頭文字F(フウカ)   作:古魚

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トリニティのクルセーダー

「カウント行きます!」

 

 ゲヘナとトリニティの間にそびえる名もなき山、トリニティ側のヒルクライム入口で、二輌の戦車がエンジンを吹かす。

 

「3、2、1、GO!」

 

 トリニティ正実の生徒が掛け声とともに手を振り下ろすと、二輌の戦車は勢いよくその履帯を回し、ヒルクライムへと突っ込んでいった。

 

「今回ばかりは、負けるわけにはいかないんですよ!」

 

 先行を行く虎丸改、もといティーガーⅠを駆るイロハは、珍しく切羽詰まった顔で、虎丸のステアを握りしめる。

 重苦しい『ゲヘナ HL230 P45』エンジンが唸り声をあげ、坂を上って行く。一方で、その後ろを追従するクルセーダーの搭乗者であるヒフミには、余裕の笑みが見えた。

 

「あと一戦、あと一戦勝てば、限定ペロロ様グッズがたんまりと……えへへへへ」

 

 阿慈谷ヒフミ。彼女は、トリニティ側がこのレースのドライバーとして出場させた生徒だ。最初こそ乗り気ではなかったヒフミだが、ナギサが彼女の趣味であるペロロの限定グッズ購入券をちらつかせたことで、参戦を決意した。

 ナギサはヒフミがクルセーダーの運転に長けていることをよく知っていた。そのため、ゲヘナからの提案を受諾するに至ったのだ。

 正義実現員会から戦車を強奪し、暴れ回ること数回。そのたびに正実を半壊にまで追い込むその腕は、ゲヘナの誇るイロハにも勝ると、そう信じてやまなかった。

 

「せっかく改良してもらったんですから、しっかり勝たせてもらいますよ!」

 

 ヒフミがアクセルを踏み込み、ギアを2速から3速へと上げると、『トリニティ・リバティHFMスペシャル』が雄叫びを上げて転輪を回し、クルセーダーを前へ前へと突き進める。

 ナギサはただヒフミに任せるだけにとどまらず、クルセーダーに大規模な改装を施した。というのも、バトルをすることを聞きつけたミカが、「角つきなんかに負けるわけにはいかないじゃんね☆徹底的にやろうよ、ナギちゃん」とナギサへと持ち掛けたのだ。

 

 まずはエンジン、リバティエンジンを大きく改造し、高回転型ターボを搭載、排気量も底上げした。他にも、駆動方式をクリスティー式へと変更、余分な装甲や正面機銃を撤去し、履帯の材質も変更。その結果、最高速度が40キロから100キロに向上。レバーハンドルはそのままに、基本操作方法をステアリングへと交換し、より直感的な操作を可能とした。

 もはや、クルセーダーと呼べるか怪しい戦車と化していた。

 

 しかしそのかいあって、先に行われた二度の平地でのレースでは、重量がある虎丸を置き去りに、圧勝して見せた。イロハが焦り、ヒフミが余裕を見せるのは、このことが大きく影響している。

 三度ゆるやかなコーナーを抜けると、直角に右へと曲がるコーナーが迫る。

 先頭を行く虎丸が一瞬ブレーキをかけ前のめりな姿勢になると、履帯が左右逆方向に回転する。直進していた勢いそのままに進行方向を変え、カーブ出口が見えるとともに、イロハは再びアクセルを踏み込む。一度かなり速度が落ち込むが、強力な馬力のおかげですぐさまエンジン回転数を回復、速度を持ち直す。

 

 ヒフミも同じく一瞬ブレーキを踏み込み減速すると、虎丸とは違って右側の履帯のみ回転をストップさせ、ほとんど減速することなくコーナーを曲がる。

 

「う~ん、やっぱり登りでは、馬力で劣るクルセーダーちゃんが不利ですか……」

 

