対決の日まで後1日、イロハは虎丸の改造を進めていた。なんとか新しいパーツを生徒会費で発注し、対決に備えようとしていた。
いたのだが……。
「イロハ先輩!」
「大丈夫かイロハ!?」
イロハの姿は、ゲヘナ救急医学部の病室にあった。
「二人とも……すみません、心配をかけて。私は大丈夫ですから、虎丸の改造を―――」
「ダメです」
ベッドから這い出ようとするイロハを、救急医学部部長セナは止める。
「温泉開発部の爆発に巻き込まれて、明らかに今のあなたは重傷です。そんな死体―――になりかけている人に、戦車の運転なんてさせられません」
「ですが、明日のバトルが!」
「ダメです。医者として、GOサインを出す訳には行きません」
虎丸改造のために奔走していたイロハだが、運悪く温泉開発部の活動と出くわし、爆発工事に巻き込まれてしまった。
「イロハ先輩! 無理しちゃだめだよ! イブキが、イブキが代わりに出るから!」
泣きそうな目でイブキはイロハにしがみつく。
「イブキ……」
「キキキ、案ずるなイロハ、いざとなればこのマコト―――」
「あなたに虎丸は預けたくありません」
「なにぃー!?」
秒で断られたことにショックを受けるマコトをしり目に、イロハは頭を抱える。
代打を誰にするか、虎丸を操れる人物か自前の車輛を持っている人物に頼まなくてはいけないが、あのトリニティ代表に勝てるようなドライバーがいただろうか? そんな風にイロハぐるぐると思考を巡らせる。
「えっと、し、失礼します!」
そんな病室に、一人の生徒が入って来る。黄色い髪を二つ縛りし、白い変な顔をした鳥の鞄を背負うトリニティの生徒。
「阿慈谷ヒフミ……クルセーダーのドライバー……」
一同警戒した視線をヒフミへと向ける。
「あわわわわ、そ、そんな警戒しないでください! 私はけして、何かしに来たわけじゃないんです! ただ少し聞きたいことがあっただけで」
必死にブンブンと手を振ってそう訴える。
「キキキ、わざわざ敵地に赴いてまで聞きたいことがあるとは……なかなか胆が据わっているじゃないか。いいだろう、なんでも答えてやる」
いつもの様子でマコトがヒフミに向き合う。
「そのですね、昨日の午後、一人で山を走っていたら、一輌の装甲車に抜かれちゃいまして……多分、ホルヒ108だったと思うんですけど……あれって、どなたが運転していたんでしょう?」
その言葉に、衝撃が走る。
「クルセーダーが、108に負けた!?」
「次のバトルで、もしそのドライバーさんが出て来るのだとしたら、挨拶をと思ったのですが……その様子ですと、知らない人みたいですね……もしくは、明日の秘密兵器、なのでしょうか?」
万魔殿の三人は衝撃のあまり言葉を発せないでいる。その姿を見て、ヒフミは「あはは」と苦笑い。
「そちらがその気なのでしたら、望むところです! 今度こそ勝って見せます! えっと、それでは明日のバトルで、また!」
直角にお辞儀をして、ヒフミは逃げるようにその場を立ち去った。いくら気になったとはいえ、ゲヘナの学園内に長居することはヒフミにとって恐怖であった。用が終わるなり病棟を飛び出し、クルセーダーでゲヘナの土地を後にした。
そんなヒフミの背中を見送って、イロハはセナにしがみつく。
「ホルヒ108って、救急医学部の救急車ですよね!? あのクルセーダーを抜いたって!?」
「いえ、そのような事実はありません」
「嘘言わないでください! ゲヘナでホルヒ108乗りで、ドライビング技術に優れた人物なんて、あなたぐらいしかいないじゃないですか!」
イロハは縋りつく様にセナへと頼み込む。
「お願いします、明日、明日のバトル、あなたが出てください! 今後のゲヘナの為にも! 勝ってくれたら、部費を倍増しますから!」
自分に面倒ごとが来ないためにも、とは言わず、イロハそう頼み込む。しかし、セナは一切の躊躇いなく首を振る。
