いきおいトリップ!   作:神山

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二十二話目

翌日、と言っても寝たのが日付が変わってからだからアレだけども、俺はDeepSleepというどこでも熟睡出来るPerkのおかげで朝にすっきり目覚める事が出来た。一度伸びをしてから時間をPip-Boy3000で確認すると午前7時、丁度いい時間だ。とりあえず俺は寝間着代わりにしている赤くて光沢があり、微妙に高級感の溢れる長袖長ズボンのセクシーなネグリジェから傭兵服・チャームに着替える。

 

 

これは少し青みがかった灰色をした長袖長ズボンに革のブーツを履いて、少し膨らんでいる首もとは顎まで覆う様に閉められた襟元に覆われている。ちょっとしたネックウォーマーだ。それにきちんと洗ってあるし、薄そうに見えるがそこそこ防御力はある。

 

 

「朝食お願いします」

 

 

「あ、はい。すぐにお持ちしますね」

 

 

下に降りた俺はまだ人が疎らな店内を歩き、昨日座ったカウンター席に座って近くにいた従業員のお兄さんに朝食を頼む。するとそそくさと奥に入っていったので、今日の予定を考える。

 

 

今日は昨日アイザックと約束してたミニ・ニュークの書類を書くための用紙を受け取って、期限を聞く。その後は魔法についてアイザックにどうにかならないか聞いてみよう。昨日の話してた時点では、なんだかんだで仕事は部下に任せていたから暇だったらしいアイザックだが、ミニ・ニュークの件と俺のデスクローの件で忙しいはずだ。両方とも自分が関わってるのがいかんともし難いが……まぁ仕方がないよな。

 

 

「あ、女将。おはようございます」

 

 

「おはよう。ん?その朝食はコウヤ、いや、あそこのカウンター席でボケッとしてるやつのかい?」

 

 

「あはは……えっと、はい。そうですね」

 

 

ミニ・ニュークの件に関してはあの貴族のガキのせいだし、デスクローはそんな手続きがあるなんて知らなかった訳だし。まぁ知ってても出すけどね。

 

 

「なら私が持っていくよ。渡しな」

 

 

「え?あ、はい。でも、どうしたんですか女将。普段はそんな事しないのに……」

 

 

「あんたは昨日いなかったんだっけ……なに、アレは私のお気に入りだからね。朝の挨拶がてら持っていくだけさ」

 

 

「……え?えぇぇぇぇぇっ!?」

 

 

もしどうしようもなかったら、とりあえずこの学院都市をぶらついてみよう。何かしら見つかるかもしれないし、魔法具とやらを見て回るのも良いだろう。それかギルドで依頼を物色するのもありだな。まぁ何にせよ最低でも1ヶ月、もしくはそれ以上滞在する予定だし、気長にいこうかね。

 

 

「まっ、考えるだけじゃしょうがない、か」

 

 

「何がしょうがないって?」

 

 

「うぉっ!?」

 

 

あまりに考え事に集中し過ぎていたのか、後ろから顔だけ出して耳元でそう言ったクレアに驚いて身体がビクリとする。センサーに意識がいかない位ボーッとしていたようだ。それにしても、凄く久しぶりに聞く自分の驚いた声だな……そういえばすっかり忘れていたが、じきに治るとか言っていたようなそうでないような……まぁ感情が戻るのは良いことだよね?対して深く考えてなかったからどうでもいいや。

 

 

「くくっ、案外可愛い反応するじゃないか。はい、朝食」

 

 

「可愛いって……はぁ、朝から驚かさないでくれよ。俺の小さな心臓に悪い」

 

 

「どの口が言うか」

 

 

からから笑うクレアにやれやれと肩をすくめていると、クレアは昨日座っていた場所と同じ俺と対面の椅子に腰かけた。

 

 

朝食はハムみたいなのと野菜のサンドイッチ。そしてホットコーヒーといった簡単だが俺みたいに朝はそんなに食べない人には優しいメニューだ。コーヒーがついてるというのもありがたい。

 

 

「あぁ、そうだ。昨日の酒……何て言ったかね。あれはまだあるのかい?」

 

 

「ウィスキーか?あるぞ。まだ飲むつもりか?」

 

 

「んー、それも捨てがたいんだけど、店でメニューに加えられないもんかと思ってさ」

 

 

「ふむ……」

 

 

