男の術式が視える。
それがどういった生得術式かを把握する。
しかし、視えたとして──五条の喉元に
「がッ……!」
吐き出された血が黒々と地面を汚す。
「たとえ術式の“起こり”が視えたとしても……能力の発動すること自体、俺の【呪力】は……大きく動くことはない……」
六眼は並外れた【呪力】の知覚能力を有する。発動された生得術式の詳細、幽かな残穢、呪力の流れすべてをサーモグラフィーのように把握することができる。しかしそれは【呪力】に限った話だ。
「
呪力で視力を最大限に強化するならまだしも、裸眼のままでは、空気に含まれる酸素だとか地球上の重力だとか【磁力】だとか、そういった自然現象までを視ることはできない。
「常に視えるってのなら……そのことは……前向きに利用しないとな……」
常に視えるからこそ、視えないことを考えない。つまりその状況こそが大きな隙。
六眼を持っていることを逆手に、男は五条に不意打ちを取った。
「チッ……!」
喉元の皮膚を食い破らんとするその痛みに即座に反応した五条は、咄嗟に呪力で喉──ひいては血管、皮膚などを細胞レベルで強化し、それがせり上がってくるのを、そこで
はたして、喉元のハサミが五条の喉を断ち切ろうとすることは避けられた。
大量出血覚悟で摘出する選択肢はない。そうなれば相手の思う壺だろう。とはいえ、反転術式が扱えない以上、既に傷ついた部分の修復はできない。さらにいえば、体内から生み出されるその異物を除去することも不可能なまま。
「なるほど、最悪の中では最良だ。だが──」
そうして五条の呪力が受け身に巡った、ほんの僅かな意識の間隙を突くように。
「【メタリカ】ッ!」
「っぐ、」
男の咆哮とともに、五条の頭部に激烈な痛みが奔る。
クワガタの鋸が頭の内側からギリギリと皮膚を引きちぎろうとするような、ざわざわとした不快感の波。
(ッ、こっちはさすがに“マズイ”か)
喉元のハサミのように、その場に固定するわけにはいかない。
そうなれば、皮膚の下に生まれ続けるそれらが行き場をなくす。血管が詰まり、いずれ脳梗塞や冠動脈閉塞、または骨を傷つけられていずれは脳にまで刃が達するだろう。
脳にダメージが及べば、繊細なコントロールを必要とする六眼や無下限呪術の発動にも関わってくる。
(脳とか心臓にピンポイントに生成してくるわけじゃねえところを見ると、皮膚を隔てたところが限界……体内の深部までは辿れねえとこが救いだな)
皮膚や血管の強化に呪力を回しつつも、それは最低限。
蛇に噛まれた傷口から、毒を押し出すように。
押し寄せる大衆を出口へ誘導するように。
そうしてカミソリの刃が額を突き破り吐き出されていくのはそのままにしながら、致命傷や大量出血にはならないよう注意を払う。
一方で、蒼を灯した手のひらはすでに目の前の男へ。
男の中でざわざわと蠢く“術式”を視て、五条は不快げに目を細めた。
(あいつの中に見える呪霊……いや、あれは術式だ。磁力みてーな力が本体を起点に発生し、俺の中の【鉄分】と【呪力】に反応してやがる)
人間の体内に存在する鉄分は3〜5g程度。純粋に鉄分にのみ作用する術式であるならば、これだけ大量の金属を生成できはしない。
体内を巡る鉄分そして呪力を繋ぎ合わせているからこそ、質量以上の鉄器を生成することができるのだ。ある意味、即興の呪具を精製していると言ってもいいだろう。
さらに脅威となるのは、五条の無限を突破していることだった。
磁力を有害と判断するプログラムを無下限呪術に組み込んでいなかったというのもあるが、たとえば、光、空気、重力、磁力といった現象であっても、攻撃となり得る質量やパワーを含んで襲いかかってくるのであれば、五条のフィルタリングを通して無下限呪術は問題なく効力を発揮し、無限を超えて五条に届くことは決してない。
しかし。
(術式そのものは、あいつを起点として磁力を放つシンプルなもんだ。だからこそ……相手の鉄分に作用してからようやく本領を発揮する過程そのものが……法の抜け穴みてーに、結果として俺の無限をすり抜けてやがる)
ここまで思考するのに、コンマにも満たない。
頭に血が上りようがないからこそ恐ろしく冷静でいられたし、短期決戦をしなければならないからこそ雑念も回り道もない思考を回せた。
兎に角いま、優先すべきは一つ。
(コイツとの距離ッ! このままッ吹き飛ばす!)
