リーダーを呪術世界に捻じ込みたかった話   作:あんまん太郎

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今にも落ちてきそうな青のすみで

 東京。

 昼夜問わず人と呪いであふれ返る都会のはずれ。閑静な住宅街の奥に、まるで置いてけぼりのようにひっそりと佇み、放置された廃墟の工場内を、一人の男が全力で走り回っていた。

 

「はぁ、はぁ……っ!!」

 

 血眼で周囲を見回しながら、遠く遠くへと逃げようとする男――の脚から、突如として数本の釘が“生えてきた”。

 

「ぎゃあっ!」

 

 突然襲い掛かる痛みに、男はバランスを崩して地面に転がり、足を抑えた。

 廃棄された工場だ。作業として使用していた釘がそのまま捨てられていて、うっかり踏んだとしてもおかしくはない、が……男はそうではないことを身をもって知ったばかりだ。

 よく見れば、男は身体のあちこちから血を流している。だが、その怪我のほとんどが、外から傷つけられたものではなく、“内側からの出血”ばかりであった。

 

(おそらく情報漏洩に気付いたQ(呪詛師集団)の手によるもの……これもなんらかの術式で間違いない。だが、なにも分からないっ! 一体何が起こっているッ!? 気配も呪力も、何も感じないなどッ!)

 

 ここで鉢合わせる予定だった味方はおろか、引き連れていた部下もとっくに全滅した。現場に先んじていた仲間たちの凄惨な状況から、恐らく口も割られているだろうと推察する。

 かなり慎重に行動していたというのに、この取引も含めて、一体いつからどのように情報が漏れていたのかが、全く分からない。

 

(いや、そんなことよりも、一刻も早く伝えなければ、天元様を狙っているのはQだけではな……――)

「……あがっ!?」

 

 口内を奔る激痛。

 喉奥から零れ出る悲鳴は、喉を傷つけながら吐き気とともにせり上がってくる“金属の刃”のせいで、嗚咽にもならない。

 

「おげえッ!」

 

 男の口から、柘榴の粒のような鮮血とともにいくつものカミソリの刃が吐き出され、血溜まりにぼとぼとと落ちていく。

 全身の血が沸騰しそうなほどに熱い。ざわざわと、むず痒い。血流を虫が這うような、まるで何かに引っ張られているような。

 多量出血と酸素不足からか、いよいよ意識が遠くなり始める。ひどい頭痛がする。ぎりぎりと頭を締め付けるような痛み。

 いや、違う。内側から切り刻まれているのだ。頭の内側から、喉の奥から、沸騰する血液の奥から。それはまるで卵の殻を内側から食い破らんする生き物のようであり、しかし感じる冷たさはどこまでも無機質な、鉄の塊だった。

 

Morte ai traditori(裏切者には死を)

 

 男は最期に、そんな言葉を聞いた気がした。

 

 

 

 

『――、――。』

「ああ、吐かせた情報はそちらに送った。最後の一人も処理済みだ、あとは任せる」

 

 ()()()()()暗がりの路地裏に、声だけが響く。

 

「……ああ、分かった。情報を送れ」

 

 淡白なやり取りのあと、会話が終わる気配が漂う。

 一瞬の静寂。そうして次の瞬間には、まるで()()()()()()()()()()()()()()、自然な様子で壁にもたれかかったひとりの男が現れた。

 頭巾から足先まで黒と白を基調としたいでたちに、銀と灰を混ぜたような白髪、そうして黒と赤だけで織り成された瞳。異国人であることを通り越しても、どことなく異質で不気味な雰囲気を漂わせており、その()()のおかげもあって、事実彼は、一時的に身を置いている現組織からも遠巻きに扱われている形である。

 

(とはいえ、だ……)

 

 男がどこか他人事のように考えている最中、次の依頼を知らせるメールが届いたことを急いて知らせるように、手元の携帯が小さく震えた。

 

(……随分ペースが早いな。なにか、大きな動きがあると見るべきか……)

 

 雇われた身である以上、基本的に依頼主には深入りしない。それはこの界隈に入るうえでの基本であり教訓だ。

 だが、かといって無知に危険に踏み込むつもりもない。特に異国の地となればなおさらだろう。

 男は無表情のまま、ひとまずメールに表示された画像と文章を読み進めていく。

 わざわざイタリア語で翻訳をかけられたその依頼文には、「星漿体・天内理子の暗殺」と簡潔に書かれており、メールの最後には、三つ編みの髪をバンダナでまとめた、セーラー姿の少女の画像が添付されていた。

 

 

 

 

 同時刻。

 呪術高専・二年教室内。

 

「星漿体の護衛と抹消ォ~!?」

「天元様の適合者を護衛するのはわかるけど……抹消……とは?」

 

 ふてぶてしい態度で椅子に座っていた五条悟は、そう胡乱な声を上げて夜蛾正道を見上げ。

 五条の声に滲んだ疑問を引き継ぐように、隣の席に座っていた夏油傑がつぶやく。

 

 呪術高専の生徒でありながら、日本に三人しかいない特級呪術師である五条と夏油。片や六眼と無下限呪術を有する最強、片や呪霊操術と呼ばれる一騎当千なる術式を操る最強。

 そんな二人が、担任の夜蛾に言い渡された最重要任務。それは、500年に一度天元様に同化できる人間“星漿体”の護衛を行い、その星漿体と天元様を同化させて肉体の一新を成功させることだった。