サンドイッチを一口食べて、少し考える。正直ウィスキーはPip-Boy3000に腐るほどあるから別に問題はないんだが、いくらクレアでもタダでやるという選択肢は勿論ない。となると、売値をどうするかが問題になるが……酒は自前のがあったからこの世界の酒の価格がわからない。そこは交渉か。

 

 

「いいよ。とりあえずタダで10本、試験的に渡そう。それで客の反応見ていけそうなら、取引しようか」

 

 

「味もいいし、色んな飲み方がある酒なんて無いからね。売れるよこりゃ。でも試験的にとはいえ10本もいいのかい?昨日二人で飲んだ分だったはずだけど、結構な量だったじゃないか」

 

 

「クレアは気に入ったけど、他の奴等がどうかはわからないからな。甘さが嫌いな奴もいる。それに、クレアと俺はザルだから大丈夫だが、結構度がきついんだよ。だから念のため。余ればクレアが飲めばいい」

 

 

「やった!」

 

 

この世界の、というかこっち側の人間に合うかどうかはわからない。メニューを見れば酒は果実酒だけなので、売れなければビールやスコッチを出してみてもいい。ワインは赤しかないから特別売れるという事は無いだろうし。とにかくまずは試験運用だ。客に試飲させて好評なら交渉開始だ。

 

 

「それじゃまず最初の10本だ。今日から出してみてくれ。飲み方は――」

 

 

それから少しの間クレアにウィスキーの飲み方を教えた。Pip-Boy3000からウィスキーを出してストレートやハイボール、トワイス・アップと、グラスに入れながらの実演講習を行った。コーラ割りも美味いけど、ヌカ・コーラを出すわけにもいかないのでそこは飛ばした。後は度がきつい事と保存方法、どの酒にも言えることだが飲ませ過ぎない様にとの注意。二人共ザルだし俺なんかは全然問題ないので後処理は楽だった。勿論クレアはこれから仕事だから飲ませなかったけどね。物欲しそうな目に何度も屈伏しそうだったけど……耐えてみせましたよ!ちなみに氷は水があれば魔法で何とかなるらしい。やはり、なんとも便利なものだ。

 

 

「――んぐっ、と。まぁこんな感じだ。一応メモは渡しておくけど、わからなければ聞いてくれ。質問は?」

 

 

「……」

 

 

「質問は無いな……はぁ、夕食の時に何本かやるよ」

 

 

「流石コウヤ。話がわかるね!」

 

 

無理でした。譲歩しちゃいましたよ……正直あんな美人に物欲しそうな顔されて耐えられる男はいないだろう。いたらそいつは絶対おかしい。もしくは同性愛者だ。

 

 

「んじゃ、俺はギルドに行くとするよ。ごちそうさま」

 

 

「わかったよ。昼はどうする?」

 

 

「そうだな……まぁ今日はいいや。いってきます」

 

 

「ん、いってらっしゃい」

 

 

クレアの声を聞きながら、俺は少し騒がしくなってきた宿から出た。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

宿を出て裏路地を通らずにギルドに向かったために少し時間がかかったものの、特に何があるでもなくギルドに到着した。中には何人かの冒険者がおり、食事をする者や朝から酒を飲む者もいる。勿論依頼を見ている奴等もいるが。

 

 

「あっ、おはようございますコウヤさん」

 

 

「おはようフェリカちゃん。早いね?」

 

 

「今日と昨日は学院がお休みですからね。バイトです。学院も一応他と同じく一週間に2日お休みがあるんですよ。イベントとかで無くなる時はありますが」

 

 

「へぇ」

 

 

受付に昨日と同じ所に座っていたフェリカちゃん。ごめん、俺はこの世界に一週間の概念があるなんてのも知らなかった。あれかな?土曜日と日曜日と同じ感じと考えてればいいだろうか。と、言うことは今日は日曜日……って、Pip-Boy3000を見たら表示されてたよ。

 

 

「まぁ、頑張ってくれ。俺はアイザックに会いに来たんだが、いるか?」

 

 

「はい。お話はマスターから聞いてます。今はララが来てますけど、構わないとおっしゃってました。昨日のお部屋へどうぞ」

 

 

「了解。ありがとな」

 

 

フェリカちゃんに礼を言ってから後ろの扉を開けて中に入る。ララちゃんがいるのか……まぁアイザックがいいと言うなら問題ないんだろう。俺は知らん。

 

