お久しぶりの方はお久しぶりです。
こちら、昔執筆した作品をリメイクしたものとなります。
感想などあると励みになります。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご要件でしょうか?」
半ば定型句でもあるその言葉は凡そ人が来ることは滅多にない立地の寂れた店であっても例外なく発せられる。
機嫌が良いお客様ならそれに対して快く、悪いお客様なら不機嫌そうに、どちらでもなければ無言かもしくは淡々と答えるのもありふれた光景だ。
「どうしても消したい人間がいるの。さっさとして。此処にあるのはわかってるんだから」
今回は
先に言って置くと、そんな不機嫌を隠そうともしない寧ろ殺意すら篭った客からのリクエストに対して、表情を崩さず畏まりましたと述べる店員は言葉の意味がわからぬほど馬鹿な訳でも、また内心を一切出さない筋金入りのポーカーフェイスという訳でもない。
「此処は願いを叶える悪魔の店、当然ながら貴方を満たす事の出来る商品もありますとも」
急かす客を尻目にショーウィンドウから一冊の黒くて厚みの殆どない薄いノートを取り出す店員。
手に取って見せて商品の紹介を始める。
「こちらに消したい相手の写真と名前を張り付ければあら不思議!その人は貴方の望む通りの末路を──」
「いいわ。幾らでも出す。だから売って...売って!!」
先程の態度から一転、客はすぐにでも欲しいという気持ちを隠そうともせず店員の手に持つ商品を要求した。
「焦らなくともこちらはお客様に差し上げます。それにお代は必要ありません」
ただ、という前置きを置いて後の言葉を店員は述べる。
「決して軽はずみに使ってはなりません。少なくとも一冊使い切る程には。それが私からの忠告です」
何てことのない台詞。しかし聞き流してはならない、そんな声色で放たれた忠告。
「...ッ、ふん!私がその程度守れないと?そもそも消したいのは一人だけなんだから、軽はずみも何も無いわ!!」
何故か耳に残り恐怖すら覚える忠告を振り払うかのように女性は乱暴にノートを取る。
そしてそのまま回れ右をし大急ぎで店を後にした。
「...ええ、守って貰いたいものです」
ガタンコロロン、乱暴に鳴らされたドアベルの音に隠れるように店員は呟いたのだった。
◇◇◇
彼女は小さい頃から目立ちたがりだった。その為の努力も欠かさなかった。自分を磨く事に余念は無かったし、時には他人を蹴落とすことだってやった子供時代を送った。
だから街中でスカウトされてアイドル業界に入り、あっという間に知らぬ人はモグリとまで言われる位に有名になっても当然だと思っていた。自分以上の者に出会うまでは。
天性のものだった。せめて手に届くため、どんなに頑張っても、どんなに美しくに魅せても、あぁ、掴めない所に居るんだと嫌という程理解してしまった。だと言うのに、届かない場所に居るソイツは優越感を覚える訳でもなく、ただただ謙虚に、周りに心から優しく、そして
ふざけるな。憐れむぐらいなら自分によこせ。蹴落とし蹴落とされるが常のこの業界。何で自分はこんなにも求めて、こんなにも努力しているのに、お前なんかが上にいる?
やがて殺意に変わったソレを抑え込む日常。それがどれ程の苦痛だっただろう。抑え込まなければバレる可能性があるという理由で我慢しなくてはならないというのは、本人にとって地獄だったのかもしれない。
あともう少し苛立ちが続けば、顔に濃く塗った化粧が剥がれ落ちる位の形相を表に出してしまう可能性すらあった。
ある日、彼女の耳に1つの噂が入る。
どんな願いも叶えてくれる店
誰も目撃者が居ない場所で
その店の名を呟き願えば
カラン、コロン
扉は開かれる
そこに居る店員に願いを言えば
叶えてくれる商品を無料で差し上げる
半信半疑ではあった。だが彼女の手には今、願いを叶えてくれる一冊のノートがある。貼り付けるのに必要な写真と名前はもう用意してある。何せ腹立たしいことに、
こうして、彼女の
ノートを仕舞い、上に小さな空白のある業界へ戻る。
良い気分だと始めの内は思っていた。しかし、自分のすぐ上ばかりに気を取られていただけで、上には上が居ることを知った。
暫く経ったあと、彼女は次の願いを叶えた。
ノートを仕舞い、更に上の所に小さな空白のある業界へ戻る。
仮にも先達者を消した事による、ほんの僅かな罪悪感を拭い去った後、もう上が居ない余裕を持ちながら切磋琢磨出来る同僚と過ごした。
そこから数年経ったあと、彼女は次の願いを叶えた。
ノートを仕舞い、自分と同じ高さに小さな空白のある業界へ戻る。