 少し直線や急な坂を越えると、若干クルセーダーと虎丸に差が開く。

 イロハも二度平地で完封された以上、黙ってはいられず、虎丸へ改造を施していた。

 

 元々虎丸は、通常のティーガーとは大きく異なっている。スパーチャージャーを搭載し、初動の動き出しをスムーズにするとともに、装甲を削減し45トンにまで軽量化、最高速は70キロになる。だが、それでは改良されているクルセーダーには敵わず、応急処置的に、排気量の増加とレバーハンドルの増設を施した。

 

 結果、最高速は90キロに上がり、ステアリング操作を基本としながら、それぞれの履帯を自由に動かし、戦車特有のドリフトを可能とした。

 その改良と700馬力のハイパワーのおかげで、イロハは、ヒルクライムでのレースになんとか勝利を収めたのだった。

 

 ♦

 

「流石ですね、重戦車を動かす700馬力は脅威そのものです」

 

 パチパチとお上品に拍手をしながら、ナギサは余裕たっぷりな笑みでイロハへと称賛の言葉を贈る。

 

「あと一レースも是非、楽しみましょう。次回は5日後ですね、それでは失礼いたします。ヒフミさん、戻りましょうか」

「は、はい! ナギサ様!」

 

 ヒフミはナギサに付いていこうと一歩踏み出すが、くるりと振り返り、虎丸を撫でるイロハに声をかける。

 

「あ、あの!」

「……なんでしょう?」

「えっと、次は、私が勝ちますからね! それでは! 対戦ありがとうございました!」

 

 無邪気な笑みに、イロハは悪態をつく。

 

「ッチ、絶対に次勝てるからって、余裕綽々で腹が立ちますね……」

「キキキ、そんな怒ることもないだろうイロハ。次も勝てばいいだけだ」

 

 マコトは、一勝できただけだと言うのに、まるでもう勝っているかのような余裕ぶりで、イロハに声をかける。そんなマコトの態度に、イロハはさらに腹が立つ。

 

「本当に能天気でいいですね、あなたは……」

「イロハ先輩……」

 

 虎丸の履帯の様子を見るイロハの元に、マコトの裏に居たイブキが姿を見せる。

 

「ああ、イブキ……ごめんなさい、今は少し、一人にさせてください……」

 

 いつもなら全ての作業を止めてイブキを撫でるイロハだが、今ばかりは、そんな気分にもなれなかった。

 

「イロハ、何をそんな―――」

「うるさいですね! 一人にしてって言ってるじゃないですか!」

 

 明らかにいつもと様子が違うイロハを心配してマコトが声をかけるが、強い言葉でそれを遮る。

 

「あなたに虎丸の何が分かるんですか! 本来虎丸は、こんなレースを得意とする車輛じゃないんですよ!? それなのにあなたは、私のいないところで勝手にこんなレースを取り付けて!」

 

 イロハは焦っていた。ゲヘナとしてこのレースを棄権するのも、負けるのも、プライドが許さない。第一、それによってトリニティが調子に乗り、それに対抗するマコトの後始末が非常に面倒くさい。

 しかし、自分が乗る虎丸は、明らかにこういった勝負には向かない。

 

「い、イロハ?」

 

 あまりの覇気に、マコトは戸惑う。感情的になったイロハを前にして、動揺している。

 

「マコト先輩、今は行こ……?」

 

 どこかもどかしそうな表情をしながらも、イブキはマコトの手を引いて、その場を立ち去るように進める。

 

「イロハ先輩。イブキのプリン、食べてもいいから……元気出して?」

「……ありがとう、ございます」

 

 二人が去った山の頂上で、イロハは再び虎丸へと搭乗。

 

「とにかく、少しでも早く、少しでも軽く……何か、手を打たなければ」

 

 そう呟きながら、イロハは帰途へとつくのだった。

 

 ♦

 

 翌日の午後、山頂からゲヘナ側へと下るダウンヒルを下る戦車が一輌。

 

「んふふ、良い調子ですよ~」

 