 

「来たぞ~、アイザック」

 

 

「ん?あぁ、コウヤか……少し待ってろ」

 

 

従業員以外立ち入り禁止エリアをとことこ進み、昨日のアイザックの部屋に入る。するとそこにはソファーに腰かけて紅茶を飲んでいるララちゃんと、書類を片付けているアイザックの姿があった。そこで俺はララちゃんと対面のソファーに座ってとりあえず挨拶。

 

 

「おはよう。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はコウヤ・キサラギ。よろしく」

 

 

「えぇ、フェリカから聞いてると思うけど、魔法学院一年Aクラスのララ・ザグレブよ。そこのバカ兄貴の妹。今日何で呼ばれたのかは、知らないけどね」

 

 

「そうむくれるな。俺だって面倒なんだ。今から説明してやるよ」

 

 

だりぃ、と言いながら数枚の紙を持ってララちゃんの隣に座るアイザック。そしてふんぞり返って俺の方にその紙を置いた。紙を見てみると、アイザックの直筆だろう字で『ミニ・ニュークについての危険性及び専門家の見解と説明』、と書かれていた。

 

 

「これが昨日の遺物についての報告書用紙だ。来週には纏めて出してくれ。用紙が足りなければまた来い」

 

 

「了解。出来るだけわかりやすく書くとするよ」

 

 

Pip-Boy3000からクリップボードを出してそれに挟み、入れると表示が『報告書用紙』に変わる。こういう自動的に選別してくれるのはありがたい。

 

 

「おいコウヤ、今の板きれは何だ?」

 

 

「ん?クリップボードか?これはここの留め具で紙を留める道具だ。下に板があるから持ったまま書けるし、紙も手で直に持つよりかはよれない……タダじゃやらんぞ」

 

 

「ちっ」

 

 

Pip-Boy3000から新しく出したクリップボードの留め具をパチパチと動かしながらアイザックに説明する。クリップボードは各種馬鹿みたいに集めたからPip-Boy3000の中でもクリップボードの数は一番に多い。しかし、例え友人に舌打ちされてもタダでやるなんて馬鹿なことはしない。この世界の筆記用具は羽ペンではあるけど、魔法でインクが羽に固定された物が普及しているらしいので問題はないはずだ。見た目は黒い羽ペンだが、使っていくと徐々に羽が白くなるというボールペンみたいな物だと昨日学院都市の話を聞いたおっちゃんに聞いた。現にアイザックがさっきまで使っていたのもそうだから、大丈夫なはずだ。値段も手頃だったし。

 

 

「そうだな……一枚20ギルでどうだ?」

 

 

「高い。10だ」

 

 

「[Barter85%]今後の実用性を考えてみろ。まけても15ギルだ」

 

 

「[成功]まぁ、そうだな……わかったよ。なら100枚くれ。金は後で渡す。経費で落ちるよな……いや、落とす」

 

 

「毎度あり~」

 

 

思わぬ収入に口元が綻ぶのを抑えつつ、クリップボード100枚を部屋の隅にドサッと置く。ついでにもう6枚取り出し、アイザックとララちゃんの前に置いた。元がウィスキーと同じくタダだから、もうウハウハだ。ゲームで収集家だったかいがあったってものだ。

 

 

「アイザックにはまとめ買い特典として更に5枚、ララちゃんには待たせたお詫びであげよう」

 

 

「えっ、いいの?やった!これで野外実習とかの時に苦労しないですむわ!ありがと!」

 

 

「てめぇ……タダじゃやらねぇって言ってたじゃねぇかよクソッタレ」

 

 

「阿呆。期限切れのタダ券渡して恥かかせてくる馬鹿と美少女を一緒にするな。違いがでて当然だろうが」

 

 

「げっ、あれ期限切れてたのか……そういや貰ったの去年だったな」

 

 

アイザックのその言葉にララちゃんがやっぱりバカね、とつっこむ。それに言い返す余地が無いためアイザックは一度舌打ちしてから話を変えるため喋り出した。俺が美少女と言った時に当たり前と言うように無い胸を張ったララちゃんがひどく可愛らしく見えたのは余談だ。

 

 

「さて、話が脱線したが頼みたい事がある。ララを呼んだのもそのためだ」

 

 

「出来る限りの事はしよう。で、何だ?」

 

 