きっかけは些細な喧嘩だった。激情にかられて行ったのが後の祭り。その後悔と寂しさを塗りつぶすかのように、彼女は止まり木を探し見つけた。
更に数年経ったあと、彼女は次の願いを叶えた。
ノートを仕舞い、1人で暮らすには広い自宅を後にする。
止まり木ですら、彼女を裏切った。誰も居ない場所から下を見やると、自分をいずれ追い越しそうな者が沢山見えた。
そこからちょっとして、彼女は次の願いを沢山叶えた。
ノートを仕舞い、下に沢山の空白のある業界へ戻る。
邪魔な者は居なくなった。どこか寂しさを抱きかかえながら、久しぶりの故郷で自分を癒そうとする。
とうとう彼女は最後の願いを叶えた。
もう重荷のない、生まれ育った空き家を後にして──
どうして、どうして、どうして。お父さんもお母さんも、苛つかせることを言ってきたから願うしか──
◇◇◇
「いらっしゃいませ。おやおや、お客様には以前冊子を販売した筈ですが。何かしら不備でもありましたでしょうか?」
店員が疑問を口にするや否や彼女はドン!と一回強く踏み鳴らし自分の感情を化粧越しに見せつける。
「お願い。あのノートをもう一冊頂戴。お金なら幾らでも出す。何ならお金以外のものだって幾らでも捧げるわ。だからねぇ、あのノートが欲しいの」
彼女は少しばかりたかを括っていた。忠告を破ってもせいぜい高い罰金やそこらがせいぜいだろうと。そうでなくとも自分の価値に絶対の自信があったのだから、最悪それで代用すれば良いと。
「嫌なヤツ、蹴落とす必要があったヤツ、邪魔なヤツ、消しても消しても暫く経ったらまた出てくる。今度は沢山ページがあるノートが欲しいわ」
「成程、成程。そうですか分かりました。代金を払うのですね」
店員は嫌な顔一つせず笑顔のまま彼女の話を聞いていた。それを見てある種の勝利を確信する。このままいけばもう一冊手に入ると。噂では忠告を破ると重い罰が課せられるとあったし、不可思議な現象を引き起こす商品を売るお店だからほんの少しだけ不安はあったが、やはり高い金額を払えば良いのだと。
「そ、そうよ。お幾らかしら?」
そんな彼女の安堵とも取れる言葉を聞いたので、男はまるで魔法の様にフッと消えた。
「い...一体何かし、ガッ?!」
直後、背後から首を掴まれる。彼女が首元に目線を向けると右手に掴まれていた。
しかし普通の人間のそれではなく、全体的に無数の鱗に近い何かで覆われており、その何か一つ一つの隙間からうめき声の様なものが聞こえている。感触は温かさも冷たさも柔らかさも硬さも一切が実感できず、ただただ首が締められているという感覚しかない。
安堵から一転、彼女の全身を恐怖が走り身震いする。掴んでいる異形の手が指で軽くなぞる毎に震えが全身を巡る。
「忠告を守らなかった者が払うものは魂。そしてお客様は払うと言った」
嫌だ。そう口にしたくとも最早それどころではない。仮に言えたところで彼は取り止めはしないだろう。ならばと振り払い逃げようにも、恐怖以外の何かが抑えているようで手も足も動きそうになかった。
「キャンセルは出来ません。取り返しの付かない事を何度もやった段階でそんな話がまかり通る訳がない」
右手は首元から徐々に下へ降りてゆく。ゆっくりと、ゆっくりと。走馬灯を流すには充分なほどにゆっくりと。心臓の辺りまで下ろす。
「っと、長々と申し訳ありません。では代金のお支払といきましょうか」
右手をピタリと止まる。最後の言葉を述べようとする男。彼女は聞きたくない一心で身を悶えさせ振り払おうとする。しかし虚しい事に、ほんの少し身体が震えるだけでは最期の言葉は止められそうにない。
彼女の内心は死にたくないという言葉と、どうしてという言葉、助けてという言葉が延々と繰り返されている。涙とそれ以外の場所から出る汚水で化粧はとっくに崩れていた。
そして、男の右手が彼女の胸に沈み込んだのを最期に
「当店のご利用、ありがとうございました」
1人の女性が、糸が切れた様に倒れ、見ることも憚られる顔を店員に見せつけていた。
◇◇◇
「今回の魂は随分と傲慢で繊細ですねぇ」
取り出した魂を眺める店員。その色は赤黒く、刺々しく、触るものを傷付ける形をしていて、同時に繊細に扱わないと崩れそうなほど脆い事を推察する。彼は右手に持つそれをそっと口に含み、ゆっくりと丸呑みする。喉を通り過ぎたのを実感したらふぅ、と一呼吸置いた。
そして二度と起き上がることのない女性に視線を向け、パチンと指を鳴らす。すると綺麗さっぱり死体とその痕跡が消えた。
「こういう誰かを傷付けやすい魂の持ち主こそ
自分以外誰も居ない店内で、店員はそう独り言ちたのだった。