実際磁力のような力が作用しているのであれば、距離を取るに越したことはない。そうすれば五条から生成される刃物類も消失するだろう。
出力最大──蒼い呪力を解き放つ。
術式順転「蒼」は、無下限呪術の引き寄せる力を強化したもの。「蒼」はブラックホールのような吸引力を持つ呪力の塊であるため、どれほど素早い相手だろうと補足し、引き寄せることができる。
つまりは、引き寄せた対象を「蒼」ごと操ることで、対象と距離を取ることも可能だ。
体内が進行形で傷つけられている今、自ら激しい動きを起こすことは大きな危険を伴うからこそ、攻めと守りどちらにも転ずる選択を取った。
「……!」
黒と赤の双眸がわずかに見開かれる。
その姿ごと、無限を中心に巻き起こされた青い嵐に呑み込まれ、五条は手繰る蒼をそのまま前方へ大きく投げ払ったところで──男の呪力と気配が消える。
「その状態での緻密な呪力操作……驚いたぞ……」
その姿は五条の後方──鉄製の街路灯にあった。
(こいつ……磁力で移動しやがった)
市街地という環境下、また、バイエルとの戦闘で散乱した瓦礫含めて周囲には剥き出しとなった磁性体も多い。男は「蒼」で引っ張り上げられる前に、自分の体を金属に引き寄せながら移動を繰り返したのだ。
「既に視えているだろうが……俺の術式は……体内にいる【メタリカ】から磁力を発生させるもの……地面、湧き水、そして人間の体内……鉄分を含む様々な場所から鉄分を引き寄せて操り、刃物を作り出すことができる……」
術式の開示。
磁力による移動や距離により一時的に弱まっていた、五条の体内で生成される凶器の力。それが
(ターン制じゃねえんだよッ!)
開示を待つ筋合いはない。
無下限呪術による蒼い呪力弾を放つ。
「ッ!?」
が、手の甲から突如
ダメージ自体は大したものではない。しかし攻撃を受けたその反動で五条の腕は下方へ落ち、収束した蒼い呪力は男の方角から逸れ、地面を大きく削り取った。
さらにその隙を狙うように、足首の後ろ側にカミソリが生まれた。
弾けるような衝撃と痛みが伴い、糸が切れたマリオネットのように五条は思わず膝を突く。
「皮膚の下……アキレス腱を断裂した……距離を取られては困るのでな……」
男がどの部位から攻撃を仕掛けてくるか、意識を深部まで研ぎ澄ませれば、鉄分が引っ張られる感覚は分かるだろう。
しかし、攻めも守り両方の緻密な呪力操作を複数同時に行う必要がある今、何よりも血の巡りが、酸素が足りなくなってきている。
「仕組みが知られた以上……不意打ちも二度目は通用しないだろう……だからこそ、いまここでッ、お前を再起不能にする!」
男の呪力が膨張していく。
身体の中を廻る微生物を思わせる異質なヴィジョンの群れが、「ロオオオーード」と踊るように蠢いていた。
「とどめだくらえ──『メタリカ』ッ!」
男の呪力が、咆哮と共に弾けて奔る!
理数苦手だからとか関係なしに分かんなくなってきたぞ。
かなり甘めのおおめに見てくれよな〜頼むよ〜。