラウル、アキ、すまないが可能な範囲で頼めるかい?」
「は、はいっす」
「わかりました」
母親につけられた名を褒められたのが嬉しかったのか頬を染めて俯く少年にフィンはくつくつと笑う。外では絶望的なことがあったというのに笑うことができるとは、中々どうして彼は不思議な少年だとそんなことを思った。ベルはこの人達ならお義母さんを見つけてくれるかもしれないと期待と安心を覚え、食事をとりおえると疲れからか眠りについてしまった。
後日。
ラウル達に頼んで並行処理でベルの身元を捜索していると、どこからか話を聞いてきたのか、顔を青ざめさせた男神ヘルメスが【ロキ・ファミリア】の本拠へとやってきた。
「や、やあ、【九魔姫】……今日もいい天気だね」
「………曇天だが、神々はこれをいい天気と言うのか?」
「は、はは……ええっと、君に手紙を預かっているんだ」
「手紙?」
こんな忙しい時になんだ?
訝しむリヴェリアはヘルメスから手紙を受け取る。手触りの良い封筒の中には一行だけメッセージの書かれた手紙ともうオラリオには存在しない派閥の徽章とどうしてだか正義の剣と翼が描かれた徽章が同封されている。
「覚悟しておけ」
そう、記されていた。
同封されていた徽章は、冠をかぶった女神を思わせるものが描かれており、それはリヴェリアだって知っている派閥のものであった。頭が痛い……そんなこと、あるぅ?と痛む頭を押さえて、リヴェリアは私室を後に、食堂でアリシアやアイズに構われているベルの前で膝を折って見上げながら問うた。
「少年、君の母親の名を聞いてもいいか?」
「あるふぃあ おかあさんです!」
「―――――ぇぅ」
「リ、リヴェリア様の口から変な声がっ!?」
敵の子だった。