いきおいトリップ!   作:神山

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二十四話目

教師達をスルーして研究所に戻って来た俺達は、教授が鍵を開けたのに続いて中に入った。ララちゃんもデスクローがどうなるのか気になるらしくついてきている。

 

 

「うわ……これはまた」

 

 

「どうだい?凄いだろう?」

 

 

中に広がっていたのは、この世界において化け物と呼ばれるミュータント達の標本の数々。そして何故かグツグツ煮立っている緑色の液体の入ったビーカーやらフラスコやら……どこからどう見てもマッドです。

 

 

「ふっふっふ、これこそ私と部下達の研究のたまものだ!長い年月をかけてようやくここまでたどり着いた。そしてこのデスクローによって私たちの研究は更に進むことだろう。感謝しているよ」

 

 

「いやぁ、俺としては出てきたのを倒しただけなので何とも言えないんですけどね」

 

 

よっこいしょ、とデスクローを教授に指示された机の上に置き、ぐるぐると肩を回す。バキバキと景気のいい音が肩から聞こえてすっきりした俺は、改めて辺りを見渡す。標本とされているのはフェラルグールにモールラット、バラモン、顔の潰れた傷だらけのミレルーク、更には小型の檻に入れられたラッドローチ……うぇ。まだカサカサ言ってるし。

 

 

「……ラッドローチは飼ってるんですか?」

 

 

「むっ!ラッドローチという名前を知っているのかね!これは期待出来そうだ……おっと、質問に答えてなかったね。そうさ、私達はこいつらを研究のため飼っている。度々檻を食い破るのがいただけないがね」

 

 

「檻を食い破る程度はまだ生易しいですよ。まだ人を食ったとかがなくて良かったです。今度からは何重にも檻をかけた方が……何か?」

 

 

俺としては至極当然な感想を言っただけだったが、何やら教授とララちゃんが驚いた顔をしていた。そしてポカンとしていた二人は少ししてから口を開いた。ちなみにラッドローチは30cmぐらいの放射能で変異したデカいゴキブリだ。しかしゴキブリだからこそナメちゃいけない。何でも食い破るし、やはり生命力が凄い。ピストル位なら何発か耐えるからな。

 

 

「……ラッドローチは、人間も食べるの?」

 

 

「あれ?知らなかった?」

 

 

「私も初耳だ」

 

 

……あれ?選択肢ミスった?

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

Side教授

 

 

化け物研究の権威。そう呼ばれていた自分がいかに天狗になっていたかを、私は思い知らされた。

 

 

私達がラッドローチの研究を始めてまだ5年も経っていないが、彼、コウヤ・キサラギの――どこか諦めたように――言ったラッドローチの生態は研究結果を見直しても筋の通った完璧なものだった。まずラッドローチは暗がりや狭い所を好むが、基本的にどこにでも生息する。そして雑食で、顎の力がやたらと強く、生命力と適応力が高いというのが私達が時間をかけて研究した結果だった。

 

 

しかし彼はラッドローチの生態から起源まで、全てを理論的に語った。曰く、ラッドローチの先祖はこの星に生物が生まれてそう遠くない頃にはすでにいた。適応力の高さは進化の過程で得た物だろうということ。そして放射能という毒にも耐えて進化し、今の姿になったらしい。

 

 

他の化け物も同じで、その放射能なる毒に犯された故に変異した者達だとか。しばらく話を聞いていると、研究者たる私が確たる証拠も無く信じるのに疑問を持ったらしい彼がどうしてか尋ねてきた。

 

 

「他の人には言った事はないが、私はメガトンの科学者に知り合いがいてね。彼女が君と似たような事を言っていたのだよ。化け物は何かの要因によって変異した生物ではないか、とね。まぁ、その後色々あって彼女は学会を追放されてしまったが……」

 

 

「……なるほど。メガトンか」

 

 

ぼそりと呟く彼の言葉は聞こえなかったが、私はそれを気にする事なく思考する。彼女の研究結果を踏まえて彼の話を聞くと、より現実味が出てくる。ここで思ったのは、彼の知識量が私達のそれよりもはるかに多いということだ。彼はあまり気にしていないようだが、ラッドローチと放射能の話だけで1時間弱話し込んでいる。レポートのまとめると10枚単位で紙が必要になる内容だ。それを理論的に、かつ自分の経験も踏まえて話す彼は、私も含め横に居るザグレブさんもその話に聞き入るほどに話し上手だった。

 

 

「――と、このように放射能の危険性は生物の構造の根本から変えてしまうほどで、それは人間、おそらく亜人も例外ではありません。この世界に今どれほど放射能が残っているかはわかりませんが、非常に危険だということには変わりないです。まぁ、一介の旅人の話を素直に信じるかどうかはあなた次第ですがね」