「私はそう言ったことに興味はありませんので。それに、私のテクニックなど大したことはありません、ご期待には添えられないでしょう」
「そんな……」
落胆し、悔しそうに歯を食いしばるイロハ。そんなイロハの頭に、イブキが手を乗せる。
「セナ先輩……どうしても、だめ?」
潤む瞳&上目遣いのイブキに、一瞬躊躇いを見せたセナだが、すぐいつもの様子に戻り、やはり首を振る。だが、何かを思い出したように、「あっ」と声を出した。
「……まあいいでしょう、気が向いたらホルヒを出します」
「本当ですか!?」
「気が向いたらですよ、あまり期待しないで下さいね。それでは、私は仕事があるので、これで」
それだけ言い残して、セナはその場を立ち去った。
「イロハ先輩、やったね!」
「ええ、これで、ゲヘナ敗北の未来を避けられる可能性が出てきました……しかし、万が一来なかった場合は……」
「キキキ、その時は私とイブキで戦おう」
「うん、イブキ、頑張るよ!」
マコトに任せることは絶対に嫌だったイロハだが、イブキが付くと言うなら、まだ妥協できる。
「……ええ、その時は、お願いしますね」
♦
代打をゲヘナが決める頃、トリニティへと戻ったヒフミは、親友であるアズサへと、謎のホルヒ108の話を持ち掛けていた。
「アズサちゃんはどう思いますか?」
「う~ん、にわかには信じがたいな。ヒフミの乗っているクルセーダーは、ただのクルセーダーじゃない。より高速性を求めた結果、340馬力の最高速100キロの高速車輛だ。エンジンもⅤ型12気筒で、パワーウェイトレシオに重きを置いて開発されたものだ」
顎に手を当て、唸りながら続ける。
「だがホルヒ108は、Ⅴ型8気筒水冷エンジンで、せいぜい82馬力。最高速も80キロ程度だ。いくらホルヒのが軽量とは言え、普通に戦えば、まず負けることはないと思うが……」
「ですよね~でも、実際あの時、私は抜かされちゃったんですよね……あのテンハチの中身はモンスターですよ……」
こういった軍事車両等にも精通しているアズサなら何か分かるかとヒフミは持ち掛けてみたが、やはり改造クルセーダーがホルヒ108に負ける理由が見当たらない。
「そのホルヒ108に興味が出て来たな……よし、次のバトルは私も見に行こう」
♦
その日の夜、セナの姿は食堂にあった。
「あれ、セナさん? お疲れ様です、給食部に何か御用ですか?」
「お疲れ様です、フウカさん。一つお聞きしたいことがありまして……最近、トリニティとゲヘナの間の山を、給食部のトラックで走りましたか?」
調理道具を洗いながら首を捻るフウカ。
「えーと、確か二日前に美食研に連れ去られた時、その帰りに通ったかな? それがどうかしましたか?」
その言葉を受けて、セナは小さく頷いた。
「フウカさん、明日の午後10時00分に、その山の頂上に行って、トリニティのクルセーダーと勝負していただけませんか?」
「うえ? 勝負? 私が?」
洗い終わった調理器具を乾燥機へと入れながらフウカは笑う。
「何言ってるんですかセナさん。私が車の運転で勝負なんて―――」
「部費を倍額」
フウカの言葉を遮って、セナは言う。
「もしその勝負で勝てたら、万魔殿が部費を倍だすそうです」
「部費……倍!?」
衝撃の報酬提示に、フウカは素っ頓狂な声を上げる。
「ええ、イロハさんがそう約束してくださいました。もしよければ、明日の午後10時、山頂へトラックと共に向かってください。それでは、要件は伝えましたので、これで失礼します」
一人残されたフウカは、急いで帳簿を開く。
「もし、もし倍額部費がでたら……あは、あはは、あはははは!」
これまで散々値切って値切って安い商品を大量に仕入れていたが、それでも常に帳簿の残金はギリギリだった。だが、倍額になれば、大きく余裕が出来るうえ、新たな調理器具に既に在庫が足りなくなりつつあった食器たちも買いそろえることが出来る。
誰もいなくなった食堂には、フウカの笑い声がこだましていた。