 ヒフミの駆るクルセーダーだ。

 

「昨日の勝負では負けちゃいましたけど、下りだったら、エンジン馬力はほとんど関係ないんですから」

 

 豪快にターボの音を響かせながら、時速100キロで坂を下る。

 

「……んん?」

 

 何か気配を感じ、ヒフミは背後の映像を映すバックモニターに視線を動かす。

 

「誰か来ますね……ま、追い付かれることはないでしょうし、気にしなくていいでしょう」

 

 ヒフミは改造クルセーダーに絶対の自信を持っていた。大した腕もない自分(と思い込んでいる)でも、こんなに早く走ることができているのが、その根拠だ。

 ヒフミはコーナーへとブレーキをかけながら浸入、リアを滑らせるブレーキングドリフトで素早くクリアしていく。

 

「ほら、一回コーナーをクリアさえしちゃえば……ええ!?」

 

 もう一度ヒフミがモニターを見ると、そこにはぴったり張り付く距離まで迫っている車輛が居た。

 

「嘘、張り付かれた!? それにこれ……テンハチ!?」

 

 モニターに映る車輛は、戦車より一回りも二回りも小さい装甲車、ホルヒ108だった。

 

「並ばれた!」

 

 直線を少し走ると、スリップストリームで加速した装甲車が、ヒフミのクルセーダーに並んでくる。

 

「どうゆうことでしょう? テンハチに、ここまで加速できるエンジンなんて乗ってないはず」

 

 いくらアクセルを踏んでも、装甲車を引き離せない。

 

「テンハチをクルセーダーちゃんがちぎれないなんて、悪い夢でも見てるみたいです……」

 

 そう呟く間にも、何度か緩いカーブを抜け、少しずつ装甲車が前に出る。

 

「直線で距離を離せるってことは、エンジンパワーでも最高速でも勝っている……ということは、コーナーで負けてるってこと? 私は、私は、トリニティ代表なんですよ!?」

 

 未だに信じられないと思いながら運転を続けると、S字コーナーのエリアが近づいてきた。ヒフミは慌ててブレーキを踏み減速する。しかし、装甲車はハイスピードのままコーナーへと向かっていく。

 

「ええ!? この人、この先の道を知らないんですか!? 緩い右の後、きつい左……減速しないと、谷底に真っ逆さまですよ!」

 

 ハイスピードで緩いコーナーを曲がり始めると、速度が乗りすぎたあまりか、装甲車のリアタイヤが浮きグリップが下がったせいで、甲高い音をたてながらスリップしていく。

 

「ああ、ほら! 立て直して減速する時間もスペースもありませんよ!」

 

 再びブレーキを踏んで少し距離と取ろうとするヒフミ。しかし、その目の前では信じられない光景が繰り広げられる。

 装甲車は、勢いよくアウトに流れる力をフロントタイヤで無理やりインへと移し、慣性の力に従って車の頭を左側、コーナーの出口へと向ける。勢いを殺さないままそのまま横滑りを果たし、コーナーをクリアしたのだ。

 

「な、慣性ドリフト!?」

 

 ステアリングのみでハイスピードのドリフトを行うことをそう呼ぶ。

 ヒフミは、このバトルのために、様々なドライブテクニックを勉強した。全てはペロロ様の限定グッズを手に入れるためである。

 そんな勉強中に知った一つの高等テクニック、慣性ドリフト。レースのために作られた車でやるのは分かるが、とても戦車や装甲車でやろうとは思えない危険なドリフト。それを今、装甲車がやってのけたのだ。

 驚きながらもコーナーをクリアすると、すでに、そこに装甲車の姿はなかった。

 

「そんな……一体、何だったんでしょうか」

 

 あっけなく抜かれてしまった衝撃と、その車輌が装甲車であるという事実。

 これでも、トリニティ代表として戦っている以上、ヒフミにもプライドがあった。それが今、ズタボロに引き裂かれたのだった。

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