 

「……なるほど、メタルグレイモンになる分にはいいけどスカルグレイモンになると困る、だからコロモンからやり直すってわけね」

 

 夜蛾から改めて任務の詳細を受けて、的を射たといわんばかりの表情を見せる五条と「ええ…」と困惑する夏油。

 そんな二人を慣れたようにスルーして、夜蛾は話を続けていく。

 

「今、その星漿体の少女の所在が、星漿体を狙う呪詛師や団体に漏れてしまった。彼女の命を狙っている輩は大きく分けて二つ――天元様を崇拝する宗教団体、盤星教「時の器の会」、そして、天元様の暴走による呪術界の転覆を目論む呪詛師集団『Q』だ」

 

「どっちも知らねー」

「簡単に言えば、一般人の狂信者の集まりと偏った思想を持った呪詛師の集まりかな」

「はーん、どっちも烏合の雑魚ってことね」

「……天元様と星漿体の同化は2日後の満月。それまで少女を護衛し、天元様の下まで無事に送り届けることがお前たちの任務だ。失敗すればその影響は一般社会までに及ぶ、心してかかれ!」

 

 勢いよく告げる夜蛾に、五条と夏油の二人は深刻そうな空気すら漂わせない。むしろお互いを見やって、ニヒルに笑みさえ浮かべてみせた。

 

「天元様直々のご指名となると、腕が鳴るね」

「まあ大丈夫でしょ、俺たち最強だし」

「まったくお前たちは……くれぐれも油断だけはするなよ」

 

 

 

 

 

「――外来人? イカれた呪詛師集団にか?」

 

 盤星教からの、星奨体・天内理子の暗殺。

 依頼の仲介人である孔時雨から提供されたその情報に質問しておきながら、伏黒甚爾の関心は薄い。

 青々と茂るターフを眺めながら、紙屑となった馬券を名残惜し気に放り投げて「だからなんだよ」と言わんばかりの呪術師殺しの態度に、付き合いの長い孔時雨は煙草の煙とともに溜め息を吐く。

 

「まあ聞け。二年前、一時期ヨーロッパ全土にまで勢力を拡げていたイタリアのギャング組織が壊滅したことは知……らねえか。ま、一言で言えばその組織を壊滅させたイタリアの呪術師が、『Q』に雇われたってことだ」

「……? 海外の呪術師はたしかにレアだが、そんなにすごいことには聞こえねえが」

 

 術式や呪力を持たないとはいえ、天与の暴君、フィジカルギフテッドを欲しいままにする甚爾からすれば、たかだか一般人に毛が生えた程度の集団を潰したと聞いて、驚けというほうが無理がある。

 

「俺も詳しくは知らねえんだが、そもそもこの話が日本まで渡ってきている理由が、そのイタリアンギャングの構成員の8割が地元産の呪術師ってことなんだよ。いや、向こうじゃあ悪魔祓いだのエクソシストだの色々ありそうだから、呪術師で括っていいのか分かんねえが……ともかく、呪術師みてえな奴らで構成された謎が多い組織だった、てことだ」

 

 天元の結界による影響もあり、日本は極端に呪いの多い呪術大国というだけで、呪霊も術師も呪力も少なからず海外に存在はする。だが、それもレアケースだ。

 日本のように野良の呪詛師が蔓延するほど、呪術師がぽんぽん生まれる土地柄でもない。甚爾も金払いの良さから海外の仕事を何度か受けたことはあるが、その中で海外出身の呪術師に出会ったことは片手で数えてもあまる程度しかなかった。

 

「噂じゃあ、組織を壊滅させたその男も元構成員だと聞いてるが……姿も術式も、とにかく一切謎でな。残穢はおろか戦闘の痕跡すらもほとんどなく、まるで一人で勝手に死んだみてーなんだとよ」

「あ? オイオイ、もったいぶって言う割に、何も分からねえってことじゃねえか」

「それも踏まえて共有したんだよ。ちょっとした不確定要素でも、番狂わせには十分なりえるだろ。それはお前が一番わかってるだろうが」

 

 競馬場を見回しながら皮肉気に鼻を鳴らす孔に、番狂わせを先ほどのレースで味わったばかりの甚爾は、眉をひそめて舌打ちを零した。

 

「ま……そんだけ話題ってことは、その外来人の情報は売れば金になるってわけだな」

 

 プラスチック製の座席から立ち上がり、甚爾は気分を切り替えるように笑みを浮かべる。

 天元と星漿体の同化阻止に『Q』が動いていることはもちろん知っている。同じ獲物となれば、どこかでかち合うこともあるだろう。

 巨大な組織を壊滅させたというのに、素性も能力も一切謎の暗殺者。

 だが、何も問題はない。

 相手がなんであろうと、確実に殺せる自信も方法も、いくらでもある。それがたとえ、最強と持て囃される五条悟や夏油傑のように、()()()()人間であってもだ。

 そうでなければ、天与の暴君としてここに在ることを証明をしていないだろう。

 

 

 

 

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