 

 

「……いや、信じよう。ここまで理論だてた話を嘘だとは思えないからね。穴も無いし、その説が一番合っているはずだ。他の研究者には証拠も見せないと信じてもらえないだろうが、君の話し方なら大丈夫なはずだ。ちょうど研究も行き詰っていた所だし、デスクローを調べるにあたって君の話に乗ってみるのも悪くはないだろう。最も、ここまで達者な嘘つきだったとすれば話は別だが……君には何の利益も無いだろうからね」

 

 

正直に言って、ここにある化け物以外の研究は行き詰っていたというよりほとんど無理だったと言った方が適切だ。というのも、これら以外の化け物は大半のギルド員の手に負えるものではないのだ。デスクロー然り、スーパーミュータント然り……これらの化け物は元々効きづらかった魔法が更に効かず、しかもその強靭な肉体でもって斬撃や矢は効果が薄い。そのためもっぱら攻撃方法は打撃や他の衝撃を与えられる何か、もしくは高価な遺物をもってして行う。しかしそのせいでようやく倒した死体は損傷が激しくなる。遺物を使えば楽だがその分金はかかるし、穴だらけで調査出来る部位は極端に少ない。だから奴らの情報は調査や研究結果ではなく目撃例や実際に戦って生き延びたわずかな者達の意見を参考にしたにすぎないのだ。

 

 

そんな状況で彼はこうまで綺麗な死体を持ってきてくれた。そして情報も。これだけの物があれば現在の調査方法でも十分な結果が見込める。彼の説が正しい可能性も研究者の一人が唱えていた事も踏まえて捨てきれない。そして可能性が少しでもあるというのなら、研究者としてやらないわけにはいかないだろう。

 

 

可能性を一つずつ消していって真実を導き出すのが、私達研究者の役目だからな。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

Sideコウヤ

 

 

まずった。本当に色々とまずった。今目の前の教授は俺をジッと見ながら何やら考えてるし、ララちゃんはララちゃんで俺が言った事をクリップボードに紙を――机にあったのを勝手に取っていた――挟んでメモしてる。

 

 

いや、教授にラッドローチと放射能についての説明をするのは良かったんだ。でもそれを本気でガッツリ説明したのがいけなかった。Speechスキルもいつの間にか発動していて、向こうからすれば理にかなった信憑性のある話として頭に入った事だろう。俺の微妙に細かい性格が災いしたな……これはもう腹くくるしかないか。

 

 

「ふむ……コウヤ君。君の話は大変興味深い。どうだろう?しばらくの間その話を詳しく教えてくれないか?報酬はあまり出せないが……」

 

 

やっぱりか。まぁ研究者の息子としてギルドに登録してるからこれくらいは大丈夫だろう。それに報酬ももらえるんだ。やっても別に構わない。しばらくここにいることだしな。

 

 

「わかりました。しかし、報酬としては金銭ではなく情報をお願いします。主に魔法の事についての」

 

 

「おぉ!引き受けてくれるか!しかし、報酬はそんなものでいいのかい?私からすれば願ってもない事ではあるが、普通冒険者の報酬は金か素材等の形に残る物ではないのかな?」

 

 

「金はとりあえず大丈夫ですし、俺は結構田舎から出てきましてね。魔法に触れることがとんとなかったんですよ。今後魔法使いが敵に回らないとも言えないので、1から教えて頂くのが条件です。他にも質問するでしょうからそれも踏まえてもらいます」

 

 

「ふむ……君がそれでいいなら構わないよ。まぁ、生徒に教えるのとそう大差はないだろうしね。明後日に君用のゲストカードを用意させるから取りに来てほしい。それから――」

 

 

その後しばらく話し合いを進め、明後日に今首にぶら下げている一時的なゲストカードではなく、教授の客として学院に入れるカードを取りに行く事になり、それから化け物について話すことになった。それと、図書館の使用もカードをもらい次第で許可を得るそうだ。一部閲覧不可な所もあるそうだが、それくらいは許容範囲だろう。

 

 

俺と教授は他にも色々と契約を交わして、それらを書いた誓約書を3枚書いて互いに持ち、もう1枚はギルドのアイザックに渡す事になった。というのも、俺みたいなギルドの冒険者はギルドに所属している為にこうした正規な個人宛ての依頼でもギルドに連絡する必要がでるんだ。これはギルド側がギルド員の現状把握と、どんな人にどう信頼されて個人依頼を出されたのか、そして俺達冒険者側はギルドがもう1枚の誓約書を持つことで互いに詐称される心配がなくなる。

 

 

俺は誓約書の内容を確認し、教授のミハエル・ハーグレーブというサインの下にサインし、拇印を押した。


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