「まぁそう身構えるな。ただ昨日のアレを学院の研究室に持っていってほしいだけだ。ララはその道案内をしろ。コウヤが学院内で不審者に思われない様にな」

 

 

「依頼の報告の後にそのまま連れていかれて何を言うのかと思えばそんな事?まぁ、コウヤさんにコレも貰えたから良いけどさ。昨日のアレって何よ?研究室に持ってくんだからよっぽどだとは思うけど……」

 

 

ララちゃんは知らない様で首を傾げているが、昨日のアレと言えばデスクローしかないだろう。というかそれ位ギルドでやれよ。

 

 

「別に暇だから構わないが、何で職員でやらないんだ?」

 

 

「皆ビビって適当な理由つけて逃げやがってな。非番の奴等もどこで知ったのかいなくなったし……となれば、討伐して持ってきたお前しかいないだろ」

 

 

ビビってって……まぁ化け物はこの世界じゃ別格で恐怖と死の代名詞的な存在みたいだからな。特にデスクローは最強種に入るし、死体でも十分怖い見た目だし。昨日のコーヒーを持ってきた職員が即行で逃げたのもそのためだろう。そのせいで広がったんだろうけど……ギルド職員としてどうかとも思うがね。

 

 

「はぁ、わかった。どうやって持っていけばいい?」

 

 

「すでにギルドの所有物になってるからお前の魔法具には入れれないからな……あんなデカイの入れれる箱も今は余りが無いし。よし、そのまま担いで行け」

 

 

「マジかよ……」

 

 

デスクロー担いで街中練り歩けと?デスクローなんか見せたら子供は絶対泣くぞ。でもかといってPip-Boy3000に入れたら規約に色々と引っかかる訳で……それに研究室とか本職の学者さんにPip-Boy3000は誤魔化せる自信ないから、余計に使いたくない。

 

 

「マジもマジだ。ついでに学院の図書館にでも行ってこい。ララの招待があれば少し手続きすりゃ入れるはずだ。お前の知りたがってる魔法についても初心者用の物から用意されてる」

 

 

「あれ?コウヤさん魔法の勉強したいの?」

 

 

「あぁ。俺はあんまり魔法についてよく知らないからな。せっかく学院都市まで来たんだ。これからのためにも基本原理程度は把握しとかないと、今後危なくなりかねん」

 

 

「ふぅん。まっ、コウヤさん冒険者だもんね」

 

 

ララちゃんが良い終わると、話は以上だとばかりにアイザックが席を立った。俺もここに来た用は済んだので、ララちゃんを即して立ち上がる。アイザックが言うには隣の部屋らしいので、アイザックに挨拶して部屋を出た。そして言われた隣の部屋に入ると、様々な素材が置いてある中心に死体であるにも関わらず異様な存在感を醸し出しているデスクローの死体が寝そべっていた。持ってきた俺が言うのもなんだが相変わらず怖ぇ。

 

 

「ね、ねぇコウヤさん。まさかとは思うけど……アレ?」

 

 

「あぁ、昨日俺が持ってきた」

 

 

「頼みなんて聞くんじゃなか……って嘘ぉ!?」

 

 

先程までビビっていたのが嘘のように耳元で叫ぶララちゃん。耳が痛い……。

 

 

「デスクローっていえば兄貴が他のギルドマスターと組んでやっと倒せたって化け物よ!?いくら遺物があるからって……!」

 

 

「そう言われてもなっ、と」

 

 

ララちゃんの言葉に苦笑しながら、俺は中心のデスクローを肩に担ぐ。尻尾や爪が地面に擦れるのは勘弁してもらおう。研究のための検体をこの状態で提供するんだから、speechスキルやsienceスキルで文句は言わせないつもりだがね。

 

 

「信じられないならアイザックかフェリカちゃんに聞くといい。それでもと言うならばギルドカードも見せるが?」

 

 

「むぅ……そこまで言うなら、本当みたいね。ごめんなさい。あんまりの事だったからつい」

 

 

「ははっ、いいさ。じゃあ気を取り直して、案内を頼めるかな?」

 

 

「えぇ、任せなさい!」

 

 

またもや無い胸を張って悠々と歩き出すララちゃんに近所の子供的な何かを感じて癒されつつ、俺はデスクローを背負い直してついていった。カウンターのフェリカちゃんと通りの職員に軽く悲鳴をあげられたのは余談だ。




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